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    つめたいて

    Qはよく僕の手を触る。二人でソファに並んで座って映画を観ていると、5分と経たないうちに温度の低い手がふたつ、僕の右手か左手をさらって行く。ちらと隣を見ると視線は画面に釘付けになっていて、僕よりも集中して映画を観ているのに、両手は僕のどちらかの手を揉んだり指を絡ませたり、親指を引っ張ったりしている。初めは彼の注意がこちらに向いていることに嬉しくなって構おうとしたりしたが、今となってはもう気にもならなくなった。冷たい手が伸びて来ないと僕の方が気になってしまって、こちらから手を触りに行くこともあった。

    Qは僕となんだかそういう感じになる前からよく僕の手を触った。夜中のQ課とか、二人で人気のないパブにいるときとか、街灯の少ない道を歩いているときとか。「手を触ってもいいですか」と断った後で。手を洗ったばかりだから湿ってるぞとか、乾燥してるぞとか言ったことはあったが、基本的にそれを断ったことはなかった。僕はQと出会ってから割りとすぐに彼に好意を持っていたので、触れてもいいですかと聞かれるのは嬉しかったが、こちらから手を握り返したり触ろうとするのはやめて好きに触らせていた。「君の手は冷たいな」「冷え性なので」というやり取りはあったが。彼の手の冷たさが僕の手に移っていくのが心地よかった。

    オーストリアで彼は指先が空いた手袋をしていたことを思い出して、子供が使うような毛糸でつながった手袋をプレゼントしたことがある。Q本人曰く「全く機動力がない」それは、なんだかんだ今でもクローゼットの中にある。彼がその手袋をつけたのは僕がそれをあげたその時一回きりだった。毛糸の塊のような手で胸を叩かれても痛くもなんともなかったが、僕の個人用のモバイルには機動力ゼロの手袋をつけた手をこちらに向けたQの写真があるので、まあよしとする。

    任務中に大きめのけがをしてスペインで入院したことがあった。何度目かに意識が戻ったら枕元にQが座っていて僕はかなり驚いた。嬉しくもあった。Qははっと僕を見ると泣きながら手に持っていたスニッカーズを投げつけて(これはこれで別の話がある)、そのあとずっと僕の右手を握っていた。包帯越しにやってくる彼の体温はやはり冷たかった。Qが「手を触ってもいいですか」と言わずに僕の手に触れたのは、それが初めてだった。僕が彼の手を握り返したのも、その時が初めてだった。

    Qとはスペインから一緒にロンドンに帰った。飛行機で。たったの2時間半のフライトの間、僕らはずっと手を繋いでいた。Qの手は冷や汗で終始湿っていた。彼は離してもいいですよ、手汗がひどいから、と小さい声で言ったが、僕は彼の手を離さなかった。座席と座席の間にある肘掛を取って、僕の肩にもたれ掛からせて、CAに一枚余計にブランケットを持って来させ、手を握っていない方の手でQの頭をゆっくり撫でると、かわいそうなほど震えていた手がだんだんと静かになって、後から聞いた話だが彼は生まれて初めて飛行機の中で15分ほど眠った。

    本部に戻ると、やつれた顔をしたQを見るなりMは一週間出勤するな、と言った。僕に向かって送ってやれ、とも。急にスペインへ行った影響があちこちに出てしまっていることを自覚していたらしいQはショックを受けた顔をして、すぐにその場から動こうとしなかった。僕は様子を伺ってQに手を差し出して、彼はその手を取って、一緒に帰った。Mは気づかないふりをしていた。


    自分があなたのことをどう思っているのかわからなくて、確かめたくて触っていたんです。テムズ川沿いに手を繋いで歩きながらQが言ったことだった。僕に向けている感情は、彼曰く「おそらく」「もっと適当な語があって然るべきだとは思うけど」「一番近いものを挙げるとしたら」「便宜上」恋愛のそれ「だと思う」「多分」だそうだ。「今まで恋愛なんてしたことがないし、しなくても生きて来れたので、しなくても生きていけると思ってたんですけど、これからも」と。11月の寒い夜だった。Qは手袋をしていなかった。

    「あなたは女の人と恋愛するでしょう。やさしいし、お金も沢山持ってるし、……アストンマーチンは、まあ、うちのだけど。女の人はあなたのどこを好きになるのかなって、考えてたんです。でも、よくわからなくて」

    寒さで鼻が少し赤くなっている。まだ手は繋いだままだ。

    「あなたの手を握りたいから、握るんです。大事なものだから。どれだけ考えてもそれ以上でもそれ以下でもなくて」

    通り過ぎる車の音や川の流れる音がヒュッと遠くなった。

    「あなた、病院で握り返してきたでしょう。驚いたんです。返ってくるなんて考えてもみなかった。握り返してほしいとも思ったことがなくて。でも、あなたは、生きていたから握り返してくれたんですよね」

    ありがとう。Qは小さな声でそう呟くと、なにかを思い直したのか立ち止まって、きちんとこちらを向いてもう一度言った。
    「ありがとうございます。生きていてくれて。あと、手も握り返してくれて。あなたの手、暖かいですよね。僕は冷え性だから羨ましいな」










    今僕らは同じフラットに住んで、最近やっと僕にも懐くようになってきたQの猫二匹と一緒に暮らしている。同じベッドで寝ている。キスをすることもある。寝ぼけたQが僕のスウェットを着たこともある。逆はない。Qは一度も、僕に愛していると言ったことがない。これらは全部同等のことだ。休日にパンケーキを焼いた時や、寝坊して遅刻しそうになった彼を車で送って行く時には、結構あっさり「愛してる」言うことがあるが、基本的には、言ったことがない。不思議なことに、あの日以来僕も「愛してる」という言葉を失った。失った代わりに彼の手を握った。適当な言葉が見つかるまで、僕らはずっとこうしているだろう。



    Zero_poptato Link Message Mute
    2022/11/23 0:59:04

    つめたいて

    #00Q

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