我が主と秘密遊戯を if… 2(第二章) 第二章:菊に盃
薬研藤四郎が遊戯が再開されない理由を聞くと、魂之助は全ての参加者の説明が終わるまで待つよう彼に言った。説明に時間がかかっている理由は語られなかったが、おおよその想像はつく。
一組目の勝敗がついた後に存在が知らされた『鬼札』。第一勝者と同じ陣営、つまりは審神者たちから鬼札が選ばれ、鬼札以外の審神者は離脱条件がより達成が困難なものに変わってしまった。
「(鬼札が敗北すれば元の離脱条件に戻るとはいえ……いや、違うな)」
魂之助は『一つ前のものに戻す』と言ったのであり、一度も『元に戻す』とは言わなかった。宝珠による離脱条件の変更があるので、『元に戻す』ではなく『一つ前のものに戻す』と説明したのだろう。
「……なあ魂之助」
補足説明をしに現れた魂之助は、薬研と目線を合わせるため調理台の上に登場し、今もそこに座っている。何でしょうと聞き返す魂之助の表情から考えを窺うことはできないが、発する言葉ならば読み取れるものもあるかもしれない。
「時間が余ってるなら、もう一回頭から説明してくれないか?」
「どこがわかりませんでしたか?」
「わからなかったわけじゃないが、万が一聞き漏らしてたことがあったら困るだろ。な、頼む」
魂之助も薬研の思惑に気づいているだろうが、乞われれば立場上説明するしかないようで、しばしの沈黙の後、了承した。
「まずは鬼札について。第一の勝者と同陣営の参加者から一名、鬼札が選ばれます。今大会でいえば審神者5が鬼札に選ばれ、その他の審神者様たちは離脱条件がより達成が困難なものに変更されました」
薬研は離脱条件一覧が表示されたタブレットを見た。魂之助が言うように、審神者5は表記が鬼札になり、鬼札と離脱した審神者7以外の審神者は軒並み離脱条件が変わっている。
対して刀剣男士側に変更はない、一期一振の名の横に並ぶ敗北の文字を除けば。
「……」
面識のない他本丸の刀とはいえ長兄の敗北に思うところはあったし、離脱条件『刀剣男士が審神者に怪我を負わす』が達成されたのも見過ごせなかった。
刀剣男士が自らの意思で審神者に怪我を負わすことはないので(そんなことをしても何の意味もない)、刀剣男士を誘導した審神者がいた、もしくは『怪我』の定義が通常想定する範囲よりも広かったと考えるのが無難だ。だからこそ、遊戯の決まりは正確に理解しなければならないと薬研は思う。
「鬼札が負ければ離脱条件は最初のに戻るんだったな」
「いえ、宝珠で離脱条件が変更された後に鬼札が敗北した場合は、遊戯開始時の離脱条件ではなく、一つ前の離脱条件に戻ります」
「そうか、わかった」
「続けて良いですか?」
「ああ、いいぜ」
鬼札に係わる説明はもう二点あった。まず一つ、鬼札のタブレットは陣営を問わず他の参加者のタブレットに成りすますことができる。たとえば鬼札が刀剣男士6『参加者4名以上に対し、離脱条件の達成を妨害する』に成りすましたいと思えば、刀剣男士6が誰なのかを知らずとも、タブレット上には『刀剣男士6:薬研藤四郎』と表示され、鬼札の遊戯者名は『???』に変わる。
また、遊戯開始時から所持している同陣営参加者一名の遊戯者名──彼の場合は離脱した一期一振──も表示される一方で、自分で書き込んだ赤い字で表示される情報──三日月から聞き取った情報──は、反映されない。
魂之助はこの成りすましを『化ける』と表現した。花札において鬼札は化け札とも呼ばれるので、化ける能力があるのだと。
「これだけだとただの化け札ですが、鬼札はさらに化けた相手の勝利を奪うことができます。鬼札が刀剣男士6に化けている状態で、貴方が四名以上の参加者の妨害に成功したとしても、その勝利は鬼札に移譲されます。鬼札の刀剣男士は敗北し、貴方には新しい離脱条件が与えられます」
「刀剣男士6に化けた鬼札自身が他参加者の離脱条件の達成を妨害しても、遊戯には勝てない。あくまで本物の刀剣男士6である俺が、刀剣男士6の離脱条件を達成しないといけない」
「そのとおりです」
「鬼札が俺に化けている間に、俺が大将に負けたらどうなる?」
「化けて奪うのは勝利のみですので、貴方の審神者様が鬼札でなかったとしても、貴方の敗北に変わりはありません」
「ははっ、そうならないよう祈っててくれ」
笑う彼の前に、宙に浮かぶ盃が現れる。一度目の説明の時も、鬼札の化ける能力について説明が終わった後に現れたので驚きはしない。薬研は寄りかかっていた壁から離れると、三寸ほどの赤い盃に手を伸ばしたが、伸ばした手は空を切った。それは映像ですと魂之助が言う。
「変わった離脱条件を一つ前のものに戻す方法があるように、化ける能力を無効にする方法もご用意しております。遊戯会場内にありますこの『盃』をお探しください。盃を使えば他の参加者に化ける能力は失われ、鬼札のタブレットには柳に雷の札の絵しか映らなくなります」
「酒でも飲めばいいのか?」
あおる仕草をしながら言えば、先ほども申し上げましたがと前置きして魂之助が返す。
「盃の使用方法は盃の説明書きに書いてあります。盃と一緒に置いていますので、ご確認ください」
「しかし盃に飲む以外の使い道なんかあるか?」
「ですから、盃の使用方法は盃の説明書きに書いてありますので、そちらをご確認ください」
これ以上食い下がっても実りはないと判断し、薬研は指を三本立てた。
「三つ、追加で質問だ」
「……どうぞ」
「単に物分かりが悪いだけだ、警戒しないでくれ」
魂之助は茶番に付き合うつもりはないらしく、返答はせず薬研の次の言葉に構えている。薬研は一度手を握った後、人差し指を立て一つ目の質問に移った。
「盃を使えば化ける力がなくなると言ったが、勝利を奪う力もなくなるってことでいいよな?」
「はい、ご認識のとおりです」
「二つ目。盃は離脱条件にある政府の用意した道具に含まれるか?」
「含まれます」
「審神者でも盃は壊せるか?」
「盃自体は普通の陶器ですので、衝撃を与えれば割れます。もうよろしいですか?」
「今のは二つ目の派生だ。そう急かすな。じゃあ最後の三つ目」
二つ立てていた指をさらにもう一本増やし、最も聞きたい問いを魂之助に投げる。
「――――――――――――」
二回説明を受けたことで気づいた、隠された遊戯の設定。疑問符をつけず断定する言い方をしたのは、たどり着いた結論に自信があるからだ。魂之助は回答できないと答えたが、彼は口角を上げた。否定以外の言葉は、即ち肯定を意味する。
全参加者の補足説明が終わったと言い、魂之助は消えた。文字どおり、一瞬のうちに体が消えてなくなってしまった。
薬研は調理台が等間隔に並んだ部屋を見渡した。参加者の中には部屋の隅々まで探す者もいるだろうが、薬研はその必要はないと思っている。参加者が終始床に這いつくばり、屑籠をひっくり返して道具を探す遊戯など、誰が面白いと思うだろうか。主だった箇所は見終わったと判断し、彼は廊下に出た。
四階建てとはいえ、他に十三名の参加者がいるとは思えないほど遊戯会場は静かだ。彼がいる二階が特別なのではなく、今まで見てきた一階や別建屋も同じだった。唯一の例外は一階の中庭だけで、菊の花が植えられた庭は、硝子の戸を開けた途端雨音が聞こえてきた。
薬研は頭の中で地図を思い浮かべ、まずは廊下を挟んで向かいの部屋の戸を開ける。しかし部屋の中の様子を認識する前に、軽くて硬い音が廊下の先から響いてきた。音の近さに反し、気配はまったく感じない。常時ならば聞き間違いと思ったかもしれないが、彼は身を翻し音がした方へと走った。
階段の前に着くと、一階へ下る階段の中頃で、男が体を屈めてタブレットを拾っていた。
「そんなところで何やってんだい?」
雨で薄暗い会場内でも輝く金色の髪には見覚えがあったが、まさか刀剣男士がタブレットを不注意で落とすとは思えず、薬研は審神者だと思って話しかけた。だが、薬研の声に反応し振り返ったのは山姥切国広だった。
「何やってんだ?」
もう一度同じことを聞くが、今度は呆れ混じりだ。薬研は話をするため階段を下りたが、山姥切は後ろに下がろうとして足を踏み外し、よろめいてとっさに手すりを掴む。
強烈な違和感から薬研は下りる途中で足を止め、山姥切が刀を持っていないことに気づけば、違和感は解消された。薬研は山姥切の姿をした審神者が体勢を立て直す前に、横に並び手すりに追い詰めた。
「あんたのタブレットを見せてくれ」
「……断る」
「すごいな、声まで山姥切の旦那そっくりだ」
挑発に山姥切と同じ顔が険しくなる。薬研は手元から意識が薄れた隙に、審神者からタブレットを奪い取った。審神者は反射的に手を伸ばしたが、薬研に触れる前に舌打ちをして手を引っ込める。彼は悪いなと軽い調子で謝ると、奪ったタブレットで離脱条件一覧を開いた。
≪離脱条件一覧≫
審神者1:???
離脱条件 刀剣男士を2振刀解する
審神者2:???
離脱条件 24時間以上他の参加者と遭遇しない
審神者3:???
離脱条件 24時間以上嘘を吐かない
審神者4:???
離脱条件 審神者と刀剣男士が、それぞれ2名以上遊戯に勝利する
鬼札:???
離脱条件 政府の用意した道具のうち、2つ以上を使用し、1つ以上を破壊する。ただし、自らの手で行うこと
審神者6:???
離脱条件 審神者が3名以上遊戯に勝利する
審神者7:五七桐【勝利】
離脱条件 刀剣男士が審神者に怪我を負わす
審神者8:写し 0/7
離脱条件 全刀剣男士に自分の真名を伝える、ただし遊戯から離脱した者は除く
刀剣男士1:???
離脱条件 宝珠が2回以上使用、もしくは破壊される
刀剣男士2:???
離脱条件 遊戯開始から12時間が経過する
刀剣男士3:???
離脱条件 全ての離脱条件の所持者を特定する
刀剣男士4:???
離脱条件 審神者8以外の審神者の真名を把握する。ただし、本人から直接聞かなければならない
刀剣男士5:???
離脱条件 審神者の半径3.28メートル以内に連続して3.28時間いる
刀剣男士6:???
離脱条件 参加者4名以上に対し、離脱条件の達成を妨害する
刀剣男士7:???
離脱条件 審神者から神隠しの合意を得る。ただし、暴力や真名を使用した呪いは使ってはならない
刀剣男士8:一期一振 【敗北】
離脱条件 2名以上の審神者と、2時間行動を共にする
タブレットは審神者8『写し』のものだった。ソハヤノツルキの主に化けている可能性もなくはないが、彼が本物の審神者8と思っていいだろう。
薬研は写しのタブレットを左手に持ち替え、空いた右手で自分のタブレットを取り出して写しの名を書き込んだ。だが彼の視線は自身の名の横に記された数字に向いていた。写しが『0/7』と表示されているのに対し、彼のは『0』とだけ書いてある。
「あんたも知ってのとおり」
薬研は写しのタブレットの上に自分のタブレットを重ね、握り込んだ。写しが抗議の眼差しを向けるが、薬研はそのまま話を進める。
「真名に命じられれば、どんな命令であろうと逆らえない。今まで会ったのは三日月だけだが、ありゃ食えない爺さんだ。それにもし堀川あたりが参加していれば、兄弟のために一肌脱ぐだろうよ。『真名を伝える行為は一切禁じる』とか言って、な」
薬研は話す合間にタブレットを盗み見たが、数字はゼロのまま変わっていない。真名を伝える危険性を認識させ、間接的ではあるが離脱条件達成の妨害と認められないか試したのだが、駄目だったらしい。だが元より期待はしていなかった。薬研は用意していた次の手に移る。
「俺が協力してやろうか?」
「……」
「あんたの離脱条件の場合、鬼札と違って自らの手で行うとは書かれていない。あんたが俺を伝書鳩にして俺経由で真名を伝えるのは、ありだ。真名を知られたところで、刀剣男士と会いさえしなければ呪いをかけられることはない」
「……」
写しは何も言わず、眉根を寄せて警戒心をむき出しにしている。けれど、薬研の話を遮ることも、逃げ道を探して視線をさ迷わせることもしない。薬研は上出来だと心の中でつぶやいた。
「代わりに大将から離脱条件を聞き出してほしい」
「何故俺に頼む? 自分で吐かせた方が早いだろ」
「遊戯が始まってもうすぐ五時間経つが、これまで会ったのは三日月だけだ。人手が欲しい」
咄嗟に思いついた苦しい言い訳だったが、写しは不審に思わなかったらしく、別の視点から薬研の申し出に疑問を呈す。
「盃を使った後でないと本物か鬼札かは見抜けないぞ」
「身長は百七十一センチ、やせ型、年は二十四。髪は肩より少し長いくらいで、二つに分けて結んでいることが多い」
薬研は己の主の特徴を上げ、そんな女のと続ける。
「遊戯者名が薬研藤四郎から連想できるものでなければ鬼札だ。仮に遊戯者名で判断がつかなくても、あんただったらこう言ってカマをかければいい。『俺は鬼札が勝ってもいいと思っている。元の条件では二人以上に真名を伝えないといけないが、今の条件なら山姥切国広一人ですむ』」
薬研はそこで一旦区切り、写しの様子を窺う。驚いてもいなければ、納得もしていないといったところだった。
突然の離脱条件変更に思考を停止せず、どう動くべきか考え続ければ自ずと薬研が言ったからくりにはたどり着くだろうし、その事実に気づいた審神者が最後の一組になるまで待つ危険性に気づかないはずもない。
真名を伝える危険性を再度説いても良かったが、薬研はもっと効果的で無駄のない方法を知っていた。
「『山姥切は刀剣男士2で、遊戯開始から十二時間が経つ前に全ての刀剣男士に離脱条件を伝えるのは不可能だから、刀剣男士2に化けて山姥切の勝利を奪ってほしい』……って言ったら、刀剣男士と手を組んでるのがばれちまうな」
最後はおどけてははっと笑い、自分を凝視する写しを見つめ返した。
誘いに乗った写しが真名を言う途中で妨害し、刀剣男士である薬研に伝えるのを阻止する。まどろっこしいやり方だと薬研自身思う。だが彼らしくないやり方を選んだのには理由がある。
「山姥切は刀剣男士2なのか?」
薬研が刀剣男士6だと教えたうえで写しに真名を言わせ、それを途中で阻止したとしても、離脱条件の達成にはならないと考えているからだ。なにせ事前説明なく鬼札なんて出してくる政府だ、そんな平和的な解決策を認めてくれるとは思えなかった。
「答え合わせはあんたの答えを聞いてからだ」
写しの問いには答えず、代わりに決断を迫る。歯を食いしばり歪んだ口元を見て薬研は皮肉気に笑ったが、内心は彼も気が気でなかった。写しの喉に刀を突き立て、しゃべるどころか何も考えられない状態にするのが、最も確実な達成方法だ。薬研は右手に汗をかくのを感じた。騙されてくれよと祈りながら、最後の一押しをする。
「で、どうする? 俺と組むか?」
だが祈りは通じず、写しは顔を逸らしてしまう。
「協力はできない」
その横顔を見るに、本心からの言葉には思えなかった。むしろ、断らねばならない状況を苦々しく感じているようだ。薬研は何かあると考えつつも、交渉の局面は終わらせる。刀を抜き、切っ先を写しの喉元に向けた。
写しも拒否した後の展開はある程度予想していただろうが、顔は一瞬にして青ざめ、靴が手すりの支柱に当たる音がした。
「逃げ場はないぜ。さあ、あんたの真名を言ってもらおうか」
「何故俺の真名がいる?」
「聞かれたことだけに答えな。あんたの真名は?」
写しが薬研の正体に気づかなければ、まだ勝機はある。考える時間を与えず決着をつけねばと思うと、知らず知らずのうちに語気が強くなった。
「わかったから少し離れろ」
「駄目だ。あんたの真名は?」
さらに間合いを詰めれば、写しが消え入りそうな声でわかったとつぶやくのが聞こえた。うつむく写しを薬研が見上げる体勢になっているが、間近で見る表情からは薬研の思惑に気づいている様子は読み取れない。
「俺の、真名は……」
写しが息を吸い、最初の一文字を告げる。二文字目が聞こえる前に、薬研はタブレットを持った手を写しの口に押し付けようとしたが、階段を駆け上がってくる人物の姿が見えると、タブレットを投げ捨て迫りくる太刀を受け止めた。
「っずえぇりゃあ!」
渾身の力で跳ねのければ、攻撃してきた男が下の踊り場に飛び降りた。薄暗い会場内でも輝く金髪が揺れる。山姥切とは違い、その髪は美しい菊の花を連想させる。
「一文字の御前様はずいぶんと物騒だな」
「うははは、物騒なのはお前さんだろ。審神者相手に何をやってる」
一文字則宗は鷹揚に笑うが、未だ刀は納めていない。さらに悪いことに、投げ捨てた二つのタブレットは階段を転げ、則宗が立つ踊り場に落ちている。踊り場のタブレットを見て思案する薬研をよそに、則宗が写しに声をかける。
「審神者の坊主、取りにおいで」
突然呼ばれ、写しが体をびくりと震わせる。写しは落ちたタブレットを見、その後薬研を見た。危険が少ないのはどちらか迷っていたのだろうが、薬研は目で写しを制した。
「俺が取りに行く」
「このタブレットはそこの坊主のだろ?」
「俺のもある。なあに、俺が悪さできないようにあんたが見張ってればいいだろ」
薬研が刀を鞘に納めると、則宗も刀を納めて扇を取り出す。そこまでされるとかえって警戒心が強まるのだが、薬研は踊り場まで下りた。
タブレットは最後の段の側に落ちているのと、則宗の足元に落ちている物とがある。支給されたタブレットは皆同じ型で、どちらのタブレットが彼の物かはわからない。薬研は則宗から目を離さないよう注意しながら、近くに落ちているタブレットを拾った。角が少し削れてしまったが、幸い画面にひびは入っていない。電源ボタンを押すと、最後に表示していた離脱条件一覧の画面が映り、刀剣男士6の欄に彼の名が書かれていた。
薬研は目を見開き、そして口角を上げる。今度は自分が一杯食わす番だ。薬研は壁際まで下がり、腕を組んだ。
「御前、そのタブレットはあいつのだ。投げて返してやってくれ」
「物を粗末に扱うのは感心しないな」
「そりゃ同感だが、審神者のために目を瞑っちゃくれないか。それとも何かい? できない理由があるのか?」
薬研の言葉を受け、則宗がにやりと笑う。パチンと扇を閉じる小気味いい音がした。
「行儀の問題を除けば、ない」
則宗は足元のタブレットを拾うと、坊主受け取れと言って写しにタブレットを投げた。タブレットはきれいな弧を描き、写しの胸元に落ちる。写しは慌てて体全体でそれを受け止めた。
受け止めた後、彼はしばらくの間呆然としていたが、弾かれたようにタブレットの電源ボタンを押す。自分のタブレットであることを確認できると、その場から走り去ろうとした。
「山姥切が刀剣男士2だと言っていたのは三日月だ」
写しの足が止まり、振り返る。薬研は三日月と会った時のことを思い浮かべながら写しに言った。
「タブレットは見てないから本当かどうかは俺にもわからんが、嘘を吐いているようには見えなかった」
もう終わりだという意味を込めて、薬研は片手を上げる。写しは何か言いたげにその場に留まっていたが、くそがと吐き捨て二階の廊下へ消えていった。
「うははは! 一番行儀がなってないのはあの坊主だったな」
足音が聞こえなくなった後、則宗は声を上げて笑った。
「追いかけなくていいのかい?」
「お前さんは勘違いしてるようだが、僕は審神者に刀を向けている不届き者を見て止めに入っただけだ。あの審神者が無事ならそれでいいさ」
さてと言い、則宗が薬研に向き直る。
「じじいらしく、若いのに一つ説教でもしようか」
「カタギを巻き込むなって?」
「それは道誉だ。……人の子は人の世で生きた方が美しいと思わないか?」
「この場にいるやつの発言とは思えねえな」
秘密遊戯は審神者と共にあるため、永遠の命を求めた刀剣男士が参加する。薬研が則宗の発言を鼻で笑うのも無理はなかった。だが則宗は取り乱すことなく、薬研に己の信条を説く。
「愛しているからこそ人の世に返してやるのさ」
一文字の重鎮だけはあり、肌がひりつくほどの威厳を放つが、薬研も審神者に関しては譲れなかった。
「人の世に返せば自ら命を絶つとわかってる女を手放すのが、あんたの言う愛だとは思わん」
それからは互いに無言のまま、しかし視線は決して逸らさず対峙した。先に動いたのは則宗だった。扇を持った手をすっと下ろし、もう行けと薬研に告げる。薬研はすがっていた壁から背を離すと、階段を上った。三階へ向かう途中で下を覗いたが、則宗は変わらずその場に留まり、食えない笑みを浮かべて薬研を見上げていた。
「(あれで隠居を名乗る気がしれん)」
薬研は三階踊り場で止まり、則宗が上がってこないか見張ったが、則宗は姿を見せなかった。
「タブレット、見てもいい?」
返事をするかわりに、彼女の視線は手に持っているタブレットへと向かう。遊戯の経過時間が画面の左端に表示されるが、まだ始まって四十五分しか経っていなかった。あっけない幕切れ、だがなるべくしてなった結末とも長船は思う。
神隠しされた当初は、彼女も現世へ帰る方法を必死に探した。燭台切の神域に作られた本丸から抜け出し、出口を目指して走り続けた。けれど花々が咲き乱れる美しい庭はどこまで行っても途切れることはなく、限界を迎え足を止めると燭台切が迎えに現れる。
燭台切は彼女を責めはしなかった。優しく彼女の手を取り、帰ろうと微笑む。惨めに思う内はまだ良かった。次第に何も感じなくなり、手を取られても跳ね除けず、いつしか本丸から抜け出すことさえしなくなった。
「(僕は無力だ)」
タブレットから目を離し燭台切を見れば、彼はいつもと変わらない穏やかな笑みを浮かべている。
「(ほらね)」
自分は燭台切の心をかき乱すことすらできない。長船はタブレットを燭台切に差し出した。
燭台切が礼を言いタブレットに手を伸ばすのを彼女は黙って見ていたが、その時、“彼”の声が聞こえた。
──それでも貴方はそこから出たいのですか?
彼とした約束を忘れていたわけではない。ただ長い月日が経つうちに、意味を持たない過去の記憶と成り果てていた。
──鳥籠の外が良いものだとは限りませんよ。
頭にかかっていた霞が晴れていき、当時の記憶が鮮明に蘇る。数多くいた刀の一つ、お世辞にも親しいとは言えない間柄であった彼は、囚われた主を見てもいつもの気だるげな雰囲気を崩さなかった。
しかし出られる外があるとは思わなかったと長船が言えば面食らった顔をし、それは鳥籠の外に出たことがある者がする発言だと返せばきつくにらまれた。けれど彼女は怖いとは思わなかった。むしろ気分は清々しかった。
──元の鳥籠に戻ったら、足掻いてみるよ。
──だから、私に力を貸してくれ。
──宗三左文字。
燭台切の黒い手袋がタブレットに触れたが、長船は掴まれる前にタブレットを引き寄せ胸に抱きかかえた。従順な飼い犬が逆らうなど想像だにしていなかったのだろう。手を宙に伸ばしたままの燭台切が、主? とつぶやき不思議そうに彼女を見ている。傲慢な男にも、男にそう思わせた自分にも、彼女は強い憤りを感じた。
「僕は君に勝って現世に帰る!」
燭台切から目を逸らさず、己の決意を口にする。燭台切は彼女の突然の変化に驚いていたが、彼女とは対照的に落ち着いていて、けれど憂いを帯びた声で言う。
「君を散々利用して傷つけた家が恋しいの?」
「違う。僕は戻ったら今度こそ足掻いて、自分の力で鳥籠の外で生きる」
「わざわざ傷つく必要なんてないじゃないか。僕がずっと守ってあげるから」
「僕がどう生きるかは僕が決める」
「君を傷つける場所になんて帰らせない」
「僕を一番傷つけたのは君じゃないか!!」
勢いのまま言い返した後になって我に返り、長船は自分の発した言葉に戸惑った。自分らしくないと思うと同時に、何故燭台切を一番と言ったのかがわからなかった。一番は燭台切ではなく、彼女の父のはずなのに。
彼女の思考を断ち切るように、燭台切が彼女の両肩を掴む。長船は短い悲鳴を上げるが、燭台切は手を離さない。
「僕は、僕が思っている以上に、君を傷つけてしまった」
彼は力の加減ができないほど動揺していた。長船からすれば不可解な反応だったが、燭台切は悲痛な顔つきで、でもと続ける。
「だからこそ、僕は僕の全てをかけて、君を守ってあげる。誰にも傷つけさせない、あんな悲しい言葉は二度と言わせない。君が、君の望む姿でいられるように。そのためなら僕は何だってする」
「離せ」
「ごめん、本当にごめん。僕のことは許さなくていいから、自分を傷つける場所になんて行かないでくれ」
「離せ!!」
体を捩って燭台切の手を振り払おうとするがびくともせず、長船はより強くタブレットを抱き締めたが、何の意味もなさないことだとは理解していた。
「(ごめん。僕は駄目だった)」
長船は心の中で宗三左文字に謝り、ぎゅっと目を瞑った。
しかし次の瞬間、彼女は燭台切に突き飛ばされていた。目を瞑っていたのに加え、ヒールを履いた足では踏ん張れず、長船は床へ倒れ込んだ。燭台切に突き飛ばされたという事実が上手くのみこめず、彼女は答えを求めるように燭台切を見上げたが、当の燭台切は彼女に背を向けたまま振り向きもしない。代わりに見知らぬ女性が彼の横を通り過ぎ、彼女に手を差し伸べる。
「さあ、逃げましょう!」
年の頃は三十後半から四十前半の女性だった。カラフルな左耳のイヤーカフを除けば、全身黒一色で統一されたカジュアルな格好をしている。女性は固まっている長船にしびれを切らし、彼女の腕を掴んで強引に立たせる。
「急いで!」
「駄目だ主!」
二人の声が重なる。しかし燭台切は叫ぶばかりで身動き一つしない。長船は女性に腕を引かれて燭台切の横を走り抜けた時、燭台切の肩に札が貼りついているのが見えた。絵のように見えるのは崩れた文字だということはわかったが、通り過ぎる一瞬のうちでは解読まではできなかった。
「僕から離れたら駄目だ! 主、戻る……」
教室を出、女性が勢い良く戸を閉めると、燭台切の声は聞こえなくなった。先ほどまでのことが嘘のように辺りは静まり返っており、長船の心臓の音だけがした。何が起きたのか教えてほしい、そんな気持ちから女性を見つめていたが、女性は長船の視線に気づくと、安心させるようににっこりと微笑んだ。
「間に合って良かった。私は審神者6の『眉月』。三日月宗近に隠された審神者です」
眉月は長船が元いた部屋(眉月は印刷室だと言った)に連れていくと、彼女の疑問にこう答えた。
他の審神者を探して二階の廊下を歩いていたところ、燭台切光忠と女性の言い争う声が聞こえたので助けに入った。燭台切に使ったのは政府が用意した道具の一つである拘束札で、使った相手の動きを二時間封じる力がある。
「そんな貴重な物、僕に使って良かったんですか」
「こういう時こそ互いに助け合うことが重要です。それに私は審神者6ですから」
審神者6の遊戯者名が眉月であることは、長船に与えられた同陣営の参加者の離脱条件だったので知っていたが、眉月は彼女に自分のタブレットを見せて証明した。長船も彼女にならい、タブレットを見せながら己の遊戯者名を告げた。
「ありがとうございます」
眉月は礼を言い、長船が審神者1であると知ったうえで協力を申し出た。
「私の離脱条件は『審神者が1名以上遊戯に勝利する』です。貴方が現世に帰ることで、私も現世に帰られます。ね? 一緒にがんばりませんか?」
彼女はとても善良な人なのだろうと長船は思った。貴重な道具を他者のために惜しまず使い、絶望的な離脱条件であるからこそ、長船に力を貸そうとする。しかし、だからこそ巻き添えにしてはいけないと思い、長船は彼女の申し出を断ったのだが、眉月は柔らかな雰囲気に反し押しの強い人でもあった。
「そんなに遠慮していると人生損しますよ。さ、行きましょう」
「え? あの、ちょっと待っ……」
「待ちません」
眉月は長船の手首を掴むと、三階の美術室に彼女を連れていった。
何故美術室かというと、燭台切に使った拘束札は美術室の掲示板に貼ってあった物で、自分が見た時にはまだ残りがあったからと道すがら眉月が教えてくれた。しかし、既に他の参加者に取られた後だとわかると、すぐさま美術室を出て今度は屋上に向かう。
探しにくい場所にこそ特別な道具が隠されているはずというのが眉月の主張で、雨の降る屋上は見学者用のベンチにしか屋根がなく、彼女が言うように探しにくい場所ではあった。眉月の勢いに押され、屋上までやって来た長船であったが、眉月が屋上に出ようとするのは全力で止めた。
「補聴器が壊れたらどうするんですか! 僕が一人で行きます」
長船がカラフルなイヤーカフだと思っていた物は、実は補聴器だった。補聴器をつけていても左耳は聞こえにくいので右側に立ってほしいと言われていなければ、長船は今でもイヤーカフだと思っていただろう。
「心配しなくてもこの服、撥水加工でフードもありますし。そもそもこの程度の雨では壊れません。私より長船さんこそ濡れてはいけないのでは?」
パニエで広がったベルベットのスカートは、眉月のように撥水加工はされていない。ロングスカートから水滴を滴らせ、自分の居場所を知らせながら歩く姿を考えると、長船は口を閉じるしかなかった。
眉月は長船に見張りを頼むと一人で屋上へ行き、しばらくして十代中頃の少年を伴って帰って来た。長船に会釈する少年に長船も会釈し返したが、頭の中は疑問符でいっぱいだった。
少年の遊戯者名は『菊一文字』。審神者2『5時間以上他の参加者と遭遇しない』である少年は屋上の物置に隠れていたが、そこへ道具を探しに眉月がやって来た。
しかし少年はこの機会を活かしたいと言って二人を四階の教材置き場(彼が遊戯開始時にいた場所らしい)に案内すると、自分の特殊な境遇を話し、遊戯を進めるうえで知っておくべき審神者の常識を彼女たちに乞うた。
「一文字則宗以外の刀剣男士はご存じですか?」
「知りません」
「刀解は?」
「わかりません」
「真名を使用した呪いは?」
「本名を言ってはいけないとは聞きましたが、まじないというのがどんなものかはわかりません」
幸いにも彼は賢く、教えられたことは瞬時に理解し、己の感想を言って時間を無駄にするような真似は決してしなかった。だが、彼女たちが最も伝えたいことは最後まで彼には伝わらなかった。
「眉月さんたちの言いたいことはわかります。けど則宗さんは別です。則宗さんは俺を助けるために俺を神隠しして、俺を現世に帰すために秘密遊戯に参加してくれた。俺はここに隠れていますので、則宗さんに会ったら俺が審神者2だと伝えてください」
一文字則宗は刀剣男士であり、刀剣男士である以上、真に理解し合うことはできない。けれど、審神者としての経験がない少年は聞く耳を持たない。
「だから……!」
「ええ、会えば伝えましょう。……では、私たちはこれで」
眉月は長船を制し、守るつもりがない約束をして部屋を去った。時間をかけても互いのためにならないことは長船も理解していたので、納得はできなかったが眉月に従った。
「ありがとうございました。お気をつけて」
聡い少年は大人たちの心の内が読めたようで、別れ際に初めて少年らしいすねた表情を見せた。
教材置き場を出たのは、遊戯開始から三時間半が過ぎた頃だった。これからどうしますかと尋ねた長船に対し、眉月は二手に分かれて道具を探すことを提案した。
「何も掴めていない現状では、道具探しを最優先にすべきです。私は四階と三階を探しますので、長船さんは一階を探してください。そろそろ燭台切光忠に使った拘束札の効力が切れる頃なので、二階は除きましょう」
眉月の提案は合理的であったが、長船は素直に受け入れられなかった。また一人になる恐怖はもちろん、見捨てられるのではないかという不安が強かった。四階に残って菊一文字に近づく者を排除する方が、五時間かかったとしても長船に賭けるよりよほど分がいいように思えた。
「長船さん?」
「そ、そうですね。僕も分担して探した方がいいと思っていました」
長船は眉月を疑う己を恥じた。そして眉月を巻き込んではいけないと考えながら、眉月なら自分を見捨てないだろうと無意識の内に思っていたことを自覚する。
彼女としてはできるだけ明るく言ったつもりだったが、無理に取り繕った姿は歪だったのだろう。眉月の表情が真剣なものに変わった。
「私は貴方を裏切らない」
「……」
「菊一文字さんにはああ言いましたが、私も貴方も、刀剣男士のことを信頼していたのだと思います。だから裏切られた時、とても辛かった、他者を信じることが難しくなった。……その気持ちはよくわかります。でも私は私を裏切った刀剣男士のようにはなりたくない、だから貴方を裏切らない。それでは駄目ですか?」
長船がなおも言葉が返せずにいると、眉月がフッと笑い肩をすくめる。
「無神経なおばさんが何言ってるんだと思うかもしれませんが」
「そんなこと思ってませんよ!」
「またまた、長船さんは優しいですね」
「本当に思っていませんから!」
必死に否定する長船に、眉月は冗談だと笑う。彼女はタブレットで地図を開き、集合場所を指さすと、最後は穏やかな声でこう言った。
「また二時間後に体育館で会いましょう。待ってますね」
しかし、約束の時間より前に一組目の勝敗がつき、鬼札が生まれた。長船は集合場所である体育館に向かったが、眉月の姿はどこにもなかった。
身を隠せそうな場所は全て探したが眉月はおらず、アリーナに戻った長船は、部室棟へ繋がる渡り廊下を見た。
そもそも眉月が集合場所に一階西側の別建屋を選び、そこが体育館だと知っていたのは、体育館が彼女の遊戯開始地点だったからだ。もしもの時は渡り廊下で繋がっている部室棟に逃げられますとも眉月は言っていた。
「落ち着け、焦るな」
長船はあえて声に出し、自分に言い聞かせた。一階にいた彼女でさえ約束の時間に間に合わなかったのだ。上の階を担当していた眉月が遅れても何ら不思議ではない。長船ははやる気持ちを抑えつけ、用具入れに隠れて眉月を待つことにした。
ステージ奥よりも用具入れの方がアリーナに近く、人の出入りがわかりやすい。そう思い用具入れを選んだのだが、用具入れの戸を閉めたところで長船は少しばかり後悔する。眉月が来たらすぐ気づけるように戸を数センチ開けた状態にしているが、その程度の光では奥まで照らせず、彼女の前には暗闇が広がっている。
「(誰もいないよな?)」
先ほど自分の目で確かめたというのに、湿った空気も相まって不安が助長される。長船は戸の近くに座ると、タブレットに視線を落とした。
≪離脱条件一覧≫
審神者1:長船 0/2
離脱条件 刀剣男士を2振刀解する
審神者2:菊一文字/一文字則宗
離脱条件 24時間以上他の参加者と遭遇しない
審神者3:豊玉/和泉守兼定・堀川国広
離脱条件 24時間以上嘘を吐かない
審神者4:???
離脱条件 審神者と刀剣男士が、それぞれ2名以上遊戯に勝利する
鬼札:播磨/明石国行
離脱条件 政府の用意した道具のうち、2つ以上を使用し、1つ以上を破壊する。ただし、自らの手で行うこと
審神者6:眉月
離脱条件 審神者が3名以上遊戯に勝利する
審神者7:五七桐【勝利】
離脱条件 刀剣男士が審神者に怪我を負わす
審神者8:???
離脱条件 全刀剣男士に自分の真名を伝える、ただし遊戯から離脱した者は除く
鬼札誕生によって変わった離脱条件は、鬼札の敗北によって元に戻る。長船は言わずもがな、『5時間以上他の参加者と遭遇しない』が『24時間以上他の参加者と遭遇しない』に変わった菊一文字、『審神者が1名以上遊戯に勝利する』が『審神者が3名以上遊戯に勝利する』に変わった眉月。残る審神者3・4・8にしてもそうだ。現世に帰るため選ぶべき道は、わかりきっている。
「(僕たちの当面の目標は、鬼札を隠した刀剣男士の離脱条件を特定すると共に、鬼札より先に盃を探し出すこと)」
鬼札は化けて勝利を奪う力を維持するためだけでなく、鬼札自身の離脱条件──政府の用意した道具のうち、2つ以上を使用し、1つ以上を破壊する。ただし、自らの手で行うこと──を達成するためにも盃を探すはずだ。
「(放っておけば勝利を奪われる可能性が高い刀剣男士2はともかく。他の刀剣男士はどうする? 審神者の条件はこのまま不利な条件にしておきたい、けど自分の審神者が鬼札かもしれない……)」
長船はタブレットの鬼札の欄を見た。
鬼札:播磨/明石国行
鬼札の遊戯者名は菊一文字が知っていた。播磨という名から、隠したのは明石国行ではないかと言ったのは眉月だ。播磨国にあった刀で、神隠し事例が一番多いのは明石国行なのだという。
「(眼鏡をかけていて、細身で、関西の言葉を話す刀剣男士。怠惰故に効率を重視するので交渉の余地あり、か)」
長船は小狐丸以降に実装された刀を知らないので、刀剣男士の明石国行に関しては眉月の言葉を信じるより他ない。しかし、いくら効率を重視する刀剣男士でも、己の主を陥れようとする者の話に耳を傾けるだろうか。
少なくとも燭台切は違う。彼は長船が傷つくことを極端に嫌う。たとえ遊戯を有利に進めるためでも、長船が傷つくようなことは……とまで考えたところで、彼女は矛盾に気づく。
──僕を一番傷つけたのは君じゃないか!!
とっさに出たあの言葉こそ、長船の嘘偽りのない気持ちだった。父親の言いつけを守り、特別な刀を作らないよう努めていたが、それでもあの日、全てを打ち明けて楽になりたい誘惑にかられたのは、彼を信頼していたからだ。
──退任するのは、結婚するからなんだ。
彼女の父親は、他所で作った彼女の弟を嫡子として迎える準備を進めていた。跡継ぎとしての箔付けのためと言って体よく彼女を家から追い出し、準備が終われば呼び戻して家のため結婚させる。彼女はそんな父の思惑に気づかず、ただただ父に認められるため、男のふりを続けていた。
──永遠に女を清算したつもりでいたのは、僕だけだったらしい。滑稽だろう?
ただ一言、辛かったねと言って慰めてくれれば良かった。彼女の知る燭台切は、そうしてくれる人だった。けれど燭台切は長船を組み敷き、強引に関係を結んだ。一度も振り向いてくれなかった父よりも、信頼していた燭台切に裏切られたことの方が、彼女は辛かった。
「……辛い?」
ふと、疑問の言葉が漏れる。黒い革の手袋が体の線をなぞっていく感覚を、彼女は今も覚えている。感じたのは快楽だった。初めての時だけではない。本丸に監禁されていた時も、神隠しされてからも。彼の手で触れられるだけで女の欲が太ももを汚し、彼を受け入れたいと体がうずく。
──だ……しい。
──なあに?
──だいて、ほしい。
君が望まない限りもうしないと燭台切は言った。だから彼女は自ら抱いてほしいと懇願する。
「(自分からお願いして、足を開いて、気持ち良すぎて泣いて? 一度も痛くなかったし気持ち悪くなかったし、ずっと気持ち良くて……)」
──…はずっと、あの………は………が怖かった。
長船は額に手を当てた。何か引っかかりを覚えるのだけれど、頭痛がして上手く考えがまとまらなかった。
その後も頭の痛みは治まらなかった。元々ストレスが頭痛となって表れるタイプであったが、遊戯のために用意した体で再現する必要はあったのかと、長船は心の中で魂之助に文句を言う。当然ながらそんなことをしても症状は改善されず、気づけば用具入れに隠れて一時間が経とうとしていた。
眉月を待つか、待たないか。単純な二択であるが、焦りと期待、それに頭痛が邪魔して決断ができない。彼女はらしくもなく、苛立ちから舌打ちをした。
「………………………ですね」
まるで舌打ちが呼び水になったかのように、微かにではあるが断続的に声や物音が聞こえ始めた。長船は開けた戸の隙間にぎりぎりまで近づくと、左耳に全神経を集中させた。
「………い。………………てる…も……ないだろ」
「刀剣男士が隠れます?」
体育館に来たのは、男女の二人組らしい。男性が声をひそめて話しているのに対し、女性の声ははっきりと聞こえる。眉月にしては甲高く間延びした話し方に感じるが、判断するにはもう少し材料が欲しかった。長船は続きを待ったが、二人の会話はそこでぴたりと止んでしまう。
長船は初め、三人目の登場人物が現れたのかと思った。だが、そうであれば何かしらのアクションを起こすはずで、物音一つしないのはおかしいと気づく。では何か見つけたのだろうか。長船が彼らの見つけたものに思い至った時には既に遅く、用具入れの戸が大きな音を立て開けられた。
突如明るくなった視界に、自分を見下ろす男が現れた。長船は身を強張らせたが、かけられたのは意外な言葉だった。
「あんた大丈夫か?」
男性は長船と視線を合わせるためその場にしゃがむ。切れ長の目をした整った顔立ちの持ち主ではあるが、刀剣男士がまとう人を圧倒するオーラはなく、見える範囲に刀もなかった。短刀であれば懐に隠しているかもしれないが、三十過ぎに見える短刀が実装されているとは思えなかった。
「……大丈夫です」
何を心配されてるのかわからないまま、反射的にそう返す。しかし男性は、長船の答えに被せるようにして否定した。
「いや大丈夫じゃないだろ。青白い通り越して土気色になってんぞ、顔」
「ほら、やっぱり!」
今度は甲高い声の女性が姿を現す。男性より若く、長船と同じ年頃に見える。明るく活発な印象を受ける一方で、着ているオフショルダーのワンピースの丈は短く、同性ながら長船は目のやり場に困った。
「ぱっと見は豊前に見えるんだから、気をつけてくださいって言ったでしょ~。あ、この人豊前じゃないから大丈夫ですよ! よく見たら全然違うでしょ? 豊前ほど背も高くないしアラサーだし」
前半は男性に、後半は長船に向けて言う。豊前似と言われた男性は、渋い顔をして立ち上がった。燭台切に見慣れているので小柄に感じるが、それでも平均身長よりはありそうだった。
「なーんにも間違ったことは言ってねえけど、なあ?」
「やだごめんなさい、私思ったことつい言っちゃうから」
「思ったことねえ」
「ごめんなさい~」
漫才のようなやり取りを見て長船は思わず笑ってしまい、二人の視線が長船に戻る。長船は謝罪の言葉を述べようとしたが、男性の顔を見て口をつぐんだ。男性は再度彼女の前にしゃがみ、彼女の顔ではなく彼女が持つタブレットを見ながら言った。
「タブレット見せてくれ」
「……」
「あんたが見せてくれたら俺たちも見せる」
話す間、男性は長船のタブレット──正確にはタブレットを持つ彼女の手──から目を離さなかった。
この状況こそ、長船が眉月を待っていた最たる理由だ。鬼札の化ける力を無効にしない限り、タブレットでは自分の遊戯者番号を証明できない。そんな中、眉月は互いに『この参加者は鬼札ではない』と証言できる貴重な存在だった。
長船は手の形を変えることなく男性との間にタブレットを置き、そのまま手を引いた。男性は顔を上げた。タブレットは操作していないという長船のアピールをどう感じたか、表情からは察せられない。少し時間を置いてから男性は床に置かれたタブレットを手にし、何故鬼札の遊戯者名を知っているのか長船に尋ねた。
「他の参加者から聞いたんです」
長船が男性の問いに答える傍ら、女性が男性の背後からタブレットを覗き込み、本当だとつぶやく。
「他の参加者って誰だ?」
「僕は見せました、次は貴方たちの番だ。話はそれからです」
「……」
穴が開きそうなほど見つめられ、心臓がバクバクと鳴った。男性は後ろにいる女性を見上げ、女性は私から? と言わんばかりに自分の顔を指さすが、男性は前に向き直るとジャケットのポケットからタブレットを取り出した。長船のタブレットを床に戻し、その隣に自分のタブレットを置く。長船が見てもいいか聞くと、男性は黙って頷いた。
≪離脱条件一覧≫
審神者1:???
離脱条件 刀剣男士を2振刀解する
審神者2:???
離脱条件 24時間以上他の参加者と遭遇しない
審神者3:豊玉
離脱条件 24時間以上嘘を吐かない
審神者4:???
離脱条件 審神者と刀剣男士が、それぞれ2名以上遊戯に勝利する
鬼札:???
離脱条件 政府の用意した道具のうち、2つ以上を使用し、1つ以上を破壊する。ただし、自らの手で行うこと
審神者6:眉月 1/3
離脱条件 審神者が3名以上遊戯に勝利する
審神者7:五七桐【勝利】
離脱条件 刀剣男士が審神者に怪我を負わす
審神者8:???
離脱条件 全刀剣男士に自分の真名を伝える、ただし遊戯から離脱した者は除く
「どうした?」
男性の声に、長船はゆっくりと顔を上げた。審神者6『眉月』を語る男が何食わぬ顔で言う。
「なんか不都合なもんでもあったか?」
離脱条件の難易度が上がり、元の離脱条件へ戻す手段を教えられても、菊一文字は教材置き場に留まった。それは新しい離脱条件を受け入れたからではなく、『5時間以上他の参加者と遭遇しない』をまだ達成していなかったからだ。
元の離脱条件に戻ってから改めて一人で五時間以上いることが求められる場合は無駄になるが、補足説明の際に魂之助に確認しても、魂之助は回答を拒否した。ならば、盃探しは他の審神者に任せ、安全策を取るべきだろう。
「(あと二時間)」
菊一文字はタブレットの左隅に表示された『06:52』を見て、心の中でつぶやく。遊戯が始まって二時間半から三時間が経った頃に眉月と会い、眉月たちと別れたのが三時間半過ぎ。そしてその直後にやって来た謎の刀剣男士が去ったのは、三時間五十分ちょうどだった。
その刀剣男士は部屋の戸を開けるなり、部屋の隅にいる菊一文字の所へ一直線にやって来た。男の身なりから明石国行ではないとはわかったが、裏を返せばそれ以上のことは何もわからず、背筋に冷たいものが走った。
しかし、謎の刀剣男士は何もしなかった。不機嫌そうなオーラを漂わせながら菊一文字を見下ろすだけで、菊一文字が話しかけても一切答えず、本当に何もしないまま去っていった。
「(一番考えられるのは刀剣男士6。その場合、なんで俺が審神者2だって知っていたのかだけど、あの二人から聞いたと考えるべきだろうな)」
刀剣男士が一直線に棚の影に隠れていた彼の元へ来たことも、菊一文字から情報を引っ張ろうとしなかったことも、それならば辻褄が合う。だが、いくつか腑に落ちない点はあった。
「(俺の妨害なら会った瞬間に達成したはずだ。短時間とはいえ、部屋に留まる理由がない。それに……)」
菊一文字は則宗への伝言を頼んだ時のことを思い出す。彼は眉月に託したつもりだった。主に話していたのは眉月であったし、長船は控えめな人といえば聞こえはいいが、彼には主体性がなく眉月に付き従っているだけの人に映った。
そんな彼女があの時だけは声を荒げた。眉月がすぐに言葉を被せて制したので、彼女が発したのはたった三文字だったけれど、その三文字の中にありとあらゆる感情が込められていた。
「(眉月さんは優しそうに見えて実際は合理主義者っぽい。自分が勝つために俺のことを刀剣男士にばらしたとしても、まあわかる。でも長船さんは違う気がするんだよな。少なくともあんな短時間で割り切れる人だとは思えない)」
ふと、自分はどうなるだろうかと彼は思った。あの謎の刀剣男士に、審神者の情報を渡すよう脅されたとしたら。助かるために情報を売る自分と、危険を顧みず情報を守り通す自分とを彼は思い浮かべたが、どちらもしっくり来なかった。
「(俺は多分、フリーズする)」
剣道は性格が出るとは彼の先生の口癖であったが、彼は試合中に想定外のことが起こると、頭が真っ白になり硬直する。その隙を突かれて一本を取られるものだから、先生からは固まるな動けとよく怒られた。しかし、動けと言われて動けるようになるのならば苦労はしない。そこで彼は固まるような状況に陥らないよう、想定外をなくす方向に努力を重ねたが……。
──坊主は実戦だと死ぬぞ。
稽古中に則宗にも同じ弱点を指摘され、今までのことを話すとそう言われた。
──頭ばかりでかくなって、いざという時、そのでかい頭が邪魔して体が動かない。
大げさなと、喉まで出たが彼は堪えた。自尊心を守るための言葉が、何よりも自尊心を傷つけるのは明白だった。しかし素直に認めることもまた自尊心が許さず、口を紡ぎ、顔を逸らす。
子供じみた態度を叱責されると思いきや、少しして則宗の笑い声が聞こえた。同時に、彼の手が菊一文字の頭を撫でまわす。
──やめろって。
──もがけ、もがけ。がむしゃらにもがくのは若人の特権だぞ。
──則宗さん、おっさんくさい。
──うははは! 僕はおっさん通り越してじじぃさ。
「(なんかむかつく)」
平安時代に作られた刀からすれば菊一文字は赤ん坊も同然なのだろうが、手のひらで転がされているような気がして腹立たしい。菊一文字は苛立ちを紛らわすように、大きな溜息を一つ吐いた。時刻を確かめるためタブレットに視線を落とすと、頭上から魂之助の声が聞こえた。
「離脱条件変更の発表を行います。刀剣男士5の一文字則宗が離脱条件を変更しました。一文字則宗の変更に伴い、審神者2の菊一文字の離脱条件も変更されます」
彼はたまたま離脱条件一覧を開いていた。魂之助の声を合図に、審神者2と刀剣男士5の条件が書き換わった。
≪離脱条件一覧≫
審神者1:長船/燭台切光忠
離脱条件 刀剣男士を2振刀解する
審神者2:菊一文字 32:40:32
離脱条件 36時間以上他の参加者と遭遇しない
審神者3:豊玉/和泉守兼定・堀川国広
離脱条件 24時間以上嘘を吐かない
審神者4:???
離脱条件 審神者と刀剣男士が、それぞれ2名以上遊戯に勝利する
鬼札:播磨
離脱条件 政府の用意した道具のうち、2つ以上を使用し、1つ以上を破壊する。ただし、自らの手で行うこと
審神者6:眉月/三日月宗近
離脱条件 審神者が3名以上遊戯に勝利する
審神者7:五七桐【勝利】
離脱条件 刀剣男士が審神者に怪我を負わす
審神者8:???
離脱条件 全刀剣男士に自分の真名を伝える、ただし遊戯から離脱した者は除く
刀剣男士1:???
離脱条件 宝珠が2回以上使用、もしくは破壊される
刀剣男士2:???
離脱条件 遊戯開始から12時間が経過する
刀剣男士3:???
離脱条件 全ての離脱条件の所持者を特定する
刀剣男士4:???
離脱条件 審神者8以外の審神者の真名を把握する。ただし、本人から直接聞かなければならない
刀剣男士5:一文字則宗
離脱条件 審神者の半径0.328メートル以内に328分いる
刀剣男士6:???
離脱条件 参加者4名以上に対し、離脱条件の達成を妨害する
刀剣男士7:???
離脱条件 審神者から神隠しの合意を得る。ただし、暴力や真名を使用した呪いは使ってはならない
刀剣男士8:一期一振 【敗北】
離脱条件 2名以上の審神者と、2時間行動を共にする
何故という言葉すら浮かばなかった。目の前に表示された文字を見ることはできても、脳が処理するのを拒んで読むことができない。そうやって彼は長い間画面を見続けていたが、徐々に脳が機能し始め、声を荒げる長船の姿が思い起こされる。
──だから……!
彼は頭がぐらりと揺らぐのを感じた。何故ではなく、まさかと思う。だが、次に聞こえてきたのは笑う則宗の声だった。
──もがけ、もがけ。がむしゃらにもがくのは若人の特権だぞ。
今まで感じたことがないほど、彼は腹が立った。手のひらで転がされているようで、本当に腹立たしい。けれど、やるしかなかった。
「ああ、くそっ! 動けばいいんだろ、動けば!!」
菊一文字は立ち上がった。則宗に会ったら一発殴ってやる、そう決意したが、きっと則宗は菊一文字の好きにさせるだろうと思うと、ますます腹立たしくなった。
審神者6『眉月』を語る男──鬼札──が、タブレットにまずいものがあったのかと長船に聞いてくる。もし正直に答えなければならないとすれば、彼女はタブレットでなくこの状況がまずいと答えるだろう。
鬼札が見つかったのは喜ばしいことだ。だが、長船が男の正体を明かしたところで、長船が本物の長船だと証明する者はおらず、自分一人の力でオフショルダーのワンピースの女性から信用を得なければならない。
漫才のようなやり取りをする男より、つい先ほど会ったばかりの長船の方を信じると思うのはあまりに楽観的すぎるだろう。仮に信じてくれたとしても、秘密遊戯はテーブルゲームとは違い、言葉でなく力で勝敗をつけることが許容されている。
「(彼女を巻き込んではいけない)」
タブレットを持つ手に汗をかくのを感じながら、彼女は努めて冷静を装い、男の問いにいいえと答えた。
「赤い字が書かれていなかったので、少し驚いただけです」
「俺は逆にあんたのが赤字だらけで驚いたな」
「次は私のね、はいどうぞ」
女性が長船にタブレットを差し出す。男と違い、床に置きはしなかった。あえてこれまでの流れを無視した女性の真意は測りかねたが、長船は自分のタブレットを拾い、男にタブレットを返してから(動きがぎこちなくなり内心ひやひやしたが、男は何も指摘しなかった)、女性のを受け取った。
女性のタブレットも黒い字しかなく、離脱した二人以外には、長船と豊玉の名前が書いてあった。
「豊玉さんは和泉……」
「ホウギョク?」
和泉守兼定と堀川国広のどちらに隠されたのか聞こうとしたが、途中ですっとんきょう声に遮られる。審神者3『豊玉』がはっとした顔をし、手で口を押さえる。
「うそ、それトヨタマじゃなくてホウギョクです?」
「貴方が和泉守兼定か堀川国広に隠された審神者だったら、トヨタマでなくホウギョクと読むと思いますが」
地名や人名は豊玉(トヨタマ)が一般的だが、土方歳三の雅号は豊玉(ホウギョク)だ。豊玉が情けない声を漏らす。
「私ずっとトヨタマだと思ってた~。もしかしてトヨタマって読んでたから何回もリセットされたのかな」
長船は菊一文字の話を思い出し、タブレットの審神者3の欄を見返す。遊戯者名の隣に表示されている時間は、菊一文字と同じであれば、離脱条件達成までの時間だろう。時間表示を見る限り、豊玉は二時間半前に嘘を吐いたようだった。
「俺思うんだけど、とよさんって審神者3にしちゃしゃべりすぎ」
「とよさんじゃなくて私はほうさんでした」
「ゴキブリ退治に使うあれか」
「私はホウ酸団子じゃありません!」
「若いのにホウ酸団子知ってんの?」
頬を膨らました豊玉と男がじゃれ合っているが、傍で聞いていた長船は気が気でなかった。まるで彼女が本物の審神者3ではないと疑っているような言いぶりだ。長船の疑念は、自分に話を振られたことで確信に変わる。
「俺の相手は聞かなくていいわけ?」
整った顔がにやりと歪んだ。鬼札探しをする審神者アピールというより、彼はスケープゴートを探している。長船が納得できる返答をしなければ、全ての参加者を把握できる鬼札だから聞く必要がなかったのだと、攻撃の契機にするつもりだ。
「三日月の別称なので三日月宗近だと思ったのですが、違いますか?」
「正解」
しかし、男の方が一枚上手だった。さっきの続きだけどと、彼女が警戒して切り上げた話題を蒸し返す。
「『播磨』のことは誰から聞いた?」
「審神者2の菊一文字から聞きました」
「特別に与えられる同陣営の参加者一名の離脱条件ってやつ?」
「はい、そうです」
「じゃあとよさんの情報は誰から?」
「……」
「どうした? 俺、まずいこと聞いた?」
長船は自分の失敗を悟った。審神者3の遊戯者名を知っているのは、本人以外には眉月しかいないのだから、彼女のタブレットに豊玉の名がある時点で鬼札との勝負は避けられなかったのだ。
まるで追い詰められた鬼札が見せる悪あがきのようだと思いながら、彼女は意を決して言った。
「本物の眉月さんからです」
男がきょとんとした顔をした後、眉根を寄せて乾いた笑いを漏らす。そう来たかとつぶやく様を長船は白々しく感じるが、何も知らない豊玉は頭にクエスチョンマークを浮かべながら二人を交互に見ている。
「僕が眉月さんと菊一文字くんに会ったのは、五七桐が離脱する前だ。貴方は眉月じゃない、鬼札だ!」
「鬼札はお前だろ! ったく、変な細工して自滅したかと思えば、俺になすりつける気かよ。ここに隠れてたのだって、他の審神者に見つかりたくなくて隠れてたんだろ」
「違う! 僕はここで眉月さんを待ってたんだ」
「その眉月さんとやらはどこにいるんだよ」
「彼女は……多分、トラブルが遭って来られなくなったんだと思う」
「じゃあ菊一文字は?」
「彼の離脱条件は他の参加者と会わないことだ。話をした後にすぐに別れました」
「そんなあやふやな理屈で、俺を鬼札に仕立てようとかよく思えたな」
「僕は事実を話しているだけだ。貴方こそ、貴方が本物の眉月だと証明できるんですか? 豊玉さんと会ったのはいつですか?」
初めて男が押し黙り、長船は豊玉の方へ顔を向けた。突如答えを求められ、豊玉は詰まりながらも男と会った時のことを話し出す。
「えっと、補足説明が終わって、それから一階に下りて、保健室から、眉月さんが出てきて……」
「この人と会ったのは鬼札が現れた後ですね?」
「は、はぃ」
豊玉が情けない声を出すと、彼女をかばうように男が立ち上がる。
「とよさん脅すのやめろよ」
「貴方こそ、そうやって点数稼ぎをするのはやめてください」
「点数稼ぎとか普通言うか? 大人しそうな顔してすげーなあんた」
すごくなんてないと長船は心の中でつぶやく。本当はいつ男が攻撃してくるか、怖くて仕方がなかった。震えだって、手を強く握り締めることでどうにか堪えている。
──僕がずっと守ってあげるから。
長船は自分の視線が引き戸に向いていたことに気づいた。自分が何を期待していたのかわからないほど彼女は愚かではなく、無意識に思い浮かべた相手に愕然とした。
「どうした?」
「あ、あの!」
男と豊玉の声が被る。お互い顔を見合わせ、無言のやり取りの後、豊玉が続きを話すことになった。
「三人で行動しましょう!」
「「は?」」
今度は長船と男の声が被った。
「お互い怪しいって言うなら、お互い監視すればいいじゃないですか。道具を見つけても私が使えば、眉月さんも長船さんも安心ですよね? そうしましょうそうしましょう!」
不自然なほど明るく振舞うのは、場の雰囲気に耐えられなくなったようにも、考えることを放棄したようにも見える。しかし、長船にとって悪い提案ではなかった。男に信用勝負で勝つ道を残しておけば、その分暴力を振るわれる恐れは減るし、常に男を監視することもできる。
長船は男の出方を待ったが、男は長船を一瞥した後、豊玉に向き直って了承の旨を伝えた。
教材置き場を出た菊一文字は、図書室でおかしな貼り紙を見つける。
『秘密遊戯の候補者リストが閲覧できます』
そう書かれた紙が、受付カウンターに貼られていた。周囲を探したが、候補者リストと呼べそうな物は見当たらなかった。
外階段を使い三階に下りると、今度は美術室に出た。美術室は二部屋に分かれており、外階段に通じていない部屋の方へ行くと、掲示板に図書室で見たのと同じ材質の紙が貼ってあった。
『参加者の動きを二時間封じることができる札です。動きを封じたい参加者の名を呼びながら札を飛ばしてください。』
拘束札の存在は長船から聞いており(眉月が言い忘れていたのを長船がフォローした)、菊一文字は政府の用意した道具の説明書きだと理解する。眉月が最初に見かけた時には二枚あったというが、一枚は燭台切光忠に使われ、もう一枚は所在不明である。
「(眉月さんはなんで一枚しか取らなかったんだろう)」
自分一人が独占するのを嫌ったのかもしれないが、対象は『動きを封じたい刀剣男士』ではなく『動きを封じたい参加者』であり、彼女は二枚とも回収すべきだった。
「(独占するのが嫌なら出会った審神者に渡せばいい。誰とも会えなかった時のことを考えて? 審神者5のために見つけやすい場所に残しておいた? ……どう考えても放置するリスクの方が高いだろ。あの理路整然と話す人が、こんな簡単なこと見落とすか?)」
己への問いかけに否と答える一方、何人たりとも常に最善の道を選び続けることは不可能だとも彼は知っている。試合中に固まって一本を取られてしまう菊一文字に、眉月を責める資格はないだろう。
「……」
もやもやとしたものが胸に残ったが、建設的ではないのでそれ以上考えるのはやめた。彼が考えるべきはこれから自分が何をすべきか、だった。
宝珠を使った則宗の真意はわからないけれど、則宗の考えの一端は彼にも見えてきた。菊一文字は自分の離脱条件のことばかり考えていたが、離脱条件の達成が困難になったのは則宗も同じだ。現に審神者の半径0.328メートルなど、意識して近づかない限り実現しない距離であり、彼が誤って勝ってしまう確率はほぼなくなった。
加えて、宝珠を使用したことで菊一文字と則宗が互いに離脱条件を把握できた。全参加者に名前を放送されるとはさすがに想定していなかっただろうが、則宗の離脱条件が則宗の意思に反して達成されるものではないとわかったおかげで、菊一文字は自由に行動できるようになった。
「(みんな自分のことで手一杯のはずだ。他の人のために動けるのは俺しかいない)」
『他の人』に鬼札を含めない己の冷淡さを自覚しつつも、彼は盃を探す。できれば眉月たちと合流したかったが、行き先は聞いていなかった。
このまま三階を見て回るか、それとも二階に下りるか。わずかな差だが三階の廊下へ出る戸の方が近いので、彼の足は自然とそちらに向いたが、ふと足を止める。
「(図書室、美術室……)」
どちらも特別教室であり、外階段に繋がる部屋だ。美術室の真下の部屋も、地図で見る限り特別教室のようである。まさかと思いつつ、あえて三階を選ぶ理由もなかったので、菊一文字は方向転換し外階段に出た。
美術室の下は職員室だった。二列に分かれた片袖机の間を進むと、道具の説明書きを発見する。しかし、彼は法則が当たったことを喜ぶのではなく、なんだこれと漏らした。
『政府特製のクラッカーです。気分が明るくなります。(特別な効能はありません)』
今回も説明書きだけで道具そのものは見つからなかった。一階の角部屋も特別教室(二階は職員室だったので普通教室ではないと言った方が正確か)と思われるため、彼が見つけた法則に従えば次は一階に向かうところだが、三回目と四回目ではまさかに込める期待値が違う。
「……一応見とくか」
決めあぐね、菊一文字は先に校長室を見ることにした。部屋の奥まった場所にある扉にネームプレートはついていなかったが、位置と扉の種類からして、彼は校長室と判断した。実際予想は当たっており、木製の扉を開けてまず見えたのは、革張りのソファーとトロフィーが飾られた棚である。窓の前にはエグゼクティブデスクも置かれていた。
部屋の中に入ると、ソファーの背に隠れていたローテーブルが姿を見せた。ガラスの天板には道具の説明書きがあった。
『参加者の位置情報を地図に反映させるアプリをダウンロードできます。「遊戯の決め事」の「政府の用意した道具について」を選び、以下のパスワードを入力してください。』
一度目を閉じてから改めて読み直すが、文章は変わっていなかった。彼は説明書きを正面から見るためソファーに座り、タブレットの所定の箇所に数字を打っていく。十六番目の数字を打ち終えたところで、画面は二階の地図に切り替わる。
校内図そのものに変化はなかったが、画面には新しく赤と青のアイコンが増えていた。菊一文字は画面を三階、四階、一階の順で切り替えていった。赤と青はそれぞれ七つあり各階に散らばっているのに対し、黄色のアイコンは四階に一つしかなかった。
「(しかも屋上のフェンスの真上に。フェンスに寄りかかってるってことか?)」
彼はソファーから窓の外を見たが、雨はなおも降っていた。
「(審神者でも刀剣男士でもない、別の色で示すべき者……もの…………物? まさか)」
今度のまさかはほぼ確信を得ているまさかだった。理屈屋の彼にしては珍しく、他の説を検証することなく即座に画面を切り替え、屋上まで行くルートを探した。幸い地図アプリのおかげで刀剣男士に会うことなく屋上にたどり着いたが、本当の試練はここからだった。
雨の中、黄色のアイコンが示す場所へ行っても、そこにはフェンスしかなかった。彼が隠れていた物置や見学者用のベンチは遠く離れた場所にあり、プールの中を覗こうとすれば、赤いアイコンは黄色いアイコンから離れてしまう。
菊一文字は黄色いアイコンの側に戻ると、フェンスにできた穴をじっと見つめた。屋上は落下防止のためフェンスで囲われているが、ここだけ金網が破れて拳大の穴が開いている。
「……」
彼の予想が正しければ、その重要性を鑑みて、特別な手順を求められたとしても不思議ではない。長期戦になると踏まえ、彼は一旦校舎の中へ戻ろうとしたが、彼の頭をぐしゃぐしゃとかき回す則宗の顔が脳裏に過った。
「……」
菊一文字は傘替わりに使っていたカーディガンを頭から下ろすと、腰に巻いた。踏ん切りがつかずずっと頭に乗せていたけれど、顔や首筋に布がまとわりつく不快感がなくなり、幾分かましになった。
「やってやろうじゃねえか」
今はここにいない彼に向って、菊一文字は決意を示した。
菊一文字に会いに行こうと言い出したのは、意外なことに眉月を名乗る男だった。いぶかしむ長船に、何だよその顔と男が鼻で笑う。
「離脱条件がああなっちまった以上、菊一文字が勝つのは無理だ。だったらあんたが本物の長船だって証言してもらおうぜ……本当にそんなやつがいるなら、だけど」
「(何を考えてる?)」
男のセリフは本来長船が言うべきセリフだ。たとえ鬼札が負けたとしても、菊一文字の離脱条件は二十四時間までしか戻らない。男と同じことを考えながらも口にしなかったのは、信じていた刀剣男士に裏切られ傷ついている少年に、引導を渡すのは気が引けたからだ。
何か裏がある。そうわかっていながら、長船は了承するしかなかった。豊玉はそういう言い方はないと思うと、男に対し苦言を呈してはくれたが、長船と男の立場が逆だったとしても、きっと彼女は同じことを言っただろう。豊玉の中の天秤がいつ傾くかわからない以上、彼女の信用を損ねる真似はできなかった。
三人は部室棟の捜索を切り上げ、四階の教材置き場へ向かったが、教材置き場には誰もいなかった。菊一文字が部屋から消えた理由は、当人に聞かなければ本当のところはわからないけれど、もし自分の意思で去ったのであれば。彼は勝負を諦めていないのかもしれないと長船は思う。
「(彼はまだ、一文字則宗を信じている)」
刀剣男士の危険性を説いても、則宗さんは違うと否定し続けた少年だ。則宗が自分を勝たせてくれると信じているからこそ、長船との接触を回避するため部屋を出た。
長船は虚しさを覚える一方で、悪役にならずにすんだことに安堵していた。そして認めたくはなかったが、菊一文字をうらやましく思いもする。
──僕を一番傷つけたのは君じゃないか!!
信じていられるものならば、彼女も彼を信じていたかった。
「おい」
菊一文字が座っていた部屋の隅を見つめていたが、呼びかけられたので振り返る。刀剣男士には及ばないが、それでも刀剣男士の豊前江に似ていると言われるほどの容姿だ。見下ろされると迫力があった。一度閉じられた男の口が薄く。
「私ずっと思ってたんだけど長船さんの服って可愛いよね!」
しかし、豊玉が突然突拍子のないことを言い出した。一拍間を置いた後、今は……と男が豊玉の方を見て言ったが、豊玉がまた男の言葉を封じる。
「なんというか、小さい頃思ってたお姫様の服って感じ。フリルとかレースとかいっぱいあって、すっごく可愛い! 髪も編み込みすごいよね、それどうやってやってるの?」
「これは燭台切がやってるから僕は………」
長船は聞かれるがままに答えたが、途中で失言だと気づく。しかし気づいた時には遅く、場に気まずい空気が流れる。
「服も?」
「あはは……」
適当な言葉が出てこず笑ってごまかそうとするが、空気は余計に悪化した。ケンカ腰だった男でさえ、長船と目が合うと気まずそうに視線を逸らした。
「も、もしかして!」
最初に沈黙に耐えられなくなったのは、やはり豊玉だった。
「長船さんって『合意なき刀解』ができるすごい審神者だったりします?」
「それは……」
長船は単なる作り話と言いかけたが、空気を変えようと一生懸命な彼女を否定したくはなく、話に乗ることにした。
「僕はそんなすごい審神者ではないですよ」
刀解とは一度依り代に降ろした神を、一定の手順を踏んで本霊の元へ還す儀式である。刀剣男士が自身より神格の低い審神者に従うのは、偏に彼らの好意によるものであり、本霊に還ってもらうにも彼らの意思を尊重せねばならない。
だが、霊力の高いトップクラスの審神者は、刀剣男士の意思に関係なく刀解を行えると審神者たちの間でまことしやかに語られている。政府が存在を認めていないこの刀解のやり方を、審神者たちは『合意なき刀解』と呼ぶ。
「だよね~」
豊玉も噂を鵜呑みにしているわけではなく、話題に困って無理やり捻り出したらしい。先ほどの長船と同じく、乾いた笑いを漏らした。
「合意なき刀解って久しぶりに聞きました」
「私だって本気で信じてるわけじゃないよ? でも長船さんが、生まれた時から特別な教育受けてるんで合意なき刀解できます! って言ったら信じちゃう」
「なんですかそれ」
「笑わないでよ。だって長船さん、すごくお嬢様っぽいんだもん。それにね、刀解にOK出す刀なんてそもそもここにいないでしょ? だから…………ごめん」
豊玉は女性同士のたわいないおしゃべりを楽しんでいたが、長船の表情が一転したのに気づき、小さな声で謝った。気にしないでと言われるのを期待したのだろうが長船からの返事はなく、豊玉は再度謝罪し別の話題を振るが、それでも長船は無言のままだった。
しかし、長船は過酷な現実を突きつけられ傷ついていたわけではない。豊玉の言葉が妙に引っかかり、頭の中で反芻していた。
──刀解にOK出す刀なんてそもそもここにいないでしょ?
──刀解にOK出す刀なんてそもそもここにいないでしょ?
──刀解にOK出す刀なんてそもそも"ここに"いないでしょ?
「(ここにいないのならばどこにいる? ここにいないのに僕はどうやって刀解する?)」
その答えを探した結果、豊玉は合意なき刀解にたどり着いたようだが、合意なき刀解は審神者が作り出した空想の産物に過ぎない。政府は彼女のため『刀解に合意する刀剣男士』と『本霊の元へ還す儀式を行うための場所』を用意しているはずだ。
「……なんで気づかなかったんだろう」
「ごめんなさい!」
パンッと手を叩く音で長船は我に返った。豊玉が両手を合わせ、頭を下げていた。
「私いつも考えずにしゃべるから、余計なことばかり言って……それでいつも人を傷つけて……」
最初こそ勢いがあったが語尾が小さくなっていき、顔の前で合わせていた手も解けて力なく落ちていく。長船はとっさに豊玉の手を握った。何故かこの手を握らなければ後悔すると、恐怖にも似た感情に襲われた。
握った手を通して豊玉の動揺が伝わって来たが、長船は怯まなかった。長船は豊玉の目をまっすぐに見つめる。
「僕は鍛錬所で新しい刀剣男士を顕現させて、その刀剣男士を刀解すればいいんだ」
過程を省き結論だけ言ったのですぐには伝わらなかったが、徐々に手に伝わる強張りがなくなり、豊玉の顔がほころんでいく。ついには伸びたままだった指が曲がり、長船の手を握り返した。
「良かった~!」
そう言うと長船の手を握ったまま、長船の体に寄りかかった。
「鬼札が負けなくても長船さんは勝てるんだ! 本当に良かった」
身体的接触は苦手なはずなのに、体が密着していても不快にはならなかった。長船はふと思う。女友達とはこんな存在なのだろうかと。特殊な生い立ち故に、彼女には友人と呼べる存在がいなかったし、この先もそう呼べる対象は現れないと思っていた。
ありがとうと豊玉に礼を言う際、長船自身は気づいていなかったけれど、彼女ははにかむように笑っていた。
眉月には将来を約束した人がいた。出会いは大学四年生の時。内定者懇談会でたまたま同じテーブルになったことから親しくなり、社会人一年目の正月休みには、互いの家へ結婚の挨拶をしに行くまでになった。
ブライダルチェックをしたいと言い出したのは恋人からだった。そんな神経質なことをやりたがるとは思わなかったというのが眉月の率直な感想であったが、断って波風を立たせるのは避けたく、眉月はブライダルチェックを受けることを了承する。自分に生殖能力がないなど、この時は夢にも思っていなかった。
幸せだった日常は脆くも崩れ去った。話し合いを重ねたが恋人の意思は固く、どうしても自分の血を分けた子供が欲しいんだと、泣きながら床に頭をつけて謝られれば、受け入れざるをえなかった。眉月は会社を辞め、審神者になった。
時薬とはよく言ったもので、大勢の刀剣男士に囲まれ慌ただしい日常を送るうちに、元恋人を思い出すことは少なくなった。
それでもふと夜空を見上げ、そこに綺麗な月が浮かんでいた日には、恋人と共に歩む未来を語り合った日々が思い出され、無性にたまらなくなる。眉月は酒を好まなかったが、その日ばかりは浴びるように酒を飲んだ。本丸が発足してすぐの頃は、刀剣男士が見かねて止めに来たものだが、月日が経ち、頻度も少なくなったことで皆黙認するようになった。
眉月の酒の相手はいつも月だった。部屋の障子を開け、夜空に浮かぶ月を眺めながら酒を飲む。月を見て心がかき乱されたのに、何故月を見ながら酒を飲むのか。眉月自身わからなかったが、月がなければ気がまぎれなかった。
あの日も眉月は月を相手に酒を飲んでいた。一升瓶が半分まで減った頃、空の月が隠れ、新たな月が現れる。三日月宗近だった。三日月は内番着だったが、それでも新たな月と呼んで差し支えないほど、神々しく、美しかった。
眉月は三日月の美しさに目を奪われ、彼が無断で部屋に入って来たのを咎めもせず、眉月の隣に座るのを視線で追う。
──俺にも注いでくれ。
そう言って彼が差し出した左手には、世界的に有名な猫のキャラクターの形をしたお猪口が乗っていた。天下五剣のうち最も美しいと言われる三日月が、ままごとで使うようなお猪口を持っているギャップに眉月は吹き出した。冷静になって考えれば、何がそんなにおかしいのかわからないが、眉月は腹を抱えて笑いながら、三日月のお猪口に酒を注いだ。
その後、眉月は思いつくままに話し続けた。主に酒をねだる図々しさを揶揄したかと思えば、急に好きな食べ物と苦手な食べ物を交互に挙げ、さらにはその途中で検非違使に遭遇した時の苦い思い出話を挟んだ。
要するにめちゃくちゃだったのだが、三日月は好々爺然とした笑みを浮かべ、聞き役に徹した。眉月はますます饒舌になり、誰にも打ち明けなかった審神者になった理由まで口にしていた。
元恋人に対する想いは複雑だったが、眉月は決して恋人を責めるようなことは言わず、代わりに自分の体を下品な言葉で表現して笑い飛ばした。三日月は月を背にして座っている。部屋の電気も点けていない。だから些細な表情の変化は把握できないけれど、おおよその想像はついた。
それでも眉月は自分の体を卑下し続けたが、酒の力を借りるため杯をあおる眉月に、三日月は静かに言った。
──子が欲しかったのは主も同じだったのにな。
どんな慰めの言葉をも笑って跳ねのけるつもりでいたのに、眉月は杯を投げ捨て三日月に掴みかかっていた。わかったような口を利くなと怒鳴りつけようとしたが、三日月の瞳に浮かぶ月が見え、上衣を掴む手が緩む。その一瞬の隙に、三日月は眉月の背に手を回し、抱き寄せた。
──苦しかったな、もう我慢せずともよい。
その時、三日月の体で隠れていた縁側が見えた。親子が三人座っており、月見をしていた。真ん中に座った子供は月よりも団子に夢中で、夫婦がその様子を微笑ましそうに見ている。
子供がお父さんと隣にいる父親を呼ぶ。男の子にも女の子にも見える顔立ちで、麻柄の浴衣は性別を特定する役には立たなかった。けれど父親を見上げる横顔は、眉月の幼い頃にとても良く似ている。
眉月の目から涙が零れた。当たり前だと思っていた、決して手に入らない未来。眉月は声を上げて泣いた。背をさする手がいつしか肩に移り、そのまま押し倒されたが、眉月は抵抗しなかった。同情でもいいから人の温もりが欲しかった。
眉月にとって三日月は、際立った特徴のない刀剣男士だった。名剣名刀がそろう本丸においては、天下五剣もその美しさも特別ではなく、強さ、親しさ、付き合いの長さ、そのどれもが中途半端な刀。それが眉月にとっての三日月宗近だった。
だから特別だったのはあの一夜限りで、夜が明ければ元の関係に戻った……はずだった。一月後、眉月は下腹部に痛みを感じるようになる。審神者という職業柄、気軽に休むことはできないが、日に日に症状は悪化し、ついには嘔吐を繰り返して何も食べられなくなってしまい、眉月は観念して病院に行った。
──胎児のような影があります。
腹部のレントゲンを見ながら、医者が緊迫した面持ちで言った。眉月は癌の告知だと思いショックを受ける一方で、変な表現を使う医者だとも思った。眉月が孕むことは絶対ないのだから、たとえ胎児のように見えてもそう表現するのはおかしい。
だが、医者は刀剣男士との性交渉の有無を聞いてきた。合意だったのか、産むつもりはあるのかとも。冗談にしては悪趣味すぎた。眉月はあまりの不快感に言葉が出なかったが、医者は眉月に忠告する。
──常識を捨ててください。神話では不妊の女性どころか、男だって妊娠する。
今後の身の振り方を考えておくように言われ、眉月は本丸に帰された。主を出迎える面々を無視し、眉月は三日月の部屋に直行した。彼は戦場から帰ってきたばかりで、戦装束を解いている最中だった。
元々着替えを見られて動じるような男ではなかったが、部屋の前に立ち唇をわななかせる主を見ても、三日月は穏やかに微笑み、月が浮かぶ目を細めた。
──子が欲しかったのだろう?
覚えているのは強い憤りだけだ。眉月の長年の苦しみと葛藤を、子が欲しいとただそれだけに矮小化させた三日月が許せなかった。気づいた時には三日月の刀身を握り、砂のように細かくなった破片が指の隙間から零れ落ちていた。
分霊を本霊の元へ還すという本来の目的を考えれば、眉月の刀解は失敗だった。しかし、刀剣男士の意思を無視し強制的に体を破壊する。まさしく審神者たちがイメージする『合意なき刀解』そのものだった。
長船を名乗る女が『僕は鍛錬所で新しい刀剣男士を顕現させて、その刀剣男士を刀解すればいいんだ』と言った時、眉月はどういった理屈でその考えに至ったのか、瞬時に理解した。
だが、合意なき刀解は現に存在し、中学校をモデルにした会場に鍛錬所があるとは思えない。砂になった破片が零れ落ちる感覚が蘇り、彼は右手を強く握り締めた。
会場内の探索は男性の彼が自然と先頭を歩く流れになり、四階から三階に下りて音楽室を見た後は、美術室に行った。長船を名乗る女が掲示板の前で『本物の眉月さん』という女の話をしていた時、全身が濡れ、折り畳んだ青いカーディガンを抱えた少年が現れた。
眉月は二人を守ろうと足を踏み出したが、少年は女の姿を認めるなり、長船さんと言い女に駆け寄る。少年は眉月たちを見た後、女に聞いた。
「眉月さんはどこに?」
女の横顔に躊躇いが見えた。彼が鬼札を鬼札だと追及する時に覚える躊躇いに、似ている気がした。
「あの後……」
しばらくした後、女が続ける。
「あの後、眉月さんとは手分けして道具を探していたんだけど、合流できなくて。それよりその格好、何かあったの?」
「あとで話します。俺は審神者2『菊一文字』です。お二人は?」
一切の迷いなく、少年は遊戯者名を名乗った。少年の容姿は女が語る菊一文字の特徴と一致していたし、二人が知り合いなのは少年が女を呼んだ時の声のニュアンスからもわかった。けれど彼からすればありえないことで、頭が理解することを拒否した。
「お前が、審神者2だっていう証拠は?」
時間稼ぎのため少年に問うたが、少年はすぐさまタブレットの画面を彼に見せる。離脱条件一覧が開かれており、黒い文字で書かれた審神者2『菊一文字』の隣に『36:00:00』とあった。
「鬼札は成り代わることはできますが、離脱条件の達成は本来の持ち主でないといけない。審神者2のところに時間が表示されてると思いますが、これは離脱条件達成に必要な残り時間です。貴方たちに会ったことでリセットされて三十六時間に戻りましたし、貴方たちといる限り、三十六時間から減ることはない」
少年は成人男性相手にも臆することなく、己が審神者2である証拠を述べる。十代の少年らしからぬ落ち着き払った態度が、かえって十代特有の小生意気さを感じさせ鼻についたが、反論する余地はなかった。
「それに俺は審神者5が鬼札に変わる前に、長船さんと互いの遊戯者名を確認しました。まあ、見たという証拠は示しようがないんですけど、こんな嘘を吐く必要ありませんよね」
眉月がなおも黙っていると、菊一文字は再び彼に問いかけた。
「それで、貴方は誰なんですか?」
菊一文字の言葉を最後に場は静まり返り、三人の視線が眉月に集中する。皆が眉月の答えを待っていた。
眉月からすれば『勝利を諦めた菊一文字が、鬼札を助けるため嘘の供述をしている』のだが、当の本人たちにそう主張しても意味がない。頼みの綱の豊玉も、四階での出来事を契機に女と親しくなり、彼に味方するとは考えにくい。眉月はくそっと吐き捨てた。
「お前ら一体俺に何の恨みがあるってんだよ!?」
怪訝な顔をした少年と、気まずそうに視線を下に向ける女にますます腹が立ち、眉月は近くの壁を蹴った。壁を蹴る音が部屋に響き、豊玉が短い悲鳴を上げる。しかし少年は動じることなく眉月の代わりに女に尋ね、女は体育館で会って以降の出来事を掻い摘んで少年に説明した。
「言いたいことはありますか?」
話を聞き終えた少年が、眉月に向き直る。
「俺は眉月だ! 鬼札じゃない!」
「わかりました」
菊一文字の隣にいる女が横を向き、何も言いはしないが眉月も女と同じ気持ちだった。しかし菊一文字が口にした了承の言葉は、彼が期待した意味合いのものではなかった。
「ですが、この場において最も疑わしいのは貴方であることに変わりはない。なので、貴方の疑いが晴れるまで縛らせてください」
「亀甲かよ」
「そんな趣味ないし! っていうか何その発想」
亀甲貞宗のことを言ったのだが、間違って伝わったらしく、少年が初めて感情を乱した。とにかくと少年が咳払いをする。
「盃を使えば貴方の無実は証明される。だから盃を使うまでの間です。……鬼札でないのなら異論ありませんよね?」
盃を使えば鬼札の化ける力は無効となり、タブレットには柳に雷の札の絵しか映らなくなる。もちろん盃を使うこと自体に異論はないが、刀剣男士といつ出くわすかわからない状況下で、動きを制限されるのは危険すぎる。
豊前ほどではないが彼も足には自信があり、逃げることも考えた。だが、菊一文字から鬼札でないと担保された女が率先して道具を使うかもしれないと考えると、苦渋の決断ではあったが、眉月は少年の提案を了承した。
「今後道具を見つけたら豊玉が使う。それが条件だ」
「この中で遊戯者番号が確定しているのは俺だけですから、俺が使います。俺が不審な動きをしないか、豊玉さんに監視してもらうのはかまいません」
「……わかった」
「ありがとうございます。豊玉さん、少し離れててください」
豊玉が離れたのを確認すると、少年は持っていたカーディガンを女に渡し、女に耳打ちすると、またカーディガンを手に取り眉月の背後に回った。眉月が疑問を呈す前に、手を体の後ろで合わせるように命じられた。
相変わらず生意気な物言いが癪に障ったが、言われるがまま手を後ろに回すと、カーディガンで腕をきつく縛られた。あまりの遠慮のなさに眉月はおいと低い声で訴えたが、少年は緩んでいないか見ておいてくださいと豊玉に言って、女の隣に戻っていった。
「これが説明書きです」
少年が折り畳んだ紙を取り出し、女の前で広げた。女は説明書きと言われた紙を覗き込むが、体の前で弧を描くように両手を合わせた変なポーズをしている。しばらくして、女が何だろうとつぶやいた。
「俺も何のことかわからなくて。長船さんたちに意見をもらおうと思って来たんです」
「酒を入れるとか」
「ここ学校ですよ」
「料理酒ならあるかもしれない」
「……そうか、料理酒か」
「ねえ」
豊玉の声が背後からした。菊一文字に言われ、律義にもカーディガンの結び目が見える場所に移動したので、その表情は眉月からは伺えない。
「もしかして長船が持ってるのって、盃?」
眉月はそう聞いて初めて、女の手が物を包むように合わせられているのと、わずかな隙間から赤い色が覗いているのに気づいた。菊一文字は眉月を一瞥し、襲われる危険性は低くなったと判断したのだろう。豊玉の問いにそうですと答えた。
「屋上で見つけました」
「だからそんなに濡れて……」
「いや、今はそこじゃないだろ。あるならさっさと使えよ」
「使い方がわからないんです」
眉月がツッコミを入れると、少年がむっとした顔で言い返す。眉月は魂之助の説明を思い返した。魂之助は『盃を使えば他の参加者に化ける能力は失われ、鬼札のタブレットには柳に雷の札の絵しか映らなくなる』『盃の使用方法は盃の説明書きに書いてある』と言っていた。
菊一文字たちが見ているのは盃の説明書きのはずであるが、眉月が眉をひそめていると、女が口を開いた。
「この盃を本来の姿に戻せば、鬼札の力は無効化されるって書いてある」
「長船さん」
「料理酒を入れるので本当にいいのかはわからないけど。豊玉は調理室とか、給食室とか見ていない?」
「わ、私は何も……」
「『菊に盃』だろ」
二人の会話に眉月が割って入る。女がはっとした顔をし、手を開いてその内にある赤い盃を見た。
──第一の勝者と同陣営の参加者から一名、『鬼札』が選ばれます。
──遊戯会場内にありますこの『盃』をお探しください。
──鬼札のタブレットには『柳に雷』の札の絵しか映らなくなります。
現代ではあまり見かけなくなった古風な赤い盃を見た時、それまでの話の流れもあって彼は自然と九月のタネ札『菊に盃』を連想したのだが、どうやら他の三人は違ったらしい。だが、決して突飛な発想ではないはずだ。
「学校の中庭に菊の景趣もどき持ってくるとか趣味が渋いと思ってたけど、『菊に盃』を再現するためだったと言われれば納得する」
「つまり、ただ酒を注ぐだけではなく菊酒にする必要があると」
「それか寿って内側に書くかだな」
「寿は札の意味を強調するためのものですし、『盃の本来の姿』というのであれば僕も菊酒だと思います」
鬼札である女が彼の意見に賛同する意味がわからず不気味であったが、菊一文字が会話に加わらない理由は察しがついた。眉月は少年に向かい、花札だよと言う。
「『鬼札』も『柳に雷』も『菊に盃』も全部、花札用語! あととよさん」
眉月は体を捻り、後ろにいる豊玉に向き合う。
「給食室は一緒に見ただろ」
「……あ~! そうだった」
「しっかりしてくれよ、離脱条件大丈夫か?」
彼と豊玉が会ったのは、魂之助の補足説明が終わってすぐの頃だ。眉月が保健室から出たところで、廊下を歩く豊玉と会った。そこから自己紹介をし、一緒に一階を見て回ったのだが、給食室は保健室の三つ隣の部屋にあった。
豊玉は眉月の視線の意味に気づき、慌ててタブレットを確認する。彼女は画面を見ながら大丈夫でしたと答えた。彼は安堵と呆れが混ざった溜息を吐き、再び前を向く。
「ぱっと見た感じだと何もなかったが、探せば料理酒もあるかもしれない。まずは中庭行って、それから給食室だ」
彼の提案に、女と菊一文字が顔を見合わせる。演技にも本当に戸惑っているようにも見えたけれど、彼はあえてヒールのような振る舞いをした。
「鬼札がミスリードさせようとしてるってか? だったら俺のよりしっくりくる代替案言いな。その利口な頭からならご立派な案が出てくんだろ」
少年は安い挑発に乗りはしなかったが、菊の花を摘みに行くことには了承した。眉月との約束どおり、盃は菊一文字が持ち、彼が地図アプリ(校長室にあった政府の道具で、この地図アプリを使って長船たちがいる美術室に来たと少年は言った)で皆を先導しながら中庭に向かった。
外は雨が降っている。けれど会場内はとても静かで、菊一文字が中庭のガラス戸を開けた時だけ雨音がし、閉じるとまた無音に戻った。
中庭には菊一文字だけが出た。他の三人は廊下で待機し、雨で濡れたガラス壁越しに、菊の花を摘む少年の姿を見る。すぐに校舎に入ればいいのに何を思ったか、菊一文字は菊の花を摘んだ手を盃の上で広げた。
ひらひらと黄色い花びらが宙を舞う。そんなにゆっくりと花びらが落ちることも、彼の距離からその様が見えることもありえないのに、眉月には盃に溜まった雨水の上に菊が乗る様まではっきりと見えた。
「盃が使用されました。鬼札および化け札の能力を無効化します。また、ただいまをもって、前回参加者の行動制限を解除します」
魂之助の声がした。気になるワードはいくつもあったが、彼は天井のスピーカーを見上げている女に言った。
「お前のタブレット見せろ」
女は躊躇いつつも、彼に自分のタブレットを見せた。その躊躇いは鬼札故のものだと彼は思いたかったが、女のタブレットには離脱条件一覧が映っていた。つまり、女は鬼札ではなかった。
「うそだろ……」
つぶやかずにはいられなかった。鬼札でないならば、何故眉月が眉月ではないと嘘を吐いたのか。しかし、混乱しているのは長船と証明された女もだった。
「タブレットは、どこに?」
「ジャケットのポケットだ。右だ」
眉月は手を縛られているので、長船に代わりに取らす。長船はぎこちない動きで彼のタブレットを取り、画面を見て息をのんだ。もちろん、彼のタブレットにも柳に雷の絵は浮かんでいない。
「なんで」
「だから俺が眉月だって言っただろ!」
「でも、それだったらあの眉月さんは……」
そこまで口にすると、長船の視線が彼の後ろに向けられた。つられて彼も後ろを向く。豊玉が引きつった笑みを浮かべていた。
言わなければいけないと思いつつ、眉月は声が出なかった。その間に豊玉が一歩、また一歩と後ろに下がる。
「君の」
先に声を取り戻したのは長船だった。けれど、その声はかすれていた。
「君の……タブレットを……」
「あぁぁぁああああああっ!!!!!」
突然の絶叫に二人が怯んだ隙に、豊玉──だと思われていた女──は走り出した。眉月はとっさに追いかけようとしたが、手を縛られているせいで体勢を崩し、その場に倒れ込んだ。苦痛に顔を歪める彼の前を、白いヒールが横切っていく。
「播磨っ!!」
長船が駆けながら鬼札の名を呼び、手を伸ばした。
「さて、互いに許可が下りたことですし。種明かしといきましょうか」
「ご承知のとおり、私の前回大会での遊戯者名は『竜胆』。鶴丸国永と遊戯に参加し、勝利しました」
「いいえ、今回は『竜胆』ではありません。審神者3『豊玉』です。証拠をお見せしたいところですが、先ほど魂之助が放送しましたとおり、こうなってしまったもので」
「化ける力のみある『ただの化け札』について言及したのは薬研藤四郎だけでしたが、貴方もお気づきでしたか? 鬼札のタブレットが柳に雷の札の絵しか映さなくなるように、『化け札』である私は菊に盃で画面が固定され、離脱条件一覧を開くことはできなくなりました」
「隠されてはいませんよ。前回大会の反省を踏まえ、政府は魂之助以外にも遊戯を円滑に進めるための存在が必要と判断しました」
「つまり、私は参加者を装った遊戯の進行役ということです。遊戯開始早々脱落しそうな参加者を助けに行ったり、ちょっとした火種を撒いたり。……ふふっ、そう思っていただいてもかまいませんが、私の役目はこれで終わりです。あとは大人しくしておきますから安心してください」
「ただ、私の対となる参加者は違います。彼はようやく本来の目的に適った行動が取れる」
「もうおわかりでしょう? 私の対となる参加者」
「行かれるのですね。わかりました」
「それでは失礼いたします、山姥切国広。ご健闘をお祈りいたします」
≪離脱条件一覧≫
刀剣男士1:???
離脱条件 宝珠が2回以上使用、もしくは破壊される
刀剣男士2:山姥切国広
離脱条件 遊戯開始から12時間が経過する
刀剣男士3:???
離脱条件 全ての離脱条件の所持者を特定する
刀剣男士4:燭台切光忠
離脱条件 審神者8以外の審神者の真名を把握する。ただし、本人から直接聞かなければならない
刀剣男士5:一文字則宗
離脱条件(易)審神者の半径3.28メートル以内に連続して3.28時間いる
離脱条件(難)審神者の半径0.328メートル以内に328分いる
刀剣男士6:薬研藤四郎
離脱条件 参加者4名以上に対し、離脱条件の達成を妨害する
刀剣男士7:???
離脱条件 審神者から神隠しの合意を得る。ただし、暴力や真名を使用した呪いは使ってはならない
刀剣男士8:一期一振 【敗北】
離脱条件 2名以上の審神者と、2時間行動を共にする
審神者1:長船
離脱条件(易)刀剣男士を1振刀解する
離脱条件(難)刀剣男士を2振刀解する
審神者2:菊一文字
離脱条件(易)5時間以上他の参加者と遭遇しない
離脱条件(難)24時間以上他の参加者と遭遇しない
離脱条件(極)36時間以上他の参加者と遭遇しない
審神者3:豊玉
離脱条件(易)5時間以上嘘を吐かない
離脱条件(難)24時間以上嘘を吐かない
審神者4:五十番
離脱条件(易)遊戯の勝者が2名以上になる
離脱条件(難)審神者と刀剣男士が、それぞれ2名以上遊戯に勝利する
鬼札(審神者5):播磨
離脱条件 政府の用意した道具のうち、2つ以上を使用し、1つ以上を破壊する。ただし、自らの手で行うこと
審神者6:眉月
離脱条件(易)審神者が1名以上遊戯に勝利する
離脱条件(難)審神者が3名以上遊戯に勝利する
審神者7:五七桐【勝利】
離脱条件 刀剣男士が審神者に怪我を負わす
審神者8:写し
離脱条件(易)2名以上の刀剣男士に自分の真名を伝える
離脱条件(難)全刀剣男士に自分の真名を伝える、ただし遊戯から離脱した者は除く
≪道具一覧≫
・宝珠
・盃
・秘密遊戯の候補者リスト
・位置情報アプリ
・拘束札
・鍛錬所
・クラッカー