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    指先の珊瑚
     汗の滲んだ膝丸の額に濡らした手拭いを当ててやると、顰めた眉の下の潤んだ目が髭切を見上げた。そうして一度大きく息を吸ったのを見て、髭切は何か言おうとする膝丸を片手で制する。
    「礼はいいから黙っておいで」
     膝丸の目は物言いたげに髭切を見つめたが、吸った息をゆっくり吐き出すと口を噤んだ。髭切はその様子に笑みを深くして、額に置いてやった手拭いで弟の頬と首筋も拭ってやる。荒い呼吸はそれに幾らか安らいだように思えた。
    「しかし、新しい戦場は本当に難所だね。お前がこんな大怪我をしてくるなんて」
     手入れ部屋の空きを待つ応急処置室で、膝丸は戦装束を解き、汚れを軽く拭われた状態で横になっている。手入れ部屋に入る順番を後に回されたため、破れた腹を中心に止血の処置だけを施された弟が、怪我からの発熱に喘いでいる様子をしばらく見なければいけないのは心苦しいが、髭切には付き添う以外にできることがなかった。
    「僕ももう少し練度が上がったら、そこに出陣することになるらしいんだけど、覚悟しておかないとね」
     膝丸の傍に腰を下ろした髭切が、水を張った盥で手拭いをもう一度濡らしながらそう言うのを、膝丸は視線だけで窺う。髭切の顕現が遅かったことから、ふたりは同じ部隊で出陣したことがなかった。
    「大丈夫だって、油断なんてしないよ」
     そう言って髭切が笑うと、膝丸は安心したように軽く息を吐いた。
     膝丸がこうして手入れ部屋の空きを待つとき、髭切は弟に付き添って取るに足らない話をすることにしている。痛みから気を逸らそうとしてのことだが、どれだけ効果があるのかは分からない。しかし、いつだったか、閨でその話になったとき膝丸が頬を緩ませるのを見たから、遠征や出陣で時間が合わないとき以外は欠かさずそばにいるようにしていた。
    「また新しい戦場も増えたというし、大変だね」
     横になっている膝丸は、そうだな、とでも言うように小さく頷いた。その額に、髭切はまた手拭いを載せてやる。冷たさが気持ちいいのだろう、膝丸は表情をやや緩めて、細く長い息を吐いた。
     膝丸はここ最近、出陣する度に手入れ部屋に入っているから、実を言うと取るに足らない話の種も尽きてきている。ゆっくりとまばたきする弟の顔を眺めながら、何を話したものかな、と髭切が思案したとき、膝丸の左腕が視界に入った。
     髭切は何気なくその腕を手にとって、その緩やかに曲げられた長い指や筋張った手首をまじまじと見つめた。膝丸はその兄の行動を、発熱から涙の浮いた目で見守っている。
     膝丸の手は、髭切の手とよく似ている。もしそれを弟に伝えれば、当然だ、と応えるだろうと考えて、髭切は小さく笑う。膝丸は髭切と対となる姿を得たことが嬉しくて仕方がないらしい。まるで子どものような弟の喜色は、髭切には微笑ましく映る。
     力なく曲げられた肘から先、しなやかな筋肉のついた腕を軽く握ると、指に柔らかな肉の弾力を感じて、髭切は心の内で、おお、と感心した。さらにその先、手首の骨の丸みを親指で撫でながら、掌を見つめる。出血のために青白くなった手の甲にも、青い血管と骨の形を映した丸い関節と、それによってできる小さな窪みがある。髭切は何気なく、その左手に自分の右手を当てると、長い指の間に自分の指を通して握り込んだ。いつもは温かい手は、冷たくなっていた。
     膝丸は何も言わずに、髭切が自分の腕で遊ぶのを見ている。もしかしたら、黙っておいで、と言われたことを律儀に守っているのかもしれなかった。現に髭切と揃いの琥珀の目は、物言いたげに腕と髭切の顔を行き来している。
     髭切はその膝丸の様子に目を細めてみせる。すると膝丸は、少し険のある目つきになった。怪我の痛みから表情が変化したのではないことは容易に知れて、髭切はそれが楽しくてますます頬が緩む。そうして右手で握り込んだ弟の左手を観察し始めた。
     長い指だが、おそらく髭切も同じくらい長い指をしているだろう。こんなところも揃いだ、と思って、髭切は肩を揺らす。そのとき、はぁ、という嘆息が耳に届いて、髭切は横になっている弟の顔に視線を移した。
    「今、溜め息吐かなかったかい?」
     話しかけられた膝丸は、髭切から視線を外して何も応えない。拗ねるなんて珍しい、と思って、髭切はしたいようにさせておく。髭切は、自分の前でだけはただの弟になってしまう膝丸を見るのが好きだった。
     むくれた弟から、その弟の手に視線を戻して、また観察を続ける。長い指はしなやかだが、関節の形がよくわかる。その関節を辿りながら、末端にある爪まで視線を移すと、おや、と思って、髭切の目はそこに釘付けになった。
     よく知った弟の指だ。触れたこともあれば、触れられたこともある。その回数も数えられる範囲に収まらない。その指先が、いつも髭切に柔らかく触れる指の爪が、常とは違う色をしていることに髭切は目を丸くしたのだ。
     縦に長い形の膝丸の爪は、いつもは根元から白くなった先まで、珊瑚に似た色の柔らかい濃淡を描いていた。しかし、今はその赤みは消え失せていて、血の気の失せた寒々しい色になっている。それに髭切は唇を尖らせた。手の甲に握り込んでいる髭切の爪は、髭切の記憶にある膝丸の爪にやはりよく似ている。この弟の爪では、揃いにならない。
     楽しく弟の腕を観察していたのが、急におもしろくなくなって、髭切は指の間に挟まれていた自分の指を抜き出すと、膝丸の四本の指を束ねるように握り込む。その指が冷たいのをまた確認しながら、じっと弟の指先を見つめていると、その寒々しい色の爪が気に入らなくて、髭切はつい、その指先に自分の唇を押し当てた。やはり常とは違って、冷たかった。
    「兄者」
     その髭切の腕を右手で掴んで、膝丸が自分の指から兄の口を離させた。体の痛みと髭切の行為に眉根を寄せて、髭切を諫めるようににらみつける膝丸に、髭切はまた目を細める。
    「自分の腕に嫉妬かい?」
    「違う」
    「これも鬼の腕になってしまうね。僕の逸話にはぴったりだけど」
    「だから、違う。兄者」
     話を聞かない兄に、膝丸が語気を荒げたときだった。
    「膝丸さん、手入れ部屋が空きましたよ!」
     手入れ部屋の手伝いをしていた物吉貞宗が、元気よく障子戸を開けた。髭切と膝丸は揃って開け放たれた戸を見つめ、次いでふたりで顔を見合わせたあと、兄の方は朗らかに声をあげて笑い、弟の方は呆れたように深い溜め息を吐いた。物吉は対照的な兄弟の様子に、不思議そうに首を傾げている。
    「さぁ、続きは手入れが終わってからだね」
     髭切は膝丸の左腕を一旦置いて、膝丸の上体を起こさせる。膝丸は、やはりむくれた顔をして髭切に返事をしなかった。
    「——ありゃ、困ったね」
     膝丸の右腕の下に頭を通して、その腰を左手で支えながら立ち上がると、足許に置いたままの膝丸の左腕を持てないことにようやく気づいて、髭切は目を瞬かせた。呻き声を漏らしながらようよう立ち上がって、兄に支えられていた膝丸は、それにまた溜め息を吐いた。
    「物吉、すまない。俺の腕を持ってくれるか」
    「はい、分かりました!」
     戸の傍からふたりの様子を窺っていた物吉は、膝丸に声をかけられて慌てたものの、すぐに返事をする。そうして室内に入ると、髭切の足許に転がった膝丸の左腕を抱えて、ふたりの方に向き直った。
     その物吉の行動を返事代わりに、兄弟は手入れ部屋へと歩き始めた。今日の出陣で腹部の裂傷に加え、片腕を切断された膝丸は、手入れに時間がかかることを理由に手入れ部屋に入るのを後回しされていたのだ。
    「続きをしたいから、早く直してきておくれ」
    「そうは言うがな、兄者。この怪我は一日以上かかる」
    「ありゃ」
     そんな会話をしながら前を歩く兄弟を見ながら、物吉は首を傾げる。胸の前で抱えた、切り口に当て布をされただけで時間の経ってしまった膝丸の左腕が、ほんのり温かい気がした。
    真白/ジンバライド Link Message Mute
    2022/09/06 22:28:46

    指先の珊瑚

    重い怪我の描写があります
    Gを付けるほどではない……と思うのですが、苦手な方は避けてください

    #膝髭膝 ##膝髭膝

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