同じ月を見ている
月は白かった。夜闇は深かったが、どこまでも澄んでいた。
「これ、美味しいねぇ」
「そうか、それはよかった」
膝丸の隣で兄はにこにこと団子を頬張っている。ふたりは自分たちの部屋の前の縁側に腰掛けて、月を見ていた。
十五夜も過ぎたというのに、きっかけは何だったろう。きっと他愛もないやりとりだったに違いない。しかし、その日々に埋もれてしまいそうな口約束を兄弟は忘れなかった。膝丸は兄の好みそうな菓子を万屋で見繕い、髭切は弟と飲むために酒を持ってきた。その上誰からもらってきたのか、せっかくだからと花まで用意してきた。千日紅、夏の暑さを越えて千日色褪せぬとそう呼ばれたという。
ただ、その花ももう最後だろう。長く咲くとはいっても花は枯れるものだ。そうしてまた、新しく花を咲かす——
「月が鏡となればよい、なんて歌もあったかな」
早々に一本、串だけにした髭切が夜空を見上げながら言った。置かれた串が皿で軽い音を立てる。手はまた新しい団子に伸びている。
「そうだったか。月を詠む歌は多いからな、新しいものとなると、どうにも……」
「確かに。人間って月を見るのが好きだよねぇ」
人が月に何を想ったか、知らないわけではない。離れていても同じ月を見ていると、それを縁に誰かを想ってきたのだ——そしてそれは、膝丸にとっても他人事ではない。
「千日褪せぬのを喜ばれる花もあるし、千年歌われる月もある。そしてこうして千年、兄弟やってる僕たちも」
二本目の串を置いた兄は、今度は膝丸の方を向いていた。普段と変わらず微笑んだ、それでいて弟にだけ分かるような微妙な塩梅でいたずらな色を浮かべた目が、同じ色の目を見ていた。
膝丸も思わず息を漏らして笑った。遠く離れてしまった人々は、月を見上げては同じことを想っただろう。けれど、こうして並んで同じ月を見上げても、きっと同じことを想うに違いない。
「……では兄者、次の千年も約束してくれるか」
「約束って、何をだい?」
「次の千年も、こうして兄弟並んで、月を見よう」
兄は子どものように笑って、「それはいいね」と頷いた。
「じゃあ次の千年も、どこかの月の下で待ち合わせよう」
「ああ、こうして同じ月を見よう」
千日褪せぬのを喜ばれる花と、千年歌われる月が、次の千年を約束する兄弟を見ていた。ふたりは何も言わず、それでいて示し合わせたように互いの杯を取った。
「じゃあ、僕たち兄弟のこれまでの千年に」
「ああ、そして、これからの千年に」
そうして笑い合いながら杯を掲げると、揃ってそれを一息に飲み干した。