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    【刀剣】世話焼き本丸鬼丸さんと薬研と乱ちゃん鬼丸さんと乱ちゃんと薬研鬼丸国綱会議鬼丸さんと大典太と短刀達粟田口短刀以外にもちょっとずつ世話を焼かれる鬼丸さん鬼丸さんの同室者選び鬼丸さんと薬研と乱ちゃん 白衣の裾を揺らし前を行く小さな背が説明と共に指さす方向に、ちら、と目をやりつつ、あぁ、だの、そうか、だの短く応え、鬼丸国綱は静かに廊下を進む。
     逸話からしてさぞや荒々しい刀が来るのだろうと若干構えていた審神者は、耳の奥深くまで染み入る声音と波のない湖面を思わせる抑揚のないその喋り方に肩透かしを食らったようであった。
     まずは戦装束を解いてから話をしよう、との審神者の言葉に、傍に控えていた近侍である薬研藤四郎が、じゃあ私室に案内するぜ、と先だって歩き出し今に至る。
    「随分と、静かだな」
     率直な感想か独り言のように、ぽつり、鬼丸の口から零れた声を拾い上げ、薬研は肩越しに新入りを見上げながら一瞬ではあったが困ったように眉尻を下げた。
    「訳あって一旦閉鎖された本丸だからな。主なしの刀は放置しておけないだろう?」
     皆まで聞かずとも相手が言わんとすることを理解し、鬼丸は、そうか、とだけ返す。
    「一度縁を結んだ刀を少しずつ呼び戻してる最中だ。それ故、戦力不足でひーひー言ってるからなウチの大将」
     アンタには期待してんだぜ、とカラリと笑い、薬研は片手で、すたんっ、と襖を開けた。
    「ソイツに着替えて本丸内ではラクにしてるといい」
     静かに畳を踏み室内に入った鬼丸は、座布団と並んで置かれていたジャージを手に取り矯めつ眇めつし、ややあって面倒くさそうに小さく鼻を鳴らした。
     このままでいいとでも言いたげな反応に薬研は内心で軽く肩を竦めるも、それには気づいていない顔で白衣のポケットを、ごそ、と探ったかと思えば、その手を鬼丸の目の前に突き出した。
    「ジャージの時はコイツにしときな」
    「なんだそれは」
     指先で摘まれた小さな箱を胡乱に見やり鬼丸が淡々と問えば、薬研は己の左目の際を、とんとん、と指で軽く叩きながら口角を、にゅっ、と上げる。
    「ジャージにそれじゃ厳つすぎるだろ」
    「そういうものか」
    「そういうモンだ」
     淀みなく返された言葉に、そうか、と短く返し、鬼丸はあれこれ説明を求めることもなく医療用眼帯を受け取った。
    「モノはついでだ。着替えも手伝ってやるよ」
     随分とややこしい格好してるなぁ、と薬研が戯けたように胸のベルトに指を引っかければ、改めて己の出で立ちを認識したのか、確かにな、と鬼丸も僅かにではあったが口角を上げたのだった。
     どう考えてもひとりで着脱できない装備であるにも関わらず、薬研に言われるまで気にも留めていなかった鬼丸に、大丈夫かこの御仁? との感想を抱いたとして、誰が薬研を責められようか。
     三日月宗近のように「世話をされるのが好きだから」と、自分一人であれこれ出来るにもかかわらず敢えて誰かの手を借りるのとは違い、鬼丸国綱という刀は本当に鬼を斬る以外には興味がないらしい。そのあまりの無頓着ぶりに遅かれ早かれ同派の連中が動くのだろうな、と薬研は思ったのだった。

     着替え終えた鬼丸を伴い審神者の元へと向かう途中、ばったり、と廊下で鉢合わせたのは乱であった。軽く紹介しておくかと薬研が口を開くよりも早く、乱の手が鬼丸の腕を掴んだ。
    「もー、着替えたなら髪もちゃんとしないと!」
     ホラこっち来て! と言うが早いか自分たちが使っている大部屋に引っ張り込み、鏡の前に座らせると手にした櫛で、すいすい、と髪を梳き、あれよあれよという間に慣れた手つきで奔放に跳ねた髪をヘアピンでまとめ上げていく。
     勢いに押されたか鬼丸もされるがままで、口を挟む暇もなかった、と苦笑する薬研の隣では元から部屋にいた平野と前田が何事かと目を丸くしていたが、乱の手腕に、さすがですね、と賞賛の言葉が口をついて出た。
    「んー、もうちょっと顔を出した方がいいかなぁ?」
     一度留めたヘアピンを外し、再度櫛を通す乱を止める様子もない鬼丸を横目に見やりつつ、薬研は予想よりも遙かに早く現れた世話焼き第一号に笑うしかなかった。

    2020.03.10
    鬼丸さんと乱ちゃんと薬研 魔除けであるからか、これだけは毎日きちんと目元に入れられている朱に感心しつつ、乱は今日も鬼丸の髪を整えている。端から見れば遊んでいるようにしか見えないが、乱は至極真面目に鬼丸の髪を毎日どう纏め上げようか試行錯誤しているのだ。
     いつぞやはヘアバンドを使ってみたがその日の内番の相手が大典太光世で、図らずもお揃いとなってしまい、本人達は気にしていなかったようだが、二人並んで畑の雑草を毟っている姿は何とも言えなかったと、後日審神者が漏らしていた。
     どうせなら可愛くしたいかな~、と今日は細めのリボンをいくつも並べ、手際よく括った小房のゴムを隠すように結びつけていく。
     角の根元辺りの髪を丁寧に梳いている時に、ほんの僅かであったが鬼丸の肩が揺れた。
    「痛かった?」
    「……いや」
     相変わらず鬼丸の表情は動かず乱は、気のせいかな、とそれ以上は考えず作業を再開する。
     特に文句を言うでもなく、だが要望があるわけでもなく、全て乱任せなのは信頼されているからか、はたまたどうでもいいと思っているからか。
     顕現してから二週間経った今も鬼以外には興味を引かれないのか、鬼丸は内番や出陣といった理由がない限り部屋から出てくることはない。
     部屋から出てこないのならばこちらから出向けばいいと、粟田口の兄弟達は朝食前に呼びに行ったり、出陣前の身支度の手伝いをしたりと、なにかと理由を付けては接点を作っている。
     なかには「生死確認だ」と冗談とも本気ともつかないことを平気で言い放つ者もいるが、本丸内で医者のようなことをしている彼からすれば、ご機嫌伺いも異常の早期発見に繋がる大事なことなのだろう。
     遠征や出陣がない限り例に漏れず乱も足繁く鬼丸の元へ通っているが「迷惑だ」の一言があれば、当然のことながら来訪頻度は抑えるつもりでいる。
     手は動かしつつも知らず知らずのうちに、うーん、と難しい顔になっていたか、鬼丸が不意に口を開いた。
    「めんどうならいいんだぞ」
     鏡越しに目を合わせてきた鬼丸に驚くも、乱はそれ以上に言われたことに対して驚きを隠せない。
    「え? 全然めんどうなんかじゃないよ? むしろ楽しいっていうか。鬼丸さんこそ毎朝ボクが来て迷惑だったりしない?」
    「……いや、お前がいいなら、おれが言うことはない」
    「そっかー。良かった」
     パァッ、と弾けんばかりの笑顔を見せ、これまで以上の手際の良さでリボンを、キュキュッ、と結んでいく乱はともすれば鼻歌でも歌わんばかりの上機嫌さで、なにがそこまで彼を急変させたのか理由がわからず、鬼丸は首を傾げるしかなかった。
     その可愛らしい笑顔に気を取られたというのも正直あった。
     常ならば触れられる前に止めることができたであろう、角に伸ばされた指先を止めることができなかったのだ。
     乱に悪意がないのはわかっている。彼にとっては髪をいじることの延長のようなものなのだろう。
     角の周りの髪をキレイに掻き分け、一旦根元にリボンをかけてから緩く結び、徐々に位置を変え中程でリボンが強く、きゅっ、と結ばれる。うん、と乱が満足そうにひとつ頷いたことで、これ以上触れてくることはないと判断し、鬼丸は詰めていた息を静かに吐いた。
    「……角の根元にはあまり触らないでくれ。くすぐったい」
     背後にいる乱を肩越しに見上げ、怒るようなことではないが知らずにまた同じ事をされるのも困る、と眉尻を下げた鬼丸が包み隠さず告げれば、乱は一瞬、動きを止めるも焦ったように若干頬を染め、「うっうん、ごめんね。今度から気をつけるよ」と頭を下げた。

     残ったリボンと櫛を手に自室へ向かう乱の前を、見慣れた白衣が歩いている。薬研、と声をかけた乱が追いつくまで名を呼ばれた方はその場で待ち、肩を並べて再び歩みを進める。
    「今日もべっぴんさんに仕上げてきたのか」
    「うん、可愛くできたよ」
     自信作! と胸を張って見せたがなにか言いたげでありながらも口を噤んでしまった乱を不思議そうに見やり、薬研は「どうかしたのか?」と促してやる。
    「大きい相手に言うのもあれなんだけど、鬼丸さんて可愛いお顔してるなって今日改めて思っちゃって、ボク自身ちょっとびっくりしてる」
     かっこいいなとは思ってたんだよ、とフォローのつもりか付け加えた乱に、薬研は「そうかそうか」とうっすらと笑みを浮かべながら頷いた。
    「ずっと険しい顔してたからな。いい具合にここに慣れてきたってことだろ。今日の『鬼丸国綱会議』で存分にその可愛いところを報告してくれや」
     粟田口短刀のおやつ時の話題がここ最近鬼丸のことばかりで、薬研がふざけて「まるで鬼丸国綱会議だな」と言ったところそれがすっかり定着してしまい、短刀達の密かな楽しみとなっているのだった。
    「大将も混ざりたがってたが丁重にお断りしといた」
    「うん、懸命な判断だと思うよ」
     ふたり揃って遠くを見ながら、はは、と渇いた笑いを浮かべる。思い浮かべているのは恐らく数日前の光景だ。
     出陣が言い渡されていた鬼丸が装具を付けずインナーにスラックス姿で朝食の席に現れた際、審神者は「ものすごくえろいですねありがとうございますおはようございます」と真顔で言い放ったのだ。流れるように挨拶に繋げられ突っ込むタイミングを逃してしまったが、心の声だだ漏れな審神者やべぇ、とその場にいた者は全員違うことなく思ったのだった。言われた当の本人が全く反応しなかったため、後々まで引き摺らなかったのは不幸中の幸いであった。
    「あの時ばかりは鬼丸さんの無頓着ぶりに感謝したよ」
    「まったくだ」
     席に着いた後の天下五剣同士の「なるほど、鬼丸はえろいのか」「お前も着物の下は同じようなモンだろ」「はっはっは、違いない」との会話は全員聞かなかったことにした。
    「そういや昨日、池に落ちたとか言ってたな」
    「えー!? なにそれ大丈夫だったの?」
    「詳しいことは前田が報告してくれるだろうから、おとなしくそいつを待つとしようや」
     今日も話題に事欠かないな、と笑う薬研に、そうだね、と乱も笑った。

    2020.04.05
    鬼丸国綱会議 本日はお菓子作りを得意とする小豆長光が遠征へ、彼が来るまでは交代でおやつを作っていた歌仙兼定と燭台切光忠は演練に行っており、薬研は審神者から電子レンジで作れる簡単なおやつのレシピを貰っていたのだが、いざ厨へと赴けば背を向けた三日月と鶯丸が肩を並べて何事かしていた。
     珍しいこともあるもんだ、と思いつつ横手から、ひょい、と覗き込んだ薬研は、作業台の上を見て一瞬言葉を失った。
    「……なにしてんだアンタ達」
    「薬研か。なに、このふるーちぇとやらが摩訶不思議でなぁ」
    「牛の乳を混ぜるだけでぷるぷるだぞ」
     一体何箱開けたのか、ボウルの縁ギリギリまできている中身を静かに、ぷるぷる、揺らす三日月を薬研が慌てて止め、その隣でもう一箱新たに開けようとしていた鶯丸は辛くも秋田が寸前で阻止できた。
    「ダメです、食べ物で遊んじゃダメです!」
     普段穏やかな秋田の強い口調にふたりは顔を見合わせ、
    「遊んでいるつもりはなかったのだが、やりすぎてしまったか」
    「すまないが食べるのを手伝ってくれるか?」
     と、中身がなみなみと入ったボウルふたつを前に神妙な面持ちで言う物だから、薬研と秋田は仕方ないと頷くしかない。独特のペースを持ったふたりに悪気がないことはわかっているからだ。
     では早速、と器に取り分け始めた太刀ふたりを眺めながら、「知育菓子を知ったら夢中になりそうだな」と薬研は思ったのだった。

     今日のおやつはフルーチェですよ、と人数分の器を載せた盆を持った秋田の声で室内にいた者達は各自手を止め、ちゃぶ台にいそいそと集合する。
    「それじゃあ本日も『鬼丸国綱会議』を始めたいと思いまーす」
     乱の宣言で誰が口火を切るかと思えば、意外なことに手を上げたのは五虎退であった。粟田口短刀の中でも内気で臆病な彼が自ら鬼丸に近づくのは、他の者も予想外であったようだ。
    「あ、あの、作って頂いた軽装をお店まで受け取りに行く時、鬼丸さんも一緒に行くようにあるじさまが仰って。でも鬼丸さん、まだお出掛け用のお洋服持ってないから、長船の方に借りられないかなって思ってお伺いしたんです」
    「あぁ、洒落者が多いからなぁ。長船派の御仁は」
     戦装束からしてスーツという、和服揃いの三条派とはまた違った意味で衣装持ちが多い刀派だ。そのせいでこの本丸では三条派と長船派に、各一部屋ずつ衣装部屋が宛がわれている。
    「鬼丸さんのスーツ姿かぁ。ちょっと想像つかないなぁ。どうだった? 似合ってた?」
    「いえ、それが……」
     乱の興味津々な眼差しから逃れるように少々俯いてしまった五虎退は、もごもご、と言いにくそうに口を動かしてから蚊の鳴くような声で「……合わなかったんです」と漏らした。
     ん? と皆が顔を見合わせ、どういうことかと説明を求めれば、五虎退は言葉を選んでいるのか遠慮がちにゆっくりと口を開いた。

     ──燭台切曰く。
    「うーん、そうだねぇ。見たところ鬼丸さんは身体の厚みの割りには腕が細いだろう? スーツは身体に合った物じゃないとすごく格好悪くなっちゃうんだよね」
     試しに着てみるかい? と燭台切は自分の物と小豆の物をいくつか選んでくれたが、彼の見立て通り腕に合わせた燭台切の物は身頃が窮屈で、小豆の物は彼より肩幅のない鬼丸では肩が落ち袖はだぶついた。細身の大般若長光の物など、袖を通すまでもなく無理であるとわかる。
    「Tシャツなら貸してあげられるけど、この季節に上着無しはさすがに無理があるしね」
     力になれなくてごめんね、と頭を撫でてきた燭台切に五虎退は「いえっあの、こちらこそすみませんでした」と慌てふためき、鬼丸は「世話をかけたな」と頭を下げてから五虎退の背に柔く掌をあて、共に長船派の衣装部屋を後にしたのだった──

    「そういうわけで、鬼丸さんとは一緒にお出掛けできなかったんですけど、あるじさまにそのことを伝えたら『とんだわがままボディだな』と呟かれてから巻き尺を取り出して鬼丸さんの胸囲を測ってました。いくつかはわからなかったんですが、あるじさまが『ボインですねッ!』って叫んで鬼丸さんに『うるさい』って言われてました」
    「五虎退の口から出てはいけない類の単語が」
     すぐに忘れるんですよ、と前田が真剣な眼差しで五虎退に言い聞かせ、乱は「鬼丸さんがスーツを着たらどんな髪型がいいかなー」と想像を膨らませている。
    「大将はまぁ通常運転だとして、動じなさすぎるのも考え物だなあの御仁は」
     感情の起伏がまったくない訳ではないのは、三日月や大典太といった天下五剣を相手にしている様子を見ればわかる。そこには知己故の甘えや同じ妖物斬りといった、親近感故の気の緩みもあるのだろうが。
     数珠丸恒次とのやり取りを聞くに初見の相手との距離感を考える辺り、ぶっきらぼうだが礼儀知らずではない。
    「僕もお喋りするの、あまり得意じゃないですけど、鬼丸さんは口下手なだけだと思います」
     ことある毎に悪態を吐く癖があるようだが包み隠さず本音を口にしている辺り、考えようによっては非常に素直なのではないだろうか。
    「大典太さんも口下手ですがお優しい方ですので、鬼丸さんもきっと同じですよ」
     前田がはにかみながら口にすれば、「僕もそう思います」と秋田が、えへへ、と笑った。
    「それじゃあ次は乱か? 前田か? 秋田か?」
     俺っちは特になにもないぜ、と先に宣言した薬研が参加者の残りを順繰りに見れば、秋田も「僕も特には」と言ってから、ふとなにか思い出したか、
    「大典太さんと内番なんかをご一緒にされた時に、お夕飯までふたりでおられる姿をお見かけするくらいです」
     と付け加えた。
    「そうですね、僕も何度かおふたりにお茶をお持ちしました」
     続いた前田の発言に、僕もです、とひとつ頷いてから秋田が更に言葉を続ける。
    「ただ、鬼丸さんは寝ておられることが多いですよね」
     馬当番や畑当番のあとすぐに風呂に入るからか、頭にタオルを被ったまま畳にごろ寝している姿を何度か見ているのだと前田と秋田が口にすれば、乱が「ちゃんと乾かさないと傷んじゃうのにぃ~」と不満を体現しているのか強く握った両の拳を上下に振った。
    「大典太さんにお布団は? って聞いたら『なんで俺が』」
    「『コイツが勝手にここで寝てるだけだ』って」
     精一杯の大典太の物真似を披露するふたりを五虎退が「お上手です」と小さく手を叩きながら賞賛し、乱はやはり拳を振りながら「お布団くらい掛けてあげればいいのにぃ~」と不満を漏らしている。
    「ヒトの身体にまだ慣れていないのか、単純に内番に慣れていないのか、他に理由があるのか悩ましい所だな」
     薬研ひとりが、むむ、と難しい顔で手中のスプーンを、ゆらゆら、と揺らす。
    「それと関係があるのかはわかりませんが……」
     不意に神妙な面持ちになった前田につられたか、きゃっきゃと和やかだった空気に僅かな緊張感が混ざった。
    「昨日、鬼丸さんが池に落ちたことを薬研兄さんには少し話しましたよね」
    「あぁ、今日はその話を詳しく聞けると思ってたんだが……笑えない話なのか?」
     正直、存外ドジなんだなー、と笑い飛ばして済む話だと思っていたのだが、どうにも雲行きが怪しいと全員の表情が真剣みを帯びる。だが、それに気づいた前田が慌てたように、胸の前で両手を数度左右に振った。
    「いえ、そこまで深刻な話ではないと思うんですが、笑っていい話かどうかちょっと判断しにくいというか」
     状況を一から思い返しているのか、やや伏し目がちになった前田を全員が黙って見つめる。
    「昨日、演練から戻られたおふたりが、橋の上でお話しされていたんです」

     ──池に掛かった朱塗りの橋の中ほどで立ち止まったふたりは、どちらからともなく頭上を見上げ、おそらく覆い被さるように咲き誇る満開の桜の話をしていたのだろう。
     そこへたまたま通りかかった前田は、ふたりの邪魔をしてはならないと声を掛けることなくそのまま通り過ぎようとしたのだが、小さな姿に気づいた大典太に身振り手振りで呼び止められ足を止めた。
     橋からわざわざ降りてきた大典太が近づいてくるに任せることなく、前田からも歩み寄りつつふと鬼丸に目をやれば、身長の関係で橋の手すりに寄りかかるというより腰掛けるに近い体勢になっていたが、先と変わらず頭上の桜を見ていた。
     ただし、眼帯をつけた横顔しか確認出来なかったため、実際にはどこを見ていたのかはわからないのだが。
    「どうされました」
     あまり声を張らない大典太の声が届く距離まで来たところで前田から先に声を掛ければ、どこかほっとした様子で大典太が口を開いた。
    「いいところに来た。ちょっと聞きたいことが……」
     だが、前田はその言葉が耳に入るより先に大典太の背後で巻き起こった一瞬の出来事に、あっ! と声を上げることとなった。
     僅かに頭をもたげていた鬼丸の首が不意に、がくん、と後ろへ反ったかと思えば、支えのない身体はそのまま重力に逆らうことなくまっすぐに池へと落ちたのだ。
     ばしゃーんっ! と派手な水音を上げ水中に没した鬼丸は直ぐさま上体を起こしたが、髪から伝い落ちる水を拭うこともせず池の中に座り込んだまま微動だにしない。
    「なにをやっているんだ!」
     珍しく大声を上げながら大典太が、ざぶざぶ、と池に踏み込み、鬼丸の両脇に腕を差し入れて引き起こせば、彼は自分の足で立ちはしたが目を丸くしたまま大典太を、ぽかん、と見つめるだけだ。
     反応の鈍さに大典太は、ちっ、とひとつ舌打ちをし、
    「前田、コイツの着替えを持ってきてくれ」
     このまま風呂に連れて行く、と言い置いて無造作に鬼丸を肩に担いだ大典太の背に「わかりました!」と返して前田は急いで駆け出したのだった──

    「ご自分でもなにが起こったのかわかっておられないご様子でしたので、その後は敢えて僕もそれには触れずにおきました」
    「もしかして寝ちゃった、んですか……?」
    「もしかしなくてもそうだろうな」
     五虎退のどこか呆気にとられた声に静かに返しつつ、ほんの数秒で寝落ちるとはどれだけ眠かったんだ、と薬研は額に指を当て、はー、と深い息を吐く。
    「お昼寝タイム作る?」
    「いや、それ以前に夜ちゃんと寝てるのか?」
     乱の提案を片手で制した薬研の問いに一同顔を見合わせれば、それは思ってもみなかった、と全員の顔に書いてあった。
     粟田口の短刀たちは襖を取り払って繋げた大部屋で生活しているが、鬼丸は一人部屋だ。夕飯後、部屋に戻ってから彼がどう過ごしているかはまったく不明なのだ。
    「あの、僕一度だけ、夜にお庭で鬼丸さんに会ったことあります」
     おずおず、と告白する五虎退に視線が集まり、思わず、ひゃっ、と首を竦めてしまった彼に「責めてるわけじゃないからね」と乱が優しく声を掛ける。はい、と小さく頷いてから五虎退は再度口を開いた。
    「虎くんが一匹いつの間にか寝床を抜け出しちゃってて、僕探しに行ったんです。そうしたらお庭に鬼丸さんが居て、お散歩ですかって聞いたら『そんなところだ』って」
     邪魔をしてはいけないとすぐ立ち去ろうとした五虎退に「身体を冷やす前に部屋に戻れ」と一声掛け、鬼丸はそのまま池の向こうへと姿を消したのだった。
    「その日はお月様がすごく綺麗だったので、それを見るためにお庭に出ていたんだと思ってました」
     違ったんでしょうか、とやや項垂れてしまった五虎退を元気づけるように、薬研はその細い背中を、ばんっ、とひとつ強めに叩いた。
    「その日はきっとそうだったんだろうさ」
     鬼丸に月を愛でる雅な心があるかはわからないが、可能性を否定する理由はない。
    「しかし、夜のことを直球で聞くのも野暮だな」
     話に夢中になり放置されていたフルーチェを一口、ぱくり、とやってから、薬研はなにか思いついたか眼鏡の奥の瞳を、にぃ、と細める。なにか良からぬ事を企んでいる顔だ、と前田が少々警戒した面持ちで次の言葉を待っているのを知ってか知らずか、薬研はスプーンで、くるり、と宙に円を描きながら、
    「今晩、俺たちの部屋にお泊まりしてもらおうか」
     と楽しげに告げたのだった。

    2020.04.10
    2020.04.12
    鬼丸さんと大典太と短刀達 短時間の遠征を終えた部隊が帰投し、部隊長であった御手杵が大きく伸びをしながら「あー疲れたなー」とさほど疲れた様子もないくせにそう口に出せば、隣を歩いていた厚藤四郎も「そうだなー。短すぎるのも逆に疲れるよなー」と同調した。
    「初の遠征任務はいかがでしたか?」
     先を行くふたりよりやや遅れて黙々と歩いていた鬼丸に並び、見上げてきたのは堀川国広だ。柔和に微笑む脇差に、ちら、と視線を走らせるも、鬼丸は表情を動かすことなくすぐに視線を外してしまった。
     余計なお世話だったかな、と堀川が内心で肩を落としたその時、鬼丸の唇が緩く解けた。
    「……特に、どうといったことはなかった。だが、強いて言えばあの槍の燃費の悪さがわかったくらいか」
     任務内容についてではなく御手杵個人のことに話が行ってしまったが、それでも問いに対する返答があったことに堀川は、ちょっととっつきにくいけど根は真面目なんだな、と思ったのだった。
    「なー、アンタも疲れたし腹も減っただろ? 厨に寄ってなにか喰ってから風呂行こうぜ」
     くるり、と身体ごと振り返った御手杵の提案を「おれはいい」とあっさり断り、鬼丸はそのまま前方のふたりを追い越す。特に引き止められることもなく、それどころか「おう、わかった。お疲れさん」と御手杵の明るい声に見送られる形となった。
     鬼丸の姿が玄関の向こうへ消えるのを見届けてから、厚が御手杵の尻を平手で一発叩いた。
    「気ぃ使うのヘッタクソだな御手杵は」
    「うぇ~、仕方ないだろ。俺は刺すことしかできないんだからさぁ」
     叩かれた尻をさすりながら御手杵がぼやけば、堀川が、それ、と不意に声を上げる。
    「御手杵さんのその口癖と鬼丸さんの口癖ってなんだか似てますね」
    「えーと確か『鬼を斬ることしかできない』とかそんなんだっけ?」
    「でも刺すことなら誰にも負けないぜ俺は!」
     厚の言葉に被せ気味に御手杵が声を張れば、堀川は、にこにこ、と人好きのする笑みを浮かべながら、わかってますよ、と頷いた。
    「御手杵さんも鬼丸さんもとても頼りになる仲間だって、みんな知っていますよ」
    「これだよ、こういうフォローができねーと隊長務まんねーぞ」
     しっかりしろよ隊長! と再度厚に尻を叩かれ御手杵は、うぇ~難しいなぁ、と情けない声を上げたのだった。

     どすどす、と低く重く響く足音が近づいてきていることに大典太は僅かに眉を寄せ、手にしていた書物に栞を挟む。普段は足音を殆ど立てずに歩く男がこうも乱暴な歩調ということは、その理由に見当がつくだけに溜息を抑える気にもならない。
    「はいるぞ」
     応えを聞く前に、すたん、と襖を開け、ずかずか、と踏み込んできた鬼丸は大典太には目もくれず、壁に向かって、ごろり、と横になった。
    「……寝るなら装備くらい外したらどうだ」
    「……なら手伝え」
    「なんで俺が」
    「ひとりじゃ無理だからだ」
     横になったまま籠手を外そうとしているのか、もぞもぞ、と蠢く鬼丸の背を暫し半眼で見据えていた大典太だが、やがて諦めたようにのったりと腰を上げた。
    「……面倒くさい格好だな」
     カチャカチャ、と背面の金具を外しながら大典太がぼやけば、鬼丸は軽く鼻を鳴らすのみで言葉はない。
     本体を腰から引き抜いて赤い紐を解き、左肩を掴んで強引に仰向けにするも最早文句のひとつも返ってこず、まだ寝るな、寝てない、と不毛な会話を続けながら前面のベルトを外し胴当てを取り払ったところで、ぱたぱた、と軽い足音が近づいて来ていることに大典太は気づいた。
     手を止め襖の方に顔を向ければ「大典太さん、いる?」とお伺いの声が掛かる。
    「どうした」
    「鬼丸さん来てない?」
     目の前でほぼ夢の世界へ旅立っている男とは違い、乱は了承を得ずに襖を開けることはしない。長兄の教育の賜物か、と同じ刀派である無礼な男を一瞥してから大典太は「いるぞ」と返した。
     用があるなら入って構わない、と続ければ、お邪魔しまーす、と遠慮がちに襖は開かれた。
    「鬼丸さん? 寝てるの?」
    「……寝てない」
     ほぼ反射のみで返された言葉だが乱は気づいておらず、あのね、と話を切り出す。
    「今晩、お夕飯の後にボクたちのお部屋に遊びに来てよ」
    「……あぁ」
    「ほんと!? やった! 約束だよ、絶対来てね」
    「……あぁ、わかった」
     こうもあっさり応じてくれるとは思っていなかったのか、乱は小躍りせんばかりの喜びようで、大典太はこの滑稽なやり取りに、珍しくも腹の奥から湧き上がってきた笑いを気合いで堪えるしかなかった。
     絶対だよ、と念を押して乱が軽やかな足取りで戻っていった後、とうとう堪えきれなくなったか大典太は声に出して笑い、今は健やかな寝息を立てている鬼丸が夕飯後にどのような反応を見せるのかが、本日の密やかな楽しみとなったのだった。

     どうしてこうなった、と大部屋の天井を睨み付けながら鬼丸は、ぎりぃ、と奥歯を噛み締める。
     部屋いっぱいに敷き詰められた短刀たちの布団の上で、大の字になった鬼丸の左側にはぴったりと身を寄せた乱が、右側には後藤が、胸の上には俯せになった信濃が、足の間には五虎退の虎たちが団子になっており、乱のその先に厚が、後藤の背にくっつくように平野が、右の脛には五虎退と包丁、左の脛には秋田と前田が頭を乗せている。
     しかも全員が着る毛布を装着しており、子供の体温と相まって相当な暑さを強いられている鬼丸は再度、どうしてこうなった、とここに至るまでを脳裏に思い浮かべた。

     ──夕飯が済み、いつものように部屋へ戻ろうと廊下に出た鬼丸の手を掴んだのは乱であった。
    「……どうした」
    「先にお風呂いこ」
     腕に抱きつき、ね? と可愛らしく小首を傾げておねだりしてくる乱を無言で見下ろしていれば、反対の手を掴んできた薬研に「今晩、俺たちの部屋に遊びに来るって約束しただろ」と言われ、思わず「……は?」と間の抜けた声を上げてしまった。
    「約束? なんのことだ」
    「えー! ひどーい、絶対だよって言ったら『わかった』って返事したのにー」
     わけがわからない、と目を丸くしている鬼丸をよそに乱は大典太を呼び、鬼丸さんがひどいんだよー、と訴えている。
    「ボクちゃんと約束したよね?」
    「あぁ、俺もハッキリ聞いた」
    「そう、なのか……?」
     なにかの間違いでは、と言いたげな鬼丸の視線を無視して、大典太は前田の頭に、ぽん、と手を置き「約束は守らないとダメだよな」と真面目な顔で言い放った。
     それに加え、ぐるり、短刀達に囲まれどうにもならないと悟ったか、鬼丸は緩く息を吐くと乱の頭に、ぽん、と手を置き、行くぞ、と短く告げたのだった。

     風呂では髪の洗い方を乱にダメ出しされ、彼お気に入りの甘い香りのする物で三回も洗われた。なんでそんな何回も、と面倒くささを前面に押し出してしまったせいか、全部効能が違うんだからね! と長々と蘊蓄を聞かされる羽目になった。
     その後は代わる代わる背中を流され、並んで湯船に浸かり、時折ふざけておぶさってくる者や胸元に飛び込んでくる者を軽くいなし、のぼせる前にさっさと脱衣所へと避難した。
     着替えならあるからと言われ下着しか持ってこなかったのだが、手渡されたのはサイズもぴったり合ったパジャマであった。よくもこんな短時間で用意できたものだと思ったままを口にすれば、あるじさんにお願いしたらすぐだったよ、と乱が、さらり、と審神者に使い走りさせたことを暴露した。
     まぁなんでもいい、と袖を通し、ガシガシ、と乱雑に髪を拭いていれば、風呂を飛び出してきた乱にまたダメ出しをされた。
     正直、風呂に入っただけですでに自室へ戻りたくなったのだが、彼らが解放してくれるわけもなく。
     大部屋に戻ってからはチーム分けをしてのゲーム大会が始まり、次から次へと現れる初めて触れる物に内心目を回しているうちに、短刀達はひとり、またひとりと寝落ちしていき、いつの間にか鬼丸も布団に沈み込んでいたのだった──

     そして今に至る。
     きょろり、と目だけで辺りを窺い、そっ、と腕を持ち上げる。幸いにも腕枕状態にはなっておらず、まずは左手で乱の肩を包むように支え、ゆっくりと仰向けにして己の身体から離した。次に胸の上を陣取っている信濃を両腕で抱え、静かに上体を起こす。信濃を片腕で抱え直し、空いた腕を秋田と前田の首下に差し入れ左足を抜いた。再度信濃を反対の腕に抱え直し、右足も同様に自由にする。膝立ちになってから身体の向きを変え、自分が寝ていた場所に信濃を下ろし、鬼丸はここでようやく詰めていた息を、ゆうるり、と吐いた。
    「……なんでおれが」
     思わず悪態が零れ出たが、それは眠っている誰の耳に届くことなく闇夜に溶けた。

     ひたひた、と素足で踏む廊下はひやりとしており、知らず鬼丸の歩調が早まる。春先とはいえ夜はまだまだ冷える。上着のない肩を、ぶるり、と震わせ、自室に、するり、と入り込む。
     室内灯をつけ三面鏡を開き、引き出しから紅を取り出す。
     だが、その前に着替えか、と鏡に映った己が普段と異なる格好をしていることに気づき、立ち上がったところで鬼丸は若干険しい声を発した。
    「そこでなにをしている」
     閉じた襖の向こう、廊下に佇む者に放たれたそれは殺気ではなかったが、臓腑を震わせるには十分な圧を伴っていた。
    「おっと、よしてくれ。さすがにまだ折れたくはないんでね」
     戯けたように口にしながら襖を開けたのは薬研であった。
    「……なにをしている」
    「それはこっちの台詞だぜ。アンタこそこんな時間になにしてんだい」
     くい、と立てた親指で壁の時計を示して見せれば、それがどうしたと言いたげな顔をされ、薬研はここで、おや? と怪訝に思い眉を寄せる。
    「寝ないのか?」
    「さっきまで寝ていたぞ」
     だからなんだ、とまたしても問うような眼差しを向けられ、絶妙に噛み合わない会話の原因を考えた結果、まさかと思いつつも薬研はおそるおそる問いを投げた。
    「『夜だけど』寝ないのか?」
    「『夜だと』寝ないとならないのか?」
     これが他の者なら問いに問いで返してきたことに苦言を呈したいところだが、純粋な疑問として寄越された答えに、ビンゴかぁ、と呻き、薬研は俯きながら額を押さえてしまった。
    「……おい?」
    「あぁ、そうだ。ヒトは夜には寝るモンなんだ」
    「そういうものか」
    「そういうモンだ」
     要するに鬼丸には『眠るという行為は自発的に行う物』との認識がなかったということだ。限界ギリギリまで稼働して、闇に引きずり込まれ落ちるように眠る。なんの疑問も抱かず、ただそういうものだと思っていたのだ。
    「それで毎晩なにしてたんだ」
     紅をさし直してまで、と自分で口にした言葉で薬研は鬼丸の行動がわかってしまい、再度、額を押さえて項垂れた。
     目元の紅は魔除けだという。
     そしてこの刀の持つ逸話は。
    「ここに『鬼』は現れないから、アンタが見回らなくても大丈夫だ」
     鬼丸の胸を拳で軽く叩き、開かれた鏡を閉じ、紅を仕舞う。
    「だからもう寝ような」
     行こうぜ、と差し出された手を不思議そうに見やり、鬼丸は「なんだ?」と薬研に問う。
    「なにって、決まってんだろ。部屋に戻るんだよ。今晩は俺たちと一緒に寝る約束だからな」
    「……ッ!?」
     そんな約束はしていない、と言いかけた鬼丸の手を強引に掴み、ほら行くぜ、と言うが早いか電気を消した薬研の手を、一瞬ではあったが鬼丸が強く握った。
     何事かと薬研が振り仰げば、まず常よりも固く引き結ばれた唇が目に入り、次いで警戒を露わにしている一つ目に気づく。
    「あぁそうか、太刀は夜目が利かないんだったな。悪かった」
    「……どうということはない」
     徐々に暗闇になれてきたか、先の動揺などおくびにも出さず鬼丸は自ら歩き出す。だが、掴まれたままの手を振り払うこともない。
    「きちんと部屋までエスコートするから心配すんな」
    「……言ってろ」
     ふん……、と小さく鼻を鳴らす相手の機嫌をこれ以上損ねないようにと、薬研は、くつくつ、と喉奥で笑うに留めたのだった。

     おやつ片手に訪ねてきた薬研を招き入れ、大典太は書物を脇へと置いた。
    「どうした、珍しいじゃないか」
    「なに、ちょっくら話がしたいと思ってな」
     卓に湯飲みと羊羹を並べる薬研の手を目で追っていた大典太は、それで? と先を促す。
    「アンタのところで鬼丸が寝てた理由を、アンタ自身は知ってたのか気になってな」
    「……さぁ、どうだろうな」
     黒文字を取り上げ、すぅ、と音もなく羊羹を切る。
    「心当たりがないこともないが……奴の矜持に関わるだろうからな。俺の口からはなんとも言えん」
    「あぁ、いや。今ので大体わかった」
     薬研も黒文字を手に取り、大典太同様、音もなく羊羹を切った。
     自分が動けずとも同じ妖物斬りとしてこの男がいれば大丈夫との、無意識下での信頼か、はたまた甘えか。
     確かにそのようなことは他人には踏み込まれたくないだろうし、知られたくもないだろう。ましてや本人に自覚がないとなれば尚更だ。
    「同じ妖物斬りなら髭切でもいいんじゃないかと思うんだが、なんでアンタなんだろうなぁ」
     鬼丸は天下五剣として括られるのはあまり好ましく思っていないように見受けられ、薬研が不思議そうに大典太を見れば、彼にしては珍しいことに口角を僅かに上げている。
    「自分以上にマイペースで掴み所のない相手は苦手なんだろうさ」
     根が真面目だからな、と舌に乗せた言葉は羊羹と共に飲み下された。

    2020.04.13
    粟田口短刀以外にもちょっとずつ世話を焼かれる鬼丸さん 常よりも遅れて食堂に現れた鬼丸は半分閉じた眼でトレーを手に取り、壁際に並ぶ皿をいくつか乗せ、そのまま空いている席へ行こうとするも「鬼丸さん、ご飯、ご飯忘れてる」と燭台切に呼び止められ、改めて手中のトレーを見下ろし、そうだな、とぼんやり返した。
     苦笑しつつもお櫃からよそった白米を見せて「これくらいかい?」と問うてくる燭台切に肯定の頷きを返し、茶碗が乗せられるのを目で追う。
    「すまないな」
    「どういたしまして。随分と眠そうだけど夜更かしはダメだよ」
     ついでに汁物もよそってくれた彼に軽く頭を下げ、鬼丸は今度こそ空いている席に向かおうとするも、途中で山伏国広に声を掛けられ足を止めた。
     宝冠こそ着けていないが戦装束の彼はこのあとすぐに出陣なのだろう。ならば油を売っている暇などないのではないかと鬼丸は内心で思うも、呼び止めてきたのは相手の方だ。これで遅れたとしても知ったことではない。
    「……なんだ」
    「鬼丸殿が紅をさしていないのは珍しいと思うてな。なんぞあったかと少々気になり申した」
     余計なお世話であったなら相済まぬ、と口では詫びているが山伏は朝日にも負けぬ快活な笑顔を見せており、鬼丸は関係ないだろうと突っぱねる気も失せたか「顔を洗ってすぐ来たからな」と、正直に理由を述べた。
     この本丸は全員が揃ってから一斉に食事を摂るのではなく、決められた時間内なら各自が自由に食事ができるように、あらかじめ壁際に全員分のおかずや副菜が並んでいるビュッフェ形式に近いやり方を採用している。
     逆に言えば時間内に来られなかった場合、食いっぱぐれてしまうのだがそれは自己責任である。
     夜にきちんと布団で眠るようになり、眠るという行為は非常に気持ちの良いものであると知ってしまった鬼丸は、日に日に布団から出る時間が遅くなってしまっていた。それでも乱が居る日は彼が起こしてくれるのでどうにかなっていたが、ここ数日、粟田口短刀たちは政府の用意した特別訓練場で修練に励んでいるため、彼らも鬼丸に構っている時間はないのであった。
    「なるほど、そうであったか」
     大事ではなく安心した、とやはり笑みを絶やさぬ山伏は、ならば、と懐に手を入れ、静かに腰を上げた。
    「目を閉じていただけるか」
     なんだ、と口には出さず山伏の手元に目をやれば、大きな掌に小さな貝の紅入れが乗っており、そういうことか、と鬼丸は素直に瞼を伏せる。
     小指の先が、そっ、と瞼に触れ数度肌の上を滑る。存外、器用な指先に知らず鬼丸の唇が綻んだ。
    「できたのである」
     その言葉を合図に目を開けば、うむ、と満足そうに頷く山伏がおり「世話をかけたな」とひとつ頭を下げ、鬼丸は三度空席に向かいやっと食事にありついたのだった。

     自分で使った食器類を洗い、棚に収めるところまでが決まりで、鬼丸もそれをきちんと終わらせ自室へ戻ろうとしたところで、一足遅れで皿を拭いていた小狐丸に呼び止められた。
    「鬼丸殿、このあと少しお時間いただけますか」
     特にこれと言った接点のない相手からのお誘いに鬼丸は怪訝に眉を寄せるも、あの三日月の身内の誘いを断ったとなれば、後々面倒なことになりそうだとの危惧から、気乗りはしないが頷くしかなかった。
     では参りましょうか、と小狐丸に誘われるがまま彼の部屋へと入り、鏡の前に座らされたところで、鬼丸は、んん? と首を傾げた。
     これではまるで……と背後を振り仰げば、櫛を手にした小狐丸と目が合い、数秒無言で互いを見やるも、先に動いたのは小狐丸であった。
    「乱藤四郎がいなくとも、身支度のひとつくらい一人でできるようにならないと、あとあと苦労するのはご自分ですよ」
     髪を一房手に取り、毛先から丁寧に梳き始めた小狐丸の口から出たのはお説教めいた言葉であったが、そこには咎めるような響きはなく、むしろ心底心配しているとの感情が滲み出ている。
    「皆の前に出るならせめて髪を梳いてからになさい。歌仙兼定が鬼のような形相で見ていましたよ」
     ふと食堂にいた者たちの顔を脳裏に浮かべ、あれがか……? と思ったことが顔に出たか、小狐丸は嘆息と共に「比喩ですよ」と漏らした。
     香油を髪に馴染ませながら見ている方がじれったくなるほどの丁寧さで、一房一房丹念に櫛を通す小狐丸を鏡越しに見やり、鬼丸は、物好きな、とは思うも悪い気はしない。
     同派の三日月が戦闘面はともかく日常面ではおっとりとしており、周りがしっかりしなければとなるのだが、それを差し引いても相槌を打つかのように基本的に世話焼き気質なのだろうこの刀は。
     奔放に跳ねていた髪が落ち着きだし、右目に掛かっていた髪も耳の後ろへと流される。
    「今日は畑当番ですか」
    「あぁ」
     そうですか、と若干困ったように眉尻を下げた小狐丸を不思議そうに見やり、なんだ、と短く問えば、眼帯を覆い隠す前髪を軽く横に撫でつけながら、このままでは崩れますねぇ、と返された。
    「どなたからかへあぴんを借りて参りましょう」
     そう言うや踵を返しかけた小狐丸だが開け放たれたままであった襖から、ひょこり、と現れた姿に、おや、と足を止めた。
    「どうされました三日月殿」
    「いやなに、今日の鬼丸のお世話係は小狐丸か」
     小狐丸の問いに答えになっていない答えを返し、三日月はなにが楽しいのか、ふふ、と笑みを浮かべている。鬼丸は面倒くさいのが来たと言わんばかりに目を眇めるも口は開かず、顔に掛かる毛先を指先で摘んでいる。
    「髪留めが必要ならこいつを貸してやろうか」
     ん? と首を傾げながら三日月は己の頭部を指さした。
    「これから出陣なのですから、ふざけたことを言っていないで早くお行きなさい」
    「そうか駄目か。残念残念」
     黄色い房飾りを指先で摘み、似合うと思ったんだがなぁ、と呑気に口にする三日月に鬼丸は思わず、そんなわけあるか、と低く漏らしてしまった。
    「おれはもう行くぞ」
     世話になったな、と小狐丸に声を掛け、鬼丸は振り返ることなく部屋を出て行く。てっきり足音荒く出て行くかと思いきや、滑るように三日月の横をすり抜け、廊下を踏む軋み音ひとつ立てず歩み去ったのだった。
    「意外でした」
    「なにがだ?」
     鬼丸の背を見送ったまま、ぽつり、と漏らされた小狐丸の声に三日月が小首を傾げる。
    「嫌がられるかと思ったのですが……」
     文句のひとつも言うことなく素直にされるがままであったことが余程意外であったか、小狐丸は狐に摘まれたような面持ちで手にしたままの櫛に目を落とした。
    「身綺麗にしてもらえるのなら、あれが嫌がるわけがない」
     はっはっは、と笑う三日月には理由がわかっているようだが、生憎と小狐丸には見当がつかず、むむ、と片眉を上げる。
    「『錆を落としてくれ』と主の夢枕に立ったと言われている刀だ。綺麗好きだぞ鬼丸は。自覚があるかはさておき、世話を焼かれるのも満更ではないらしい」
    「そういうことですか」
     昔のよしみか良く見ている、と小狐丸は感心したように三日月を見やり、あぁそうだ、と思い出したことをそのまま口にした。
    「夜に徘徊することもなくなって、貴方も安心したんじゃないですか」
    「うん? なんのことだ」
     空惚けているのか、わからんなー、と目を細めて笑う三日月に合わせ、小狐丸もこの話を続けることはやめたのだった。

     畑仕事の合間の休憩時、並んで座った際、不意に、すん、と鼻を鳴らした大典太に、なんだ、と問えば、三条の奴らと同じにおいがする、と返され、鬼丸はあからさまに顔を顰めた。

    2020.04.17
    鬼丸さんの同室者選び 邪魔するぞ、と三日月を先頭にやってきた面々に鬼丸は隠すことなく怪訝な顔を向けるも、客人一行は全く気にした様子もなく一期一振は持ってきたちゃぶ台を部屋のほぼ中央に置き、小狐丸が人数分の湯飲みを並べ、数珠丸が梅型の菓子鉢を中央に置いた。
     手ぶらなのは三日月だけで、最後に室内に入ってきた大典太はまっすぐに壁へと向かい、電気ポットのプラグをコンセントへ差し込んでから卓についた。
     着々と場が整うのを黙って眺めていた鬼丸は、首に掛けていたタオルで髪を、がしがし、と掻き混ぜるように拭きながら「なにしに来た」と興味の欠片を微塵も感じさせない声音で問うた。
    「疲れてるところすまんな」
     言葉とは裏腹にまったく申し訳なさとは無縁の顔で三日月が、はっはっは、と笑う。演練を終え一っ風呂浴びて部屋へと戻り、一息ついたところを襲撃された鬼丸からすれば癪に障るどころの話ではない。
    「一応、話は聞いてやるが、くだらないことだったら叩き出すぞ」
     これが三日月だけなら部屋に入れもしなかったのだが、数珠丸や一期一振が共にいるとなればそうそう邪険にも出来ず、渋々ではあったが鬼丸も卓を囲む輪に交ざった。
    「話というのは他でもありません。最近の鬼丸殿の寝坊癖についてです」
     ずばり直球で切り出してきた小狐丸の言葉に、湯飲みに伸ばし掛けていた鬼丸の手が一瞬止まる。
    「食事当番が鬼丸は今日は大丈夫か、食いっぱぐれはしないか、と毎日心配していると小耳に挟んでなぁ」
     最中の個包装を、ぺりぺり、と剥ぎながら三日月が事の発端を話し始め、茶で喉を潤した一期が続けて口を開く。
    「いつまでも乱に起こされるのもどうかと思いますし……私としては弟たちの模範となっていただけたら嬉しい限りなのですが」
     同派の太刀として、もう少しシャンとして欲しいといったところだろうか。
    「ただ、鬼丸殿にも事情がおありのご様子。なんと言いましたか、えぇと、体内時計? でしたか。それがうまく機能してないのではないかと薬研が言っていました」
    「……意識して寝るようにはなったが、決まった時間に眠れている訳じゃないんだろう?」
     大典太の問いに、ずっ……、と茶を一口啜ってから鬼丸はやや目を伏せて、まぁそうだな……、とどこか他人事のように答える。布団が心地よく離れがたいのも事実だが、日によって睡眠時間がバラバラなのもまた事実であった。
    「そういうことならば、我々でお力になれることはないかと話し合いまして」
     菩薩もかくやといった慈愛に満ちた笑みを浮かべる数珠丸相手に、いらぬ世話だ、と言えるわけもなく、鬼丸は黙って最中に手を伸ばす。
    「この五人の内の誰かと生活を共にして、身体を慣らしていこうという結論に至りました。ぬしさまの許可も頂いています」
    「……五人?」
     同じ天下五剣である三日月、数珠丸、大典太に加え、同派の一期一振はわかる。だが、小狐丸も頭数に入っていたことが意外で鬼丸が思わず聞き返せば、選択肢は多い方が良いだろうとのぬしさまのご判断です、とさらりと返され、貧乏くじを引いた狐にさすがに申し訳ない気持ちになったのだった。
    「誰が良いか選べ。鬼丸国綱」
    「お前はまずない」
     不意に真面目な声を出した三日月に対して間髪入れず、鬼丸は容赦なく斬り捨てた。
    「おや、これは手厳しい」
     フラれてしまったなぁ、とこうなるとわかっていたか大して堪えた様子もなく、笑いながら隣の小狐丸に茶のお代わりを所望する三日月を鬼丸は呆れた目で見るしかない。
    「そういうところだぞ、三日月宗近。心労で抜け毛が増えても困るので小狐丸も遠慮させてもらおうか」
     世話を焼かれるのが好きな者が世話を焼く側に回れるものか、と胸中でごち、鬼丸はぬるくなった茶を少量口に含む。
    「そもそもおれに断るという選択肢はないのか」
    「ありませんよ」
     皆が口を開こうとしない中、言い切ったのは数珠丸だ。鬼丸が数珠丸に対しては乱暴な物言いをしないとわかっているからこその流れに、いらぬところで連携しやがって、と鬼丸ひとりが奥歯を、ぎりぃ、と噛み締める。
    「僭越ながら私はどうでしょうか。同じ粟田口ですし、自分で言うのもなんですが規則正しい生活をしていると思います」
     まさかこの面倒くさい役に立候補する者がいるとは思わず、正気か? と甚だ失礼な言葉を漏らした鬼丸に気分を害した様子もなく、一期は、いかがですか? と頼れる長兄スマイルを向けてくる。
     一期とは共に過ごした時間も長く知らぬ仲ではない。これで決まりかと思いきや、鬼丸は、ゆうるり、と首を横に振った。
    「……お前を独り占めしていると、弟たちに恨まれそうだ」
     あいつらを敵に回したくない、と軽く肩を竦める鬼丸に一期は、そうですか、と残念そうに眉尻を下げる。
    「それに下手をするとお前共々大部屋で寝起きすることになりかねん」
    「あぁ、さすがにそれは……」
     鬼丸の懸念を一期は否定しきれず、仕方ありませんね、と引き下がった。大人には一人の時間が必要な時があるのだと、この場にいる者は口にこそしないが納得する。
    「残るは数珠丸と大典太か」
     もりもり、と一人で最中を消費している三日月が楽しげに選択を迫り、鬼丸はうっかり出そうになった「どうでもいい」との投げやりな言葉を無理矢理に最中と共に飲み下す。
     正直、審神者が噛んでいなければ、なんだかんだ理由をつけて断る一択だったのだ。
    「ちなみに数珠丸は四時起きだぞ」
    「大典太で」
     最速での決断であった。

     敷き布団を運びながら鬼丸は前を行く大典太の背に、おい、と声を掛けた。
    「お前はいいのか?」
     ちら、と肩越しに振り返った大典太はゆるく息を吐きながら前に向き直り、掛け布団を抱え直す。
    「……今更だろう」
     これまで散々、鬼丸は好き勝手に大典太の部屋で寝ていたのだ。こちらの都合などお構いなしに強襲されていたことを考えれば、前もってわかっている分マシというものだ。
    「あぁ、そうか……毎晩一緒……ということは、飲む回数が増えるということか」
     楽しみだ、と低く笑う大典太に鬼丸は「安酒しか用意しないぞ」と即答する。
     そう言いながらも三回に一度は必ず大典太好みの酒を用意してくる鬼丸の気遣いを知っているだけに、大典太の唇は自然と弧を描いた。

    2020.05.11
    茶田智吉 Link Message Mute
    2021/08/20 3:15:41

    【刀剣】世話焼き本丸

    #刀剣乱舞 #鬼丸国綱 #乱藤四郎 #薬研藤四郎 #大典太光世 ##刀剣
    鬼丸さんと粟田口短刀と時々他の刀の話。

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