あまくて、あまい。 土曜日の穏やかな朝。スマートフォンの忙しないアラーム音が午前七時を告げる。
ソファーをベッド代わりにしているスコットは起き上がらずにコーヒーテーブルの上のスマートフォンに手を伸ばすが、後少しというところで手が届かない。そうなると体を起こすしかなく、眠い目を擦りながら上半身だけを起こして再度スマートフォンに手を伸ばした。今度は手が届いた。
スコットはアラームを止めてスマートフォンをコーヒーテーブルの上に戻し、「うーん」と体を伸ばしてから立ち上がる。そして、あくびをしながらバスルームに行って顔を洗う。冷たい水で顔を洗えば寝ぼけた頭がシャキッとした。
バスルームの次に向かうのは自分の寝室だ。スコットが自分の部屋のドアを慎重に開けて中を覗き込むと、目に飛び込んできたのは愛しい恋人・ピーターの寝顔。スコットのベッドで気持ち良さそうに眠るピーターは夏休みを利用して昨日からサンフランシスコに遊びに来ていた。遠方から来てくれた客人をソファーで寝かせるなんてとんでもない、とスコットは自分のベッドをピーターに譲ったのだ。
スコットは恋人のあどけない寝顔に笑みを零しながら静かに中に入り、クローゼットから着替えを取り出して部屋を後にする。
リビングルームで着替えている最中、スマートフォンにメッセージが届いた。誰かと思えば同居人のルイスだ。ルイスは遠距離恋愛真っ最中のスコットを気遣い、ピーターの滞在中は会社で寝泊まりしてくれている。
ルイスからのメッセージには「おはよう、スコッティ!彼氏と一つ屋根の下なんてドキドキして寝られなかっただろ?イチャイチャしてる時に居眠りしないように気をつけろよ!」などと書かれており、テンションの高さに思わず苦笑してしまう。
とりあえず返信をしなければ、とスコットは画面をタップした。
「うーん、何て返そうか?……おはよう。昨夜は快眠だったから余計な心配だぞ……っと。これでよし。」
スコットはメッセージの送信ボタンをタップしてからスマートフォンをコーヒーテーブルに戻し、カレンダーに視線を向ける。ルイスからのメッセージによってピーターが家にいるということを改めて実感し、予定を確認したくなったのだ。
ピーターは次の月曜日に帰る予定になっている。つまり今日と明日は二人だけでゆっくり過ごすことができる。そのように考えると嬉しくて頬が緩む。メッセージやビデオチャットで定期的にやり取りしていても会えない時間は寂しく、丸二日間も一緒にいられるのは何よりの喜びだ。
スコットはしばらくカレンダーを眺めてニコニコと笑っていたが、脚全体が冷えることに気づいて己を見遣る。上は半袖のシャツに着替えたものの、下はパジャマのズボンを脱いだだけ。脚が冷えて当然だ。
「うわ!早く履かなきゃ!」
今この瞬間にピーターがリビングに入ってきたら幻滅されてしまう。
スコットは慌ててジーンズに脚を突っ込んだ。
*****
「さーて、例のものはどんな感じだ?」
着替え終わったスコットは笑みを浮かべながら冷蔵庫を開ける。お目当ては大きめのタッパーだ。
タッパーを取り出して蓋を開けると、卵と牛乳を混ぜた液を吸い込んだ食パン二枚が姿を見せる。フレンチトーストを作るために昨日の夜に仕込んでおいたのだ。おかげで食パンはしっかりと液を吸収しており、容器の中にたっぷり入れておいた混合液は完全になくなっていた。
スコットはタッパーの中を見ながら「良い感じ」と満足げに笑う。
「これなら旨いフレンチトーストができるぞ。」
スコットは「よし!」と一つ頷くとタッパーの蓋を閉めて冷蔵庫に戻した。フレンチトーストを焼くのはピーターが起きてからにして、他のものを用意しようと思ったのだ。
冷蔵庫の中にあるものを頭に思い浮かべて考えた結果、フルーツヨーグルトを用意することに決めた。先日泊まりに来たキャシーのために買っておいた果物が残っているので、それをヨーグルトの上に盛り付ければ華やかに見えるだろう。
考えがまとまったので冷蔵庫から必要な具材を取り出して調理に取り掛かる。調理に取り掛かるとは言っても果物を一口サイズに切るだけなので簡単だ。手際よく果物を処理していると、パジャマ代わりのTシャツを着たピーターが現れた。
「おはよう、スコットさん。早いんだね。」
あくびを噛み殺しながら挨拶をしたピーターにスコットは笑顔で「おはよう」と返事をした。
「七時に起きたから早起きってほどでもないよ。それより昨夜は眠れたか?」
「うん、ベッドに寝転がってから十秒くらいで寝ちゃった。スコットさんのベッドなのに独占しちゃってごめんね。」
申し訳なさそうに謝るピーターに「気にするな」と首を横に振る。
スコットのベッドは上等なものとは言い難い代物なので使い慣れていない人間がきちんと寝られるか心配していたのだ。先ほど見た寝顔から察するにピーターの言葉は本当だろう。スコットは彼がきちんと眠れたことにホッとする。
「ピーター、食事の準備をしてるから顔を洗って着替えてこいよ。すぐに食べられるからさ。」
「わかった、そうさせてもらうね。」
ピーターは軽く頷いてバスルームに向かった。
スコットはその姿を見遣ってから包丁を置いて手を洗い、冷蔵庫からヨーグルトと共にフレンチトースト用の食パンが入ったタッパーを取り出す。昨日からの準備が実を結ぶ時が来たのだ。
スコットはタッパーを見つめながら小さく笑った。
フライパンに落としたバターが溶けていく様子をスコットが眺めているとポロシャツとジーンズに着替えたピーターがやって来て、スンスンと辺りに漂う香りを嗅いだ。スコットにはその姿が子犬のように見えたので思わず笑ってしまう。
ピーターはスコットの隣に並んで目を合わせてきた。
「何を作るの?」
「フレンチトースト。絶対に旨いって自信がある。」
スコットは質問に答えながら液に浸した食パン一枚をフライパンに乗せた。熱したフライパンに食パンが触れた瞬間にジュッという音がして、少し経つと甘さと香ばしさの混ざり合った香りもしてきた。食欲をそそる香りに二人は揃って喉を鳴らす。
「どうしよう、スコットさん。起きた瞬間からお腹が空いてるのに、どんどんお腹が空いてくるんだけど。飢えて死にそう。」
フライパンを凝視しながらのピーターの言葉にスコットも同意して頷く。
「俺のお腹も不味いことになってきた。焼いてないフレンチトースト用の食パンでもいいから食べたくなってきた。」
「それはやめなよ、美味しくないよ。」
「何で冷静に返してくるんだよ、お前。」
そんなやり取りを交わすうちに食パンは焼けてきたようで、スコットは食パンを慎重に持ち上げて焼き加減を確認してみた。程よく付いた焦げ目にうっとりと溜め息を吐きたくなる。
スコットが食パンをひっくり返すとピーターから「美味しそう」という呟きが漏れた。期待を隠しきれない彼の声に思わず笑みが零れる。
スコットは食器棚の方へ移動して皿を二枚取り出しながら「それはピーターの分だぞ」と告げた。
「面倒だったから食パンを切らずに一枚丸ごと液に浸しておいたんだけど、二枚とも焼けるのを待ってたら冷めちゃうからピーターは先に食べてくれ。」
その言葉を聞いた途端にピーターが眉根を寄せて唇を尖らせる。そのムッとした顔を見てスコットは首を傾げた。何か嫌なことを言っただろうか?
頭に疑問符を浮かべるスコットにピーターがグッと顔を近づけて告げる。
「一人で先に食べ始めるなんて嫌だ。焼き上がったら半分に切ればいいんだし、一緒に食べよう。これは決定事項だからね。」
ピーターはそう言ってスコットの鼻先を軽く弾いた。そして彼は再びフライパンを見守りに戻る。
スコットは鼻を撫でながらピーターに言われた言葉を考えてみた。確かに、せっかく二人でいられるのに一人だけ先に朝食を食べ始めるのは寂しい。二人で一緒に食べた方が美味しくて楽しいのはわかりきったこと。そのことに思い至らなかったのは反省点だ。
反省したスコットはピーターの隣に並んで彼の手を握った。驚いた様子でこちらを見るピーターに「俺が悪かった」と謝る。
「俺もピーターと一緒に食べたいよ。面倒くさがらずに食パンを切っておけばよかったな。ごめん。焼けたら半分に切ろう。」
スコットの謝罪にピーターは目を丸くした後、「謝らないで」と首を横に振った。
「僕の方こそごめんなさい。怒ったわけじゃなくて、ちょっと拗ねただけ。」
ピーターは照れ混じりの苦笑いを浮かべて手を握り返してくれた。それだけでスコットの心は浮き立つ。
「じゃあ、頼みたいことがある。ナイフとフォークとスプーンをテーブルに並べて、その次は紅茶を淹れてほしい。」
「スプーン?フレンチトーストなのに?」
「フルーツヨーグルトも作ったんだ。冷蔵庫に入れてあるから、フレンチトーストが焼き上がったら出してくれ。」
「楽しみ!紅茶は任せて!」
胸を張って答えたピーターにスコットは「よろしく」と言って手を離そうとしたが、離しかけた手をピーターに掴まれた。それに驚いている間に頬に柔らかなものが押し付けられる。一瞬にして離れていったそれがピーターの唇なのだと認識したスコットの頬は一気に熱くなった。
「なっ!えっ、なに⁉」
スコットが目を丸くしているとピーターがいたずらっぽく笑う。
「キスしたくなっただけ。ほら、フライパンを見てないと焦げちゃうよ。」
サラリと言ってのけた少年はキッチンの引き出しを開けてスコットが頼んだものを探り出す。その頬が赤く染まっているのをスコットは見逃さない。
ピーターは意外とシャイだ。恋した相手に対してなかなか踏み込むことができず、それが原因でアプローチし切れずに失恋したことも少なくなかったらしい。過去の経験から「自分からどんどん行かないと絶対に後悔する」と考えてスコットに対しては積極的に攻めたのだと聞き、自分は見事に押し負けたのだと知ったことは記憶に新しい。
ピーターは恋人同士になってからも自分から触れ合うことが恥ずかしいらしく、キスを交わした回数は少ない。スコットはそれを不満に思うどころか微笑ましく感じているのだが、それだけに彼からのサプライズなキスは大きな驚きとときめきをもたらした。
スコットは未だにドキドキしている自身を落ち着かせるために深呼吸をしながらフライパンに視線を移す。
(慣れないことをするから照れるんだぞ、ピーター。でも、嬉しいサプライズだった)
ピーターがスコットに関することで積極的になるのは彼の愛情の深さの証。それほどに想われているのだと思うと嬉しくて飛び上がりそうだ。
今の出来事は何年か経ってから思い出話として彼に話そう、とスコットは密かに笑った。
*****
「はい、お待たせ。」
スコットは既に着席しているピーターの前に半分に切ったフレンチトーストを乗せた皿を置き、自分の分もテーブルに置いた。
「残りの一枚も焼いてるからな。そうだ、ジャムやハチミツはいるか?」
「このままで食べるから大丈夫、ありがとう。」
「そうか、じゃあ食べようか。」
スコットがそう言って椅子に座ると、ピーターは早速ナイフとフォークを手に取ってフレンチトーストを切り始める。一口サイズにしては少し大きなそれを彼は躊躇うことなく口に運んだ。そのピーターがゆっくりと咀嚼する様子をスコットはジッと見つめてしまう。反応が気になった。
ピーターの喉が一際大きく動いたことにより彼がフレンチトーストを飲み込んだことがわかった。そして、彼は目を輝かせながら言う。
「美味しい!中までしっかり染みてるのが最高!すっごく美味しいよ、スコットさん!」
笑顔全開での感想にスコットも笑顔になる。この笑顔が見たくて頑張ったのだ。
「そりゃよかった。甘さはどう?」
「僕はこれぐらいの甘さが好き。本当に美味しいよ。」
「気に入ってもらえて安心したよ。フレンチトーストを作ったのは久しぶりなんだ。」
スコットはピーターに喜んでもらえたことにホッとしながらフレンチトーストを食べる。液が中まで染み込んでいるので卵と牛乳の甘さと旨みが口いっぱいに広がった。これなら自分に合格点を与えてもいいだろう。
夢中になって食べ進めれば皿の上がすぐに空になったため、スコットは二枚目のフレンチトーストの様子を見に行った。今度も良い焼き加減であることに笑みを浮かべ、ひっくり返した後はフルーツヨーグルトを楽しみながら焼き上がるのを待つだけだ。
スコットが席に戻るとピーターは口を大きく開けてフルーツヨーグルトを食べていた。
「フルーツヨーグルトも美味しいね。果物がたくさん入ってるから食べごたえがあって嬉しい。」
モグモグと口を動かしながら嬉しそうに笑うピーターを見ていると幸せな気持ちになれる。こんなにも美味しそうに食べてもらえると彼が望むものを何でも作ってあげたくなってしまう。
スコットは自分の顔がみっともなく緩んでいることを自覚しながらピーターの表情を楽しんだ。
和やかな雰囲気での会話を楽しんでいると時間は瞬く間に過ぎていき、スコットは「そろそろ焼き上がる頃だ」と立ち上がってキッチンに入る。火を止めてフレンチトーストを皿に乗せ、半分に切ってからもう一枚の皿に移す。そして二枚の皿と共にピーターのところへ戻った。
「はい、お待たせ。」
スコットが皿を手渡すとピーターは「ありがとう」と感謝しながら受け取り、満面の笑みで食べ始めた。スコットも席に着いて二枚目のフレンチトーストを口に運ぶ。先ほどと変わらず美味しい。
幸せな気分でフレンチトーストを食べていると、ピーターが「ねえ、スコットさん」と呼びかけてきた。
「もしかして昨日から準備してくれてた?フレンチトーストって三十分くらいじゃ中まで液が染み込まないよね。」
その質問にスコットは頷いて答える。
「昨日の夜、お前がシャワーを浴びてる間に準備しておいたんだ。準備って言っても難しいことは何もしてないけどな。」
スコットはそのように答えて笑い、ピーターは「やっぱりそうなんだね」と頷いた。その頷いた顔が沈んでいるように見えたことをスコットが訝しく思った時、ピーターは無言で項垂れた。
様子のおかしいピーターにスコットは「どうした?」と慌てる。
「体調が悪いのか?気持ち悪いとか、お腹が痛いとか?」
「違う、そうじゃない。」
ピーターはそう答えて顔を上げたものの、すぐに俯いて落ち込んだ姿を晒す。ついさっきまで笑顔を見せていた彼の異変にスコットは戸惑った。
スコットが「ピーターはどうしちゃったんだ?」と思いながら困惑気味に頭を掻くと、ピーターがポツポツと話し始める。
「僕、サンフランシスコに来たら、あなたが喜ぶこと……何かしてあげたいって思ってたんだ。」
スコットは「そうだったのか」と小さく頷く。
「でも何も浮かばなかった。昨日もすぐに寝ちゃったし。」
そう話すピーターはとても悔しそうだ。スコットは彼をなんとか励まそうと口を開く。
「ここまで来るのに疲れたんだ、仕方ないよ。気に病む必要なんてない。」
「そうかもしれないけど、スコットさんは昨夜から準備してくれてたのに……僕は何もない。自分が情けなくてさ。……こういうのって、大人と子どもの差なのかな。」
そう言って寂しそうに笑うピーターにスコットは眉を下げた。
ピーターは勘違いをしている。スコットがピーターのために昨夜からフレンチトーストの準備をしていたのは「大人だから」ではないのだ。それをきちんと伝えなければならない。
スコットは背筋を真っ直ぐに伸ばし、咳払いをして「いいか、ピーター」と話を切り出す。
「お前は勘違いしてる。俺が昨夜から準備してたのは大人だからじゃない。お前が大好きだからだよ。」
「……え?」
思わずといった様子で顔を上げたピーターは目を丸くしている。思いがけない言葉だったようだ。
スコットはピーターの反応に苦笑しつつ話を続ける。
「ピーターのことが大好きだから喜ぶ顔を見たいと思った。美味しいフレンチトーストを食べさせてやりたいと思った。それだけのことさ。大人だから、じゃない。好きな人のために何かしたいってだけだよ。」
そう言って微笑むとピーターの澄んだ目がキラリと光った。
「スコットさんは大人で余裕があるから僕のためにできることを考えられるんじゃないの?」
その問いにスコットは首を横に振る。
「違う。大好きな人のために何かしたいと思うのは大人だとか子どもだとかってのは関係ない。それにな、俺が余裕のある大人なわけないだろ?ピーターと一緒にいるとドキドキして余裕なんてなくなるんだからさ。」
正直に打ち開ければピーターの目が更に大きく見開かれた。そして、その顔が赤く染まっていく。見事な染まりっぷりにスコットは少しだけ見惚れた。
やがてピーターはゆっくり瞬きをした後に「ハートを撃ち抜かれた」と呟き、真摯な眼差しを向けてくる。
「スコットさんのために何かしたいって今すごく思ってるんだけど、僕はあなたのために何ができる?教えてほしいんだ。」
その真っ直ぐな思いに応えるためにスコットは考え込む。
ピーターにしてほしいこと。それはピーターでなければできないことだ。それは一体何だろうか?
考えて、考えて、スコットの頭に一つの望みが浮かぶ。
「──キス。キスしてほしい。俺が唇を触れ合わせたいと思うのはピーターだけだから、これはピーターにしかできないことだ。」
スコットが「どうかな?」と尋ねれば笑顔で「光栄だよ!」という言葉が返ってきた。
ピーターは立ち上がってスコットの傍らに移動すると無言で見つめてきた。向けられる眼差しに愛しさが滲んでいることがわかり、スコットの心は幸福で満たされる。
少し見つめ合い、やがてピーターの手がスコットの頬に触れた。優しく頬を撫でる手が心地良く、頬ずりすればピーターは穏やかに笑った。
「スコットさん、好きだよ。」
秘密を打ち明けるように囁かれた愛の言葉に頷き、ピーターの顔が近づいてくるのに合わせて目を閉じる。視界が暗くなると同時に唇に感じる温もり。愛しい彼の温もりだ。
啄むように唇を触れ合わせるうちに微かに甘い味がした。それは間違いなくフレンチトーストの味であり、それが妙におかしくて自然と笑みが零れる。そうすると唇が離れた。
「何か面白いことでもあった?」
目を開ければピーターの不思議そうな顔を間近で見ることになった。それだけで嬉しくて、スコットは笑みを浮かべながら答える。
「フレンチトースト味のキスだな、と思って。フレンチトースト味のキスは初めてだ。」
スコットの答えにピーターがクスクスと笑った。
「確かに珍しいかもね。でも、僕は好きだよ。あなたとのキスの味だから。とっても甘い、キスの味。」
「そうだな。……なあ、ピーター。」
「なに?」
「もう一回キスしたい。」
スコットはキスを強請りながらピーターの鼻先に己のそれを触れさせる。それに驚いたのか、ピーターは一瞬だけ目を瞠ったが、すぐに嬉しそうな笑みを見せてくれた。
「いいよ。何回でもしてあげる。」
宣言通りに再び唇が重ねられたのでスコットは目を閉じる。そうすると先ほど感じたのと同じ甘さを感じた。
甘くて美味しいフレンチトースト。それ以上に甘いのはピーターとのキス。その二つが組み合わさったなら、これに勝るものはない。これから先、フレンチトーストを食べる時はピーターとのキスを思い出すのだろう。
スコットは「それはとても幸せなことだな」と心の中だけで呟いて、甘いキスを味わい続けた。
END