まどろむ星座 ベッドの端に座って髪を乾かしている伊織の背中を、布団にくるまってぼんやりしながら眺めていた。オレよりちょっと小さくて薄い、だけどまっすぐでかっこいい背中。かっこいいなあ、って、何回見ても思う。
「そういえば、最初はさ、いまみたいに呼べなかったんだよな」
頭のなかであれこれ考えてたことの続きのひとつがそのまま口からこぼれて、伊織が不思議そうな顔でこっちを向いた。
いまはもう夜中って言ってもいいくらいの時間で、いつもならオレも伊織も寝てるようなころ。こうやってふたりで過ごすときだけ、オレたちはないしょの夜ふかしをする。
「なあ、『伊織さん』」
「……なんだ」
あったかい布団でうとうとしながら、伊織と話すのはすごく楽しくて気持ちがいい。その気持ちよさと眠気でふわふわした頭のまま、もう一回名前を呼んでみる。いおりさん。
カンパニーに入ったばっかりのころ、オレは伊織をそう呼んでた。もちろん伊織だけじゃなくて、陽向だってそう。響也さんたちのことはいまでも「さん」付けで呼んでるけど、年齢なんかには関係なく「先輩」のことはそうやって呼ぶものだって教わってきたし、オレもそういうものだと思ってたし、実際そのほうが落ち着くから。……まあ、結局しばらくしてから「伊織でいい」「陽向でいいよ」ってふたりに言われて、役者としてはすっげー大先輩ってくらいの伊織と陽向を、友達みたいに呼ぶことになったんだけど。
「いおりさん」
「だからなんだと、」
最初のうちは慣れなくて苦労したくらいだったのに、ふっと思い出して口にしてみたその呼びかたはオレのなかでもなんだかすごく懐かしいものになっていて、少しびっくりする。逆にもう全然口になじまなくなった響きが面白くて繰り返したら、今度は伊織のちょっと怒った声が聞こえてきた。眠気のせいでろくに会話になってないんだから、当たり前だ。
けど、それでも伊織は髪を乾かすのをストップして続きを待ってくれていて、ちょっとっていうか、かなり嬉しい。伊織のこういうところも、すきだな、かっこいいなって思う。(あと、それを言うと照れて怒るのは、すっげーかわいい。)
伊織のことを「伊織さん」って呼んでたころと比べたら伊織も、オレも、……それからオレたちの関係にも、変わったところはいくつかあるけど。オレが伊織を「伊織さん」って呼んでたときからずっと、変わってないこともある。
「すきです」
「……ッ」
枕にほっぺたをうずめたまま伊織を見上げて、思ったままにそう言った。「すき」の意味がちょっと広がったりはしたけど、オレが伊織をすきだってことは変わらない。
あのころみたいな口調で、いまのオレの気持ちを伊織に伝えるのは、なんだかちょっとくすぐったかった。へへ、なんか、へんなかんじだ。そんなことを考えながら、さすがにこれ以上伊織の邪魔をしないように、もぞもぞ布団に潜り込んで目をつむる。
「すきだよ、いおり」
でもやっぱりいまの気持ちはいまのオレの言葉で伝えたかったから、最後にそれだけ付け足して、今度こそ体のちからをすっかり抜いた。
――おやすみ、いおり。
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20180423Mon.