十三番目の流星 休日の午後九時過ぎ。お風呂上がりの髪をのんびりとタオルで乾かしながら、スマートフォンを操作していた手を止める。私用のSNSのタイムラインの途中に、久しぶりに見かけるアイコンを見つけたからだった。
投稿時刻は午後七時。時差を考えると、あちらはまだ明け方のはずだ。日本時間に合わせて自動的に投稿するよう設定されているんだろう。アイコンをタップして、そのアカウントのホームから新着投稿をじっと見つめる。
――このたび、約一年ぶりの日本公演が決定いたしました。期日は来春を予定しております。チケット販売や公演内容の詳細につきましては、引き続き当アカウント上での続報をお待ちください。
特集が掲載された雑誌の紹介や、キャストの出演番組の情報が並んだ中の一番上。ジェネシスのオフィシャルアカウントに、来日公演の告知が追加されていた。
(来春ってことは、去年みたいにホワイトデーに合わせた公演になるのかな)
スマートフォンを膝に下ろして、ついと視線を上げる。パソコンの横に置いてある卓上カレンダーは、ついこのあいだ十一月に変わったところ。私たち夢色カンパニーにも今年のトミー賞に向けた冬季公演があるし、ジェネシスもブロードウェイでのクリスマス公演を予定している。忙しく日々を過ごしていればきっとすぐのことなんだろうけれど、来年の春というと、一応はまだ少し先の話だ。
去年観たジェネシスの公演を思い出す。その前月にニューヨークで行なったバレンタインデーが題材の演目とストーリーの大筋は同じながら、日本での上演用にかなり大胆にアレンジした内容で、そのために海外から観劇に来るファンの人もいたくらいだった。
ジェネシスが拠点をブロードウェイに移してからしばらく経ったころにはオンライン配信での観劇もできるようになっていて、そちらは何度か観ていたけれど、劇場で直接目にした彼らのパフォーマンスは映像で見るより何倍も魅力的だったのをよく覚えている。
「…………、」
肩にタオルを掛けたまま本棚の前に座り込む。確かこのあたり、と記憶を頼りに指先を滑らせて、件の公演のプログラムを手に取った。
上品な箔押しで印刷された英題のロゴに、ざらりとした表紙の感触。表紙をめくると、あらすじを綴ったイントロダクションから本文が始まる。メインキャストの配役に主演・助演の位置づけはなく、ふたつの話の筋が結末に向かって一本に収束していく構成の群像劇だった。
カラー刷りのステージショットが華やかにレイアウトされた見開きのあとには、メンバーの紹介とコメントページが続く。主宰として一番手を担当する灰羽さんの次に掲載されているのが、脚本家の染谷さんだ。
写真と一緒に、脚本・ブロードウェイ公演配信版日本語字幕監修、という紹介文が添えられている。オンライン配信の決定自体が元々日本のファンのためのものだから、字幕もその配慮の一環だろう。映像面でも黒木さんが演出家の立場からカメラワークの監修に携わっていて、ジェネシスらしいこだわりが伝わってくる。もう何度も読んだはずの染谷さんのコメントを、気付けば目で追っていた。
プログラムやオフィシャルサイト上に載っている染谷さんの言葉はいつも淡白な雰囲気で、それでも自然と読む人を惹き付ける力がある。
(今回の演目は、一体どんなホンなんだろう)
染谷さんはどんな世界を、人々を、物語をジェネシスのみんなと描くんだろう。描きたいんだろう。考えただけで、少しどきどきする。この気持ちを誰かと共有したいような、……でも、まだ私だけのものにしていたいような、不思議な気分だった。
「――っくしゅん!」
浮ついた気持ちをたしなめるみたいに、くしゃみがひとつ。濡れたままの髪が、随分と冷えてしまっていた。
いけない、風邪を引いてしまう。開いていたプログラムをそっと本棚に戻してから、急いでドライヤーを取りに立ち上がった。
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20220125//20220717Sun.