竜に砕かれる剣の国[神殿にて]神子と王 デリクス・ノーラ・ネイリング。とある若い王の名だ。神子風に言うなら「高校生」ほどの年頃のその王は、眼下の光景をじっと見ていた。
神子と何者か――恐らくドラゴスティアだ、ならばこちらは神子ではあるまい――が手合わせをしている。決着がつく前に横槍が入って中断したが、短時間だけでも見ればわかる。
――あれは戦士だ。
「彼は?」
伴っていた部下に問う。普段から神殿へ赴き神子の情報を集めているその男、二十歳そこそこの文官といった風情の彼は、王が示した先を見てから答えた。
「ニセウという神子ですね。身体能力・知能共にかなりの高水準であろうと私は目しています。数ヵ月で諸々の状況を理解し、訓練の成果も申し分ないようです」
なるほど、その神子は確かに体格が良く、遠目にも眼光鋭い武人然としていた。
「ふうん……少し話がしたいな」
「呼びましょうか」
「ああ、……いや、われが降りよう」
訓練場を見下ろす渡り廊下にいた王は、踵を返すと階下へと向かった。早足に歩いて訓練場の方へと向かうと、先ほど見たものと同じ背中が見える。
「そこの神子殿」
たまたまその瞬間他に歩いている人間はいなかった。静かな廊下に若々しい声がよく響く。振り返った神子は、声の主を探してわずかに視線を下げた。そこにいるのは、神子のかつていた世界における「イタリア」の憲兵に似た軍服のような服を着た若き王だった。衣装は黒を主としているが、差し色の青が鮮やかである。
「……何か」
神子が返事をすると、王は真っ直ぐ神子を見上げてぐいと口角を上げた。
「少しばかりそなたの時間をわれに寄越してはくれないか」
神殿の中庭に設えられたあずまやで、神子と王が歓談している。……実際はさておき、周囲からはそう見えるだろう。
「われの名はデリクス・ノーラ・ネイリング。言うまでもなく察してはいようが、ここより少し北にあるネイリンガルドの王だ」
「……王?」
怪訝そうに揺れた声の理由はわからないが、王は己の容貌のせいであろうと判断した。今まで会ってきた神子のほとんどにとって、王程度の年齢は子供に見えるらしかったからだ。王はさして気にせず、言葉を続ける。
「さきほどそなたが誰ぞかと手合わせをしているのを見た。優れた戦士だと見受ける」
「戦士とは微妙に違うが、戦闘の心得はある」
なるほど、と言ってから王は唇を湿らせる程度に茶を口にした。それから椅子へ座り直し、神子の目を覗くように見た。
「わが国には現在神子がいない。……ああ、」
片手を前に出して神子の言葉を制止し、
「そなたを今ここで迎えようというのではない。ただ、そなたのような神子を望む王がここにいるということを知っておくのは、そなたにとって悪いことではないだろう」
鮮やかな蒼海のような目が瞬きもせずに神子を見ている。冷たいわけでも温かいわけでもない、見たものを飲み込むような色。
「少しばかり事情があってな。われらが求めているのは美しい花やあたたかな太陽ではなく、われの伴侶や妃でもなく、われの半身となって災厄に立ち向かう戦士だ」
「……」
神子は何かを探るような眼差しで王を見ている。それを真っ向から受け止めてなお王は動じず、しばらく黙って見つめ合っていたがふと空気が緩んだ。茶請けのビスケットに手を伸ばす。
「……契約云々を置いても、気が向いたらわが国に足を運んでくれ。良い国だぞ、いつでも歓迎しよう。そうだな……この男が神殿によく来ているゆえ、これに声をかければすぐに都合をつける」
不意に王に水を向けられても動揺せず、その男は軽く会釈をした。
「テオと申します、よしなに」
王よりいくらか年上で、どこか王と立ち居振る舞いが似ている。先だって神子について王に説明した男だ。その男は品定めするような目で神子を見ていたが、神子と目が合うと素知らぬ様子で目を伏せた。それに気付いてか気付かずか、神子の眉が僅かに動く。
「ああ、あまり長々とそなたの休憩を食い潰すわけにもいかぬな」
そのタイミングでビスケットを一枚食べ終えた王が、ナプキンで指先を拭いながらそう言ったのは偶然かもしれないしわざとかもしれない。神子は男から王へと視線を移した。
「これを頂いたら暇しよう。わればかり話してすまなかったな」
ティーカップにつける唇は小さく、顎は細い。神子とは対照的な姿のその王は、悠然と茶を飲み干した。
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神子ニセウ