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    ある男の自嘲 四十くらいまでは結婚の探りを入れられていたが、六十ともなればもう何も言われなくなった。それでいい。きっと私はこのまま独身で一生を終えるだろうし、愛する人と結ばれることもない。私が愛しているのは……親子ほど年の離れた同性の部下なのだから。
     彼を愛してしまったのがいつからだったかは思い出せない。彼を目で追ってしまうようになり、話しかけられると胸が高鳴るようになり、しまいには彼のことを思い眠れぬ夜をすごすようになって、彼への愛を認めざるを得なくなったのだ。
     だがこの思いは秘めなければならない。彼のためにならないし、きっと嫌悪される。嫌悪だけならまだいい。私の地位に逆らえず、本意ではないのに私とそういった関係に甘んじようとするかもしれない。そうなった時、……拒める自信がない。
     自分がこんなにも惰弱だとは思っていなかった。若者の初恋でもあるまいに、彼を思うと胸が震える。あの美しいペリドットの瞳が私だけを見てくれたら、と夢想してしまう。だがそれは許されない妄想だ、彼は将来有望な青年で、いずれ相応しい女性と結ばれるだろう。私は上司としてそれを祝福するべきなのだ。
     ……想像だけで胸が痛むというのに?
     神に特別に愛されたのだと思わせるほど整った顔立ち、軍学校を首席で卒業する優秀さ、冷静で勤勉、欠点らしい欠点などない彼。私の補佐官として働いてくれている彼に対して、私がこんな不埒な思いを抱いているなんてことは絶対に露呈してはならない。彼に愛されたい、だなんて思ってはいけない。彼は完璧な補佐官として私に尽くしてくれているのだから、これ以上を望むなんて強欲にもほどがある。
     だが、私が彼を愛することそれ自体が罪だとは思わない。この想いが、身を焦がす恋慕が、魂を震わせる愛が、罪悪だとは思いたくない。たとえ報われないとしても、この気持ちは私の大事な一部なのだ。
     ──私、レナード・フロストは、ユーイン・ウィンバリーを愛している。


     朝、執務室で己の上司であるレナードと顔をあわせたユーインは、ほんの少しだけ眉を下げた。
    「おはようございます、大佐。……どうされました、顔色が少しお悪いようですが」
    「ああ、いや、昨晩寝付きが悪くてな。大丈夫だ」
    「……無理はなさらないで下さいね」
    「ありがとう」
     レナードが微笑みながら礼を言うと、ユーインはぴくりと唇を動かした後に一礼をして仕事へと戻っていった。その背を見送るレナードの目が、一瞬、切なげに揺れたことには誰も気付かなかった。
     例え部下を愛していようが、レナードが仕事に際して不手際を起こすことはない。その日も滞りなく仕事を終えたレナードは、だが、退勤の挨拶をして下がろうとするユーインを引き留めた。
    「たまには一緒に食事でもどうだ」
     なんでもないことのように自然に紡がれた台詞ではあったが、レナードにとってはかなりの勇気が必要な台詞だった。馴れ馴れしくはないか、強制と受け取られないか……悩んだ末の誘いだった。
    「…………」
     その誘いに驚いたのか、ユーインは目を何度か瞬く間黙り込んでいた。宝石のような──鷹と形容されることもある鋭い目付きをそう表するのはレナードくらいである──目がきらきらと光っていて、レナードはその沈黙を永遠のように感じた。
    「……喜んでお供します」
     誘いを了承したユーインの声は落ち着いていて普段と何も変わらず、レナードは内心胸を撫で下ろしながら表情を緩めた。
    「八時に駅前で良いか?」
    「はい」
    「……じゃあ、また後で」
     言葉少なにその場を後にしたレナードは、ユーインからは見えないだろう場所へ来ると壁にもたれ掛かり顔を覆った。ついに誘ってしまった。仕事ではない、プライベートの時間を共有したいという気持ちに逆らえなかったのだ。本人の前でこそ自然に振る舞っていたものの、今ここにいるレナードは年甲斐もなく頬を染めている。初めて好きな人を食事に誘った若者のようだった。
     待ち合わせの時間になり駅前へと向かったレナードは、そこに佇むユーインを見て息を飲む。私服を見るのは初めてだった。仕立ての良いコートがすらりとした体躯に似合っており、マフラーも恐らく上等なものだろうと思われた。レナードに気付き表情を緩ませ会釈するその姿は仕事中とは違い、少し雰囲気が柔らかいように見える。
    「今晩は」
    「ああ、今晩は。急に誘ってしまってすまなかったな」
    「いえ!……いいえ、大丈夫です」
     少し慌てたようなトーンの台詞は、常に落ち着いた調子で話すユーインにおいては珍しい。しかしひどく緊張していたレナードはその違和感に気付かず、真っ直ぐ店へとユーインを連れていった。
     レナードの行きつけであるそこは落ち着いた雰囲気の店で、テーブルに運ばれてくる料理はどれも丁寧に作られたものだった。特にタルタルステーキは絶品であり、何度も食べているレナードですら表情を綻ばせてしまうほどである。ユーインも最初は落ち着かない様子だったが、すぐにリラックスして料理に舌鼓を打った。
     その後、食後のワインを楽しみながらユーインは微笑んだ──レナードはそれに一瞬見惚れた──。
    「とても美味しかったです」
    「……そうか、よかった。また誘ってもいいか?」
    「はい、いつでも……いつでもお供しますから、是非」
     少し酒が回っているのか、ユーインの濡れたペリドットのような目にどきりとするレナード。急にまた緊張が舞い戻ったのをどうにか誤魔化し、会計を済ませるべく店員を呼んだ。
     店を後にし、夜道を歩く。すっかり夜も更け、空気は冷たい。はあ、と手に白い息を吐きかけるユーインの横顔をそっと眺めてレナードは目を細めた。その手を握りたい、などと考えてしまい自省する。……自分達は恋人でもなんでもなく、私的に出掛けるのも今夜が初めてだというのに。
     永遠に別れが来なければいいと考えたところで意味はなく、駅前まで戻ってきたところでレナードは足を止めた。ユーインもその少し後ろで足を止める。
    「じゃあ……また、明日」
    「はい……今日は御馳走様でした」
     名残惜しくてもここで終わりだ。レナードは何度も振り返りたくなるのを堪えながらその場を後にした。冬の夜は一人で帰るには寒すぎて、コートを引き寄せる。洗練された所作、初めて食べるものに僅かに目をみはる様、ワインを飲み下す喉の動き……ユーインの様々な姿を思い返してレナードは溜め息を吐いた。
     思いは募るばかりである。
    新矢 晋 Link Message Mute
    2020/07/22 14:28:16

    ある男の自嘲

    #小説 #オリジナル #BL ##TRI活動記録 ##レニユーレニ
    片想い時代の初デート話。

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