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    忘れ得ぬ君がたごとという電車の音で目を覚ます。外はすっかり暗くなっていて、車内には誰もいない。天井に設置された白い蛍光灯が、時折火が燻るように消えかかっては、ゆらゆら揺れるつり革を照らしている。少女は座席に座ったまま、ぼんやりと緑の目を瞬かせた。

    (あれ、あたしいつのまにか寝ちゃってたのかな)

    今はどこらへんを走ってるんだろう。確か、友達へのお土産を買って、ワクワクしながら電車に乗って、でも割と一日中歩き回ったから眠くなっちゃって、ちょうど席が空いてたから座ったはずだけど。そう思いながらきょろきょろしていると、ぷしゅうと蒸気の立ち昇るような音と共に、ドアが開いた。駅名を告げるアナウンスは無かったが、ここで降りなければもっと遠い場所まで行ってしまうかもしれない。
    ひとまず、少女は電車から降りることにした。やはり降りた先も墨を流したように暗く、割れたアスファルトの感触だけがスニーカー越しに伝わってくる。そうして再び蒸気の立ち昇る音に振り返れば、吊革が古びた時計の振り子のように、閉ざさていくドアの隙間で揺れ続けていた。 
    走り去っていく電車から視線を剥がし、少女はとりあえず灯りになるものがないか、リュックの中をがさごそ探す。旅を続けていればこういう真っ暗闇にでくわすことも時折あるので、そこまで不安になることもなかった。が、ようやく見つけた懐中電灯で目の前を照らし出した瞬間、少女は悲鳴に近い叫び声を上げてしまう。

    「ええ!?」

    降り立った先は駅ではなく、商店街だった。看板に刻まれた文字はかすれてしまって読めないが、レンガの敷かれた路地のあちこちにプラスチックのケースが積まれており、様々な色の暖簾が夜風にはためいている。更に奇妙なことに、店のシャッターは全て開かれているのに、どの店からも音が聞こえてこなかった。傾いてしまっていたニャースの置き物を元に戻しながら、少女は改めて首を傾げる。

    (変だなあ。そもそもこのあたりにこんな廃墟みたいなところ、あったっけ?)

    とは言え電車が走り去ってしまった以上、ここで立ち尽くしていても仕方がない。やはり人を探して、ここがどこなのか聞いてみるほかなさそうだ。何だかポケナビもノイズが入ってばっかでおかしいし。そう考え、少女は無音の商店街を見て回ることにした。店の一つ一つに誰かいないか声をかけたり、薄汚れた花壇の裏をぐるりと見て回ったり。それはもうドードリオのように通りを駆けずり回ったものの、古びた子供の写真を一枚拾ったくらいで、まるで誰にも巡り会うことはなかった。いよいよおかしいなと額の汗を拭い、古びた外観と清潔そのものの真っ白な店内の差に首を傾げて眉間に皺を寄せていると、視界の端で何かが瞬く。
    とっさにそちらを振り向けば、一つの街灯に赤い光が点されたところだった。そこからドミノ倒しのように、次々点され始めた赤い灯火に、少女はぱあっと顔を明るくする。

    (灯りがついた!ってことは、ここに誰か来たのかも!)

    水を一口飲んで、街灯の方へ駆け出す。夜道に居並ぶ赤いスポットライトに煌々と照らされながら、少女は人影を求めて走り続ける。だが依然として、街は無音のままだった。周囲に満ちていく赤い光だけが、無言の視線めいて幼い背中に刺さっていく。
    どれくらい角を曲がり、どれくらい道を進んだのだろう。いつのまにか行き止まりまで来てしまった。しかも、黒いポリ袋が山積みにされているここは。

    「……ゴミ捨て場?」

    少女がそう呟いた瞬間だった。不意に何かが動く音がして、少女は視線を地面に落とす。がさがさ。がさがさ。じとりと湿ったレンガの苔と、ぐしゃぐしゃになった黒いポリ袋の隙間を這うような音は、明らかにこちらに向かって進んでいた。暗い影に聴覚を歪ませるような響きに、冷や汗が頬を伝う。

    (に、逃げなきゃ)

    思わず一歩後ずさる。だがそれ以上は金縛りにあったように動けない。否、これは金縛りではない。何かに強く、足首を掴まれている。そして先ほどあれだけ聞こえていたがさごそという音は、今は一切聞こえない。
    耳に痛いほどの静寂の中で、ごくりと唾を飲む。少女は恐る恐る視線を下へと降ろした。胸。腹。足。そうして、ついにそれと目があった。
    ぼろぼろに色褪せた緑の布地。ところどころ綿の飛び出した体。街灯の光と同じ、真っ赤な瞳。少女の足首を強く掴んでいるそれは、薄汚れたぬいぐるみだった。彼は青ざめた少女を前に、にっこりと微笑みを縫い付けられた顔のまま、自らを引き裂くように絶叫を響かせる。

    『マタチガウ、マタチガッタ』
    『捨テラレタ』
    『ヤッパリ捨テラレタ』
    『置イテイカレタ』
    『嫌ダ嫌ダ嫌ダ嫌ダ嫌ダ嫌ダ』
    『代ワリ、代ワリ、沢山、アイツ、ボクノ代ワリリリリリリリ』
    『アノ子ハドコ』
    『嘘ツキ』
    『捨テルナラ、ドウシテ』

    足首を掴んでいた手が、少しだけ緩む。闇をつんざく悲鳴が一転して、か細く震える声がぽつりと地に落ちる。

    『ドウシテ、大好キッテ言ッタノ?』

    悲しげなその声色に、少女が口を開こうとした瞬間。ぎゃうという鳴き声が、彼女の肩を揺さぶった。



    はっとして目が覚める。周囲に薄闇が満ちている中、懸命に鳴いている赤と白の顔が、最初に視界へ飛び込んできた。片方だけ赤い尖った耳と、風に流れる豊かな白い尻尾は、見慣れたパートナーのものだ。何だか酷く重い体のまま、少女はぼんやりと彼の名を呼ぶ。

    「モモン」

    耳と尻尾がピンと跳ね上がる。口元をいつも通りきゅっと結んだザングースは、鋭い瞳に一瞬安堵の光を揺らす。だがすぐさま前に向き直ると、部屋の隅に向かって低い唸り声を上げた。まるでハブネークでも相手にしているかのように、全身の毛が稲妻の気を帯びて逆立っている。戸惑いながら視線の先を追うと、赤い灯火がゆらりと闇に明滅するのが見えた。それが瞳だと気付くより先に、風を切る飛礫(つぶて)の音が耳を打つ。
    飛んできたそれはだが、モモンの体に当たる寸前に切り裂かれた。鞘から抜き放たれた刃のように爪を構え、白い影は霧散した紫の中を突っ切る。モモンは地を蹴る電光石火の勢いで大きく腕を振りかぶると、何者かへ向かって爪を振り下ろした。研ぎ澄まされた白刃のような一閃は宙に赤い弧を描き、小さな影を靄の外へと吹き飛ばす。そうして月明かりに照らし出された姿に、少女は息を呑んだ。
    闇に揺らめく鬼火の瞳。金色に縫い止められた口。黄昏に長く伸びた影法師を、頭の後ろに携えた黒い体。口を閉ざしたままけたたましい笑い声を上げるそれは、以前図鑑で目にしたことがあるポケモンだった。

    「ジュペッタ!?どうしてこんなところに」

    そうだ、思い出した。ここは今、ポケモンセンターで泊まっている部屋じゃない。友達へのお土産を買った帰りに、道に迷ってしまったのだ。そうして路地裏をいくつも抜けた先に、ぼろぼろのぬいぐるみが捨てられているのを見つけて、可哀想になって連れ帰ろうとして、それで、それで。
    混乱に巡る思考はだが、目の前の光景によって断ち切られる。けたたましく笑い続けるジュペッタに、モモンは再び体勢を立て直した。唸り声と共に白い後ろ足に力が込められた瞬間、ジュペッタはどこからともなく針を取り出す。そうして錆び付いてはいるが充分鋭い切っ先を、自分に向けた。何をしようとしているか少女が察したのと、モモンが宙へ跳躍したのはほぼ同時だった。それでも爪が振り下ろされるより先に、少女の声が響き渡る。

    「待って!」

    狂ったような笑い声が、ぴたりと止まる。目を見開いたモモンは、とっさに爪をしまうと宙で一回転した。俊敏に着地してから、よろよろと立ち上がりかけた少女のもとへ駆け寄る。こちらを見上げながらまぁうと鳴き、再び座らせようと両手を伸ばしてきた彼の頭を、少女は優しく撫でた。

    「ごめんね、モモン。心配してくれてありがと。あたし、大丈夫だから」

    赤と白の耳が、わずかに垂れる。気遣わしげな眼差しを向けるモモンへ笑いかけてから、少女はジュペッタに呼びかけた。

    「ねえ君、ジュペッタでしょ?そんなことしたら、体がもっとぼろぼろになっちゃうよ」

    黙り込んだ黒い影は、こちらをじっと見つめている。路地裏に張り巡らされた緊張の糸をくぐり抜けるように、少女はゆっくりと前に踏み出した。

    「あたしね、こう見えてもポケモントレーナーだし、ぬいぐるみを直したりするのも得意なんだ!だから、ちょっとそれをしまって、こっちに来てくれない?」

    針を握る小さな手に、力が籠る。薄闇の中で真紅に燃える瞳は、怒りに震えているようにも、悲しみに暮れているようにも見えた。どこか黄昏時の迷子めいた黒い影に、少女はそよ風の声音で話しかける。

    「君はずっと一緒にいた子が、本当に大好きだった……ううん、今でも大好きなんだよね。だから、とってもとっても傷ついても、自分で自分を傷つけちゃっても、その子を探すのをやめられないのかな」

    古びた子供の写真が、脳裏にひらめく。ぬいぐるみを抱きかかえて笑う色褪せた幻想が、夜の路地裏をすり抜けていく。

    「……もしかして、あたしは君を捨てたその子に似てた?だから、あたしを夢に呼んだの?」

    黙り込んでいた真紅の瞳が、初めて揺れる。様々な感情が混ざり合った果てに眼差しへ浮かんだのは、ただ一つ、痛みの色だけだった。夜闇に浮かぶ鬼火が本当に彷徨うのは、忘れようもない痛みの中なのかもしれない。金色の口を僅かに歪ませたジュペッタに、緑の瞳は翳りながらも微笑みかける。

    「……そっか」

    少女は穏やかに言葉を続けた。

    「全部じゃないけど、ちょっと分かるよ。置いていかれるのってさ、ふっざけんな、ふっざけんな、ふっざけんなバーカ!って感じだよね。あと、すっごく……悲しくて、寂しい。もう二度と、楽しくて、明るくて、きらきらしたことなんてないんじゃないかってくらい」

    思い出すのが少し遠い、幼かったあの雨の日が、足元を掠めていく。あの時は悲しげに微笑みながら別離を切り出した友との間に、亀裂が入ったような気がした。ずっと一緒だと思って、これからも隣で笑い合うのだと夢見た心が、裏切られたような気さえした。泣きながらベッドに蹲っていた自分の姿が、目の前のジュペッタと重なる。

    「でもね」

    少女は一歩、前へと進む。スニーカーが砂利を踏む音が響き、真紅の瞳に少女の姿がはっきりと映り込む。

    「そうやって君の心に、消えなくて、消せない恨みがあるんだとしても。君の心そのものは、全部が全部、その子への恨みで出来てた?」

    ジュペッタの体が、ぴくりと動く。尻尾に煤けていた金星が、ちかりと月明かりに瞬く。

    「ひとりぼっちでずっとずっとその子のことを恨むのは。壊れちゃった思い出をもっともっと粉々にして、君自身を永遠に捨て続けることになっちゃう。恨んでなかったことまで、本当に全部恨みに変えて、何も思い出せなくなっちゃう。だから」

    少女は更に歩を進める。呼吸を整えて、怖い夢のほとりに佇む彼へ手を伸ばすように、言葉を紡ぐ。

    「だから、あたしで良ければいくらでも話を聞くよ。そりゃあ夢じゃない今の君の言葉はわかんないかもしれないけど、でも聞くよ」

    モモンがかつて、傍らで優しさを示してくれたように。

    「嬉しかったことも、悲しかったことも。恨んでることも、恨んでないことも。自分の心に込めた願いは、誰かに話すことでも思い出せるから」

    少女は宙へ浮いているジュペッタへ、にっこりと笑いかけた。

    「ね、だから、こっちに来てくれないかな。かいふくのくすりもあるし、ポフレもポケマメも両方あるんだ。一緒に食べよう?」

    ジュペッタは宙に浮いたまま、しばらくの間動かなかった。錆び付いた針をじっと見つめる間に、一陣の風が路地裏を吹き抜けていく。ドキドキしながら様子を見守っていると、ジュペッタは針を握り締めたまま、ゆっくりと地面に降り立った。そのままぺたぺたとアスファルトの上を歩き、少女の顔を見上げる。そうして成り行きを見守っていたモモンが、じりじりと爪を構えそうになった時。チャックの開く音がして、ほんの少しだけ開いた金の口から、か細い声が聞こえた。

    「じゅぺ」

    開かれた小さな手元を見ると、錆び付いた針はどこかへと消えていた。ほっと息をついた少女の前に、ジュペッタはすとんと座る。モモンは眉間に皺を寄せてしばらくジュペッタを見つめていたが、どことなくまだ不安げな彼の様子にふんと鼻を鳴らすと、腕の構えをさっと解いた。それからごそごそとオボンの実を取り出すと、ずいとジュペッタの前に差し出す。まぁうと鳴いたモモンに目を丸くしつつ、オボンの実を受け取ったジュペッタに微笑みながら、少女は回復ポケットからかいふくのくすりを取り出した。

    それから数日後。
    カロスを訪ねる少女の旅の仲間に、新しいポケモンが増えたのは、また別のお話。
    ほるん Link Message Mute
    2022/06/24 13:37:05

    忘れ得ぬ君

    #ジュペッタ  #ポケモン

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