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    星綴りの翅燭台の並ぶ階(きざはし)を歩む影に、ふわりと茶色のケープが翻る。深緑の龍の地を抜けたばかりの星の子は、目の前の空間を静かに見つめた。
    天から降りた群青の帳に、数多の水晶の灯が涼やかに煌めく壁。四つの灯籠に囲まれた、塵一つない純白の円台。その全てを柔らかく照らすように、月光に似た淡い光が、遥か頭上から射していた。満月の夜の底を形にしたら、こんな感じなのだろうか。立ち尽くしたまま、そんなことをふと思う。
    ここは少し、あの翠雨の降り注ぐ林に似ているが、波紋を描く音はどこにもない。代わりに静謐の錦糸が、時折僅かに天の光に反射するような。音や呼吸がない代わりに、光が時を編んでいくような場所だ。どうやらこの地は、少なくとも何かに襲いかかられる心配はなさそうだった。
    近頃は龍の唸り声や蟹の影に息を潜めてばかりいたものだから、ほっとする。だが念のため、身を休める前に周りを歩いてみることにした。他より大振りな宝玉が、四つ埋め込まれた壁の前に、艶やかな黒い石が四つ。もしかしたら何らかの力を翳せば動くのかもしれないが、今は何をしてもびくともしなかった。別の場所には、驚いたことに橙色の花畑が広がっていた。だが、金の柵が散りばめらた先には謎の障壁が張られていて、そこからは進むことができなかった。
    広間へ戻り、少し飛んでみることにする。久々にケープを広げて羽ばたけば、胸の灯火が綺羅星のように輝く気がした。深緑の砂に汚れていたケープは風に濯がれ、白光を帯びて清(すず)らかに宙を舞う。
    ああ、やはり飛ぶのは楽しい。思わず仮面の下で小さく歌を奏でた、そんな時だった。ふと遥か眼下に、黄色い壺が目に入る。全てが群青に包まれた空間で、一際鮮やかに目を引いたそれの側に、星の子はふわりと降り立った。キャンドルが近くにあることもあってか、触れた壺はほんのりと暖かい。手のひらを伝うその温もりに、ふと黄色いケープの同胞を思い出す。
    一つに結んだ髪を揺らし、陽に照る蝶々のようにくるくると風に舞う、自分とは違う星の子。花々の咲き笑む草原から、茜射す銀雪の谷までを共に飛んだあの同胞は、今頃どうしているだろうか。自分と違って、よく笑い、よく泣く星の子だったから。龍に傷つけられることなく、ひとりぼっちで泣くこともなく、無事でいるといいけれど。壺に触れた方の手で、そっと胸の灯火を押さえる。
    そうして目蓋の裏で眩く映える、黄色いケープの面影を想いながら、星の子が眠ろうとした瞬間だった。不意に隣から微かな物音がして、反射的に目を開ける。見ると、月夜に揺らめき立つ煙のように、何かが壺の中からでてきたところだった。
    片側だけに結(ゆわ)えた真白の髪が驚きに揺れ、髪飾りが僅かに紫の影を反射する。何と、紫の蝶だ。黄色の蝶は何度も目にしたし、水色の蝶は一度だけ見たことがあるが、紫の蝶は見たことがない。もしかしたら、先程見た花畑あたりから、偶然壺の中に迷い込んだのだろうか。それなら、早く帰してあげなければ。
    星の子はその場から立ち上がり、高らかに蝶を呼んでみる。歩む道に光を導く、金の波紋を広げる星の歌声。だが、光を宿した種の生き物であれば、軽やかな小鈴を鳴らすように星の子の指先へ留まるはずが、今日に限ってはなかなか来ない。それどころかどんどんこちらから遠ざかるように、群青の広間に銀粉を撒きながら、静かに虚空を舞い続けている。
    星の子は、小さく首を傾げて考える。もしかしたら、怖がらせてしまったのだろうか。この場には自分以外誰もいないし、入っていた壺の隣にいきなり座られたから、びっくりしているのかもしれない。こうなったら、そっと捕まえるしかなさそうだ。
    キャンドルの火にケープを翳し、五つの白星に光を取り戻す。そうして棚を軽く蹴り、一つ、二つ羽ばたけば、紫の蝶はあっさりと両の手のひらに収まった。少々拍子抜けしながらも、星の子は手のひらの蝶を眺める。良かった、傷ついてはいないようだ。だが、ほっと安堵してから間もなく、蝶の翅の端が紫から赤へ変わっていることに気が付く。思わず強張った手のひらの上で、宵闇に微睡む紫の翅は、明け初める夜の赤へと染め上げられる。そうして完全に赤い翅へと変じた端から、今度は純白の灯が群青に冴える月白の蝶を織り上げていく。
    橙。緑。黄緑。青。銀。金。硝子の玉が互いに弾け合うような音と共に、蝶は呆然と立ち尽くす星の子の前で、翅に通す色彩をめまぐるしく変えていく。極彩色の流転はやがて満天の星の響きと化して、いつの間にか翅に動く絵を映し出していた。
    混乱しながらも、星の子は翅に映し出された光景を見つめる。
    星空に打ち上げられた、数多の花火。見知らぬ赤や白の獣の仮面を付けた星の子たちが、桃色の星を纏いながら踊っている。場面が切り替わり、お揃いの白いケープを身につけながら、ブランコを漕いでいる小さな星の子たちの笑い声が響く。その後ろを、桃色ケープと赤色ケープの星の子が、手をつなぎながら伸び伸びと飛んでいった。二人が星の滝が流れている場所でハイタッチをしたところで、更に場面が切り替わる。今度は先程とは違う、青いケープの背の高い星の子が、水色ケープの星の子の前で、光の玉をジャグリングしながら遊んでいた。
    数々の楽しげな光景に、星の子を閉ざしていた混乱の氷が徐々に解けていく。そうか、これはきっと、今までこの地を訪れた星の子たちの記憶だ。なんて暖かく優しい思い出たちなんだろう。もっと見ていたい。いや、むしろ、ずっとここにいられたらいい。だって皆が笑っている。辛くもない、寂しくもない、すぐ側に温もりがあって、手を繋げば、かけがえのない名の鼓動を感じられる、それだけで穏やかに胸の灯火が満ち足りる、そうだ、そうしたら寂しくない、こっちへ来て、置いていかないで、一人にしないで、ここから先へ、嵐の果てへといかないで。ねえわたしは、ぼくは、君に、君に、ただもう一度、君に会いたい。
    頭の中に反響した、自分のものではない声に
    はっと顔を上げる。いつのまにかかつての記憶は蝶の翅から消え去り、代わりに光のこぼれ落ちる音だけが聞こえてきていた。蟹に襲われた時よりも、龍に光を引きちぎられた時よりも、心の奥深くが痛む音色。誰かが、泣いている。ああ、どこにいるんだろう。
    雲海のように白く塗り替えられた空間を、星の子はひたすら歩む。一歩歩くごとに手足から、ケープに刻まれた白星から、何だか光が抜けていくような気がしたけれど、そんなことはどうでもよかった。すすり泣いている誰かを、ただ抱きしめたいと思った。君はひとりぼっちではないのだと、伝えたかった。
    もう足が、雲の上を歩いているようにおぼつかない。だが手を伸ばせば届く距離に、蹲った影が見えている。良かった。もう寂しくない、さびしくないよ。一緒にいよう。そうよろめきながらも影の手を取ろうとした、はずだった。
    影が顔を上げたように見えたのと同時に、急に背後から腕を引っ張られる。次いで、朝の小鳥の囀りに、笛の一節が晴れ渡るような声が聞こえた。闇に垂れ込めた暗雲を打ち払う、力強い羽ばたきにも似た響き。それが酷く懐かしく、満天の星よりも輝かしく思え、星の子は背後を振り返った。すると一声鳴く間もなく、強く、強く抱きしめられる。
    まだ少しぼんやりしたまま視線を下に向ければ、黄色いケープがちらりと見えた。ああ、あの同胞だ。良かった、無事だったのだ。もしかしたら星座の標を辿って、ここに来てくれたのだろうか。そう思ったところで、同胞の体が小さく震えているのに気がつく。そして、硝子の器から色が褪せるように、自分の指先が消えかけていたことも。
    そっと小さく一声鳴いて、星の子は同胞の背に手を回す。温かい、とても、温かい。同胞の瞳から頬へ伝う光の粒さえも、一度解けた自分の輪郭を結び直し、ケープの星を鮮やかに満たすようで。
    かけがえのない存在を、星の子は色彩の戻った腕で、強く抱きしめ返した。

    少ししてから涙を拭き、ぴょんぴょん跳ねて喜ぶ同胞の頭を撫でた星の子は、ふと蝶々も影も、どこにもいないことに気が付く。
    あの影はなんだったのか。あのまま、誰も足跡を残さぬ新雪のような空間に、一人取り残されてしまっただろうか。寂しいままだろうか。
    すすり泣いていた声を思い出し、胸の灯火にそっと手を当てると、同胞が心配そうに顔を覗きこんでくる。星の子は緩やかに首を左右に振ると、柔らかく微笑んだ。

    いつか使命を果たした時、もしも叶うなら、あの影の子を迎えに行こう。
    それまでどうか、あの子が寂しくありませんように。
    ほるん Link Message Mute
    2022/08/31 13:38:26

    星綴りの翅

    書庫の黄色い壺から記憶を映し出す紫の蝶が出てくる話。

    ※捏造要素あり
    ※ホラーよりの描写があります お好きな方のみお楽しみください

    #sky星を紡ぐ子どもたち

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