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    52ヘルツの果ての星足下で雫が弾け、茶色と黄色のケープが雨滴にきらめく。一つ結びに揺れる真白の髪を前に、星の子はゆっくり辺りを見回した。
    薄藍の霧に白露の絹を纏い、そびえ立つ樹々。白鳥の詩を水面に吟じて、銀にせせらぐ鏡の小川。至る所に佇む石造りの灯籠に、同胞がキャンドルをかざせば、星の灯火が薄闇の蕾を解くように、淡黄の光を雨露(うろ)へと開く。
    あの柔らかに花が咲き笑む草原を抜け、この地に来てから数日が経つ。最初の頃はぬかるみに慣れず転んだり、ただ歩くだけでみるみるうちに星から光が失われたり。一度洞窟に入ってみたら、四本足の小石のような生き物に追いかけ回されて驚いた。後であれが蟹という名の生き物だと、同胞が身振り手振りで教えてくれた。
    そう、この黄色いケープを纏った同胞は、一度ここへ来たことがあるらしい。迷いのない足取りで星の子の手を引いては、橋の下の灯籠で身を休めたり。光の茸から沸き起こる、淡黄の硝子を宙に散らすような光で、ケープに刻まれた白星に灯を与えたり。
    初めてこの地に来た日。同胞がふわふわと茸の上に浮いているのを感心しながら眺めていたら、手を差し出された。身を引かれるままに茸の上に飛び乗ると、足元から星空が満ちるように、ふわりと体が宙に浮いた。驚いて小さく一声鳴いた星の子を前に、同胞が春風に舞う蝶のように笑うものだから、星の子もつられて笑った。それからずっと、小鳥が羽繕いをしあうのにも似たあの温かな記憶は、響く雨音に幾重にも波紋を描いて、胸の灯火に春の調べを宿し続けている。
    ほのかに光を増した、自らの胸の灯火を見下ろす。少しだけ微笑んでから、星の子は目の前にひらめく黄色いケープへ視線を移し、次いで樹々が聳える遥か彼方を見つめた。
    地へと降り注ぐ白露。雨と呼ばれる、空から降り注ぐ数多の雫。まるで天に織られた古の物語から散り落ち、千々に分かたれた銀の栞のようだ。そして千の栞はそれ自身が、無数の玻璃の弦のように、細波立つ水面に、苔生す大地に弾けては、様々な音を奏でる。ここは決して、金の陽光が、淡紅と萌黄をさざめき満たす地ではないけれど。星の子は雨滴の響きに耳を傾けるのが、目には見えない物語を紐解くようで好きだった。
    それはもしかしたら。自分たちは星の標を翳すことで頁を繋ぎ合わせる、星座の紡ぎ手ではあるが、読み手ではないためかもしれない。自分たちの使命は、あくまで落日の祖たる精霊達を再び天へと還すことだ。精霊たちの記憶を垣間見ることはあっても、この世界の全てを読み解き、知り得ることは定められていない。
    だから雨音を聞くと、使命とは異なるところでも、この世界と少し触れ合えたようで嬉しいのだ。
    そこまで思い至ったところで、ふと仮面の奥に思索の流星が尾を引いていく。
    いつか自分と同胞の、このささやかな日々の記憶も、誰かが目にする物語となる日がくるのだろうか。あの六つの門が居並ぶ旅立ちの地で、仲間の標を刻んだ星座を眺めるように。遥か遠い先の未来で、自分と同胞の軌跡を、見上げる誰かがいるのだろうか。それかもしくは、誰に知られることもなく、夜空の果てでひっそりと眠りにつくのだろうか。
    灯火の果てを煌めく春の蝶は、夢想の岸辺へと翅を留める。



    しばらく進み、洞窟のような場所を潜ると、神殿が湖の奥に佇んでいるのが見えた。どうやら自分と同胞は、翠雨の降り注ぐこの地の最奥まで来たようだった。
    今日は随分と歩いたので、休む場所を探すことにする。
    雨水に浸された東屋をいくつか越えると、夜を超えられそうな場所を見つけた。倒壊しかかった、石造りの藍色の建物。屋根と近くに灯籠があるため、身を休める場所としては申し分ない。だが近くに闇の花が大量に咲いていたため、眠る前に全て焼き払わらねばならなかった。
    星の子と同胞は身を濡らしながら、闇の花たちにキャンドルを翳す。銀雨に煙る中、青い燐光を放つ様は酷く美しいけれど、この花は触れれば氷のように冷たく、指先から光を奪う。それこそ奈落の底に根差しているかのように、寂しく、悲しく、まるで誰にも聞こえない言葉を、一人きりで叫び続けているように。もしかしたら悲しいから、この花たちは国を滅ぼすほどに、星の光を求めたのかもしれない。
    ごめんね。闇の花を焼きながら、星の子は胸の中で呟く。どうか最後に感じるものが、身の焼け落つ痛みではなく、身を包み込む温もりであってほしい。地の底から星の灯火へと還り、誰かに手を差し伸べる助けを、共に紡いでほしい。もう誰も、悲しく、寂しくならないように。
    火の粉と共に小さくなっていく闇の花を黙って見つめていると、そっと背に温かなものが触れる。はっとして隣を見ると、同胞が背を撫でながら、こちらを黙って見つめていた。
    傍らから射す陽の温もりに、か細く、小さな声が漏れそうになる。だが星の子は頷きのみを強く返すと、すぐに立ち上がった。
    そうして同胞と共に、星の子は闇の花たちへキャンドルを手向け続けた。



    闇の花を全て灯火へ還した後に出てきたものを見て、星の子と同胞は目を瞬かせた。
    骨だ。純白の玉の柱かと思っていたが、巨大な生き物の骨だ。マンタとは違う。どちらかと言えば、草原の神殿の下で泳いでいた、小さな魚たちに似ているような気がする。
    しげしげとあらゆる方面から骨を眺める同胞の隣で、星の子は滑らかになった純白を撫でた。
    見たところ周囲に似たような骨はないけれど、命の灯火を失った時に、たった一匹だったのだろうか。それとも骨として朽ち落ちた後、闇に蝕まれていたがために、ただ一匹この場に置いていかれたのだろうか。
    真相はわからない。銀の栞は純白の頁に煌きながら、ただかつて存在した命の、物語の在り処を示している。
    星の子は雫に濡れたまま、しばらくの間骨を見つめていた。雨音が柔らかく、耳元に降りしきる。星の子は天に逆立つ骨の一つを抱きしめながら、灯火の光を強めるように願った。
    この地に根差した君の魂が、温かな光に包まれますように。

    その日、夢を見た。
    金の陽光に細波立つ、朝焼けにも似た淡紅の雲海。その真下に無数に広がる、天空への飛石めいた柱。そして遥か彼方には、常に十字に輝く、目指すべき定めの光が見える。それに気付いた途端、奇妙な旋律が聞こえてきた。
    低く、高く、孤島の波立つ海原に似て、五色の弦が遥か古の記憶を爪弾くような。一節が奏でられるたびに、精緻な硝子細工が朝陽に輝くような、それでいて湖に映る星空を想わずにはいられないような、不思議な響きだ。
    これは歌だろうか。光を宿した生き物を呼ぶ、星の子の歌声とはまた異なるけれど。聞いているだけで、とても暖かい。体の芯から光が満ち溢れてくるようだった。
    星の子も大きく歌声を返す。柱の上で軽やかに舞い、金の波紋を雲海へ広げる。幾重にも響き渡る星の歌声に、水面に煌めく天空の調べが織り重なり、夜明けの果てを染め上げていく。

    翌朝目を覚ますと、胸の灯火が強く輝いていた。隣で眠っていた同胞も元気よく起き上がり、星の子とハイタッチすると、嬉しげにくるくると舞う。それから灯篭に火を灯し、二人で摘んだ白い花を、巨魚の骨の前に添えた。そうして二人で神殿へと歩き出そうとした瞬間、不意に背後から声が響き渡る。
    夢で聞いた歌声と同じ響きの一節に、星の子はゆっくりと振り返る。だがそれ以上は、雨音が純白の骨を包んでいるばかりだった。
    振り返った星の子は、骨に小さく手を振った。そして同胞から差し伸べられた手をしっかりと握り、小さな海月のもとへと走り出す。

    君へ、そしてまた違う誰かにも。いつかここからいなくなって、もしかしたらいつか、ただ物語になる時が来ても。そして誰からも忘れ去られて、知られることがないのだとしても。
    あの歌の教えてくれた温もりが、いつも行く道の先にありますように。
    ほるん Link Message Mute
    2022/08/31 13:42:22

    52ヘルツの果ての星

    雨林の巨魚の骨が夢の中で星の子へ歌を教えてくれる話。
    (※捏造要素があります 特に蝕む闇について)
    (※出てくる星の子は、一つ前の書庫の話と同じです)

    #sky星を紡ぐ子どもたち

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