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    生贄の求人を見てきました!階段を降りてきた少女は、思い切り口をへの字に曲げた。そうして日の出と共に抱えていた食欲を、錆びた鉄板の隙間から叩き落とされたまま声を発する。

    「やめろ。アタシの視界で万国性癖博覧会を開くんじゃねえ。よりによって朝飯前に」

    砂塵に塗れた声を受けた彼は、フライパンからオムレツを宙返りさせなが少女を見やった。ところどころ弾痕に穿たれ、塗装の剥げた紺青の装甲。天へ羽ばたく鷲の翼がごとく、側頭部から伸びたヘッドギア。人間で言う顔面の部分には黒い液晶がはめ込まれているのみだ。当然ながら表情を読むことなどできない。まあ最も出来たところで、何故目の前の警備ロボットの成れの果てが、己の機体を亀甲縛りしているのかなど知りたくはないのだが。

    『サプライズとスパイスは人類に必要なんだろう?一石二鳥でちょうどいいじゃないか」
    「そいつはハッピーエンドが約束されてる場合だけだ。朝からンなもん見せられても、アンハッピーのオーバードーズになるだけだ」
    『それはいい。中毒ついでに新しい嗜好を開くかもしれない。僕を君のイケニエにしていいとか』
    「驚いたな、今時はロボットもヤクをキメるのか?だとしたら相当タチが悪いな。死んだ豚にたかる蝿の方が、50億倍有意義な人生を送ってる」
    『それはどう有意義なんだい?』

    少女は眉間に皺を寄せ、腕組みをしたまま席に腰掛けた。白亜の城を渡る風に似た薄藍の声音は酷く爽やかだが、それだけに少女の心に薔薇を咲かせず砂嵐を巻き起こすのだ。橙色の瞳に苛立ちの光を込めながら、少女は低い声音を返す。

    「ノーを2段階上のイエスで返してくるほどイカれちゃいない」

    何度目かの跳躍を終えたオムレツが、タイミングよくフライパンの中に着地する。彼はかすかに笑い声を立てた。

    『なるほどね』

    ますます眉間の皺を深くした少女は、皿にオムレツを乗せていく彼を見つめる。

    「お前はマジに、口を回すたびにネジが一本ずつ吹っ飛んでくのか」
    『僕に口はないよ。君が一番よく知ってるだろう。あとネジが吹っ飛んでたら今頃こんな風には喋れていないし、人間でいうバラバラ死体のままさ」
    「ああ全くだよ。なんだって口がねえのに発声器官なんざ取りつけてあったんだ、くそ。さっさと他のパーツごと、ジャンクに売っぱらっちまえばよかった」
    『僕の声を聞きたかったんだろう。情熱的じゃないか。やっぱり僕がイケニエになるなら君しかない』

    まあでも君が好きじゃないならこれは止めるよ、と彼は指を鳴らす。極小の紫電が艶やかな真紅を走り、紺青の装甲から縄のホログラムが搔き消えた。少女はオムレツと共に差し出されたコーヒーに視線を移す。そうして、照り返す朝の日差しに蜂蜜の香を纏わせた焦茶の水面に、少女は眉間の皺を僅かに緩める。代わりにコーヒー由来ではない苦々しさを込めたため息をつき、橙色の瞳を再びロボットへ向けた。

    「なあディズ。お前はなんだってそう生贄にこだわるんだ」

    三ヶ月前だ。砂嵐が酷かったあの夕暮れに、このロボットは少女の元へやって来たのだ。それも半壊の状態で。機体の隙間に砂利は詰まっているわ、各種ケーブルは焼き切られて青い火花を散らしているわ、発せられる声はノイズまみれで聞き取れやしないわ、そもそも左腕は根元からねじ切られており、鮮血よろしく流れ出たオイルが紺青の機体を緋に汚していたわ、挙句求人票を握り締めながら玄関でぶっ倒れられるわで散々だった。そしてぶっ倒れられてしまった以上、そのまま玄関に放置するわけにも、砂嵐の中に放り出すわけにもいかず、少女は彼を修理場へ引きずっていったのだった。飛散した装甲の破片やらネジやらを片手に修理しながら、大したボロ雑巾じゃねえかとこぼしたのは今でも記憶に新しい。そして砂嵐が収まり、五体満足に再起動した彼へ事の次第を問うた時に、朝焼けに白露を散らす薔薇もかくやの涼やかな声で告げられた言葉も。

    『イケニエの求人を見てきました』

    以来この三ヶ月間、彼は少女の仕事場兼家に居座っている。最初はイカれたことを口にするスクラップの成り損ないを本気で追い払うつもりでいたのだが、一周回ってなんとも腹立たしいことに、彼は修理屋の仕事も家事もそつなくこなしていくのである。修理の件については元々機体に修復ユニットが備わっていたからまだ分かるとしても、警備ロボットのくせに何故オムレツやらカレーやらを人間並みに作れるのか謎でしかない。そして謎は謎のまま彼の淹れるコーヒーの底に沈み、気が付けば読むのも面倒な13桁の型番号に代えた名を与え、寝る間際に彼の背のプラグに充電コードを挿し、こうして彼が対面に座る様を日常にしてしまっている。
    たしかにあの時、少女は求人票を出していた。そして実際、彼はよく働いている。ただ、ただだ。少女は生贄なんてものは全くこれっぽっちも求めていない。そもそもだ。

    「そもそも生贄は仕事でやるようなもんじゃねえ。……いや、社会を生かす点では同じかもしれねえが。少なくとも自分が生きるためにやるのとは、違う行為のはずだ。そんでもって人間にとっての仕事は、社会の中で自分が生きていくためにやる儀式みてえなもんだ。……まあだからこそ」

    少女は目を細める。

    「お前には違うものが見えてるのかもしれねえが」

    立ち昇るコーヒーの湯気に、黒い液晶が光もなく揺れる。頬杖をついて少女を眺める日常の殻を解くように、目の前のロボットは低く笑った。

    『そうだね』

    頰に添えられていた鋼鉄の手が、緩やかに離れる。薄藍の声音は水底の泥から鍵を掬い、錆びた銀を指先で弄ぶように言葉を紡いだ。

    『ロボットは存在そのものが、人間への贄だよ。人から切り離された力。人間の社会を存続するための礎。良心と倫理のゆりかごに人間を乗せたまま、人間にできないことや禁じられたことを代行する贄』

    薄藍の宙に放り投げられた銀の鍵は、そのまま銀の弾丸と化す。頭部をわずかに傾げたロボットは、銃口をかざすように右手の人差し指を己のこめかみへと向けた。

    『ロボットだから。人間ではないから。そう言われて、僕はよく弾除けやら自爆やら何やらの任務に使われたものさ』

    BANG、と紙吹雪の入った風船でも割るように気軽に呟き、ロボットは銃の引き金を引く真似をする。見えざる弾丸が魔ではなく、鋼鉄の四肢を砕く幻視が、少女の瞳に火を揺らめかせた。嫌悪の焔が照らす橙の底にあるものを見て取り、一拍の間を置いたロボットは意識して声を和らげる。

    『ああ、大丈夫だよ。悲しいとか痛いとか、そういったことはなかったから。ただ、僕は不思議だったのさ。想像力を元に発展してきた人間が。あらゆる場合に備えて思考してきた人間という種の生き物が、自分たちの擬似的な思考プログラムまで与えて作り出した僕らには、思考を停止した瞳を向ける。目の前の僕を否定するようでいて、その実自分の種の根幹を否定しているようなものじゃないか、そう思ってね』

    ロボットは少し思考を駆動させる仕草を見せてから、顎に手を当てる。

    「いや、根幹そのものというと少し違うかな。根幹に属するものの中でも、神とか願いとか、そういう人間の創造的な能力さ」

    籠に捉えた蝶の祈りを帰すように、黒い液晶が僅かに天井へと向けられる。

    「僕らを作り出した人間は、僕らと一緒には壊れない。僕らは人間の想像を母胎として作り出されたのに、人間と同じ未来を見ることはないんだ。それはつまり、人間の言う神を抱くことがない。でも、僕は人間の言う神というものがなんなのか、興味があったんだ」

    幻想の鱗粉が地に立つ鋼鉄へ降り注ぐ。ロボットは机の上で両手を組み、少女を見つめた。

    「君は僕を修理した。いや、してくれたと言ったほうが正しいんだろうな。……スクラップだからと、ボロゾーキン状態だった僕を扉から蹴り飛ばすことだってできたのに」

    後半の声音には、鱗粉の煌めきではなく薔薇にささめく春風が架かる。黒い液晶に柔らかな陽射しを受けながら、ディズはそっと左腕を撫でた。

    『だから僕は、君に宿る神は何なのかを見てみたくなった。そして、神にまみえるにはイケニエが必要なんだろう』
    「……それでアタシの生贄になりたいってか」
    『うん、そうだね。今にして思えば、ここの求人票をたまたま視界に捕らえたのも、きっと偶然じゃなくて運命の一致だったんだよ』
    「……しょうがねえヤツだな、お前は本当に」
    『しょうがないからこそ半壊しても動けたし、君に修理もしてもらえたのさ。それに』

    薄藍の声音に、不意に薔薇の香りが混ざる。

    『アーヴェ。君、僕がいて悪くないと思ってるだろう』

    一瞬の沈黙ののち、少女は今朝一番の苦々しさを込めた顔をしてそっぽを向いた。

    「うるせえ」
    『ねえ、アーヴェ』
    「うるせえっつってんだ」

    アーヴェは温かなコーヒーを一気に煽る。そうして微かに笑い声をたてているディズを睨んだ。

    「死ぬまでに絶対一発撃ち込んでやるからな、イケニエ野郎」
    『お好きにどうぞ、僕の神様』
    ほるん Link Message Mute
    2022/06/27 8:07:51

    生贄の求人を見てきました!

    #創作  #オリジナル  #ロボット

    人外×少女です。

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