【刀剣】弱ってるところは見せたくない【いちおに】 用事を思い出した、すまん。
そう言葉少なに詫びて弟たちに背を向けた鬼丸の姿に、一期は怪訝に片眉を上げた。
先日、畑組と果樹組に分かれて収穫をするのだと、真剣に、だが和気藹々と話を進めていた場に、乱に強引に連れてこられたか鬼丸の姿があり、なんでおれが、とお決まりの悪態を吐きつつも、組み分けをしている短刀たちを見守っていたのだ。
その日は既に一期は別の仕事が割り振られていた為、背の高さを買われてか果樹組へと振り分けられた鬼丸に、よろしくお願いします、と頭を下げたのは記憶に新しい。
すっかり準備を整えていた弟たちは残念そうな顔を一瞬見せるも、そのまま連れだって畑へと向かっていった。
少し離れた場所からその様子をたまたま目撃した一期は、どうにも引っかかりを覚え鬼丸の背をこっそりと追う。
とっつきにくくぶっきらぼうではあるが、理由もなしに約束を反故にするようないい加減な刀ではない事は、一期を始めとした粟田口の者たちは理解している。
弟たちとの約束よりも優先される『用事』とは一体何であるのか。
そこに含まれる疑問と弟たちを思っての憤りの割合は如何ほどであるのかは、一期本人の胸に秘められ他者に明かされることはない。
自分に割り振られた仕事を終わらせた直後で良かった、と一期は内心で胸を撫で下ろしつつ、慎重に鬼丸を尾行する。
一旦、自室に戻るのかと思いきや、その脚は厨へ向かうのかと思えば直前で方向を変え、審神者の元へと向かうのかと思えば、これまた直前で進行方向を変えた。
湯殿、大広間、資材置き場と、これが幾度となく繰り返され、出鱈目に歩き回っているとしか思えず、目的地がどこであるのか全く見当が付かない。
途中、何人かと行き会ったが、特にこれと言った事も無く、誰かを探している様子も無かった。
大股に、だが、ゆっくりと進む鬼丸の後ろ姿を見つめ、髪から僅かに顔を覗かせる角の長さに、一期は安堵の息を吐く。
少なくとも今現在、鬼丸の気持ちを掻き乱すような状態には陥っていないと言うことだ。
可能性として浮上した、審神者から密命を受け危険なことをするのではないかという懸念は早々に消えている。
あてども無く歩き続け、気づけば辺りに他者の姿を見かけることも無くなり、そこで一期は唐突に、はっ、と気づいてしまったのだ。
彼はひとりになれる場所を探していたのだと。
ではなんの為に? との疑問には即座に答えが弾き出された。
傷が癒えるまで姿を隠しじっとしている野性の獣と一緒だ。
それが他者へ迷惑を掛けない為か、他者に干渉される煩わしさを厭うてかは、一期には判断がつかないが、自分の拙い尾行に鬼丸が気づかない理由も恐らくここにあるのだろう。
戦闘時に負った傷ならば共に出陣した者たちが気づかぬはずも無く、例え隠しおおせたとしても、帰城すれば手入れを受ける為そのままという事はない。
ならば人で言う所の体調不良というものか、と一期は軽く額を押さえた。
一時間。
あと一時間だけは目を瞑りましょう。
一時間経ってもあのままならば、先程干してふかふかになった布団を持って押し入ろうと、一期は細く開けた襖から、するり、滑るように鬼丸が消えた部屋を確認し、強く決意を固めたのだった。
2023.11.04