レスト・イン・ピース 平和ってなんだと思う?
突然の質問に総士はぽかんと声の主を見上げた。つい今しがた、その両手に持ったトレイでコーヒーを運んできたばかりの喫茶楽園の調理師は、今日の晩飯は何がいい? と同じトーンで哲学を問うてくる。ランチのピークを過ぎた店内は穏やかで、客は総士ひとり。店員は、一騎の他は休憩に入っていて今はふたりきりだった。
「……一般的な理解であれば、戦争や内戦などが起きていない状態を指すが」
「うーん」
「納得していない顔だな」
「今は平和なのかな、って」
今、と、総士は小さく復唱した。うん、今、と一騎も繰り返す。
いつか来る襲撃に備えて装備の強化や訓練は継続しているが、敵の襲撃自体は止み、小康状態にある。ただ、平和と言い切るには問題が多すぎた。
「竜宮島は、文化と平和を保存して、次の世代に伝えることが目的なんだろう?」
「そうだな」
「文化はまだ、なんとなく分かるんだ。でも、平和って何だろうと思って、ずっと考えてる」
総士が無言で勧めれば、一騎は素直に向かいに座った。壁面の大きなガラスから午後の温い日差しが射し込んで、一騎の黒い髪を柔らかく照らす。
「答えは出たか?」
「分からない。だから総士に聞いた」
「生憎だが、平和という観念に絶対的な指標があるとすれば、それは戦闘の有無だ。それ以上は答えようがない」
「絶対的?」
「……『どこの誰が見てもそうだと考える』という意味で使った」
「じゃあ、思い思いの基準もあるってことか」
「それは、まあ」
そうだろう。それを言い出せば、この島が最たるものだ。数年前と比べると驚くほどに落ち着いて穏やかで、『比較的』平和だが、『絶対的』平和にはほど遠い。
だが、一騎はまた別の意味でとったらしい。ふむ、と顎を擦り、「俺さ」と小さく打ち明けた。
「そりゃあ、何も知らなかった頃の島が一番平和だと思うけれど、でも、戦いが始まってからも……たとえば、皆無事に帰ってきて、一緒に銭湯に浸かったときとか、学校に行ったときとか、祭りに行ったときとか……そういうときにも、戦いは常にあったはずなのに、平和だと思ったんだ」
そうしてる間に奴らが来るかもしれないのにな、と付け加えて、へにゃりと力なく笑う。
「それって、竜宮島が保存して、伝えてくれた『平和』なのかなって」
「……そうかもしれないな」
「変かな」
「変ではないだろう」
ゆるく首を振れば、そっか、と一騎はほっとしたように頷いた。それから総士のカップを覗き込んで立ち上がる。
「いるだろ、おかわり」
「ああ、頼む」
「そうだ、ついでにもう一個聞いときたいんだけど」
なんだ? と視線で促せば、楽園の光を背負って一騎は微笑んだ。
「今日の晩飯は何がいい?」