恋とはどんなものかしら 剣司の共通の男友達二人は、どうにも距離が近すぎる。共に死線を潜り抜けた戦友だということや、一度消失し帰還を果たしたということを考慮に入れても、その仲はちょっと深すぎやしないかと、幼馴染の自分ですら感じるくらいだ。だったら、他の人間は尚更なのだろう。まして、その片方は一度フェストゥムの側に渡った存在であり、島の戦闘システムの中核に位置する皆城総士なのだから、噂についた尾ひれの量もそれなりだ。直接問いただすような勇気があるものはいないのが救いではある。もっとも、当人の耳にはバッチリ入っていて、一度研究室で「そんなにおかしいか」と、彼らしいクソ真面目な顔で相談されたりしたのだが。無論、その時は「それがお前らだからまあいいんじゃねえの」なんて返しておいた。
一方で問題なのは、もう片方──数年前までは一匹狼のような雰囲気だったのが、軟化したのか付き物が落ちたのか、穏やかな空気をまとい出した朴訥な青年の方である。
ランチタイム終了目前に『楽園』に駆け込めば、「ギリギリセーフってことにしといてやるよ」と、問題の幼馴染は苦笑して、手早くランチの準備を始めた。同じくバイトに入っているはずの遠見は今日は休みで、最近手伝いに入り出した西尾の双子の弟の方は、一足先に退勤したとのことで、店内には一騎しかいなかった。
「割とギリギリまでいるんだな」
「剣司みたいに、時間忘れて駆け込んでくる奴がもう一人いるんだ」
「ああ……そういや今日は来たのか?」
「まだ。どうせ実験に集中して飯忘れてるんだろ。適当に作って持ってくよ」
一騎にしては鋭い。アルヴィス内にも食堂はあるが、『楽園』に向かう前に覗いた感じじゃ、あと二時間は引きこもるだろう。昼飯と晩飯が一緒になる前に、一騎に突入してもらうのが早い。
それにしても、「まあ甲斐甲斐しいこって」と茶化すと、一騎はこてんと首を傾げた。
「そうかな」
「自覚ねえのかよ。割と色々噂になってるのに」
「噂? ……ああ、あれか」
なんてことないように頷きながら、一騎は目の前にランチセットのトレーを置いた。「残り物だけど」と前置いたが、黄色い半熟玉子のオムライスは残り物とは思えないくらいに食欲をそそる。
こくんと唾をのみこんでスプーンを持った剣司は、オムライスの山を切り崩しつつ「やっぱ知ってたか」と笑った。
「知ってるし、何度か聞かれた」
「聞かれたのかよ」
「正直困ってるんだ。そういうの、よく分からないから」
一騎は本当に弱った様子で頬を掻いた。
一騎と総士が深い仲なのでは──友情ではなく、恋愛関係に発展しているのではないか。元より人付き合いが得意ではない一騎にとって、下世話な詮索をかわすのは難しいだろう。「違いますってはね除けて、その後は店の仕事にかこつけて話をしなきゃいい」と剣司は言ったが、一騎はさらに弱った様子で「総士にもそう言われたし、その通りだと思うんだけどさ」と煮え切らない。
しばらく何かを考え込んだ後、「剣司はさ」と思い詰めたように顔をあげた。
「俺と総士はやっぱりそう見えるのか?」
「……はあ?」
「好きか嫌いか、だったら、好きなんだ。総士のこと。だけどそれが、『そういう』好きなのか、やっぱりどうしても分からない」
「じゃ、何だ、お前、答えられないって、マジで『分からない』から答えられないのか?」
「うん」
はああ、と剣司はスプーンを置いて頭を抱えた。どいつもこいつも、どうしてこう不器用でクソ真面目なんだろう!
「分からなくてもいいだろ、そんなの」
「そうなのかな」
「いいんだよ、別に。総士から告白されたとか、お前が告白したとかならまだしも、別に無理に『そういう』好きにする必要はねえだろ」
「剣司は、咲良と『そういう』好きにしたかったのか」
「俺の話は今はいいだろうが!」
全く。スプーンを握り直し、オムライスを掬ってむしゃむしゃと頬張る。やけ食いするには優しすぎる味が妙に憎らしかった。
「お前は総士が大事で、総士はお前が大事なんだろ。それだけでいいじゃねえか」
「そっか、それだ剣司」
「今度はなんだよ」
「俺、総士のことが『大事』だったんだな」
あの時はあんなにも無気力だった彼が、今は体積を発見したアルキメデスみたいに言うものだから、剣司はすっかり毒気を抜かれて、「そりゃよかったな」と返すことしかできなかった。
なお、一騎の発見は、たっぷりとした尾ひれに加えてゴージャスなはひれもついて島中を駆け巡り、次は総士を悶々とさせることになるのだが、それはまた別のお話である。