ヴィー・ハイセン・ジー? 名前っていいよね。人ならざる好奇心旺盛な青年がしみじみそう言ったのは、ある夏の日のことだった。
「名前?」
「そう。名前。いいなあって」
そう言いつつ操がつっつくのは、先日そうしが捕まえてきたザリガニだ。特にペットを飼うことがなかった真壁家に先日仲間入りした一員で、籠には付箋が貼ってある。まだつたない文字で綴られているのは、他でもないそうしがつけたザリガニの名前だった。
「俺の名前も昔、前の総士につけてもらったんだよね」と嬉しそうに籠をつっつくボレアリオスのコアに、それはそうなのだがザリガニと並置していいのかと一騎はじんわり苦笑する。
「名前。素敵なものだよね。物事に直面したとき、名前をつけることでそのものを理解しようとするんだ、人間は」
「そうなのか?」
「そうだよっ。俺たちとは違う。人間は空を見て、『空』って名前をつけた。青い空を見て、『青空』とか、『蒼穹』とか、『碧天』とか」
指折り数えて読み上げるそれらは、容子から教わったのだろうか。素敵だよねえとあっけらかんと笑う操に、赤いザリガニが鋏をもたげる。
「そうして、他のものと区別する。カレーだってそうだよ。『一騎カレー』は他のカレーと一緒じゃないでしょ」
「それは……そうだな」
「ふふ、やっぱり素敵だ。名前で呼ばれるって素敵なことだよ。人間はそうやって、誰かを区別して、認めて、理解しようとする。名前ひとつに意味を込めて呼ぶんだ。きみはこういう存在でしょ、違うかい? って」
ちくん、と、一騎の心が痛んだ気がした。それは、かつての親友と同じ名前で呼ばれる幼子に、思うところがあったゆえの痛みだった。だが操は気にせずに目を細めている。
「きみたちはどうして俺たちをフェストゥムって名付けたんだろう」
「さあ。それは分からない。父さんに聞いてみたら分かるかな」
「いつか知りたいな。きみたちが最初、俺たちをどう思ってたのか。どうしてそう呼び続けるのか」
「案外、しょうもない理由かもしれないぞ」
「それでもいいよ。ダイイチインショーってやつかな。大事なんでしょ?」
第一印象、の意味はまだよく分かっていないらしい。屈託のない操に一騎は微笑んで、そうだな、と頷いた。
「ところで一騎、この、ろぶすたーって何?」
さて、このキラキラした目を前にして、食用のザリガニだ、と告げるべきかどうか──一騎は三秒くらい悩んだ。