ドキドキお泊まり会の話 泊まっていけと言ったのは自分だったのに、いざ畳に布団を並べて敷くと奇妙な心地に襲われた。同じタイミングで、真面目で律儀で融通のきかない友人は、風呂上がりの湿った髪のまま「やはり迷惑では」なんて言い出す。
「今更何言ってるんだよ」
「だが」
「父さんなら、今日は夜番で朝まで帰ってこないし、それに、こんな雨の中アルヴィスまで帰ったら風邪引くだろ」
自分にも言い聞かせるような口調は、少し怒っているようにも聞こえた。総士はしばらく物言いたげにしたあと、腹を決めたのか深く息を吐き「わかった」と頷いて寝室に足を踏み入れる。あまりもてなしとは縁がない家だが、よく溝口が父と飲んだあとに泊まっていくから、客用布団は定期的に干してあった。清潔だが、少しひなびた、ありふれた布団の上に総士の白い足が乗る。そのまま布団の上に座り、首からかけたタオルで長い髪の水気を拭いていた。真壁家にドライヤーなんてこじゃれたものは存在しなかった。
「枕を濡らしてしまうかもしれないが」
「どうせカバーは洗うし、気になるなら枕にタオルを巻いておいてくれ」
「わかった」
ややぎこちなく総士は頷き、髪を拭いていたタオルを枕に巻き付けた。真壁家のそっけない、さっぱりしたシャンプーの匂いが、総士から漂ってくるのも不思議だった。
喋ることも思い付かず、ぎこちないままに電気を消し、二人は布団に横になった。なんとなく、目が合うのは気まずくて、一騎は天井を向いたまま目を閉じたが、一向に眠気は訪れなかった。
ざあざあと雨戸が雨を打っている。その音に、すうすうとわずかな寝息が交じって、初めて一騎は寝返りを打った。
豆電球の、頼りないオレンジの光に照らされた、皆城総士がそこにいる。右目も、一条の傷が走る左目も、力なく閉ざされている。肩まで引き上げられた布団は、呼吸と共に僅に上下している。
近づいてはならないと思っていた、神様のような親友は、人間の子どもそのものとしてあどけなく眠っていた。
そうだ、昔はよくこうして眠っていた。幼少の、まだ野山を駆け回って遊んでいた頃の総士の姿が目に浮かんだ。もう思い出してはならないとすら考えていた、ただの親友だったあの頃が、すんなりと胸に去来する。昼寝の時間になっても眠りたくないとぐずった自分たちは、こっそりと小声でお喋りをしていたっけ。
総士、と心の中で呟いてみる。ここにいるんだな、総士──
重たくなった瞼が完全に閉ざされるまで、ぼやけた視界の中でも一騎はずっとその顔を見つめていた。