零 冬の澄んだ空気は、月明りを正しく伝える。窓をからからと開けると、凍てつくような風がするりと滑り込んで来た。冬を肌で感じながら、窓から少しだけ顔を出し、くっきりとした満月をぼんやり眺める。冬は好きだ。月が綺麗に見えるから。冬が好きだった。夜が長くなるから。君と一緒に居られる時間が伸びるから。今となっては、もう関係のない事なのだけれど。
一年中遮光カーテンを閉め切った部屋は、体内時計を狂わせる。寒さで死ぬといけないからと、暖房がつけっぱなしのこの部屋は、季節の感覚を狂わせる。電気代がどうのと言っていたあの頃とは大きな違いだ。
大切にされるようになった。壊れ物を扱うみたいに。ガラス細工に触れるみたいに。あの頃より、遥かに大切にされている。それなのに、戻りたいな、とたまに思ってしまう。贅沢な悩みだ。愛されて、愛されて、大切にされて、窒息しそうなくらい愛されて。しかしそれでも、あの頃は楽しかったな、と、思ってしまう。
冬の夜は音が少ない。窓を開けても、手を伸ばしても、外との繋がりを感じられない。いっそ出て行ってしまおうか、なんて。そんなつもりない癖に。――私は今、寂しい、のかもしれない。
「ドラ公」
と、背中に温かな感触がした。大きな手がからからと窓を閉める。ロナルド君は後ろから私をそっと抱きしめると、私の頬に外気で冷えた頬を摺り寄せた。
「何してんの」
「外、見てた」
「寒いだろ」
「寒いね。……寒かっただろ」
「温めて」
「ん」
ロナルド君と向き合って、左右の頬に唇を落とす。唇に唇を重ねてから、ロナルド君の広い背中に手を回す。
「おかえり」
「ただいま」
とくとくと聴こえる心音に耳を澄ませる。ロナルドくんの腕の中は酷く温かで、これじゃどっちが温められているのかわからない。しかしロナルド君は満足そうに、暖を取るみたいに私の身体を抱き締め続ける。
「寂しかった?」
「寂しかった」
「今は?」
「平気」
「良かった」
ロナルド君の大きな手が背中を撫でる。今ここにいることを確かめるように。ゆっりと丁寧に。
昔と違い、酷く口数の減った君。雄弁な瞳が変わりに告げる。また、不安。不安。
「……何かあった?」
そう聞くと、長い沈黙の後、ロナルド君は私の肩口に顔を埋めてぽつりぽつりと話し始めた。
「……窓、開いてて、外、見てたから」
「うん」
「出て行きたいのかなって」
「……」
「……寂しい?」
「……」
「俺だけじゃ、駄目?」
そう言って眉をへの字に曲げる様は、以前の君みたいだった。ずるいなと、思う。
いろんな君を見てきた。馬鹿な君。面白い君。優しい君。怖い君。それでもまだ、可愛いと思ってしまう。
「……君がいい」
そうだよ、本当は寂しい。もうずっと君とジョンとしか話していない。世界から隔絶されたようで、今の生活は、とても。そう言っても良かった。そう言うつもりだった。しかし思いは、言葉にならなかった。
いつもはもっと、傲慢なのに。鍵だって開いてる、出ていこうと思えばできる、それなのに私はしない。だからつまりそういう事なのだろうって、いつもの君は、もっと傲慢だ。
それなのに、たまに、こうやって不安げに見つめられるから。捨てられた子犬みたいな顔をするから。前の君みたいな顔をするから。いや、前の君なんていないのかもしれない。全ては地続き。可愛い君も、傲慢な君も、怖い君も面白い君も全部全部君だ。
「ずるいよ」
温かな腕の中でぽつりと呟く。返事は、なかった。