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    【刀剣】『手首を縛る話』『皆に隠れて』『手首を縛る話』『皆に隠れて』『手首を縛る話』 邪魔するぞ、との声の後、応えを聞く前に襖を開け放った遠慮会釈のない鬼丸に、大典太は既に諦めの境地に達しているのか溜息すら吐かず、手中の書物を黙って閉じた。
     以前、礼儀知らずではないはずなのだが、どうにも雑な扱いを受けている気がすると、ふとした拍子に前田に零してしまったことがある。前田は少し驚いた顔をしたが、鬼丸さんも悪気がある訳じゃないと思います、と花が綻ぶような柔らかな笑みを浮かべ、その様がどこか嬉しそうに見えたため、それ以上の不満を口にするのは憚られたのだった。
    「……なんだ」
    「頼みがある」
     そう言って手にしていた風呂敷包みを畳の上で解き、取り出したタブレットを大典太に向けた。
    「練習させてくれ」
     再生されているものはどうやら髪結いの指南動画のようだ。ちら、と広げられた風呂敷の中身を見れば、櫛や髪ゴム、ヘアピンにリボン等と一通りの道具が揃っている。
     大典太からすれば断る理由はないが承諾する理由もない。こういってはなんだが鬼丸は細やかな作業には向いていない。できれば断りたいというのが正直な気持ちだが、直球で頼んできたということはそれなりの理由があるのだろう。
    「……理由次第だな」
     下手に誤魔化さず条件を提示すれば、鬼丸は、理由……、と小さく口中で反芻してから、乱が……、と事の次第を話し始めた。
     毎朝、髪を整えて貰っているお礼をなにかしたいと申し出たところ、初めは「ボクが好きでやってることだから」と断っていた乱も、それでは気が済まないという鬼丸の意を汲んでか、相手の厚意を無碍にするのもよろしくないと思ったか、「それじゃあ今度は鬼丸さんがボクの髪を可愛くしてよ」と悪戯っぽく笑ったのだった。
    「そうは言われてもおれはその手のことは門外漢だ」
     きっぱりはっきり出来ないことは出来ないと胸を張る鬼丸はいっそ清々しいほどだ。だが、そこで無理だと断らずどうにかしようとする前向きさは素直に評価したい。
     評価したいが……
    「……なんで俺なんだ」
    「小狐丸に頼んだが断られた」
    「それはそうだろう」
     あの狐が審神者以外に髪を触らせるわけがない。
    「かと言って乱本人に練習させろと言うわけにも……」
    「まぁ……そうだな」
     同じ天下五剣のよしみで数珠丸に声を掛ければ彼ならば快諾してくれるであろうが、あの毛髪量は手慣れた者でも扱いが難しいのは一目瞭然だ。適度な髪の長さの者を脳裏に思い浮かべるも、にっかり青江や千子村正といった一癖も二癖もある者しかおらず、大典太は自分のことは棚に上げ、鬼丸が彼らに声を掛けるのはあまりにも難易度が高いなと納得する。
    「……それで俺、か」
     こくり、と上下に動いた鬼丸の頭を黙って見つめ、大典太は、さてどうしたものか、と考える。乱藤四郎のためだというなら引き受けるに吝かではない。
    「俺が、断るとは思わなかったのか……?」
     ふと口を突いて出た問いに、鬼丸は一瞬目を丸くするも、あ……、と小さく漏らし、それもそうだな、と目を伏せた。
     大典太自身、深い考えがあっての問いではなかったのだが、鬼丸の反応に尻の据わりが悪くなる。てっきりごく普通の顔で「断るのか?」と平然と聞いてくるとばかり思っていたのだ。
     なんとなく、本当に漠然とした感覚ではあるが、あの時前田の言わんとしたことがわかった気がした。
     鬼丸のこれは信頼故の雑さであるのだ、と。
    「冗談だ。そんなにしょげるな」
    「……お前の冗談はわかりにくい」
     しょげたことは否定しないのか、と喉元まで出かかるもどうにか飲み下し、大典太は「引き受けてもいいが、俺の頼みも聞いてくれるか」と切り出した。
     一方的に借りを作るよりは余程やりやすいとの考えからか、鬼丸は二つ返事で承諾し、頼み事の内容を聞いてこない相手に、大典太は困ったように笑うしかなかった。


     ただの三つ編みにまさかこれほどの時間が掛かるとは、と大典太は鏡の向こうで真剣な眼差しでタブレットを凝視している鬼丸の姿に、漏れかけた溜息を、ぐっ、と飲み込む。
     いきなり頭頂に、さくり、と櫛を突き立てられた時は思わず「毛先からだ!」と大声を出してしまったのは不覚であった。毎朝乱に髪を梳いて貰っているというのに、この男は一体なにを見てきたというのか。
     大典太の剣幕に驚いたか鬼丸も、悪かった、と素直に謝り、それ以降は緊張感を持って事に当たっているが、悲しいほどに鬼丸国綱という刀は不器用であった。
     とにかく力加減が下手すぎるのだ。
     常ならば耐えてしまう大典太だが、ここでの成果が乱に披露されるのだとの未来がわかっているので、髪を引かれすぎて痛ければ「痛い」と声に出し、櫛が頭皮を削れば後ろ手に鬼丸の膝を叩いた。
     慣れない作業に苛立ちを募らせているかと思えば、鬼丸は存外落ち着いた表情で動画を目で追い、なにも掴まぬまま宙で手を動かしている。それを二度、三度と繰り返し、よし、と微かに唇を動かしてから改めて大典太の髪を手に取った。
     お得意の悪態をひとつも吐かず黙々と作業をする鬼丸を、大典太はやはり根は真面目な男だと思う。
     出来はともかくこの姿を知れば乱も満足するのではないかと思うも、あの聡い短刀のことだ。こうなることは予測済みかも知れない。
     知らず笑みが浮かんでいたか、鬼丸が怪訝な顔をしていることに気づいたが、大典太は敢えて見なかったことにした。


     一朝一夕に出来ることではないな、とぐったりしている鬼丸に茶を出してやり、大典太は練習の成果を鏡で再度確認する。
    「……写真に撮っておくか」
    「……やめろ」
     下手くそすぎて目も当てられん、とちゃぶ台に突っ伏す鬼丸を横目に、ピロリーン、と軽やかな音が室内に響いた。
    「鬼丸国綱の成長記録だ」
    「……その言い方やめろ」
     ネタとして審神者フォーラムに投下したいところだが、本気で携帯端末を叩き壊されそうな気配を察知し、大典太は素知らぬ顔でジャージのポケットに端末をねじ込んだ。
    「お疲れのところ悪いが、次は俺の頼みを聞いて貰おうか」
    「……なんだ」
     のそり、と身を起こし面倒なことはご免だと顔にありありと表れている鬼丸に、大したことじゃない、と答え、大典太は箪笥から赤い紐を取り出し、鬼丸の隣へ腰を下ろした。
    「前田が皆の前で手品を披露すると言うんでな、それの手伝いを頼まれた」
     ちゃぶ台の影になっていた本を拾い上げ、ぱらぱら、とページを繰る。
    「縄抜け、だそうだ」
     該当ページを指し示し、これの練習をさせろ、と無言で伝えれば、鬼丸は黙って図解を目で追うと、わかった、と言って大典太に背を向け、両腕を後方に回し甲同士を、ぴたり、と合わせた。
     ジャージの袖を肘まで捲り、合わせられた鬼丸の手首を手順通りに縛り上げながら、大典太は確認のためか小声で何事か、ぶつぶつ、と漏らしている。
    「少し緩くないか?」
    「……そうか」
     実際は前田が相手のため、力加減も試行錯誤と言ったところか。するする、と紐が解かれ、再度、手首が拘束されていく。
     鬼丸ほど不器用ではないが、大典太も細かい作業が特別得意なわけではない。くんっ、と紐を引いたところで今度は「キツイ」と鬼丸から声が上がった。
    「なかなかに難しいな……」
     これは先に試して正解だった、と大典太は内心で安堵の息をつく。
    「実際にやってみないとわからないものだな」
     何事も、との言葉に先ほど苦労したばかりの鬼丸も、そうだな、と同意する。もう一度やり直そうとしたその時、襖の向こうから大典太を呼ぶ声がした。
    「主君がお呼びです」
    「わかった」
     襖の向こうにいるのは前田で、声音が若干柔らかくなったことに大典太自身は気づいていないようだ。
     すぐ戻る、と言い置いて大典太は部屋を後にし、前田と何事か言葉を交わしながら遠離る足音を鬼丸はぼんやりと聞いていた。一歩は大きいが歩み自体は緩やかで、なるほど短刀に合わせるとそうなるのか、と納得する。もしかしたらあれでも歩幅を狭くしているつもりかもしれない。
     しかし暇だ、とひとり残された鬼丸は、ごろり、と寝そべり、ふわ……、と欠伸を漏らす。紐を解いていく時間くらいあっただろう、と思わなくもないが、まぁいい、と細かいことにはこだわらない。
     慣れぬ事をして疲れたか、鬼丸はあっさりと眠りに落ちた。


     身体が軋む感覚で鬼丸は、ゆうるり、と意識を浮上させる。頭をもたげて時計を見れば、大典太が出て行ってから二時間が経過していた。
     低く呻きながら身を起こせば、長時間同じ格好でいた身体は見事に強張っていた。おそらく頬には畳の跡がついているだろう。
    「……まだ戻らないのか」
     いい加減腕が痛い、と行儀悪く足で本をたぐり寄せ、該当ページを足の指で器用に捲る。縄抜けの手品なのだから縛られた側が紐を解けないわけがない、と解説通りに試してみるも紐が緩む気配は微塵もなく、それどころか逆に締まった気がした。
     これは見事に失敗しているな、と舌打ちし、こちらから探しに行くか、と鬼丸は足で襖を開け放ち、まずは大典太を呼びつけた審神者のところだな、と廊下を進む。
     途中、通りかかった三条の衣装部屋に小狐丸と三日月がおり、大典太を知らないか? と声を掛けるも、揃って首を横に振られた。
    「そうか。邪魔したな」
     軽く頭を下げ通り過ぎたところで、室内から小狐丸の悲鳴とも叫びともつかぬ奇っ怪な声が響いたが、鬼丸は特に気にも掛けずそのまま歩いていく。
    「あれは大典太光世の紐だなぁ。なんだなんだ、新しい遊びか」
    「ちょっ、え、お待ちなさい、鬼丸殿! 鬼丸殿!?」
     手にした着物を放り投げることも出来ず、ああもう! と声を上げながら生真面目に衣紋掛けに戻す小狐丸の隣では、三日月が呑気に眼を細めて笑っている。
    「呑気に笑っている場合じゃないでしょう」
     追いますよ、と三日月の腕を取り部屋を飛び出した小狐丸に、お前は本当に世話焼きだなぁ、と三日月は引かれるままに、ころころ、と笑った。
     血相を変えて小狐丸が追いかけて来ていることなど知らぬ鬼丸は、次に通りかかった部屋にいた一期一振に、大典太を知らないか? と先と同じ問いを発した。
     洗濯物を畳んでいた一期は手を止め、いいえ、と返してから、なにに気づいたか不思議そうに鬼丸を見上げる。
    「腕をどうかされましたか?」
     不自然な形で腕がずっと後ろに回されていることを疑問に思ったか一期が逆に問いかければ、鬼丸は、これか、となんでもない顔で身体を捻り、拘束されている腕を晒した。
    「大典太がやったんだが、一向に戻って来なくてな。だから探している」
     あっさりと返された答えに一期は言葉を失い、丁度追いついた小狐丸も発言内容に固まり、三日月だけが楽しそうに「放置ぷれいというやつか」と意味がわかっているのかいないのか、相も変わらず、ころころ、と笑っている。
     そこへ運良くというべきか運悪くというべきか、大典太と前田が揃って現れたものだから、場の空気は推して知るべし。
     ただいま戻りました、と前田が頭を下げれば、一期は笑みの張り付いた顔で、お帰り主のお使いご苦労様、と弟を労い、皆とおやつを食べておいで、とその場から離れさせた。
     他者との付き合いが苦手な大典太でも、この場の空気が異様なことは感じ取れる。ここに居てはマズイ、と後ずさろうとするも、依然笑みを貼り付けたままの一期に肩を、ぽん、と叩かれ「お話があります」と地獄の底から響くような声で言われては、黙って従うしかなかった。


     ぐったり、とちゃぶ台に突っ伏す大典太に茶を入れてやりながらも、鬼丸は「自業自得だ」と慰める気はないようだ。
    「……なんでこうなった」
     粟田口の連中はあんたに甘すぎる、とぼやく大典太は先の一期の説教を思い出し、あー……、と低く唸る。
    「すぐに戻らなかったお前が悪い」
     手首を撫でさすりながら鬼丸が、ふん、と鼻を鳴らせば、それについては言い訳のしようがないと、大典太は眉尻を下げた。
     前田と一緒に買い物行ってきてくれ、と審神者に言われ、鬼丸を縛ったまま部屋に置いてきたからちょっと待ってくれなどとはさすがに言えず、そのまま出掛けてしまったのだから、鬼丸からの文句は全て受け止めるつもりでいたのだ。
     まさか一期一振と小狐丸から説教を喰らうなど、夢にも思わなかったのだが。
     主に短刀たちへの影響や本丸内の風紀の面をこんこんと語られ、当然それは鬼丸も共に正座をして聞くこととなったが、放置をした大典太に非があると殊更こってり絞られた。
     ちなみに三日月からは「装具の紐では肌を傷めるからやめてやれ。柔らかい布にしてやれ」と気遣いの方面で叱られたが、違うそうじゃない、と勘違いを訂正する気力は大典太には既に無かった。
    「引き千切れんこともなかったが、それではお前が困るだろうと、さすがにやめておいた」
     いっそ引き千切ってくれた方がいらぬダメージを受けなかったのだが、との言葉は胸に留め置いた。
    「……だが、前田のために口を噤んだお前は、褒められて然るべきだな」
     正直に手品の練習をしていたのだと告げれば、説教は免れたのだ。大典太も鬼丸も言葉巧みな部類ではない。むしろ言葉足らずで誤解されやすい方だ。互いにそれがわかっているからこそ下手なことは言わず、鬼丸も中途半端に口を挟むことはしなかった。あの場で鬼丸が口を開けば、火に油であったろうことは容易に想像がつく。
     わしわし、と頭を撫でてくる鬼丸の手を払うことなく、大典太は深く深く息を吐く。
    「……撫でるならもっと優しくしろ……禿げる」
     この馬鹿力が、と悪態を吐けば、うるさい、とぶっきらぼうに返されるも、髪を梳くように動く指先は言葉とは裏腹に穏やかだ。
     やればできるじゃないか、と夢現に呟く大典太を見下ろし、実際にやってみないとわからないからな、との鬼丸の囁きは、すでに瞼がぴたりと重なった大典太には届かなかった。

    2020.05.08
    『皆に隠れて』 本丸内のささやかな変化に最初に気づいたのは短刀達であった。
     自分たちが使っている湯飲みやマグカップを覗き込み一様に首を傾げ、次いで順繰りに問うように互いに顔を見合わせ、揃って首を横に振る。
     食器棚の前で固まっている短刀達が気になったか燭台切が、どうしたんだい? と声を掛ければ、彼らは手にした物を燭台切に向かって僅かに傾けた。
    「これ、綺麗にしてくれたの燭台切さん?」
    「茶渋が目立ってきたなぁってちょっと気になってたんだよな」
     乱の問いと厚の説明で彼らが不思議そうな顔をしていた理由は把握したが、残念ながら燭台切には心当たりがない。
    「いいや僕じゃないよ。あぁ、そうだ。僕も聞きたいんだけど、包丁を研いでくれた子を知らないかい?」
     ふるり、と横に振られた小さな頭を前に、じゃあ誰だろう? と燭台切は思案げに首を捻る。
    「どうかしたんですか?」
     短刀達同様、湯飲みを取りに来た堀川に声を掛けられ、代表して燭台切が、大したことではないんだけど、と前置いてふたつの出来事を説明すれば、ぱちり、と瞬きをひとつしてから堀川もなにか思い出したか、そう言えば、と口を開く。
    「洗面所とお風呂場の鏡、ウロコ汚れが気になってたんですけど、いつの間にか綺麗になってたんですよね」
     茶渋も切れ味の鈍ってきた包丁も鏡の汚れも、気にはなるがなかなかそこまで手が回らないといった事柄であった。
     ひょっとして他にも似たようなことが起こっているのではないだろうか? と好奇心が刺激されたか、短刀達が既に朝食の席に着いている者達に聞き込みをしてみたところ、「資源置き場の整理整頓がなされていた」「立て付けの悪かった農具小屋の扉が直っていた」「破れた障子が張り替えられていた」などなど、些細なことではあるがいくつかの証言が得られたのだった。
     そしてこれらに共通しているのは一貫して「誰がやったかわからない」ということだ。わざわざ喧伝することではないが、限られた者達しか生活していないこの本丸で、誰一人として心当たりがないというのも奇妙な話である。
    「うん、これは『ぶらうにぃ』がやったのかもしれんなぁ」
     ぐるぐる、と納豆を混ぜながら三日月が耳慣れない言葉を発すれば、短刀達の興味は一気にそちらへと向けられた。
    「三日月様、その『ぶらうにぃ』とは如何様なものなのですか?」
     平野の問いに、うん? と小首を傾げつつも、三日月は納豆を混ぜる手は止めない。
    「家に着く異国の妖精でな、家人が居ない間に掃除や家事をしてくれるそうだ」
     常ならば三日月の与太話を止めに入る小狐丸がなにも言わず、隣で黙々と食事を続けていることから、これはもしかしてもしかするのでは? と短刀達は姿形もわからぬ妖精に思いを馳せる。
    「鬼丸はどう思う?」
     使った食器を重ね音もなく立ち上がった鬼丸に三日月が不意に話を振れば、一瞬動きを止めるも、ふん、と鼻を鳴らし、心底面倒くさそうな顔で「どうでもいい」とだけ投げてくるや、振り返ることなく立ち去ってしまった。
     ほんとブレないな、と鬼以外に興味を示さぬ鬼丸に薬研は苦笑を漏らしつつ、でもまぁ、と思案げに呟く。
    「良くないモンだったら黙ってないか……」
    「ぶらうにぃさんに任せっきりなのは良くないですよね」
    「そうだな。俺たちもなにか気になる事があったら後回しにしないで、ちゃちゃっと片付けちまうか!」
     五虎退が、僕もがんばらないと、と小さく拳を握れば、厚が力強く同意する。
    「その心意気は大変素晴らしいと思いますが、まずは朝食をちゃちゃっと片付けるべきなのではありませんか?」
     歌仙兼定がお冠ですよ、と小狐丸に耳打ちされるや短刀達は慌てて席に着き、朝食に手を着け始めたのだった。
     三日月の周りから人が居なくなったのを見計らい、小狐丸は呆れたように目を眇める。
    「よくもまぁ、あのような話をでっち上げたものです」
    「『ぶらうにぃ』の話自体は本当だぞ。ただ、この本丸のぶらうにぃは妖精ではなく角のある酒飲みだがな」
     顔色ひとつ変えずに立ち去った男の仕業とわかっていて、敢えてあそこで声を掛けたのだから、惚けているようでいてその実、三日月も相当強かな男だ。
    「あそこでちょっかいを掛けたと言うことは、なにか考えがあってのことなのでしょう?」
    「うん? あぁ、そうさな、あとは俺ではなく……おぉ、大典太。ちょっと来てくれるか」
     食事を終えた大典太が立ち上がったのを目に止め、三日月が笑顔で、来い来い、と手招きすれば、空の食器を手にしたまま怪訝な顔で近づいてくる。
    「……なんだ」
    「少々お前に相談があってな」
     にこにこ、と笑みを絶やさぬまま見上げてくる三日月を胡乱に見やり、大典太は次いで隣の小狐丸を見た。だが、彼の問いに対する答えを持っていない小狐丸は、軽く肩を竦めて見せることで答えとする。
    「面倒事はごめんだぞ」
     なにを言ったところで逃してはくれないのならば早々に話を終わらせるに限る、と大典太が諦め顔で応じれば、では俺の部屋で話そう、と三日月も空の器を手に立ち上がったのだった。


     開け放たれた窓から、リリ、リリ……、と控えめに届く虫の声を肴に、窓枠に凭れて庭を眺めながら、ちびり、ちびり、と盃を傾けていれば、不意に大典太の指先が装具を着けていない背に触れ、鬼丸は危うく噎せ込みそうになる。
    「……ッなんだ」
    「跡は残っていないんだな」
     月光のみに照らされた鬼丸の肢体は仄かに発光しているかのように白く夜闇に浮かび上がり、大典太は僅かに眼を細める。
     すぅ、と背骨の数を確かめるかのように緩やかに下っていく指を払うこともせず、鬼丸は盃を窓枠に置き、ふぅ、と小さく息をついた。
    「手入れで治らなかったらと思うとぞっとする」
     先日の海辺での戦闘に初参戦であった鬼丸は、真夏の日差しを甘く見ていたのだ。鶴丸や江雪から「日焼け止めを塗るように」と忠告は受けていたのだが、肝心の日焼け止めの意味がわからずそのまま海辺を駆け、たった一日で肌を真っ赤に染め上げてしまい、審神者から本丸へ強制帰還が言い渡されたのだった。
     訓練とはいえ全戦力を投入しての一大決戦だと聞いていただけに、己の浅慮が理由での戦線離脱は負い目を感じるには十分であった。訓練を必要としない練度の高い者に付き添われ帰城した晩に熱を出し、更に手を煩わせた事も計上され、鬼丸が密かに落ち込んでいた事は大典太を始めほんの数人が知るだけだ。
     日焼けという名の火傷が治ったあとも大事を取って本丸待機を言い渡された鬼丸は、付き添い組と手合わせをするでもなく、皆に隠れてひとりでこそこそとなにやらしていた事も大典太は知っている。
     それが三日月言うところの『ぶらうにぃ』の真似事であった。
     昨日、無事に訓練期間が終了し、本丸に日常が戻ったところだ。
     最後に、ゆるり、と掌全体で背中を撫で、大典太は立ち上がると用意していた風呂敷包みを手に取り、改めて鬼丸の隣へ腰を下ろした。
    「お役ご免だ『ぶらうにぃ』」
     そう言って風呂敷包みを解き、中身を鬼丸へと差し出す。
     正直、三日月に話を聞くまで異国の妖精のことなど、大典太は微塵も知らなかった。鬼丸もそうなのではないかと不安になるも、相手の反応は予想に反した物であった。
    「ここはお前の『家』ではないだろう?」
     くつり、と喉を鳴らしつつ、差し出された物を受け取り目の前で広げる。浴衣かと思えば上下に分かれたそれは甚平で、それでも質の良い物であることは手触りでわかる。
    「それを言ったらあんただって茶色くはないだろう」
    「確かにそうだな」
     ブラウニーは衣服を与えられると家から去ると言われている。妖精の話になぞらえ皆に隠れて行っていたことをもう終わりにしていいのだと、直接言葉にはせず伝えてきた大典太に鬼丸はどこかむず痒い心地になる。
     だが、これは大典太が考えたことではなく三日月の差し金であることもわかっているため、どうにも手放しで素直に受け入れることができず、ぐぅ、と喉奥で低く呻いてしまう。
     なにか些細なことでもいい、やり返せることはないかと思考を巡らせ、ふとどこかで聞き囓ったことが脳裏を過ぎった。
     果たしてこれが意趣返しになるかは不明だが、言うだけならばタダだ、と鬼丸の口角が、ゆうるり、と上がる。
    「お前は男が服を贈る意味を知っているか?」
     なんのことだと問われれば、大したことじゃないとはぐらかして、この話は終わりにするつもりだったのだ。
     夜は長く、酒はまだまだある。
     月は頭上で美しく輝き、頬を撫でる夜風は心地良い。
     大典太の答えを待たず盃に手を伸ばせば、節の立った手が、やんわり、と上から押さえ込んできた。
    「あぁ、知っている……」
     するする、と手の甲を撫で、指の股をくすぐるように硬い指を割り込ませ、そのまま鬼丸の指と絡めてくる。
    「知らなければこの役を引き受けるわけがないだろう?」
     背に回された腕で、ぐい、と引き寄せられ、吐息が掛かるほどの距離で囁かれる。
     咄嗟に引き結んだ唇を舌先でなぞられ、ぞわり、と首の産毛が逆立った。
    「あんたにしては上等な誘い文句だな」
     違う、とも、そうだ、とも答えられず、楽しげに細められた紅玉を見つめ返していれば、なにか言え、と下唇を柔く食まれ、思わず笑みが零れ落ちた。
     のし掛かるように身体を倒してくる大典太に抗うことなく畳に背を着ければ、一瞬、ほんの一瞬ではあったが夜空に輝く月に気を取られる。
     奇しくも今宵、夜空を飾るは眉月であった。
     それに気づいた大典太はあからさまに眉を寄せ、伸ばされた長い腕が、たん、と軽やかな音を立てて障子を閉めた。

    2020.08.18
    茶田智吉 Link Message Mute
    2022/11/24 2:14:00

    【刀剣】『手首を縛る話』『皆に隠れて』

    #刀剣乱舞 #腐向け #典鬼 #大典太光世 #鬼丸国綱 ##刀剣
    お互いに頼み事をする話と夏の連隊戦後の話。

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