【緑高】手をつなぐ 手を繋ぐ、と言う行為は他人同士が行う接触行為としてはかなり初歩的な行為であると思う。
親子や友人同士、幼稚園など場合によっては大して親しくないクラスメイトなどであっても指示され繋ぐ時があるほどに気軽に、そして日常的に行われている行為だ。
互いに手を握り合う挨拶行為も一般的に浸透しているし、何ら恥じる事無い初歩的な対人行動であると言えるだろう。
だと言うのに、俺の横でベラベラと今日の練習の話やらクラスメイトの話やらをとめどなく話し続ける喧しい男に対して、俺は指一本動かせずにいる。
別に挨拶がしたい訳でも誰かから指示された訳でも無いのだから繋がないなら繋がないで問題も無いのだが、それでも俺はこいつと手を繋ぎたいと思っている。
そしてそれを行動に移せない理由も頭では理解している。
自分にとっても予想外な事ではあるが、俺はどうやらこのよく喋る軽薄な男―――チームメイトの高尾に懸想しているようだ。
友人やチームメイトとしての友情のラインを超えて、性的な劣情を抱くと言う意味で。
それ故に身体的な接触行為を必要以上に意識してしまって行動に移せない。
だと言うのにこの馬鹿は全体的にスキンシップが過剰で、試合に勝てば飛びついてくるし、内緒話だと首に腕を回すし、移動教室に遅れそうだと腕を組んでくる始末。
俺のように邪な思いを抱いていないからこその行動だろうと分かってはいるが、あちらから触れられては意識してどぎまぎしてしまうと言うのはやられっぱなしのようでどうにも癪に障る。
なので一度位はこちらから行動を起こして高尾を動揺なりびっくりなりさせてみせようと思い数日前から色々と考えてはいるのだけれど何一つ行動出来ていない。
最初は高尾の普段の行動を真似てみれば良いのではないかと思ったのだが、俺が高尾に対して飛びついたり首に腕を回して内緒話をしたり腕を組んだり……などと言う行動を取るような状況と言うのがまず思いつかない。
何の脈絡も無くそう言った行動を取るのは不可解極まりないし、意図を問われて普段の意趣返しだなどと言っても理解されないどころか下手をしたらそれをネタに更にからかわれかねない。
どうあっても自然に、さりげなく行動を起こさなくてはならないのだ。
それ故に手を繋ぐと言う一番初歩的で一般的な行動を選んだと言うのに、それすら実行に移せないとはどう言う事だ。
手を繋いだところで別に高尾が俺の気持ちに気付いたり孕んだりする訳ではないし、せいぜい普段とは違う行動に対して驚かせる事が出来るだけ。
そもそも高尾の手など向こうからならばしょっちゅう触れてきているのだから今更意識するほどの物など何も無い。
そうだ、こんな物別段何と言う事もない物なのだよ!
そう自分に言い聞かせ、左手をわずかに高尾の方に伸ばした瞬間、隣から強い口調が飛んできた。
「なあ真ちゃんってば! 俺の話聞いてる?」
その言葉と共に、伸ばしかけていた手をぐいっと掴まれ引っ張られる。
「な……何なのだよ!?」
「何って……やーっぱり俺の話聞いてなかったっしょ? 明日は朝練ねぇけど日直だから俺、先に学校行ってるかんなって話してたの!」
ふてくされたようにわざとらしく頬を膨らませ口を尖らせる姿はあざといがとても可愛い。
そんな事を口に出した日には間違い無く拳で殴られるだろうが。
こんな態度を取る癖にこいつはどうも格好つけたがりのようで、可愛いだの小さいだのと言う言葉に過剰反応するきらいがあるのだ。
「日直……その程度の時間なら別に早く登校しても何の問題も無いのだよ」
数十分程度ならば教室で予習なり読書なりをすれば済む話だ。
そう思って返事をすると高尾は一瞬だけびっくりしたように目を丸くしてから口元をふにゃりと緩め、困ったようなはにかんだような何とも言えない表情を見せた。
「……何なのだよ」
普段見せないそんな様子に動揺してつっけんどんな態度を取る俺に、高尾はにっと笑って見せた。
「べっつにー? 真ちゃんってばちょっと早く家を出てでも高尾ちゃんと一緒に登校したい位寂しがり屋さんなのねーって思っただけ~」
茶化すようにそう言うと、高尾は未だ繋いだままだった手を遊ぶように数度揺らして歩き出す。
「別に貴様と一緒に登校したい訳ではないのだよ! 何事も早めの行動が好ましいと思っただけで……」
「はいはい、そうですねー。んじゃ明日も真ちゃんちにお迎えに行きますかねー」
わざとらしい一本調子な声音にイラッとしないでもないが、楽しそうに繋いでいる手を揺らしながら歩く高尾のテンポにほだされてしまう。
女子のように小さい訳でも柔らかい訳でもないけれど、真面目にこつこつ練習を積み重ねてきたこいつの手のぬくもりが、誰よりも心地よいと思う。
明日こそは俺の方から手を掴んでみせるのだよ、と心に誓い随分と冷たくなった風に吹かれながら二人並んで家路を急いだ。