【緑高】バッシュ 部活休みの日曜日、行きつけのスポーツ用品店でバスケットシューズを選んでいると、唐突に声がかかった。
「あっれ、緑間?」
軽く調子の良い声には実に不本意ながら聞き覚えがあった。つい先日、中学時代に俺と対戦経験があるのだと言ったあの男だ。
「やーっぱ真ちゃんじゃん!バッシュ買いに来たの?」
明るく跳ねるような声音と同様に後ろから跳ねるように軽やかな足音が聞こえる。嫌々ながら振り返ると、ハチワレ猫のような前髪と額がまず目に付いた。
「……高尾、その呼び方は止めろと再三言った筈だが」
「ぎゃっは!もンのすげーよココのし・わ!」
俺の苦情など物ともせず、ニヤニヤと笑顔で近寄ってきた高尾が眉間の辺りを指でつんつんと突く。
「やめろ」
その手をバシリと手で払い退けると「いってぇな~もう」とわざとらしく拗ねた様子で払われた手の甲を撫でている。そんな様子に構わずふいと視線を手に持っていたシューズに戻すと、高尾は無視された事を気に留めた様子も無く右肩に手を置いて手元を覗き込んできた。
「真ちゃんのバッシュもう結構くたびれてたモンな~。……又おんなじの買うの?」
「特に同じだからと言って選ぶ訳ではない。現状一番足に合う物を探しているところなのだよ」
そう、一先ず今使用している物と同タイプの物を手に取りはしたが、スポーツ用品と言えども日々進歩している。以前の物が現在も自分に対して最高の物だという保障はどこにも無いのだから、自ら調べ、試す事が重要なのだ。
「はぁ~なるほどね。バッシュひとつでも人事尽くしちゃう訳ですか~うちのエース様は」
感心しているんだか馬鹿にしているんだか良く分からない口調で高尾が言う。いつもヘラヘラしている所為でどうにも感情が読みにくい。
「当然なのだよ。……それより貴様は何をしに来たのだよ」
「ん、俺?俺はね~練習用のボール買いに来たの!外で使ってると、どうしても痛むのが早いからさ~」
「……ふん」
「え、何、自分から聞いた癖にその興味無さそうな反応!?」
俺の返答に高尾はぎゃーぎゃーと喚いているが、内心実は感心していた。俺よりも多く練習して俺に認めさせるなどと大口を叩いていただけあって、高尾はよく練習をする。俺と話をした事で何かしら思うところがあったのか居残り時に絡んでくる事も多くなった。
それがこちらの練習の邪魔になる事であれば文句も言うし排除する事も厭わないが、パスからのシュート練習など俺にとっても有用な提案が多い事と、必ずこちらのノルマが落ち着いてから声をかけてくるなど空気を読む事にも長けている為今のところ好きにさせている。
それでも体格的に劣る分どうしても高尾の方がバテるのが早く、居残り練が終わる頃には毎日ヘロヘロになっている。だから休みの日などは休養を取るなり友人も多そうだったので遊びに行くなりしているのだろうと勝手に想像していたのだが、先ほどの言動から察するに休日でも研鑽を怠っていないらしい。
多少は見所もあるものの軽薄な奴だと思っていただけに、ほんの少しだけ感心した。と同時に俺は心のどこかでこいつの事を俺が見ている場所でだけ頑張る奴だと見下していた事に気づいた。そうでない事は日々上達していくボール回しやパスの精度で気づいていた筈なのに。
視野狭窄に陥っていた自分を恥じている俺の気などまるで気がついていないようで、高尾はもう何も気にしていないかのような顔でバッシュを眺めていた。
「お!コレなんてどうよ?真ちゃんが今使ってるのとは別メーカーだけどこないだ出た新作!クッション効いててフィット性も高いってネットでちょっと評判良かったんだよ」
手にした白地に水色のラインのバッシュを楽しそうな笑顔で差し出してくる。自らの不徳に気づいた直後の俺にはその屈託の無い笑顔が少々眩しい。
「試着してみたら?その間に俺、他も見てみっからさ!」
「……ああ」
高尾は自分の用事もそっちのけで俺のシューズ選びに付き合う事にしたようで、押し付けるように俺の手にバッシュを渡すとくるりと背を向けて棚のバッシュを吟味し始めた。
「ん~真ちゃんバシバシシュート打つからやっぱクッション性は大事だよな~。あ、でも結構走るしな~」
小声でぶつぶつ言いながらバッシュを吟味する俺よりも随分と小さな背中を眺めながら、何だかとても不思議な気分になった。
中学時代に青峰や黄瀬などとバッシュを買いに来た事もある。けれどあの時はそれぞれが自分の物を選ぶだけだった。青峰が黄瀬の選ぶ物を茶化したり、黄瀬が俺の選んだ物の色が悪いと難癖をつけてきたりと言う事はあったけれど、それだけだ。今の高尾のように、自分が使う訳でもない物を相手の事だけを考えて真剣に選ぶなどと言う事は無かった。
何故この男は、大して親しくも無く、対抗心すら抱いていた俺に対してこんな事をするのだろう。
「こっちはソールが柔らかいし軽い……って真ちゃん、何ぼーっとしてんの?」
受け取ったバッシュを手にしたままぼんやりと突っ立っていた俺を見て、振り返った高尾は不思議そうに首を傾げている。
「あ……ああ、いや。何でもないのだよ」
「だいじょーぶ?ボール買ったら試し打ちにそこのストバスコート行くから誘おっかなと思ってたんだけど、無理っぽい?」
俺の具合でも悪いと思ったのか、高尾が近寄ってきて下から顔を見上げてくる。すい、と手が差し出されて額に近寄ってくるのに慌てて身を引いてかわした。
「別に何でもないのだよ!それより勝手に人の予定を決めるな!!」
「ぷっ!そんだけ文句言う元気があれば大丈夫か。じゃあ今日は一人寂しくシュート打ちますかね~」
俺の慌てた様子を見て高尾はゲラゲラと笑っている。そう言った態度の所為で、この男の本質を見誤ってしまうのだ。その所為で時折見せられる真剣な表情や真摯な態度にドキッとしてしまうのが悔しい。
「付き合わないとは言ってないのだよ!……俺も少々身体を動かしたいと思っていたところだ」
俺の返答に高尾は一瞬だけびっくりしたような顔をして、すぐに嬉しそうに微笑んだ。
「やっりぃ!!んじゃさ、ワンオンワンもやろうぜ!」
「貴様ごときに負ける俺ではないのだよ」
「言ったな~!?ぜってー勝つ!!」
その自信はどこから来るのか。呆れる俺を尻目に、高尾は「じゃあとっとと今最高にイケてる、人事尽くしまくったバッシュ探そうぜ~!」とはしゃいでいた。