【緑高】勉強会 中間テスト前だから勉強会をしないか、と声をかけてきたのは高尾の方だった。
去年の夏前に同じように声をかけてきた時は、中学の頃の黄瀬のようにノートを写させてくれだのヤマを教えてくれだの下らない事を言ってくるのかと思っていた。
だがしかし高尾と言う男は俺の予想とはまったく違っていた。去年のその時も今と同じように真剣に教科書やノートと向き合い、真面目にテスト範囲の復習をしていた。いつもの軽口や無駄口を叩く事もせず、参考書にも目を通す。
手元のノートや教科書は時折意味の分からないラクガキやイラストがありはしたけれど、板書の写し忘れも無くまとまっている。書き文字も綺麗で真面目に勉強に取り組んでいる事が見て取れるようで好感が持てた。
勉強会をしている高尾の様子は、去年からずっと変わらない。問題は俺の方にあるのだと分かっている。
分かっているが如何ともしがたく気はそぞろで勉強が頭に入ってこない。
分からない問題に当たって考え込む時、高尾にはシャーペンの頭を唇に押し当てる癖がある。そんな様子を見れば実に情けない事にシャーペンにそこはかとない嫉妬心を覚え、考え事に一区切りついた時に高尾が漏らす小さな吐息に心拍がドッと跳ね上がる。
その唇が存外柔らかい事も、もっと艶を帯びた吐息を漏らす事も知ってしまっているのだから仕方が無いと思う。俺とて男なのだ。気持ちを通わせて交際をし、たった一度と言えども身体を重ねた事がある相手と誰もいない家に二人きりで邪な思いを抱くなと言う方が無理な話なのだ。
正直なところ、今日は家に家族が誰もいないなどと言われた瞬間そう言った意味で誘われているのではないかと、いささか心が跳ねた。だがしかし、高尾に一切邪な思惑が無いであろう事はこの真面目で真剣な勉強への取り組み方からも明らかだ。そんな状態で俺ばかりが逸って迫るのは如何なものかと思い欲望をぐっと抑える。
今学年もそれなりの成績を収め続ければ、宮地さんのように三年次のテスト期間も居残り練習を許して貰えるかもしれないと高尾は毎回テスト勉強に力を入れている事を知っている。俺としても同じ練習をするならば高尾と共にする方が効率が良いし、何より部活の為に人事を尽くし続けている高尾の邪魔を俺がする訳には行かない。
それに、気がかりな事もひとつある。初めて高尾と身体を繋げた際、その場のムードに流された感が否めず二人共に経験も知識も不足している状態で致してしまった。その所為かおそらく高尾にとってあの時の行為はただただ痛くて辛いばかりの物であっただろうと思う。気恥ずかしいのと自分本位に事を進めてしまった情けなさできちんと確認をした事は無いが、悲鳴のような喘ぎと痛みにボロボロと涙を零す高尾の顔が頭から離れない。
翌日に高尾は「嬉しかった」と言ってくれはしたが、その後そう言った雰囲気になる事も無いまま既に二ヶ月が過ぎている。
この状態で俺の方から又抱きたいのだと言ったとしても高尾はきっと許してはくれるだろうが、何の改善策も無いままにそんな事を言ってしまったら、身体だけが目当てだと思われはしないだろうか。
初めての行為の後に改めて書物を読み漁り、未成年でも見られる範囲で動画などでも知識を増やすべく努力はしたが所詮座学。実地で練習し体験する以上の上達が見込めるはずも無い。次に致す時には高尾にもきちんと快楽を感じて欲しいし、何よりもうあんな顔は見たくない。
如何すれば良いんだと頭を悩ませる俺の向かいで、高尾は又シャーペンの頭を唇に押し付けていた。
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中間テスト前だから勉強会をしないか、と声をかけたのは俺の方だった。
勉強会自体は一年の夏前、一学期の期末テストの時からもはや恒例になっていた。空調が良く効くから緑間の家で行われる事が多いけれど、今回は俺の家だ。今日明日と、妹ちゃんは部活の合宿でいないし、両親は親戚の結婚式に出席する為に関西まで一泊で出かけている。
手元に開いたノートと教科書に目を向けつつ、向かいに座る緑間の様子を伺うといつも通りに澄ました顔でテスト範囲のおさらいをしている。ところどころつまづきポイントがあったりする俺とは違って、緑間の目も手も淀みなくつらつらと紙の上を滑っていく。あの手が、指が、ほんの数ヶ月前に俺の肌の上を滑りありえないところに触れたりしたのだと思うとカッと身体の芯が熱くなる気がする。
日々入念に手入れされている緑間の指は、今と同様に淀みなくするすると俺の身体をまさぐってきたものだからあっと言う間に流された。正直告って半年、初めてチューして三ヶ月、そろそろどころか遅い位だと思ってはいた。思ってはいたがあんなに一気に事が進むとも思ってなかった。押し倒されて『え、これ俺が突っ込まれる方か!?』とまずポジショニング問題があった事にそんな事態になってから初めて気づき、ここでごねたら二度と緑間は事に及ばないかもしれないと危惧を抱いて腹を括った。相手が緑間であるなら、もうどっちでも良いやと思ったからだ。
だがしかし、その考えは意外に結構甘かった。そもそもそんな状態になるって事を想像してない所為もあったんだろうけど、相手が緑間であったとしても自分より大きい男に圧し掛かられて組み伏せられる事自体に本能的な恐怖があった。
逃げたい怖いと情けない考えで一杯になる頭を『これは緑間だ』と必死に言い聞かせて、思わず抵抗してぶん殴ってしまいそうになるのをシーツを鷲掴みにして何とか耐えた。
他人に撫でられ摘まれ咥えられてと、くすぐったいやら気持ち良いやら恥ずかしいやらで思考が纏まらなくなって来た頃「高尾、いいか?」と聞かれて何がだよと言う間も無くそこから先は急転直下だった。とにかく違和感、それに耐えたら今度はもうただただ痛い。『痛い死ぬ』と思う自分と共に『あんなご立派なモノ突っ込まれてんだから当然かー』などと妙に冷静な自分がいたりした。
それでも両方の自分がここで下手な態度を取ったら緑間は二度と俺とエッチしてくれないかもしれないって思ったから、歯を食いしばって必死で耐えた。
そのまま疲れ果てて寝落ちたようで、翌朝になってベッドの上に正座してデカイ身体を縮こまらせて「すまない」なんて謝る緑間に「嬉しかった」と正直な気持ちを述べたけど、あれから二ヶ月、二人きりになる機会があっても緑間は一切手を出してこない。
緑間はきっちりイけてたから気持ち良くなかったって訳じゃないんだろうけど、やっぱ痛いとか言って泣いちまったから男とヤるのはめんどくせぇとか何とか思われてしまったのかもしれない。
俺の方から抱いてくれと言えばノってくれるかもしれないけれど、それじゃあまるで淫乱ビッチみたいじゃねぇかと思わなくも無くて二の足を踏んでいる。確かにしたくはあるけれど、それは突っ込まれたいとかセックスしたいとかじゃなく相手が緑間だからなのだ。
緑間相手だからもっと触れたいし触れて欲しい。他の奴らが見た事無いエロい表情とか見せて欲しい。その為だったら身体位幾らでもくれてやる。けれどそれを上手く伝える方法が分からない。
どうすりゃ良いんだと頭を悩ませる俺の向かいで、緑間は相変わらずの涼しい顔で教科書をめくっていた。