【緑高】テレビ ある朝、いつものごとく緑間と共に部室に行くとドアを開けた途端に先輩達が詰め寄ってきた。
「おい、緑間!昨日見たぞテレビ!!」
「お前澄ました顔してちゃっかりやることやってやがって!!」
「相手は誰だよ!?秀徳の子か!?」
わらわらと寄り集まってくる先輩達の言葉に緑間は返事をするでもなく「おはようございます」といつもと変わらない挨拶をするだけで、そのままずかずかとロッカーの前に歩いていってしまう。
取り付く島もない緑間の様子に、先輩達は何事が起きているのかさっぱり事態が飲み込めていない俺を囲んで「どうなってるんだ?」「お前は知ってんだろ!?吐け高尾!!」と言葉を投げかけてきた。
「え、ちょ、ちょっと待って下さいよ先輩達!!一体何の話してるんスか?」
とにかく一体何の話なのかが分からなければ返答のしようが無い。聞き返す俺に先輩達は不審そうな顔をして、それでもすぐに返事を返してきた。
「何ってお前、昨日のテレビ見てないのか?『知りたい!隣の待ち合わせ!!』ってバラエティ」
「隣の……ってあれっスか、人気待ち合わせスポットで人待ちしてる奴にインタビューして後ついていったりするやつ」
先輩が言ったタイトルはよくあるバラエティ番組のひとつで、待ち合わせスポットで目ぼしい素人さんにインタビューして、今日プロポーズだの数年振りに同級生と再会だの、ちょっとネタになりそうな奴を見つけて同行取材させてもらうと言う内容の奴だ。俺的には余り興味の無い番組なので、毎週別チャンネルのスポーツバラエティを見ている。
「俺あの時間『Ninja!』見てるんですよね。え、真ちゃん『隣の待ち合わせ』に出てたんスか?」
「出てた出てた!顔出しNGだったけどラッキーアイテム持ってる大男なんて緑間以外の誰がいるって言うんだよ」
「ぶっほ!ラッキーアイテム!!顔出しNGの意味ねぇ!!」
「だろ?それがよー、緑間の癖に待ち合わせ相手とこれからデートとか言ってやがって……」
「え!?」
何だろう、今とんでもなく予想外の事を言われた気がする。慌てて聞き返そうとしたが、その前に着替え終わった緑間に首根っこを引っ掴まれた。
「ふぎゃ!?」
「下らない話をしていないでさっさと着替えるのだよ高尾!」
「他のやつも準備出来たらさっさと体育館に移動だ!朝練開始時間になるぞ!」
緑間の声を追うようにパンパンと手を打ち合わせて大坪さんが皆に声をかける。壁にかけられている時計に目をやれば、確かにもう練習開始時間ギリギリで、不味いと慌てて服に手をかけた。
「先に行っているからな」
「ちょ……待ってよ真ちゃん~!!」
あたふたと着替えをしながら、さっきの先輩の話は本当なんだろうかと思ったりもしたけれど「とっととしろ!」と何だかんだ言いつつも戸口で待ってくれている緑間から追い討ちをかけられて急いで思考を頭から振り払った。
朝練を終えて教室に行くと、クラスメイトも部活と変わらないテンションで緑間に寄ってきた。けれど緑間は相変わらずにべも無く、俺の方も番組自体見ていなかったから話をまるっきり飲み込めていないと知れると、皆気にはしつつも離れていった。
けれど皆の問いかけの端々に「デート」だの「片想い」だのと言った単語が散りばめられていたものだから、おぼろげながらに話の概要は掴めた気がする。
緑間は確かにテレビに出た。そしてインタビューに答え、誰かと待ち合わせをしていて、その相手は緑間の片想いの相手で、その日はデートだった。
テレビに出たのは別に良い。て言うかその番組俺も見たかった。誰かと待ち合わせって言うのも別に気にしない。緑間にだって色んな交友関係がある。
けれどそれが片想いの相手で、デートするために待ち合わせていたとなると話は別だ。
だって俺は緑間が誰かに片想いをしているなんて聞いていないどころか気づいても居なかったし、その相手とデート出来る程度には親しいと言う事も知らなかった。
入学して知り合ってからもうすぐ一年、ほぼほぼ毎日顔を合わせ続けて、他のやつらと比べたらそれなりに特別に仲良くなったと自信もあった。それ以上に特別な感情は生憎俺の中にしか生まれてはいないけれどそれでも良かった。応えて欲しいとも叶えたいとも思っていない。
けれど、もし緑間にそういった相手が出来たなら、きっと俺は気づけると思っていたし、緑間も俺には教えてくれる筈だと言う自負があった。
体育委員の用事で緑間が職員室に呼ばれたもんだから、ぼんやりと一人でそんな事を考えていた俺にクラスメイトが寄って来た。
「なあ、高尾。お前ほんとに緑間のカノジョ知らねぇの?」
「だーかーら、知らねーって!……て言うかその番組の真ちゃん、どんな事言ってた訳?」
もしかするとツンデレで難解な緑間語を皆が別方向に理解してる可能性も捨てきれないので聞いてみる。そうだ、実はただの買い物とかでデートなんかじゃない可能性だってある。
けれどクラスメイトの話は俺の希望的観測を打ち砕いた。
「どんなって……『待ち合わせですかー?』って声かけられてラッキーアイテムに突っ込み入れられてさ。それで『デートとか?』って聞かれたのに『そうです』って答えて」
「そうだって……真ちゃんが言ったのかよ」
「ああ。それでインタビュアーが「彼女待ち?」って言ったら「まだ片想いだ」って」
「……」
「で、その日は水族館行くって話した辺りでそろそろ待ち合わせの相手が来るからって話し打ち切って歩いて行っちまったんだよ」
「……ふーん」
勘違いもクソもない、完璧に緑間には好きな相手がいて、デートをしたんだ。しかも水族館って。
一ヶ月くらい前に、俺も緑間と行った、水族館。ラッキーアイテムを買い足したいから荷物持ちについて来いって言われて。結局あんまり目ぼしい物はなかったって言いつつも、俺の身長と同じくらいの巨大なイロワケイルカのぬいぐるみを抱えた緑間は帰りの街中や電車で人目を引きまくって大笑いした。
ほんのちょっとだけデートみたいで、嬉しかった。
けれどあれはもしかして、ラッキーアイテムを手に入れる為じゃなくて、片想いのカノジョを連れていくための下調べだったんだろうか。
人事を尽くす緑間らしいなぁー……なんて感心しつつも、酷く胸が痛かった。
その翌日、裕也さんから昼休みに部室に呼び出された。行ってみると二年の先輩達が集まっていて、部活用のノートパソコンをずいと差し出された。
「なんすか?」
「緑間のあれ、録画してた奴がいたんだよ」
「え」
俺が視線を向けると、先輩が操作してメディアの読み込み音が鳴り画面に動画が映し出された。
品川駅、左手にテーピングを巻いて大き目のスノードームを持った背の高い男が写る。
「こんにちはー、今お時間宜しいですか?今日はどなたかと待ち合わせですか~?」
良いも悪いも言う前からグイグイと問いかけていく女性アナウンサー。
「ああ」
ひとしきりラッキーアイテムやテーピングへのツッコミが入ってから、掴みはOKとばかりにアナウンサーが核心に切り込んだ。
「待ち合わせってやっぱりデートとか?」
「……そんなようなものです」
答えにほんの少しの間があったものの、緑間の声音は柔らかい。
やっぱりデートなんだ、と思うと同時に頭のどこかでちょっと待てと声がする。
「じゃあ彼女さんを待ってらっしゃるんですね~。今日は二人でどちらに?」
「水族館に。……まだ告白していないので恋人ではないのだよ」
そう言う緑間は、濃紺のダッフルコートにオレンジと紺と白のストライプのマフラー姿。バストショットより下は最初にちらりと写っただけだけれど、俺の記憶に間違いが無ければ黒いパンツを履いていた。手にはスノードーム。帰りには、反対側の手にイロワケイルカの巨大なぬいぐるみを抱いていた、あの日。
「そろそろ待ち合わせの時間ですので、失礼」
まだまだ話を聞きたそうなアナウンサーに一方的にそう告げるとさっさと立ち去ってしまう。
立ち去り際の緑間は、鼻から下しか画面に映ってはいなかったけれど、確かに嬉しそうに口元を綻ばせて笑みを浮かべていた。
この日の待ち合わせは、駅の構内ではなく出た先にあるマジバだった。俺が行った時には緑間はもうマジバにいて、おしるこを買って飲んでいた。どうして構内なんかでテレビに捕まったのかは分からないし、このインタビューに答えた緑間の真意も分からない。
それでも少なくとも、片想いのカノジョの存在だけは否定されたのだと思うと、安堵と共に笑いがこみ上げてきて思わずゲラゲラ笑い出す俺に「真面目に見ろ!何か心当たりねーのか?」と裕也さんに頭をベシリと叩かれた。
酷く神妙な顔の緑間から「話がある」と声をかけられたのは、その日の帰りの事だった。