【緑高】イメチェン いつも通りの朝、おは朝の順位は三位と好調、ラッキーアイテムは鳥の飾りのついたヘアゴムだと言う事で、小さな可愛らしいひよこのぬいぐるみがついた物を二組、妹から借り受け腕に嵌めた。腕に二匹の小さなひよこがくっついているのは少しばかり微笑ましい。
『いつもと違った出来事にびっくりするかも。でもそれが新たなステップアップに』とアドバイスが出ていたが、今のところ特に変わった事は無い。
母から弁当を受け取り、普段と同じ時間に外に出る。いつも通りなら一、二分の誤差はあれども高尾がそろそろ来ている筈……と門扉に近づき、思わず足を止めた。
「あ、真ちゃん!おっはよー」
明るい呼びかけ、つり気味の目、ニッと悪戯っぽく口角の上がったその笑顔も、間違い無く良く見知った男の物だ。……その筈だと頭でも理解しているのに、口をついて出た言葉は違っていた。
「誰だ貴様は……」
そう、顔も声も着ている制服も、履いている靴すら見慣れた物だと言うのに決定的に違っているところがあった。
「ひっでぇなー真ちゃんってば。大事な相棒に『誰だ』はないっしょ~?バスケ部のアイドル、高尾ちゃんでっす!」
高尾はその場で無駄に軽やかにくるりと一回転しながらそう言うと、ウインク&ピースと言う張り飛ばしたくなるようなイラッとするポーズを取って見せた。のだが。
「貴様自慢のハチワレはどうしたのだよ!?」
そう、普段ならば高尾の前髪はまるでハチワレ猫のように中央でぱっかり割れていて、丸いデコが丸見えになっていると言うのに、今日の高尾の前髪ときたらしっかりと額をシャットアウトした状態になっているのだ。たかがそれだけの違いだと言うのに恐ろしいほどの違和感がある。
「自慢のハチワレって!!ぶっは!!真ちゃんってば俺のデコそんな風に思ってたの!?」
ぎゃははははと早朝の住宅街に迷惑極まりない笑い声を立てるコレは間違いなく俺の良く知る高尾だが、一体全体この髪型はどうした事だ。
「やかましいのだよ!近所迷惑になるだろう!!」
怒りにまかせてむんずと前髪ごと頭を掴み上げると「いだっ!?いだだだだ!!」と言う情けない悲鳴と共に見慣れたデコが現れた。見た目よりも猫っ毛でサラサラとしている筈の髪は妙にごわついて手触りが悪い。その違和感にもイラッとして投げ捨てるように頭から手を離すと「ひっでえよー真ちゃんってば」と涙目になりつつ高尾が前髪を手で撫でつけて又額を隠してしまった。
「ちょっとしたイメチェンだよ、イ・メ・チェ・ン!どうよ、新鮮じゃね?」
下ろした前髪を指で摘んで引っ張りながらそう言うが、イメチェンと言うよりはただただ違和感しかない。
「変なのだよ」
「ひっでー!!」
返事を一蹴して歩き出すと、高尾も慌ててついてくる。小走りに隣に並ぶと「結構イケてると思うんだけどなー」などとぶつぶつぼやき始めた。
「急に何なのだよ、そのおかしな頭は」
「おかしいって言うな!!……真ちゃんさあ、昨日のテレビ、見なかった?」
「知らん」
何の番組かは分からないが、そもそも昨日はおは朝以外のテレビ番組自体見ていない。取り付く島もない俺の返答にもめげず、高尾は更に言葉を続ける。
「それがさぁ、ハゲの予防をするには!みたいな内容だったんだけどさ、同じ場所でばっか髪を分けてるとそこから禿げてくるって言っててさぁ……」
そう言いながら高尾は自分の額を押さえた。
「俺の髪って別に自ら進んでハチワレになってる訳じゃねーのよ。放っとくと勝手に分かれてくんの!分かれてる方が邪魔になんねーし良いやって気にも留めてなかったんだけど、これってもしかしてさぁ……」
「その部分から禿げてくる前兆と言う事か」
「ぎゃーー!!止めて止めて真ちゃん!!真ちゃんに言われると何か予言みたいで怖ぇよ!!」
片手で前髪を押さえつけ、もう片方の手をブンブンと否定するように振り回す高尾はいつもと同じようにしか見えないが、手を離せばそこにはやはりデコは見えない。
そのまま暫く歩いても閉じられた前髪に変化は無い。高尾の無駄話を聞きつつ歩いてきたが、もう学校に着いてしまう。いつまでも見えないデコに又少しイライラしてきた。
「別に分かれて来ないではないか」
「ふえ!?真ちゃん俺の前髪がいつ分かれるか観察してたの!?」
苛立ち混じりに発した言葉に高尾がびっくりしたようにこちらを向いた。
「放置しておくと勝手に分かれてくると言った癖に、とんだ大嘘なのだよ」
「いやいやいや、だからさ、何もしないと分かれてくるから今日はムースとスプレーできっちり固めてきたんだって!」
「何!?」
それであんなにも手触りが悪かったのか。特別意識して触った覚えはないが、何かの折に頭に触れた時などサラサラとした手触りが中々好ましいと思っていたのに、自ら毛艶を悪くするなどなってないのだよ。それにあの丸いデコも高尾の元気な性格に良く似合っていて気に入っていた。
デコが見えないだけではなく髪の手触りも悪いなど、実に気に入らん。
「……真ちゃん?」
足を止め、まじまじと額の辺りを凝視している俺のただならぬ様子に高尾は若干引き気味だ。だがしかし、このまま今日一日こんな姿の高尾と一緒など我慢出来る筈が無い。
「高尾……イメージチェンジだと言うならば、その髪型でなくとも良いとは思わないか?」
「……え?」
ずいと一歩踏み出した俺の迫力に圧されてか、高尾が一歩後ろに下がる。その肩をむんずと掴んで固定すると口で咥えて腕に嵌めていたヘアゴムを一本取り外した。
「し……真ちゃん?」
「痛い目を見たくなければ大人しくしているのだよ。……じっとしていればすぐに済む」
完全に座っているであろう俺の目を、常には見られないような怯えた瞳で高尾が見返していた。
「ぎゃはははははは!!なっ……何だ高尾お前!!その頭!!」
「ぶっふ……ったっ……高尾、ちゃーんって言ってみ?ちゃーんって!!」
「何でいつものリヤカー、今日に限って乗ってきてねーんだよ!?アレに高尾乗せたら完璧子連れ狼じゃねぇか!!」
「あれってこんな髪型だったか?」
部室の扉を開けた瞬間、先輩や同輩の笑い声が響き渡って、高尾は入り口に座り込んだ。
「もうやだ……死にたい」
「何を馬鹿な事を言っている。さっさと着替えて練習するのだよ」
入り口で体育座りを決め込む高尾の両腕を引っ張って無理やり立たせる。その反動でヘアゴムでくくり上げた前髪と、ゴムについているひよこがぴょこりぴょこりと前後に揺れた。その下にはいつもの通りの丸いデコ。
「ぐっ……ふ……一体どうしたんだ高尾、その髪型は」
必死に笑いをかみ殺した大坪さんが近寄ってきて高尾にそう問うた。聞かれた高尾の方は完璧に涙目になっている。
「真ちゃんが……真ちゃんが……っ」
「緑間が?」
いまだ笑い声の響く部室内の雰囲気の所為か言葉の続かない高尾に焦れて、大坪さんが俺の方に視線をよこしてきた。
「高尾がイメージチェンジしたいと言うので手伝ったまでです」
「イメージチェンジ……これがか」
改めて高尾に視線を戻す大坪さんの様子に、部室内の笑い声が更に大きくなった。
「違うっす!!俺は前髪下ろしただけだったのに、真ちゃんが!!」
必死に弁明する高尾の言葉を聞いて、大坪さんが「緑間がこんな風にしたのか?」と高尾の頭を指さした。そう、俺が前髪を一纏めにヘアゴムでくくり上げた高尾の頭を。
「はい。そうですが」
「こんな髪型にするよりは、前髪を下ろすだけの方が良かったんじゃ……」
「何だ緑間~いつもおちょくられてるからってここぞとばかりに高尾いじりか~?」
気の毒そうに高尾を見ながら言う大坪さんの側に木村さんも寄ってきてそんな事を言うけれど、言われている意味が判らない。
「別にいじったりしているつもりはありませんが。前髪が下りていては視界が遮られてプレイに支障が出るかもしれないですし。……それにデコが出ている方が可愛らしくて良いでしょう」
前髪をくくり上げた直後、嫌だ外すと息巻いていた高尾にしたのと同じ説明をすると、大坪さん達は実に微妙な顔をして「お……おう……そうか……」と返事を返してきた。
「だから!何かおかしいって気づこう真ちゃん!?」
そそくさと離れていく先輩達と入れ替わりに顔を紅くした高尾が服を掴んで訴えてくるが、何を言っているのかさっぱり分からない。
「何の話だ?髪も無駄に整髪料など使うんじゃないのだよ。手触りが悪くて不快だ」
「手触り……」
「え、そんな気にするほど触ってんのあいつら」
ぼそぼそと聞こえる周囲の声に高尾は又蹲ってしまった。
「どうしたのだよ高尾。気分でも悪いのか?」
ぴょんと立ち上がった括った髪をちょいちょいと触りながら問いかけると「もうイメチェンなんて二度としねえーーーー!!」と膝を抱えたままで高尾が絶叫した。