【緑高】ケーキ その電話は、珍しく我が家の朝の食卓に家族四人揃っていた朝食の直後にかかってきた。
無機質な呼び出し音に妹が「あー又緑間さんからだ」と言う。
「ばぁか、今日は真ちゃん、家の用事があるって言ってたから……って真ちゃんじゃん」
「やっぱり~」
けらけら笑いながら俺が電話に出つつ流しに持って行こうとしていた茶碗と汁碗を自分の分と一緒に重ねて持って行ってくれる。何て出来た妹ちゃんなんだろう、と思いつつ片手で拝むと軽いウインクが返ってきた。うちの妹ちゃんは世界一可愛いと思う。
「もしもし~?おはよー真ちゃん」
「おはよう、高尾。お前確か、今日は特に用事はないと言っていたな?」
挨拶もそこそこに畳み掛けるように緑間が早口に話しかけてくる。
「え、うん。暇だし昼から買い物でも行くかなぁとは思って……」
「今すぐうちに来い。手伝って欲しい事があるのだよ!」
緑間の声は妙に切羽詰っていて、その癖気持ち声を潜めているような感じもする。誰か後ろにいるんだろうか。
「手伝い?」
「お前、確か人並みには料理が出来ると言っていただろう?」
「うん、まあ調理実習程度は?」
うちは共働きだからガキの頃から手伝いをしたりもしてたので、妹も俺も年の割には出来る方だと思う。特に妹は一時期料理に凝っていたから、多分俺より上手いだろう。
「ケーキ作りをしたいのだよ」
「はぁ!?」
ケーキって基本買ってくるもんだろ。作れるのは知ってるけど何だか面倒くさそうだし。緑間なんて特に素人の手作りなんかよりプロの作ったケーキの方が好きそうじゃん。
「何で又そんな。今日のラッキーアイテム『銀のフォーク』だろ?」
一瞬ラッキーアイテム関係かとも思ったけれど、休日だろうとすっかり視聴する癖のついたおは朝曰く、今日の蟹座は六位で、ラッキーアイテムは銀のフォーク。トラブルに振り回されるけど結果良ければ全てよし、とか何とかアドバイスされてた気がする。
「ラッキーアイテムではない。……妹の誕生日なのだよ」
誕生日。緑間の妹は結構歳が離れていて、今小学校一年だったか二年だったか。緑間と違っていつもニコニコと可愛らしい素直ないい子だ。
「え、今日ふたばちゃん誕生日なんだ?おめでとー!!って誕生日なんだったらそれこそ真ちゃんがおかしなチャレンジするより店のケーキ買ってやれよ」
「おかしなチャレンジとは何なのだよ!?俺とて店で買って妹が納得するならそうしている。……今日は誕生祝に母と二人でケーキを作る約束をしていたらしいのだよ」
「ほうほう」
「だが朝から伯母が事故にあったと連絡があって、入院の準備やら何やらで出かけてしまって」
「うっわー、タイミング悪ぃな」
つまりそれで真ちゃんママの代わりに真ちゃんがケーキ作りをしようと思い立ったってところかと目星はついたし、頼って貰えるのは素直に嬉しい。だがしかし、今回ばかりは無理がある。
「それでだな」
「待て待て真ちゃん。幾ら俺が人並みに料理出来たとしてもケーキの作り方なんか分かんねーから。そー言うのは女の子とかの方が得意なんじゃねぇの?ほら、桃井さんとかさぁ」
緑間と同中で現桐皇マネージャーでもある巨乳美人を思い浮かべてそう提案してみると、電話の向こうでヒュッと息を飲む気配がした。
「桃井は却下だ!!」
「うわっ!?」
耳元で突然怒鳴られて、びっくりしてスマホを取り落とす。ゴッ!!と音を立ててテーブルに落ち、勢いで横滑りしたそれをテーブルの片づけをしていた妹が手で押さえてくれた。
「大丈夫?お兄ちゃん」
びっくりしたような顔をした妹と目が合って、ああそうだと思いなおしてスマホを手に取る。
「もしもし!少ししたら折り返すからちょっと待ってて!」
電話の向こうの緑間は「おい」とか「待て」とか言ってた気がするが、取り合わず電話を切ってしまう。ケーキ作りの事なんて知らない二人で今のまま電話を続けていても話が前に進まない。
「緑間さん怒鳴ってたけどお兄ちゃん達ケンカ?」
「違う違う!和佳さあ、ケーキって作れたっけ」
凄い勢いで怒鳴ってたから音漏れしてたんだろう、心配そうにしている妹に違うと手を振って示して聞いてみる。料理に凝ってた頃にクッキーだ何だと作っていたはずだ。
「えー……パウンドケーキ位なら作れる……かなぁ。なぁに?」
「真ちゃんが、妹ちゃんの誕生日だからケーキ作りたいんだって」
あの真ちゃんが。落ち着いて改めて口に出してみると凄い事だ。大きな図体でケーキを作っている姿を想像すると笑えてくる。
「緑間さんが作るの?……料理凄い苦手っぽいって前に言ってなかったっけ」
テーブルを拭いた台布巾を流しにいる母さんのところに渡しに行って、戻ってきた妹が首を傾げながら聞いてくる。そう、緑間の料理の腕が壊滅的に酷いのは俺が散々ネタにしているから我が家の家族全員が知っている。
「そーなんだよなぁ。しかも、妹ちゃんと一緒に作りたいっぽい」
「緑間さんの妹って何歳?」
「歳はわかんねーけど、小学校の一年だか二年だかって前言ってた」
「いいかげーん。でもそんなちっちゃい子と緑間さんで作るのって難しくない?」
話をしつつ、さっき妹が口に出していたパウンドケーキとやらのレシピをネット検索してみる。結構色々出てくるけれどベーキングパウダーだのオーブンの余熱だの、俺が読んでも何だか難しそうな気がする。
「だよなぁ……どーしよっかなぁ」
「うーん、ちっちゃい子でも作れるケーキかぁ」
妹もいつのまにやら俺の横の定位置に腰掛けてスマホを取り出している。
「仲良いわねぇ、あんた達」
洗い物を済ませた母さんがそんな俺達を横目で見ながら笑って居間に移動する。その時、妹が「あっ!」と声を上げた。
「そうだ!良いのがあるよ!!」
「え、何なに」
「私もねぇ、昔お母さんと作ったの。あのね……」
妹から話を聞いて、それならば俺達でも出来そうだと納得した俺は緑間に電話をかけなおしてバタバタと家を飛び出した。
「うわぁ!!できたのです!!」
緑間家の広いキッチンに可愛らしい歓声が響く。
大きなテーブルの上には、お世辞にも美しいとは言えないけれど、生クリームとイチゴ、それにマポロチョコだのたまに戦争してるきのことたけのこだのがふんだんに乗せられた手作り感満載のケーキっぽい物が乗っている。
『ホットケーキを重ねて、生クリームを塗って、イチゴとかお菓子を乗せるの。私がお母さんと初めて作ったケーキ!』
妹のその言葉通りに作ったのだが、確かにこれならば多少ホットケーキが焦げていようと生クリームで隠れるし、小さい子でも手伝える部分が多い。実際緑間の妹は本当に嬉しそうに飾り付けをしてくれて、見ているこっちも笑顔になった。
「……助かったのだよ」
妹の嬉しそうな顔を見て、緑間もほっとしたのだろう。眼鏡のブリッジを押さえながら、普段には見せないような穏やかな笑顔だ。
「どー致しまして。何だかんだで時間かかっちゃったから、これ昼飯にすっか?」
「だめー!!お母さんに見せるのです!!」
俺の言葉を聞いて緑間の妹のふたばちゃんが慌ててケーキを手で隠している。
「あ、そっか。ごめんな。じゃあお昼どうしよっか」
「ホットケーキ!!」
「え、それとは別にホットケーキ?」
大事に手で隠しているそれの中身もホットケーキなんだけど、と思いながら問いかけると大きくこくりと頷かれた。
本当にそれで良いのかと緑間を見れば、やや期待に満ちた顔をして大きくこくりと頷きやがった。お前はそんな可愛い事しなくて良い。可愛いけど。
「んじゃーもっかい焼きますか!」
幸い失敗した時の事を考えて材料だけは沢山準備してある。三人で腹いっぱい食べてもまだ余る位だろう。改めて腕まくりをしてフライパンを握る俺の背中に、緑間兄妹から拍手が贈られた。