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    怪馬と水鳥 輸送隊が下山していく。日持ちのしないものを持ち込んだ代わりに、放置するわけにいかない廃棄物を回収していったのだ。
     廃棄物死体
     それを見送る少女は、歌をうたっていた。
     この辺りでは耳慣れない、歌だった。


    「ルヴェ」
     歌を終え、ぼんやりと雪原を眺めて佇むウィルヴェに、一人の少年が声をかけた。
    「何を歌ってたんだ?」
    「うん?」
    「今、輸送隊見送ってただろ」
     少し考えてから、ああ、と呟いたウィルヴェは少し困ったように笑う。
    「葬送曲の一種だよ。彼とは知り合いだったから」
     ヒョウガは氷色の目をほんの僅かに、一瞬だけ見開いてから、そうか、と短く答えた。
    「まあ、彼の残してくれた手記のおかげでケルピー討伐の対策が出来るわけだから、感謝しないとね」
     緑の眼差しはヒョウガからまた前方へ移動し、何を考えているのだかわからない――あるいはわからないように視線を移動させたのかもしれない――。
    「今回は僕は不参加だけど、気を付けて行っておいで。帰ったら土産話を頼むよ」
     けほ、と咳をしたウィルヴェは無意識に喉を擦ってから寒そうにマフラーを巻き直し、キャンプ地の中央へと引き返す。それに続くヒョウガは、どことなく不機嫌そうな顔をしていた。


      *  *  *


     みしみしと雪を踏みしめながら、数人の冒険者ミーレスが森を歩いていた。先頭を歩くのは案内役のヒグレで、ほぼ同じ戦列にヒソク、少し遅れてアルヴニト、ヒョウガと続く。
    「そろそろ生息域に入りますね」
     ヒグレが呟き、冒険者たちは気を引き締めなおす。しばらく歩いていると木陰からのぞき始めた湖に、ちらちらと何かが動いているのが見えた
     馬のようなシルエット。しかし通常の動物ではない証拠に、足の関節がいびつに折れている。冒険者たちは身体を低くし身を隠しながら距離を詰め、相手の姿がはっきりしてくるにつて怪訝そうにそれぞれ表情を変えていった。
     スノーケルピーというものは本来小柄である。だがそいつは、逆向きの関節で水面を歩くいきものは、一般的な騎乗用の馬より更に一回りほど大きな体をしていたのだ。
    「……おおきい」
     囁くように呟いたヒョウガは、どこか感嘆するように目を細めた。
    「俺がこの間見た奴より大分大きいな……長く生きた個体か?」
     そのいきものを見るのは初めてではない筈のヒソクが、どこかぴりぴりとした声音で囁く。
    「ああ……うん、すこし興味をそそられるね、というかとてもそそられるね」
     研究者たちが冒険者をテントに近寄らせないものだから、生け捕りにしたとしてもこの男の学術的欲求が満たされることはない。不機嫌そうに溜め息を吐いて、アルヴニトは杖を持つ手に息を吐きかけた。
     こちらは風下だ。まだ相手に気取られた様子はない。ヒグレは周囲の警戒にあたり、他のメンバーが手早く武器を抜くなど準備を始める。
     その最中、魔術の詠唱をしながらしゃがみ込んだヒソクが、とん、とん、とヒョウガの左と右の足首を順に指先で叩く。一瞬だけその周囲が光を放ち、すぐに消える。同じ行為を他のメンバーにも順々に施し、最後に自分へと同じことをしてから、ふう、と息を吐く。
     水上を歩行する為の魔術だ。そう長い時間はもたないぞ、とヒソクは言ったが、それでも一時間はもつだろうから十分である。
    「……行くぞ!」
     ヒソクの短い掛け声にこたえて、一気に冒険者たちが物陰から飛び出す。湖に踏み出した足は沈むことなく、土を踏むのと変わらず動いた。頭をもたげたケルピーは甲高くいななき、冒険者たちを迎え撃つ。
    「『爆ぜろイグスプロード』!」
     目晦ましのためにケルピーの目前で砕けた宝石の値段がいくらするのかはアルヴニトしか知らないが、赤字への一歩が近付いたのは確実だ。そのきらきらと舞う欠片の下を潜るようにして接敵したヒョウガが水面に片手をついて意識を集中させると、空へ向かって氷柱が生える。それを跳び上がって回避したケルピーは、更にそこへ襲い掛かるヒソクの槍をかわしきれず、足が一本傷付けられた。
     が、その次の瞬間、ぬるり、とケルピーが溶けるように水面の下へと沈んだ。一気に彼らへと近付く気配はするが姿は見えず、舌打ちをしたヒソクが何やら口内で呟くと、その足がずぶずぶと水中に沈んでいく。
    「そっちへ追い込む。追い込んだ後は頼んだ」
     心得たとばかりに一度頷いたヒョウガとアルヴニトを確認すると、ヒソクは短く詠唱してから喉に指先で何かを書き、水鳥のように水中へと身を躍らせた。
     ……ヒソク、という鳥人は空を飛ぶことはない。彼が飛ぶのは水の中だ。くすんだ蒼い髪が人魚の尻尾のように揺れ、細く煙管からくゆる煙のような赤色を追う。人が泳ぐよりはるかに高速で泳ぐ彼に気付いたケルピーが、身をひるがえしてその歯を剥き出した。
     がちん、という音は水に吸いこまれて鈍い。陸上で振り回すようには使えないため柄を短くするように持った槍が、ケルピーの突進をいなした。ひとの形をしたものが己と遜色ない程度に動くことに警戒したのか、ケルピーが一度下がって距離を取る。が、ヒソクはそれを許さず更に槍を突き出して、ひらりひらりとかわされても構わず追撃を加えていく。
     獣は気付かない。自分が当初沈んだ位置より遥かに岸側へ移動して追い込まれていることに。
     迫った土壁にケルピーが一か所以外に逃げ場なくしたその瞬間を見逃さず、ヒソクが突進する。それを避けるためには、……ケルピーは水上へ飛び出すしかなかった。
    「いらっしゃい、っと!」
     宙へ飛び出したケルピーはすぐに着水しようとしたが、その場所をヒョウガが凍り付かせ塞いでしまう。かつん、と音高く蹄を鳴らした獣が体勢を整えるより早く、アルヴニトが何かを放り投げた。
    「『縛れバインド』!」
     握り拳より少し小さい程度の、黄色い玉。その中で稲妻が踊り、次の瞬間内側から破裂した。周囲に閃光が走り、まだ水中にいたヒソクを除いて皆が一瞬目を細める。
     ……光がおさまったとき、そこには稲妻の縄で縛り上げられもがくケルピーがいた。
    「……依頼達成、か?」
     ひらりと水中から陸上へ飛び出したヒソクが、氷上のケルピーを見て呟く。
    「そうですね、問題ありません。これほどの大きさの個体であれば、調査にも役立つでしょう」
     近付いてきたヒグレが状態を確認して頷いた。はあ、と緊張していた空気が緩み、互いに顔を見合わせ笑みを浮かべる面々。しかし、次のヒグレの言葉で彼らの表情は凍り付いた。
    「……で、どうやって持って帰りましょうか」
     少しの沈黙、の後、
    「俺は無理だ。見ろ、この細腕を」
    「おい逃げるな、協力して持って帰るしかないだろ」
    「あまり傷付けないようにして下さいね」
    「……俺、疲れてるんだけど……」
     悪びれずに労働を回避しようとしたアルヴニトの首根っこをヒョウガが掴んで、その様を気にした風もなくヒグレはケルピーの状態を書類に記し、ヒソクは濡れそぼった身体を魔術で乾かしながらげんなりと溜め息を吐いた。
     行きはよいよい帰りは恐い、彼らは「戦闘よりこちらの方が辛いのでは」と内心思いながらキャンプ地まで戻ったとか。


      *  *  *


    「なんでその場に僕はいなかったんだ!」
     ヒョウガから依頼の顛末を聞いたウィルヴェは、憤懣やるかたない様子で天を仰いだ。
    「見たかった! 水鳥のごとく怪馬を追い込む鳥人だなんて、そんな画になること……!」
    「仕方ないだろ、お前、その」
    「喉を潰して魔力も切れてる吟遊詩人なんてまあお荷物だからね、仕方ないさ、仕方ないけれどそれとこれとは別だよ……くっ……」
     気まずげに黙り込んだ相手を見て自分の失言に気付いたウィルヴェは、少し落ち着いたらしく頭を振った。
    「ああ、いや、明日には喉も魔力も回復しきるからね。君が気にすることじゃあないよ」
     先日の依頼についてヒョウガが責任を感じているのかどうかはウィルヴェには想像することしか出来ないが、少なくとも気を使ってくれているのはわかっている。
    「とにかく、怪我がなくて良かったよ。……あ、そういえば言い忘れてたかな」
     ――おかえり。
     歌うように、詩人はそう言った。
    新矢 晋 Link Message Mute
    2019/01/02 15:24:00

    怪馬と水鳥

    #小説 #Twitter企画 ##企画_くえすと
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