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    かたり 若者はがたがたと震えている。顔は紙のように白く、握らされたスポーツ飲料のペットボトルにも口をつけていない。
    「き、キャンプしてただけなんすよ、あれだって俺の作り話なんすよ、なんでこんな」
     もう使われていないキャンプ場は物々しい雰囲気に包まれている。“天照”“立入禁止”と印字されたテープが入り口に張られており、敷地内では天照のジャケットを着た職員たちが忙しそうに動き回っている。
     妖魔が、出現したという。
     天照に通報があったのは今日の早朝。パニック状態の通報者をなだめすかして状況を聞き出し、現地に到着した職員が見たのは、崩れたテントと散らばるキャンプ用品、それから座り込んで震えている若者たちの姿だった。その若者たちからなんとか聞き出した経緯は、こうだ。

     ***

     思い付きでキャンプに行こうということになった。たまたま時間があって、金があって、車もあった。キャンプ用品を買い込み、適当にカーナビで探したキャンプ場へ向かい、ひとしきり楽しんだところで誰かが言い出したのだ、「怖い話しようぜ」と。
     だが全員しこたま飲んでいたというのもあり、まるで盛り上がらなかった。そこで若者の一人が一生懸命頭を絞り、以前見た動画を元に怖い話を創作することにした。
     海外の水害事故の映像だ。中州に取り残された女性が、絶望の末精神がおかしくなったのか踊り出し、最終的にそのまま濁流に飲み込まれてしまう映像。
     舞台をこのキャンプ場に変え、中州に取り残された女性の悲惨な状況を語る。が、オチまでそのままにするのには抵抗があった。何せ実際にあった話なのだ。そんな時、ふと若者の頭に浮かんだ展開があった。
     中州に取り残された女性。迫る流木。もう助からない、となった女性が人々に向けて泣き笑いの表情でこう叫ぶ。「しょうがないですよー! 自分で蒔いた種なんでぇ! ホント、自分で蒔いた種なんでぇ! もう、しょうがないですよー!」「ごめんなさいー! 自分で蒔いた種なんで! 自分で蒔いた種なんでぇ! しょうがないんですよー! ホントもう、自分で蒔いた種なんでェー!」……そう、申し訳なさそうに叫びながら濁流に飲み込まれてしまうのだ。
     それを話すといい感じに皆を怖がらせることが出来た。あとはお決まりの流れにすればいい。それ以来、このキャンプ場では毎年この時期になると川から女が……的にまとめようとした。その時である。
    「 自分で蒔いた種なんでェ、しょうがないですよねえー 」
     川の中州の方から声がした。
    「 自分で蒔いた種なんでェ、しょうがないですよねえー 」
     泣き笑いの女の声で、繰り返す。若者は混乱した。だってこれは今考えた作り話だ。ざぶざぶと川を渡って何かが近付いてくるのがわかる。一体何が起こっている?
    「なあ、おい、川から女がやってきて、それでその後どうなるんだよ!」
     他のメンバーに問い詰められ、若者はパニック寸前になった。どうなるも何もこれはこの場で適当にでっち上げた作り話で、思い付いた端から話していたから続きなんてない。だが、不意に頭に浮かんできた言葉があった。思わず口に出しそうになって、慌てて口を閉じる。これを言ったら取り返しがつかなくなる気がしたのだ。
    「 自分で蒔いた種なんでェ、しょうがないですよねえー 」
     女の声が近付いてくる。
    「それでどうなるんだよ! 女が来てどうなるんだよ! どうなるんだよ!!」
     問い詰められて頭がぐらぐらする。追い詰められた若者は、思わず言ってしまった。ぽろりと、口からこぼれ落ちてしまった。
    「誰かがひっぱられてっちゃうんだよ」
     次の瞬間、耳の真横で、
    「 自分で蒔いた種なんでェ、しょうがないですよねえー 」
     女の声が、聞こえた。

     ***

    「気が付いたら朝になってて……皆テントの外に倒れてて、サトルのやつがいなくなってて、でもなんで!? あれは俺の作り話だったんすよ!?」
     また興奮し始めた若者をなだめ、天照職員たちは目配せをした。“カタリ”だ。カタリは珍しい型の妖魔で、普段は実体を持たず、条件を満たした時のみ現れる。それは、“カタリの縄張りで怪異について語られた時”である。カタリは実体を持たないが、語られたものの姿を借りることによって姿を現すのだ。その特性上出現の予測こそつけづらいが、こうして縄張りさえ発見出来れば問題なく対処できる妖魔である。
     今日中に処理する。そう天照は決定し、一人の刀遣いに通達が届いた。


     日が暮れ始めたキャンプ場に一台のバンが到着する。中から降りてきたのは一人の青年。優男風の容姿はどこか頼りなげにも見えるが、腰には刀が下げられており、バンの側面に描かれている天照のロゴからもその青年が刀遣いであることは知れた。明るい色の髪がうなじのあたりで結わえられ、くるんと尻尾のようにはねている。佐名木透、緋鍔局に所属する刀遣いである。
    「何某切、出てきていいよ」
     ふわ、と周囲に花の匂いが漂う。地面からするりと生えるようにして出現したのは二メートルをゆうに超えている異様な長身の人型である。髪も、肌も、服も白い。目は閉ざされているが視界に障りはないようで、ゆるく背を丸めるようにして透の方へと顔を近付けた。長い白髪がざらりと揺れる。
    「ここですか」
    「うん、ここ。しっかりお仕事して帰ろうか」
     この異様な存在は、知らずに見ればそれこそ妖魔の類いのようではあるが、その実は透が腰に下げている刀に宿る刀神であった。名を何某切と名乗っており、天照に回収されたばかりの世間知らずである。
    「わたしはこのとおり かさばりますから、じゃまではありませんか」
    「大丈夫。それに、聞き手もいないといけないから」
    「そうですか」
     透は落ち着いていて、刀神に対して気後れしている様子はなかった。刀の柄を軽く握ってから、キャンプ場の奥、若者たちがテントを張っていた方へと向かう。周囲はしんとしていて妖魔どころか動物の気配もなく、川の流れも静かなものだった。河原で立ち止まった透は、背後をゆっくりとついてきている何某切を振り仰いだ。
    「じゃあ、始めようか」
    「はい」
     そうして透は件の話……中州に取り残された女の話を始める。ゆるゆると相槌を打つ何某切に語り聞かせられるそれはおそらく若者が語ったものより臨場感たっぷりで、聴衆がいれば盛り上がっただろうが生憎聞いているのはそういったことに理解のない何某切だけだった。そしていよいよ女が濁流に呑み込まれ、話をまとめにかかった瞬間、
    「 自分で蒔いた種なんでェ、しょうがないですよねえー 」
     女の声が中州の方から聞こえた。透は刀の柄を握り、更に語り続ける。
    「……それ以来このキャンプ場では毎年この時期になると女が川から現れる」
    「なるほど」
     おっとりとした相槌に緊張感はない。ざぶ、ざぶ、と水を掻き分ける音が近付いてくる。
    「 自分で蒔いた種なんでェ、しょうがないですよねえー 」
    「そして……」
     ――誰かがひっぱられていってしまう。のでは、なく。
    「ある夏の日、ついに刀遣いに退治されてしまったそうだ」
     しん、と一瞬周囲が静まり返る。そして次の瞬間、生ぬるい空気をびりびりと震わせるような女の絶叫が響く。
    「ちがうでしょオッ! わたしがひっぱっていくんでしょオッ!」
     ざ、ざ、ざ、と何かが近付いてくる。透は足元の石を拾い上げるとその近付いてくるものに向かって思い切り投げつけた。ばっと周囲に白いはなびらが散り、石が大きなネットへと変化する。ネットに絡み付かれて動きを止めたのは、女ではなく、獣ですらなく、ぐっしょりと濡れた苔を丸めたような形の生き物――かもさだかではない――だった。その不気味な姿にわずかに眉をひそめた透であったが、その足は迷わず動き、刀を抜く動きにも淀みはなく、もがくその妖魔に斬りかかった。
     が、二寸足りない。深々と妖魔を切り裂いたその一撃は僅かに届かず、裂け目から核が露出するだけにとどまる。ネットが千切れ、妖魔が飛び出し透へ体当たりする。弾き飛ばされたが受け身に成功した透は、再び己に向かってくるそれを間一髪で避けた。勢い余った妖魔が木に直撃し、めりめりと折れてこちらに倒れてくる。透は逃げずに刀を掲げ、その切っ先が木に触れた瞬間周囲に白いはなびらが舞った。
     小さな地響き。透が木の下敷きになっている、ということはなかった。木だったものはその原型を留めておらず……巨大なフォークのような形をした鉄塊が、妖魔の体に突き刺さっていた。動けなくなっている妖魔へと歩み寄った透は、今度こそあやまたずその核を貫いた。


     その後、川の下流からいなくなった“サトル”の遺体――の一部――が発見された。ニュースとして報道されたが、数日で消費された。天照の資料室のパソコンに事件ファイルが一つ増えたが、それも恐らく二度と閲覧されることはないだろう。それくらいこんなことはありふれていて、特異でもなんでもなく、記憶に残ることはなく記録にだけ残る。今日もこの国は平和で、また一人妖魔に人間が食い殺される。
    新矢 晋 Link Message Mute
    2021/07/25 2:10:28

    かたり

    #小説 #Twitter企画 ##企画_刀神
    ある怪異の話。
    禍話「キャンプの嘘話」ベースの創作。

    何某切@自分
    佐名木透@mgsrさん

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    刀神_何某切
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