星詠君① 星詠みの君 夜も深まる時分ではあるけれど、箒に乗って見える空には雲一つなく、星の明るい夜だった。それは革命軍が駐屯する森の中でも同じで、そんな夜にはどこかの弟子が夜更かしをして、星詠みをしていることがある。本人も覚えていないところで。
本人も覚えていないというのは極めて妙な話だが、事実なのだから仕方がないし、今夜話したいのはその星詠みをしている彼だった。
木々が薄くなり空が広く見える場所を探す。そうすると、小さく消え入りそうな歌声が、途切れ途切れに聞こえてきた。・・・・・・当たりだ。
「ファウスト」
俺の初めての弟子は、星々と会話でもするかのように旋律を口ずさみながら、空に左手をかざして星を測るような仕草をしている。昼間の鉄砲玉のような弟子はあまり覚えていないようだが、その昔、彼の住む村を訪れた旅の魔法使いが、星との話し方を教えてくれたのだという。星と話しているだけで星詠みではないし、北の双子のような予言では決してないというが、なかなかどうして、結構、真理をついていると俺は思う。
「フィガロ様。お帰りなさい。北の方々はお元気でしたか?」
ファウストがくるりとこちらを向いて微笑んだ。
そうなんだよね。実は、俺は北の双子に急に呼び出しを受けて、急遽、氷の森まで行って、よくない土産とよい土産の希少価値の高いマナ石を持たされて帰ってきたところなのだった。
「元気、元気。そこは問題ないんだけどさ。ちょっと言いにくいこといわれちゃって。・・・・・・聞きたい?」
おどけて言ってみせると、ファウストはきょとんとして首を傾げた。前言撤回。生死に関わることなのに、星は語ってくれてはいないらしい。
「じゃあ、教えてあげる。君、人間たちに火炙りにされるってさ」
「火炙り・・・・・・」
俺の言葉を噛み砕くように、口に手を当てて少し考える様子のファウストは、ちらりと空をみておもむろに手をかざし、自然とまた美しい旋律を口ずさんだ。その様をなんとはなしに眺めていると、
「大丈夫です。おそらく、それで僕が死ぬことはありません」
妙にはっきりと断言した。可愛気がない。
双子の口から綴られた予言は外れることはないという。予言に青ざめて恐怖にゆがむ顔がちょっとみたかったのに台無しだ。その上で、のたまうのが、
「まずいな。魔法使いたちの避難場所を作らないと・・・・・・」
なんて、人間と魔法使いの共生のための革命軍の中核にいる人物とは思えないことを言う。
「ファウスト、それって失言じゃない?」
君は俺のところにきて、人間と魔法使いの共生という未来のために力を貸してほしいと言ったのに。
更に言うなら、師に相当する人物が、咎めるような気分で指摘したのに、俺の可愛気のない弟子は、また星とおしゃべりしてる。まぁ、たしかに、北の双子は星詠みの幽寂にこの予言を伝えよとか言っていたけど、あんまりじゃない?これ。
「フィガロ様。貴方は南で王のいない国を実現する」
「え?」
聞き返す間もなく、星詠みは口ずさむ。俗に言うトランス状態というやつだろう。本人が覚えているかどうかはわからないが、今の彼以外が覚えていることはない。俺がいらいらしている間に、かなり真剣に星のさえずりに耳を傾けたらしいらしいことがわかる。
「アレクは王になる。力に囲まれた中央に、王は必要だ。けれども魔法使いの僕は政治に関与してはならない。アレクの王権と引き替えに魔法使いは一度中央を去り、僕たちは炎に焼かれて融解する」
「ねぇ、ファウスト」
君はなにを言っているの?それを俺に伝えてどうするの?
ひどく動揺している自分を感じる。たしかに、今のファウストは一つの体に何人もの役割を、それこそ完璧に演じている子がいる。星詠みの君。戦場で先頭を駆け抜ける君。弱き者たちを決して捨てられない君、人間の幼なじみを全力で支える君、必要と感じたことならばあらゆる人物に教えを請い、瞬く間に収得してしまう君。舞踏が好きな君。本当は割と人見知りな君。俺の可愛い弟子の君。君は完璧だ。どれが本当のファウストなのか聞かれると困るけど、全部、全部君なんだろう。どの君も、時々、結構おもしろいことするし。
「泣かないで」
それはともかく、星空を見上げながら静かに涙を流す可愛い子に、もう星なんか詠んでほしくなくて、顔を肩口に押しつけて抱きしめた。ぎゅっと遠慮がちに俺の背中の服をつかんで、俺からしたら魔法使いの赤ちゃんのような弟子は、小さな声でぽつぽつと話し始める。
「フィガロ様は、いつかここを去られるんでしょう?いつか月に選ばれた時に・・・・・・。あれ?フィガロ様?お帰りなさい」
「うわ。弟子」
「はい。フィガロ様。・・・・・・ええと、僕はなにを・・・・・・」
突然の入れ替わりに、俺の方がついていけない。間違いなく、今いいところだったのに。大体、星詠みの君、なにか約束してほしそうじゃなかった?まぁ、そもそも約束だったらしないけど。
「俺を待っててくれたんでしょ?さっさと寝なさい。それから、あとで有事の際のために、お土産のマナ石埋め込んであげるから覚悟しといて」
「は?」
「お守りだよ。お守り」
「え~と、それはどういう・・・・・・」
やっぱり覚えてない。ファウスト、君はそういうところがぽんこつだよね。まったくもう。