星詠君⑤-2.2予約付きのかくれんぼ中編 魔法舎の厨房は、ちっとばかし施設としては古くさいが、そこそこの機能が完備されていて割と何でも融通が利く。
食堂とはエリアも分けられてて、厨房自体がかなり広い。だから厨房の中に小さなダイニングテーブルと椅子もあって結構重宝してるけど、時々背後を取られて震え上がる。
大した魔力も持たない、人間に紛れて料理屋を営んでた善良な料理人なんだから、そっとしておいてほしいもんだよな。
たとえば、そう、こいつ。あ、いや、このひととか。
「ねぇ。ファウストはここに来た?」
どこか飄々とした様子で厨房内のダイニングチェアに腰掛ける榛色の瞳が、東の魔法使い兼料理人である俺・ネロくんを射抜いた。
「・・・・・・。そこにさっきまでいました・・・・・・ケド」
「ふぅん。そうなんだ」
いや、なんなんだ。
南の魔法使いと名乗っちゃいるが、近づきたくない魔法使い上位に入る魔法使い界の頂点にいるひとりと言っても過言ではない北の魔法使いフィガロ。俺、もうどこかに帰りたい。
まぁ、それは置いといて、うちんとこの先生も大概あれだけど、この南の先生も、ちょっと栄養状態が気になるんだよな。料理人として。
「なんか、食べます? ・・・・・・エッグベネディクトとかすぐ出ますけど」
「え。今日の朝食、エッグベネディクトだったの? 早起きすればよかったな」
「いや、作りますんで食べってってくださいよ」
「え。そう? じゃあお言葉に甘えようかな」
・・・・・・似てる。
あ? いや、ブラッド、・・・・・・リーくんのことはいいんだよ。ファウストとこの南の先生のことだよ。
何が似てるって? あー・・・・・・、なんつうか、こういうちょっとしたやりとりというか。ほら、さっきシノとヒースがブラッドに教えてもらいながら食堂の入り口に仕掛けていった魔法を、わざわざすり抜けてなんでもないような顔してとぼけるかんじとかさぁ、そういうとこ。
「どうぞ。あと、これ。食べる前に」
「ん?」
南の先生は、ワンショットグラスに入ったシロップ酒をちょっと眺めて苦笑した。
「ファウスト?」
「さっき置いてったんで」
「ふうん? 懐かしいな。じゃあ、いただいておこうか」
あっさりフィガロは、ファウスト仕込みの本物の薬用酒を飲み干した。
俺は3歩離れて眺めていたが、内心逃げ出したくてたまらない。
「・・・・・・ねぇ。ファウストって今なにやってるの?」
ほらきた。
「それって言わなきゃだめなんですかね・・・・・・」
思わず言った言葉に、フィガロは頬杖をついた逆側の手でワンショットグラスを掲げて揺らした。
「口止め料は貰ったから、他言はしない。だめ?」
いや、まぁ、"何をしているのか"だったら言ってもいいらしいけど。
・・・・・・こいつら、俺を挟んでこういうことしないでほしいよな。
「賢者さんに頼まれて、靴を脱いでくつろげるリフレッシュルームを作ってるって話ですけど」
「あぁ。この前ブランシェットから届いたやつ」
そうなんだよなぁ。つい先日、ヒースクリフの実家から、やけに質のいい組立前の加工済み木材やら絨毯やらと設計図がなんか大量に届いたはずなんだけど、いつの間にかなくなってて・・・・・・。先生、あれ、ひとりで組み立てるのかな。
「まぁ、あの子は、引き受けた役目は完遂する子だからねぇ。渡りに船だったのかな? そういえばさ。俺とあの子って、初手は結構似た考え方するんだよね」
ん? 結構、どうでもいいんだけど。聞きたくねぇ・・・・・・。
「いいじゃない。聞いてよ」
「はぁ」
「まず遂行するべき事柄があって、最低限満たすべき事柄をピックアップするでしょ? その辺りは結構同じなのにさ。それ以降が全く違ってね。ファウストは眉をひそめながら苦いって言うんだ。確かにあの子が選び取る方法はいつもさっぱりしてて多少回りくどいけど、結果が同じなら良薬口に苦しってやつでいいじゃない。早いし」
いや、あんたのやり口、えげつないってはなしだけど・・・・・・。
「ははは。なんだか苦そうな顔してる。それでさぁ・・・・・・」
勘弁してくれよ・・・・・・。
俺は、まだまだ続きそうな惚気みたいなフィガロの話に、明後日の方向を向いてため息を付いた。
***
「ネロ! ファウスト来たか!?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・。きたよ」
もうどうでもいい。
「え? 痕跡なかったけど、ファウスト先生来たんだ」
「あぁ」
シノとヒースクリフが俺の有様に顔を見合わせた。
「ネロ。何かあったの?」
「誰にやられた!?」
「んにゃ。惚気に当てられただけ」
なんか、あの子とやらの師匠筋ってやつに。
と、ゆっくりとブラッドのやつがこっちに歩いてきた。上機嫌にフライドチキンの山を見やる。
ったく。おまえがカードゲームに負けなきゃこんなことにはならなかったんだよ。ばぁか。さっさとヒースとシノを鍛えて、うちの先生捕まえてくれ。