星詠君④-1元従者と主人の思い出・災難の予兆 《大いなる厄災》を無事退去させ、新たな魔法使い達も加わって、賢者の魔法使いとして共同生活をする事が決まり、早数日。ヒースクリフは時間を見つけては、魔法舎の敷地内のあちこちであるものを探していた。
「ヒースクリフ様、どうかなさいましたか?」
「え?あ・・・・・・レノックスさん」
玄関ホール前の茂みをかき分けていたら、どこかからの帰りらしい新たに召還された南の魔法使いのレノックスに声をかけられた。
ヒースクリフは少しひるんで、恥ずかしいところを見られてしまったと赤面する。
「あの、ちょっと剣を探していて・・・・・・」
「・・・・・・剣。あぁ。ファウスト様の剣でしたら、俺が回収して、先程、栄光の町に研ぎに出しました。・・・・・・あ。いえ、そこに、・・・・・・見知らぬ剣が落ちていたので・・・・・・」
しまった、という顔をしてレノックスは、視線を横に流しながらひっそりと訂正した。
「えっと、ありがとうございます」
「いえ・・・・・・」
なんともいえない沈黙が二人の間に漂う。
「「・・・・・・あの、」」
声が重なって、また気まずい沈黙。
何度か、それを繰り返し、最終的に王都でお茶をすることになった。
***
「ヒースクリフ様」
「あ、ええと、様付けはやめてください。ルチルとかと話すみたいにしてほしい、です」
「・・・・・・はい。それではヒースクリフも、そうしてください」
「・・・・・・あ、はい」
沈黙。
王都の市場の中にある喫茶のオープンスペースは、市場の活気で喧騒に包まれていた。そんな中、場違いな初々しく精悍な大男と美しい青少年が初々しく沈黙している。
なんとなく衆目を集めているのを感じて、ヒースクリフは意を決して、話すことにした。
「あ、あの剣は、レノックスが持っていたんですか?先生が、おっしゃったのを聞いたんです。レノ、生きているんだなって」
レノックスは静かに目を見開いた。そして、運ばれてきたばかりのコーヒーを手で包んで視線を落とす。
「・・・・・・。そう、ですね。あれは俺がずっと預かっていて、前の日に手入れをしたばかりでした。だから、なくなっているとは思わなくて・・・・・・。あそこで地面に突き刺さっているのをみて、・・・・・・驚きました」
視線は落としたままだが、口元が優しくゆるんで、レノックスの表情が軟らかくなった。
「あの方は、人違いだとおっしゃられますが、あの剣に関しては、ありがとう、と言ってくださいました。錆びてぼろぼろになっていても剣の形が残っていればよいと召還したら、手入れされているものが現れて驚いたのだと、そんな風におっしゃられて」
レノックスの嬉しそうな表情につられて、ヒースクリフもまた自然と目元をゆるめる。
「俺も、先生にはとても感謝しています。今回の戦いでも、生き残ることができたのは先生のお陰なんです。いろいろなことを教えてもらって、戦いの最中もずっと守ってもらって。・・・・・・これからも、いろいろなことを教えてもらえたらと思っています」
「・・・・・・いえ。あの方が生き残ったのはあなたがいたからです。ヒースクリフ」
え?と驚いた風に、ヒースクリフはレノックスを見上げた。
レノックスは、真っ直ぐにヒースクリフをみて、丁寧に頭を下げる。
「ありがとうございます。あの方は、自分のためには力を奮えない方なんです。誰かのために、役目を負わないと動けない。・・・・・・動いたら動いたではらはらするんですが、役目を全うするためだけに自身の保全も考えてくださるので、こちらとしては幾分安心します。あの方は、必ず、決めたことは成す方ですから」
なるほど、とヒースクリフは頷いた。
「あの方は、随分と、無茶をなさったでしょう」
少し遠くを見るように、レノックスが問いかけてくる。
「そう、ですね・・・・・・」
ヒースクリフは、なんとなく、西の魔法使いシャイロックの紫煙に巻かれないと睡眠すらとらなかったファウストの姿を思い出した。
それはもう、全力で事に当たっていた。さらにいえば、《大いなる厄災》に対しては、自分の魂まで使って大変なことをしていた。それのお陰で自分たちは生き残ったのではあるが。
「ありがとうございます。あの方の世話も焼いてくださったのでしょう」
「いえ、俺は少しだけ。シャイロックに言われて食事の用意をしたくらいで、何も。むしろ先生には教えてもらうばかりで、力にもなれなくて」
はぁ、と、思わずヒースクリフはため息をついた。そういえば、ヒースクリフの師匠も、ファウスト先生に迷惑ばかりかけていたな、などと思い出す。
口に出してはいないはずだが、ヒースクリフの思考を読んだように、レノックスが言いにくそうに切り出した。
「・・・・・・あの。あの方は、誰かを蹴り倒したりはなさいませんでしたか?」
「え!? いえ、あれは師匠が悪かったので」
今度は、レノックスがため息をついた。
「・・・・・・あの方は舞踊が趣味で。あ、これは内緒にしていただきたいのですが、いいですか?」
「あ、はい」
こくこくとヒースクリフが頷くと、首もとの襟に手を遣ってレノックスは少し言いにくそうに続ける。
「俺の故郷では、ヘジョナウ・アンゴーラという蹴り技中心の踊りがあるのですが・・・・・・、踊りということで、あの方が非常に興味を持ってくださって、体術の足技と一緒にお教えしたんです。その影響か、相当頭にきた時に、手ではなく足が、その、無意識に出てしまわれるみたいなんですよね・・・・・・」
ヒースクリフは《大いなる厄災》との戦いで、北の双子先生が「物理じゃな」とかなんとか、呆れた声で言っていた時を思い出した。いや、それ以前に、ファウストがヒースクリフを拾い上げてくれたのは、師匠に華麗なる蹴りを入れた時なのだ。はっきり覚えている。
「・・・・・・。あれはあれで、いいんじゃないかな」
ヒースクリフの呟きに、レノックスは懺悔でもするかのように拳をテーブルの上にそっと置いた。
「・・・・・・その昔、人間も魔法使いも、誰も彼も、あの方に戦い方や踊りや作法などの技術を教えたがりました。あの方に生き抜いてほしかったというのもあったのかもしれませんが、今となってはあの細い体に失われたたくさんの技法がつまっています。滅多に披露される方ではありませんでしたが、あの方は、求められたものを、求められたように、完璧に成す方なので。・・・・・・けれど、俺はあの方に足技と体捌きしかお伝えできなかった。あの方は華奢すぎて、本当は足技もお教えしたくなかった。手より足が出るのはいいのだが、それならばせめて具足を常につけていていただきたい・・・・・・!」
本当に懺悔みたいだな・・・・・・。と、ヒースクリフはかける言葉を思いつかずに、レノックスの斜め後方に視線を投げた。
「すみません」
「・・・・・・いえ」
我に返ったレノックスが謝罪した。
「このようなことをあなたに言ってはいけないのかもしれませんが、これからもあの方をよろしくお願いします」
「あ、いえ。こちらこそ、よろしくお願いします・・・・・・」
双方、お辞儀をする。
「・・・・・・帰りましょうか」
「そうですね」
なんだかよくわからないことになったが、席を立つことになった。
***
「オラ・サルバシオンという踊りをご存じですか?」
魔法舎に戻る道すがら、レノックスがヒースクリフに問いかけた。
意外と時間が経過していたようで、夕日で道や空がオレンジ色と藍色で染まっている。
ヒースクリフとしては、オラ・サルバシオンという踊り自体はしらないが、その単語は最近耳にした覚えがあった。
「たしかカインが、その踊り手を探していたような・・・・・・」
「そうですか。じゃあ、残っているのかな」
懐かしそうに、レノックスが微笑むので、ヒースクリフがどのような踊りなのかを聞こうとした時、かなり遠くから走る足音と呼び止める声が聞こえてきた。
「お~い!なぁ!今、オラ・サルバシオンって言ったよな!?踊り手をしっているのか?だったら紹介してほしい!その前にハイタッチを頼む!!」
中央の元騎士団長で魔法使いのカインが、ハイタッチを待つまでもなく、二人に衝突した。レノックスはびくともしなかったが、ヒースクリフはよろけて、レノックスが腕を引いて助けてくれた。
「すまない!レノックスとヒースクリフじゃないか。で、どうなんだ?オラ・サルバシオン踊れるのか?」
「・・・・・・なんの話だ?」
レノックスにしては珍しく、しらばっくれた反応をした。
「なにって、オラ・サルバシオンだよ。騎士団の葬送舞踊の。聖ファウストが戦死した者達に捧げたっていう。踊り手を探してるんだ。さっき話してただろ?しってたら教えてくれ!」
さすがにヒースクリフも察した。
「この前も言ったけど、俺は東の国の者だからしらないよ」
「レノックス!南の国にもあるのか?さっき言ってたよな」
「・・・・・・言ってない」
レノックスはがんばった。カインの熱意ある問いかけにも耐えきった。けれども、ヒースクリフもレノックスも前途多難を感じて暗澹たる気分になった。嫌な予感しかしない。
「あ。ファウスト。ファウストなら知ってるかな。宝剣カレトヴルッフもしっていたようだしな。・・・・・・そうだな。聞いてみよう!」
「「あ、」」
・・・・・・たどり着いてしまった。
レノックスとヒースクリフは、カインの背中を見送ることしかできなかった。二人は心の中で、ファウストに土下座した。