星詠君④-2困ったときは酒場に集うと吉と出る 正直なところ、カインはファウストのことをよくしらない。
ファウストは、中央の国の聖なる魔法使いであり建国の英雄である聖ファウストと同じ名前だが、中央の魔法使いではなく東の魔法使いとして賢者の魔法使いに召還されていて、東の国では呪い屋を営んでいるらしい。
数百年は生きているのはわかるが、実際にどのくらいの年齢かもしらないし、賢者の魔法使いとしての経験は3年目のカインよりは相当積んでいるということはそうだとしても、オズやミスラみたいに知名度が高いわけでもない。
名前が同じということで中央の国の聖ファウスト関連で嫌な思いをしたことがあるのか、中央の国は嫌いだと言ってはばからず、引きこもりだということで当番のような持ち回りで魔法舎を訪れることはあっただろうが、あまり会ったことがない。
ただし、魔法の練度は相当なものだと思う。東の魔法使いでカインとは親しくしているヒースクリフに魔法を教えていたし、前回の《大いなる厄災》との戦いでは、彼の存在がなければ、自分が今ここにはいないというくらいの認識はある。
魔法だけではない。おそらく剣技も相当なものだろう。《大いなる厄災》との戦いを経て、ちょっとだけでいいから剣で魔法を斬るやり方を教えてほしいと思ったこともある。
だが、近付くといつの間にか離れたところにいるので、ヒースクリフごしでしか言葉を交わしたこともなかった。
だから、いつもは行かない図書室に足が向いて、たまたまぶつかったのがファウストだとわかった時に、今しかないと思った。
「ファウスト、頼む!俺とオラ・サルバシオンと二人剣舞をやってほしい!」
「は?嫌だけど」
ファウストは、頭を下げた俺の前をすーっと通り過ぎて行った。顔を上げたときには、もう姿が見えなかった。あわてて探したがどこにもいない。俺は幻を見ていたのだろうか。いや、たしかにぶつかったし、黒い帽子に黒いケープなんてファウストしかいない。
そして俺は確信した。ファウストはオラ・サルバシオンと二人剣舞をしっている。頼むならファウストしかいない、と。
***
「そう思ったのに・・・・・・」
数日後の俺は、シャイロックが開いているバーのカウンターでやけ酒をあおって、シャイロックの眉を顰めさせていた。
「まず、ファウストに会えないんだよなぁ・・・・・・」
厄災の傷で触れないと見えないというハンデはあるのだが、声や気配で人がいるのはわかるから大した問題ではないと思っていたらそうでもなかった。とにかく会えない。遭遇しない。部屋を訪ねても気配そのものがない。
ヒースクリフやファウストと知り合いらしい南の魔法使いのレノックスに手紙を託してもみたが、色よい返事はもらえなかった。
「それはそうでしょう。私たちもファウストの姿をここ数日見ていませんし」
それは咎める響きを含んでいた。
その声にシャイロックを見ると、ため息をついてあらぬ方をみている。
「ファウストって今、魔法舎にいないのか?」
「いますよ。あの子は真面目な子ですから。役目を放り投げて無責任に失踪することはありません。南の優しいフィガロ先生もそう思われるでしょう?」
「う~ん。どうかな。たしかにあの子は真面目な子だけど・・・・・・」
気づいたら、俺の隣の席に南の魔法使いのフィガロが腰掛けていた。驚いた。
「あれ?いつからいたんだ?」
「ちょっと、前から・・・・・・かな?」
おどけて微笑むフィガロが注文する前に、シャイロックが酒杯を差し出している。
「ありがとう、シャイロック。ねぇ、カイン。そもそもなんでファウストに会いたいの?」
そして何かの話の続きのように、フィガロが尋ねてきた。
「え?あぁ。オラ・サルバシオンの踊り手を頼みたいんだ」
ふうん?と酒を味わいながら、相槌を打つ。
レノックスもなんだかしっていそうだったが、フィガロもしらないわけではなさそうだ。やはり、南の国にもそういった伝統があるのだろうか。
「オラ・サルバシオンは中央の騎士団の伝統葬儀ではありませんでしたか?なぜ、わざわざ外部の、しかも、軽薄で、嘘つきな、魔法使いが踊る必要があるのですか?」
「根深いねぇ。シャイロックのそれ。でも確かに、なんでファウスト?彼は中央の国の聖なる魔法使いとやらと名前は同じだけど、東の魔法使いだろう?」
「おや、気分を害されたのなら、お帰りになります?今日はもう店を閉めましょうか」
「待って待って、シャイロック。謝るから。今のは俺が悪かったよ。機嫌を直して」
酒場の店主と性格の悪い常連客がやりとりしているのを横目に、う~んと俺は考え込む。
確かに妙だ。どうして俺はファウストにやってほしいと思っているのだろう。
「・・・・・・俺の前任の騎士団の隊長だったニコラスが死んだんだ。でも、ヴィンセント様が不名誉な死に様を呈したニコラスに、騎士団員としての葬儀は許可しないと言った。俺は騎士団に入って、その時の隊長だったニコラスに憧れて、鍛錬を積んで、追い抜いて隊長になったからさ。やっぱりニコラスは俺の中では騎士なんだ」
そう、そこまでは変わることのない事実だ。
「だから、アーサー様に頼んで、騎士団OBが行うなら問題ないというところまで取り付けて。そうすると騎士団隊長経験者がやるしかないが、騎士団隊長経験者で動けるの、俺だけなんだ。もう亡くなっているか、耄碌しているか、寝たきりで。オラ・サルバシオンは祝詞奏上は騎士団長しかできないから俺が代理でやるとして、奏上している時に後ろで踊る踊り手が必要なんだけど、正式に行うときも頭の痛い問題でさ・・・・・・」
いつの間にかシャイロックとフィガロがこちらを見ている。
「オラ・サルバシオンの踊りは3段階あって、一番簡単なやつは一番難しいやつの5倍ぐらい時間がかかる。中くらいの難易度は、一番難しいやつの3倍くらい。一番難しいやつは祝詞奏上ぐらいで終わるらしいけど、プロの踊り子さんでも難易度が高くて、もう何百年も踊れた奴はいないらしい。まぁ、踊り子さんもオラ・サルバシオン専門の踊り子さんではないから仕方がないけど、いつもならそれでなんとか済ますんだけど、ヴィンセント様が、今回は何があっても踊り子さんに頼むのは駄目とか言い出してさ。いやぁ、でもあれ、一番簡単な奴でもややこしいんだよな。それを退役したおっさん・じいさんができるわけもないし。知り合いに頼むなら、踊り子さんを雇ったことにはならないだろ?でも、ほんとにあれは、素人じゃ無理だって・・・・・・」
俺は思わず頭を抱えた。
「では、ファウストでも無理では?」
「だったら、ファウストでも無理じゃない?」
二人の言うとおりなんだが、俺の勘がファウストしかいないと言っているんだよなぁ。
「あぁ、でも。きっと綺麗だろうなぁ」
「ふふ。そうですね。私もそう思います」
ん?と二人を見ると、二人とも俺から視線を外してあらぬ方を向いていた。
「ファウストって踊れるのか?」
「「さぁ?」」
息ぴったりに、微笑む二人。微笑むというよりは、何かを含んだ怖い笑みだけど。
まぁ、いいか。
「ニコラスの奴、魔法使いになりたかったみたいなんだ。俺、しらなかったから、いろんな奴に話を聞いてみたら、あいつ、聖ファウストがすごい好きだったみたいで」
再び、二人の視線がこちらに固定される。
「オラ・サルバシオンの教本の原本が国宝としてあるんだけど、あれをめくりながら騎士団長が祝詞奏上するんだよな。今回は使えないからレプリカをなんとか使用できるようにしてもらったけど。あれに聖ファウストのサインが残っているから、それを見たくて騎士団の団長にまでなったとか言っている奴がいてさ。・・・・・・どうかしたか?」
二人の興味深げな視線が痛ましげなものに変わっていた。
「それって、聖ファウストが書いて、初代国王が押し絵描いたとかっていわれてるやつ?」
「くわしいな。そうだぞ。聖ファウストが実在したとされる根拠の一つといわれてる。・・・・・・ニコラスが聖ファウストを信奉してたから、ファウストに踊ってもらいたかったのかな?俺・・・・・・」
それは、聖ファウストのせいで中央の国が嫌いなファウストには、嫌いになった要因を再びなぞるようで、ひどい話だったのかもしれない。
「国宝を守りたかったら、その話はファウストには言わない方がいいと思うけど、ファウストに踊り手を手配してもらうことなら、できるかもしれないね」
え?と顔を上げると、困ったような顔をしたフィガロがいた。
「雲のない星が綺麗な夜。たとえば明日とかに、魔法舎の屋上で会えるかもしれない。俺も夜の散歩をしに行こうと思うけど、きみも運試しに行ってみたらいい」
「あ、あぁ。明日だな?」
「多分、ね」
フィガロは俺にウィンクをして、シャイロックにおかわりをねだった。
「・・・・・・本当に、悪運の強い。カインもいかがです?」
シャイロックの言葉が誰に向けられたのものかはわからなかったが、俺もシャイロックの言葉に甘えることにした。