星詠みファウストくん時空話・栄光の街のステラさん 今日は雲ひとつない星空が広がる夜だった。
とはいえ、栄光の街は日が沈んでも賑やかで、灯りが煌々と照らされているので星はあまり見えない。
見えないが、さすがに大抵の人間が寝静まる夜の深い時間帯はその灯りも消え、人通りもなく、しんとしている。腕の中で、今日は特にどうしようもなくぐずっている2歳になったばかりかわいこちゃんを除いては。
まぁ、それも仕方がない。最近、俺の奥さんがなにやら思い詰めている。何とかしてやりたい気持ちもあるが、なんか大きな壁にぶち当たってるんだろう。ただでさえ、初めての子どもで、その上、こいつは愛くるしいことこの上ないが、魔法使いとして生まれついちまった。結果、俺はまぁ、いろいろあって騎士団から抜けて、育児に専念しているつもりではあるが、血縁とはいろいろあったので、基本3人でつつましく暮らしてる。
あぁ、勘当は解かれてるんだ。ほんと、こいつ、愛嬌だけは人一倍ありやがるもんだから、今はメロメロなんだぜ。
でもなぁ、母親がいっぱいいっぱいになっちまって、不安が伝染したのか今日はだめだなぁ。なんか力尽きて寝ちまったから、毛布を掛けてやって、俺たちは夜の散歩と洒落込んだわけだ。
「お。そういえば、しってるか? この前、中央広場でだっこしてもらったフェアリー・ファラよりレアなんだけどさ」
涙に濡れた大きな目がきょとんと俺を見ている。
「こういう雲一つない星空が見える夜に、逢えるかもしれないお人がいるんだぜ」
・・・・・・ん? 今日ならいるかな。
「行ってみるか。なぁ、逢えたらラッキーだな。おまえさんがまだ生まれたばっかの時だったから、2年振りか」
そう。俺たち家族は2年前にも会ったことがある。ただの噂話だと思っていたし、逢おうと思って逢えるというもんでもないことはこの2年でいろいろ試してみてわかっちゃいるが、中央広場の奥にいるんじゃないかとそんな気がした。曰く、星詠みの魔法使いだからステラさん(仮名)。
そうと決まればぶらぶらゆっくり歩いてなんて性に合わない。俺は走り出していた。
***
いた。本当にいた。
中央広場の奥に設えられた石造りの舞台の端に腰掛けて、なにやら空を眺めている人影がある。
ウェーブのかかった短めの暗い色の髪、たしか性別は男だったはずだが、ほっそりしたシルエットが性別を曖昧にしている。薄暗くてもわかる美人だし、ゆったり腰掛けているようで姿勢がやたらとよい。見間違える方がおかしい。
「やぁ。こんばんは」
そうそう。この声。深々と降る星空そのもののような声。
思わず、俺の目から涙がこぼれ落ちた。小さな手がそれを拭う。
「おいで。僕とはなしをしよう」
結局、しゃべりっぱなしなのは俺の方だった。
わかったことは、俺が、俺の方が追いつめられてたんだ。
大体しゃべり尽くしたところで、フライパンを片手に現れた俺の妻が、ステラさんを挟んで舞台に腰掛けて涙ながらに俺と同じようなことをしゃべり続けて、今、茶を飲んでる。ステラさんが魔法で淹れてくれた茶だが、普通にうまい。それから、手ぬぐいも出してくれて、べちょべちょになった俺らの顔はなんだかすっきりした。
さっきまで俺の膝ですやすや寝てた俺たちのぼうやが、ぱっちりと目を開いて何か言いながらカップに手を伸ばしてくる。
「あー。まだちょっと熱いから待てって」
その様子を美人2人が眺めている。その一方の美人である俺の奥さんが、気が抜けたのか、なんだか寒そうにしていて、ステラさんが肩に掛けていたショールを掛けてくれて、そっと手を握った。
一瞬にして、真っ赤になる俺の奥さん。そりゃ、俺の上着は子どもが来てるから無理だけどさ。旦那は俺。俺がきみの夫。・・・・・いや、正直になろう。なんつーか、うらやましい。きみが。
なんだかんだ俺は俺の奥さんに嫉妬していたわけだが、ぴんと来てないステラさんが何を思ったのか、
「僕は魔法で茶を出したけど、茶器も茶葉も、先日、この街で買ったものだよ」
などと言い出した。
「え。どこで?」
「広場を出てすぐの、ちょっと細い道に入ったところにある・・・・・・」
「あー。ロッソの店かなぁ」
そういえば、なんかつい最近、ロッソの奴がファラさんが店に来たとかで騒いでた。確証はないが間違いないとか言ってたけど、本当だったんだなぁ・・・・・・って、ん?
「ファラさん?」
「ふふ。違う名前もあるような口振りだね。いくつあるのかな、この街での僕の名前。まぁ、つなげられると困る部分もあるけれど。これを買うときも、なんだか大騒ぎされて買いに行きにくくなったよ。せっかくおいしいのに」
ちょっとすねるようなしぐさで茶を口に運ぶステラさん(仮)。
「いや、ロッソには騒ぐなって言っておくんで、また行ってやってくださいよ。そうしないとあいつらほんとにしおしおしてもう手に負えないんで」
俺は栄光の街生まれなもので知り合いが多いが、中央広場に時々現れる魔法使いのファラさんがみんな大好きなのだ。特に服飾店のやつらなんかはものすごい熱狂的で、それ以外の店を経営している奴らなんかはうらやましそうにいつも見ている。
「そう? そうだ。お代はいらないといってきかないから、茶器をもう1セット取り置いてもらって支払ったんだけど、それを引き取るかキャンセルしてくれないか。ついでに相談したらいい。手はたくさんあったほうがいいだろう。この子は騎士になるんだろう?」
奥さんと俺は顔を見合わせた。・・・・・・なんて? 今、何を言われたんだろう。
「・・・・・・騎士だって?」
問い返されたステラさんは、左手を空に掲げて星空をなぞるような仕草をした。
「王都で騎士をやっている時期がある。・・・・・・すまない。可能性の話で、決めつけはよくないな」
ステラさんはばつの悪そうな顔をしたが、俺たちはそれどころではなかった。
そもそも魔法使いが中央の国の王都で騎士になれるはずがない。けれども、前例があるのを俺はしっていた。俺が王都で騎士だった頃の相棒が魔法使いだった。
「おい・・・・・・」
すでに俺の妻は、感極まって涙ぐんでいる。
こいつは、騎士になってくれるのか。魔法使いであることを隠して、騎士に。もし、本当に我が子がそれを望むのであれば、たしかに二人だけでは力不足だ。
俺は舞台を降りて我が子を舞台に座らせ、妻の前に立った。騎士の礼をして妻の手を取り、その手の甲にキスをする。
共にあり、戦ってくれるかと問うと、妻はつよい光を瞳に宿して頷き、かわいい声で応じてくれた。
その時、かすかにステラさんのくすくす笑いの声が聞こえたような気がして視線をずらすと、ステラさんの姿はそこにはなく、きらきらした瞳で俺たちを見る一人息子の姿があった。
俺たちは、二度とステラさんに逢うことはなかった。