星詠君⑤-4関係性の名前 遙か昔から今に至るまで、フィガロとの関係性を言葉にするのなら何になるのだろう。
魔法舎で賢者の魔法使いたちが一所に集まって生活をすることは例がない。また、ここまで賢者の魔法使い同士の縁が無数に絡まり合っているのも異例だろう。興味はないが、関係性を1つの名で呼び表せられるものはいかほどあるのか。
「ちょっとオズ、 また心がどこかに行ってる。親友が真剣に悩みを相談してるっていうのにひどいんじゃない?」
「そうじゃぞ。愛弟子ちゃんたちは仲良くするのがよい」
「そうじゃな。折角、お兄ちゃんがお話ししておるのだから聞いてやって。オズちゃん」
思わず溜息がでる。
「うるさい」
いろいろ言いたいことが浮かびすぎて、言葉にするのも億劫になった。
そもそもいつの間に沸いて出たのか。今夜はやけにしつこいフィガロに引きずられるまま魔法舎のシャイロックのバーに来たが、双子たちがその外側にそれぞれ座り込んでとにかくうるさい。
「先日、賢者様に、ファウストが仕上げたというリフレッシュルームの内見に、まずは先生役の方々にとご招待いただきましたが、とてもすてきなお部屋でしたね」
そんな時、カウンターの向こうでシャイロックが言った。
「おお。そうじゃった。城の外郭にあった牢屋を改装したんじゃったか。ファウストはおらんかったが」
「おお。そうじゃった。ブランシェットの高級木材や絨毯や家具や織物がたくさん使われておった。ファウストはおらんかったのう」
フィガロがカウンターテーブルに無言で突っ伏した。
たしかに魔法舎の正門から最も遠い、外郭の円塔部分の3階と4階が通しになっていた空間に、まず扉を通ってすぐのところに靴置き場があり、スリッパというものがあって、それに履き替えるか、靴を脱いだままくつろぐという形式の部屋ができていた。
部屋の半分を窓を挟んで半円状の本棚が天井まで延びていて、側面に螺旋階段があった。その本棚の間には巨大なベッドのようなものがあり、5~6人が低いテーブルなどを置けばゆったり歓談できるような空間があった。また、4階の窓枠には三日月状のベッドのようなものがしつらえられており、本棚の頂上にも3人掛けの長椅子とテーブルがあった。
残りの半分の空間には、ロッキングチェアやそのまま横になっても眠れるようなソファがしつらえられていた。
聞けば、三日月状のベッドに行く途中の本棚の中に隠し扉があり、ベッドもあるらしい。
・・・・・・賢者が、幼い頃のアーサーのように、それは楽しそうにはしゃぎながら説明してくれた。
「いや、だから、ファウストがね・・・・・・」
「「はやく、仲直りすればよかろうに」」
「お二人は黙っててください。なんでいるんですか。ねぇ、オズぅ、聞いてよ。俺はオズに言ってるの」
フィガロはいつの間にそんなに飲んだのか、いつもより酔いながら絡んでくる。そういえば私の部屋に来たときにはもう酔っている様子ではあったかもしれない。
「だってずるいじゃない。レノックス、レノをのぞく南の魔法使い以外とはいつも通りなんだよ」
「おや、そうなんですか。ここのところ、ファウストがいらしてくださらないので寂しく思っていたところです。あぁ、でも、オズが今夜はいらしてくださったので心は躍っています。オズ、どうぞ。オズの為に取り寄せたワインですよ」
シャイロックが恭しいしぐさで微笑みながらワインを差し出した。
「え。俺には!? ねぇ、シャイロック」
「ファウストを連れてきてくださったら、歓迎いたしますよ。スノウさまとホワイトさまにはこちらを」
そんなことを言っても、シャイロックにはそつがない。双子たちを喜ばせたあと、何気なくフィガロにも酒を出してはいる。
そのシャイロックが腕を組んで悩ましげに片方のこめかみに指を添えた。
「明日は先生会議の日ですが、ファウストは姿を見せるのでしょうか。もし姿を見せなかったら・・・・・・」
「「かくれんぼじゃな」」
ほろ酔いになった双子たちが声をそろえた。・・・・・・なぜかぞっとして、うんざりした。
***
ファウストは、フィガロが楽しそうに「俺の弟子がね」と、ことあるごとに口にするくらいには、この魔法舎のいる魔法使いの中では礼儀正しく勤勉で、なんと言うべきか、・・・・・・最近の言葉でいうところの"まとも"、いや、"真っ当"だったか・・・・・・であるのかもしれない。
ゆえに、彼は会議にもいつも刻限前に姿を現わし私たちを迎え入れる形を取っているが、今日は姿がなかった。
図書室までの道すがら、なにか阻むものがあったのかと思うが、他の者はそうは思わなかったらしい。
シャイロックの合図で、ファウストの捜索がはじまった。
押し出されるように仕方なく図書室を出て、談話室に足を踏み入れるとあっさりファウストの姿があった。ブラッドリーと何やら話している。
「だからよ。てめぇが来れば、万事収まるんだからいいだろ?」
「断る、と言っているだろう」
そのブラッドリーが私の姿を認めて、チッと舌打ちし、「あとでな」と捨て置いて談話室を去った。
「オズ」
ファウストがこちらに振り向き、私の名を呼ぶ。
「ねぇ、ファウスト、怒ってる?」
だが、私が返事をする前に、いつの間に沸いて出たのかフィガロが後ろからファウストの肩に自分の顎を載せて囁いた。
「・・・・・・怒ってないよ」
ファウストがフィガロを振り落とすように肩を揺らしたが、フィガロは腰に手を回してさらに拘束する。
・・・・・・なるほど。
やっと合点がいった。みな、フィガロがファウストに働きかけることを促していたのだ。つまり、最初から先生会議にファウストが無断欠席したと誰も思ってはいなかった。
「じゃぁ、じゃあさ。今晩、俺の部屋で飲もうよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・。それは・・・・・・」
フィガロもファウストもなにやら言い淀んでいる。
・・・・・・。私の両脇では双子たちがいつの間にかそわそわしていてうるさい。
「レノはよくて俺はだめなの」
双子が無言ながらもなにやら沸き立った。あとで聞いたことだが応援していたらしい。
「・・・・・・わかったよ」
そうしてファウストの言葉に、双子がファウストをフィガロごと両脇から抱え込んで歓声の声を上げ、なにやらのたまった。
「シャイロックのバーとこの前みたいに鏡でつないで、パジャマパーティとやらをせぬか?」
「おお。前の賢者が言っておったヤツじゃな」
「は? いやだけど」
「いいですね。クロエに頼んでみましょうか」
シャイロックが当然のように私の隣にいて、そんなことを言った。
・・・・・・・・・・・・。
よくわからないが、今夜の予定が決まってしまったらしい。
「あぁ、ファウスト。今日の議長、よろしくおねがいしますね」
「おい」
・・・・・・指摘する者はいなかったが、フィガロは会議が終わるまでファウストの傍らから離れなかった。
***
私たちは栄光の街を訪れていた。
急な話にもクロエは喜んで応じたが、普段のフォーマルな衣装とは依頼が異なったため、時間もなく素材も足らない。よって私の空間移動魔法で転移したわけだが、あいにくクロエが求めていた生成りの布やレースは想定量の在庫がなかった。
そんな中、街中を歩いていると、この街で育ったというカインに雰囲気のよく似た男がクロエに向かって陽気に声をかけてきた。ファウストとも顔見知りらしく、何か言おうとしてまるでカインのように頬を掻く。
「あ。えっとね。このひとたちは、俺たちの先生なんだよ」
「そうか。ありがとな、クロエちゃん。そんで、ええと、先生方! フィガロ先生は・・・・・・」
「フィガロはいない」
「じゃあ、どちらさん?」
私が答えると、その男は問い返してきた。
「そちらの方はカインの先生でオズです」
「へぇ、あんたが。そいつはどうも。ん? そっちのあんたの声、どこかで聞いたことあるな。あ、フィガロせんせに質問してた兄さん?」
「おや、覚えておいででしたか。シャイロックと申します」
「なるほどなぁ。声だけでなく、えれぇ別嬪さんなんだな。ネロサンは? ネロサンはいるのか?」
「ネロはいないよ」
今度はファウストが答えた。
聞いていると概ね初対面だったようだが、次の瞬間には打ち解けた様子で話が進んでいた。気づけばクロエも加わって、ファウストも何やら一言二言発言している。
「へぇ。生成りの布やレース・・・・・・。10人分ぐらい必要? そりゃまた・・・・・・。そうだ。 服飾店でわけてもらうってのはどうだ?」
「は? なぜきみがそんなことを言えるの?」
「そりゃあ、昨日、臨時で駆り出されて運ぶの手伝ったからさ。先生もしばらくは来る気ないんだろ? 顔見せてやってくれよ。あいつらも喜ぶ」
帽子の縁を下げたファウストに、ん~、どうしたもんかな。とその男は呟いて、にかっと笑った。
「万が一ってこともあるからさ。クロエちゃんに変なことしないように見張っててくれよ。用心棒ってことにしとくからさ。な? せんせ」
「ファウスト、お願い。オレも一緒にいてくれた方が安心できるかも」
まるでカインそのもののような仕草で、いたずらを思いついたような顔をしてその男は提案してきた。目配せされたクロエも上目遣いで懇願する。
「それは・・・・・・」
「そうですか。それではお願いします。あぁ、そうだ。先日、"お医者さん先生"にとっておきを贈られたとか。酒類の卸問屋か酒造元をご紹介いただけると助かります。どうです。できますか?」
なぜかシャイロックが返事をして、さらなる問いかけをする。
「オズせんせもいける口かい?」
男がこちらを見た。
「もちろん。そこの"先生"も嗜まれますよ」
シャイロックが答えた。
「そっか。先生には謝礼を用意しなきゃだし、オズせんせにはカインも世話になってることだし。じゃあ、まぁ、聞いてみるよ。先に服飾店に行くからそこで待っていてくれ」
カインに雰囲気のよく似たその男は、酒店もきっちり紹介した。
「よう、オズせんせ。隣いいか?」
「・・・・・・構わない」
最初は互いに人見知りのような反応をしていたが、急に何やら盛り上がったクロエと仕立屋の部屋の片隅にファウストを置いて、私たちは酒類の卸問屋に来ていた。
よくわからないが、試飲というものを倉庫の片隅に設けられた粗末な作り置きの席に座ってしていると、件のカインによく似た男が声をかけてきて隣に座った。
「口に合う酒はあったかい?」
「・・・・・・。お前はカインの縁者か?」
問いかけると、まるでカインがそこにいるように驚いたしぐさを見せた男は、照れ隠しかおどけてみせた。
・・・・・・私が何者なのかを理解していて、人間なのに私を畏れない。珍しい男だと思った。
「ははぁ。やっぱりばれたか。大体話すとばれるんだ。俺の方が男前だけどな。しかし、こう言っちゃなんだが、あんたらにはそういうのあんまり関係ないんだろ? 俺には関係あるから、気に入ったのがあったら贈らせてもらうよ」
「何故」
「これからもカインをよろしくっていう挨拶代わりさ。微々たるもんだけどな。気持ちだよ。気持ち」
そう言って私の背中を叩くこの男もカインと同じ無法者だ。・・・・・・言うほど不快ではないが思わず溜息がでた。
***
クロエが用意した衣装は、生成りで統一され、やわらかく、かといって寝衣そのものではなく、寝衣としても使える部屋着というものらしかった。バーテンダーとして店に立つシャイロックの妥協点らしい。
たしかに、体の締め付けは緩く、それぞれがゆったりした装いになっている。
「あ。ねこちゃん、みーっけ」
などと、双子が互いの衣装をつつき合っているが、生地と同色の糸で猫の刺繍がふとしたところに施されていた。
先生役の魔法使いのほかに、クロエとルチルがバーを訪れて、バーの壁に設えられた大鏡の向こうのフィガロとファウストに向かって手を振っている。
予定通り、フィガロとファウストはフィガロの部屋で飲んでいた。
「ふふっ。・・・・・・ルチル、あんなに飲んで、あははっ。手なんて振ってる。くっ、クロエ・・・・・・ははっ」
「ほら。ファウスト。ちゃんと息して」
「だって、フィガロ。見てみろ・・・・・・あははっ」
最初は居心地悪そうにしていたファウストは、あれもこれもとフィガロに勧められるままに酒を飲み続けたからか、今は椅子の上に両膝を立てて座り、何もかもが刺激になるらしく笑い転げている。
フィガロはそんなファウストの乱れた髪をなでたり、背中をさすったり、介抱に忙しそうだが、気色悪いほどに笑顔である。
そんなとき、フィガロの部屋をノックする音が聞こえた。
「はいは~い」
機嫌よくフィガロが扉をあけた。フィガロの部屋の鏡は、扉の横に設置してあるらしく、誰が来たのかは見えずに声しか聞こえない。
「ミチル、いらっしゃい。ごめんね。お酒なくなっちゃって、シャイロックのところに取りに行くからさ、ファウストが帰らないように見張っててくれる? お願い」
・・・・・・急にこちらもあちらも静かになった。
「え。あの、フィガロ先生・・・・・・!」
フィガロと入れ替わりに姿を現したミチルもまた、クロエが作成した衣装を纏っていた。
「《ポッシデオ》」
そして唐突に耳元でフィガロの声がする。
「あちら側はふつうの鏡に戻したよ~」
「え!? フィガロ先生、すごい」
静かに。と、誰かが言った。
鏡の向こうでは、ファウストが膝を抱えたまま小首を傾げ、部屋に入って2歩ほど進んだところで立ち尽くしているミチルを手招いていた。
「ミチル、おいで。お茶を淹れてあげる」
少しして、ミチルが示されるまま、先程までフィガロが座っていた椅子に座る。
ファウストは魔法でティーセットとクッキーを机に用意して、自ら淹れた茶をちびちびと飲んだ。
「あの・・・・・・ファウストさん、ごめ・・・・・・」
「先生なんて道理じゃないと言ったのは僕なのに、生徒の方から先生だと言われてしまったよ」
ミチルはびっくりして目を大きく開き、ファウストはティーカップをテーブルに置き、膝の上に顔を伏せた。
「道理かどうかなんて別の話だった。ふふっ。とんだ笑い話だ」
そしてつぶやいてから顔を上げ、うつむいているミチルの目元をそっとファウストがなぞる。
「・・・・・・ひどいクマ。ミスラみたい」
はっとして顔を上げたミチルにファウストは微笑みかけた。「か~わい」と隣で声がしたが聞こえない振りをしておく。
「きみは悪くない。僕が独断で賛同して、僕が試した。それだけだよ」
「でも・・・・・・」
「きみをこんなにしたのは僕が悪い。謝るのは僕の方」
再びミチルがうつむいて、我慢できずに涙が膝に落ちた。
ファウストは、黒猫のワンポイント刺繍の入ったハンカチを取り出してその涙を拭う。「あ。ファウスト、使ってくれてる」とうれしそうな声があがった。
「ごめんなさい。ミチル」
「ボク、ボクも、あんなことを言ってごめんなさい。ファウストさん」
バーでは感激したらしいルチルが酔った勢いもあってか号泣し、クロエに宥められて、渡されたハンカチで涙を拭っている。
「ありがとね。シャイロック」
そして珍しく、フィガロがそんなことを言った。
「さぁ、なんのことでしょう」
しかしシャイロックは妖艶に笑いながら、その言葉を受け入れなかった。
代わりにふくれっ面をした双子がフィガロの両側から頬を引っ張る。
「フィガロちゃんはなんでこういつとき腰が重いの?」
「フィガロちゃんはなんでこういうとき止まっちゃうの?」
「「めっ」」
「・・・・・・いや、今回は俺のせいじゃないですからね?」
その双子もシャイロックに導かれるままに席を移動してしまう。
しばらく無言で鏡の向こうの風景を眺めた。
「ほんと、いくつになってもかわいいものだよね」
「・・・・・・そうか」
双子の館に連れられてきたあと、私の傍らに長くあったのは双子よりもこの男だった。
館をでたあとも、一番言葉を交わしたのはこの者であったように思う。
「あ。ミチル眠そう」
その男が、自身も眠たげな様子で頬杖をついて、鏡を指さした。
ミチルにとっても気づいたら傍らにあった魔法使いはフィガロなのだろうか。
ふいにファウストの呪文を唱える声が聞こえ、ミチルの体がフィガロのベッドに収まった。ファウストもベッドに横になり共寝のような形になる。何やらファウストが囁くと、眠さに勝てなかったのか、ミチルが瞬きをしてから目を閉じた。
・・・・・・その様子がアーサーの幼い頃の姿を想起させ、ほほえましく思う。
「あぁ~・・・・・・。兄様としてはちょっと複雑だけど、ファウストさん良いにおいしそう」
「あ。オレもそう思った。よい夢見れそうだよね!」
「クロエ、今日はいっしょにねよう?」
「いいよ!オレの部屋? ルチルの部屋?」
「クロエのへや」
若い者二人が賑やかにバーを去った。
「あ。そっか。俺のベッドだ。あれ」
その姿を見送って思い出したようにフィガロが言った。
そして、深々と星が降るような静かな視線を感じ、鏡の向こうをみやると、ファウストが半身を起こしてだっこをせがむ子供のように両腕をこちらに差しだしていた。
「おや。フィガロさま。星詠みの君がお呼びですよ」
シャイロックの指摘に、
「3人は狭くない?」
というようなことを言いつつ、鏡をすり抜けてフィガロは自室に戻った。
「・・・・・・星詠みの君とは?」
「おお。星詠みちゃんじゃ。あの瞳は初めてみるのう」
「おお。おお。フィガロめ、ちゃんと夢が溢れないようにしてやっておる。いつの間にあんな魔道具を用意したのやら」
「かわいいのう」
「かわいいのう」
「「オズちゃんも今日は我らと一緒に寝ようね」」
「断る」
私の問いに答える者はいなかった。