星詠小咄①星空談話 ムルは今日も、月と星のきれいな夜に、魔法舎の外にでて月と星と戯れる。いつものように空高く飛んで、流星の振りをして地面に向かって急降下するが、いつもより高い位置でぴたっと止まった。
空をゆっくりと振り返る。今日は雲一つないきれいな星空だ。そんな日の夜は、魔法舎の屋上に珍客が現れることがある。ムルはその人物との、そんな夜に交わす会話が大好きだった。
「ファウスト、こんばんは。いい夜だね。今日は星の声がよく聞こえる?聞こえない?《大いなる厄災》の声ならどうかな」
問われた中央の国生まれの東の魔法使いのファウストは、礼儀正しい挨拶にまずは挨拶をする。
「こんばんは、ムル。今日は、流星のまねをするひとが騒がしいから、まだはっきりとは聞こえないよ。まぁ、それも、気のせいかもしれないけどね」
「ねぇ。ファウストは、星になった人間と会話したことはある?聴いたこともない?幻聴だと笑う?」
いつもの帽子にサングラス、ケープのかわりに涼しげなストールを羽織っるファウストは、矢継ぎ早に問いかけるムルの言葉に、手を顎に当てて少し考える仕草をした。
「きみはあるんだろう?西の天文台の初代所長の・・・・・・」
ムルは、自分の広角がにぃ、と上がるのを自覚する。声も自然と静かに下がった。
「パティア」
「そう。僕は、そういった存在と会話したことはないな」
「でも、声を聴いたことはあると?」
ファウストのまわりに深々と星が降るような静寂が流れる。ムルの大好きな気配だ。
「ふふ。興味があるという顔だな」
「興味はあるさ。私は月に恋い焦がれているけれど、星にも興味が尽きないからね」
「・・・・・・僕には、愛だの恋だのといったものは経験がなくてわからないが、あの月に恋い焦がれても、あなた自身はあの月からの愛は求めていない。唯一無二へのじれるほどの興味だけだろう?あなたの場合は」
「二つと無いものに焦がれるというのは、なかなかに刺激的なものだよ。私は真実が知りたいんだよ。この世界を形作る真実が」
ファウストが困ったように微笑んだ。
「星になったかもしれない死人の声は、真理に近いとは思えないが。・・・・・・僕にはこんな風に聞こえた」
無意識だろう。ファウストは左手を星空に掲げた。
『きみはいつだって、自分と世界を天秤に掛ける。世界を取らなければ、世界が崩壊するとわかっていて、どちらを取るのか問いかける。それなのに、きみを選んでもきみは手に入らない。世界を選べば、きみを捕らえることはできても手に入れることはできない。私は、世界を取ったからといって、世界にきみを捕らえさせたりはしない。中央の国にきみはあげない。それだけは必ず守る。絶対にだ』
言い終えて、振り返ったファウストの瞳の中は深い深い深淵を落とし込んだように見えた。
「ん〜。愛といえなくもない・・・・・・?」
「あなたにしては、珍しい反応だな。でも、魔法使いなんて、多かれ少なかれそのような存在なんじゃないか?所詮は亡霊の戯言だろう。そういうことにしておきたいな」
ファウストの目元に笑みが浮かんだと同時に、瞳の奥の深淵はいつもの優しい明るい夜空のようになった。
「ふうん?じゃあさ。そういうことにしておいていいから、今度、俺となにか議論して遊んで!」
「議論?あなたは、いつも新しい遊びで騒いでいるだろ」
「ファウストが議論してくれるっていうまで離れない!」
「な!?ちょっ、抱きつくんじゃない。離しなさい」
「やだー」
結局、その夜は、ファウストがうんと言わないので、ムルがひっついたまま寝るはめになった。