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    星詠君③ 前厄災戦の記録 世界を守るために、《大いなる厄災》と戦い、空へと還す。その責務を担う賢者の魔法使い。その魔法使いの一人に選ばれて、約半月後にいよいよ戦うことになる。
     ヒースクリフは、今は新月に近い細い月を見て嘆息した。
     正直なところ、実感がわかない。
     
     本来なら中央の国にある賢者の魔法使いの宿舎、通称:魔法舎に各国の魔法使いが集まるのは、<大いなる厄災>が近づく精々数日前だ。
     けれど、ヒースクリフにとっては今回が初めての戦いとなる。だから、少し早めに魔法舎に入舎してなんとか魔法を使って戦えるように形にする必要があった。・・・・・・のだが、両親が雇ってくれた魔法使いの師匠は、すました顔でヒースクリフと共に東の国を出て魔法舎に到着した後、中央の国の都に繰り出し帰ってこない。
     
     それも当然といえば当然だ。
     現在のところ、実際には、ヒースクリフに魔法のことを教えてくれているのは、両親の雇った魔法使いではない。
     いまやっと、魔法の基礎をヒースクリフに教えてくれているのは、西の魔法使いシャイロックの伝手で魔法を教えてくれるように頼み込んで一度は断られたものの、師匠とヒースクリフの師弟関係のあまりの酷さに、師匠を文字通り蹴っ飛ばした東の呪い屋を名乗るファウスト先生だ。
     そのファウスト先生が、すでに入舎されているのだ。
     多分、馴れ馴れしく師匠がすり寄ったら殺される。呪い殺されるのか、蹴り殺されるのかはわからないけれど・・・・・・。

     あ、いや、勘違いしないでほしいとは思う。ファウスト先生は、普段、魔法舎にいても、すぐに部屋にこもってしまうし、室内でも、喪服のような黒い長衣に、ケープ。サングラスをかけて、帽子を目深くかぶっているから、どんな顔をしているのか、どんな体型なのかを知ることも困難で、話しかけても他を当たれとおっしゃるような方だけど、あくまでそれは、関わり合いのない頃の話だ。たしかに、魔法を教えてくれることになった当初も、嫌そうにしてはいたし怖かったけれど・・・・・・。いや、そういうことを言いたいのではなくて。今は怖くない。むしろ、お話ししたい。

     ファウスト先生は、姿勢の美しい方だ。口調は素っ気ない印象を与えるけれど、声はとても優しい。話しているとその知識の豊富さに驚くし、造詣が深い。引きこもりとおっしゃる割に、最近の流行にも敏い。その上、いろいろ気にかけてくださって、いつの間にか相談に乗ってくれている。不思議な方だと思う。最初の印象と距離が近くなった後の見え方が、全く異なる方だ。

    「ヒースクリフ」
    「ヒースクリフよ」
    「は、はいっ」
     ・・・・・・びっくりした。
     気づくと目の前に北の大魔法使いのスノウ様とホワイト様が無表情でとうせんぼをしていた。怖い。
     スノウ様が羽ペンを、ホワイト様が紙の束をこちらに差し出している。とても怖い。
    「えっと、これは・・・・・・」
     戸惑いながら、羽ペンと紙の束を受け取ると、お二人は上を指さした。
    「屋上にて、ファウストの言葉をメモってくるのじゃ」
    「そしてその言葉を我らに届けよ」
    「疾く行け。書き漏らしてはならんぞ」
    「早よう行け。最後に星占いでもしてもらうがよい」
     そんなことを言って、後ろに回ってぐいぐいと押してくる。
    「わかりましたから、押さないで・・・・・・」
     元々、抵抗なんて出来ないけれど、俺は屋上に追い立てられた。

       ***

     日はとうに沈んでいる。屋上に出て見えた空は、雲一つないきれいな星空だった。
     双子先生の言葉通りなら、ファウスト先生がいらっしゃるはずと周りを見回すと、明るい星空の元、人影が二つ見えた。おそらくファウスト先生と西の魔法使いのムルだ。
     おそらくというのは、ファウスト先生らしき人は、俺からは背を向けて立っていて、いつもの帽子やケープが見あたらない。ゆるくウエーブのかかった柔らかそうな髪が風になびいていて、ケープの代わりにショールを羽織っている。左手を空にかざして星をたどっているようだった。耳を澄ますと囁くような透明感のある歌声のような声が途切れ途切れに聞こえてくる。
     その傍らで宙に浮かんだムルが、いつもの底抜けに明るい笑顔ではなく、冷たい微笑をたたえて怜悧な視線をこちらに向けた。そして「静かに」と右手の人差し指を口に当てて、左手でこちらに来いと招いてくる。そっと近づくと、今度はメモを取るジェスチャーをして、空に向かって十字を切った。慌ててメモに大きく十字を書き入れる。直後、ファウスト先生の静かな声が聞こえてきた。
    「中央4、北5、東4、西4、南2」
     紙に書いた十字のおかげで、書き漏らすことはなかったけれど、ファウスト先生の言葉は、かなり早くつむがれる。
    「中央4、北5、東3、西4、南2。中央2、北5、東3、西3、南0。中央2、北4、東2、西2。中央2、北2・離脱2、東2、西2。触媒のない5重の円天が12回目の言祝ぎでめぐる。3つの鎌が円天と生命のつなぎ目を切り離す。祝福を。祝福を。祝福を。世紀の智者の出迎えで、新たな賢者が舞い降りる。塔にはまがい物の魔法が取り囲み、どちらにつくかを迫るだろう」
     書き取るのに必死で、意味までは考えられなかった。
    「う~ん・・・・・・。イかれてるね!ヒースクリフ、そのメモちょうだい?双子先生にはちゃんと届けるから!」
     いつものムルが、空中で一回転して、満面の笑顔で両手を上空からこちらに伸ばしてきた。思わず、スノウ様とホワイト様から預かった羽ペンと紙を渡してしまう。
    「ありがとう!ヒースクリフ。あと、ファウストが星とお話してるロマンチストだって言わないであげてね。それと、あとで星占いでもしてもらうといいと思うよ!」
     ムルの言葉にバッと振り返ったファウスト先生が、ぺしっと宙に浮かぶムルのお尻を叩いた。
    「おい。誰がロマンチストだ。僕は、星と話してなんかいない。そんな気がするときがあると言っただけだろ。それに天文学者はきみだ。星占いなら、きみがやってやればいい」
     星明かりの下でもわかるくらい、ファウスト先生が顔を真っ赤にしている。あの、多分、ファウスト先生が。ファウスト先生の素顔、初めて見た。
    「そうだよ。俺は、天文学者だから、星の動きは観察しても星占いはやらないよ。じゃあね。また明日!」
     ムルが上機嫌にいなくなってしまった。でも、俺はそれどころじゃない。わぁ、ファウスト先生の顔、初めてみた。美人だと思う。すごくほっそりした上品な美人だと思う。
    「・・・・・・? ヒース?」
     怪訝な表情で首を傾げる美人なファウスト先生。素敵です。
    「・・・・・・星占い、やろうか?」
    「はい!」
     俺は勢いよく返事をした。



     「杞憂に終わればよいのだが」と、初めてファウスト先生の素顔をみた翌日に、先生はおっしゃった。
     そして、「これでは、どちらが初めての戦いに臨む魔法使いなのかわからないな」と苦笑しながら、初めての新米魔法使いとしての《大いなる厄災》との戦い方針について考えてくださったらしい。
    「なぁ、ヒースクリフ。戦いに備えるのは怯懦ではないよ。戦いにすべてを出し切らなければ勇者ではないというものでもない。後に皆に笑われようとも、備えたものを最終的に使わなくてもよい。むしろ、備えたものを使わなくて済ませる者の方が優れた勝者だと僕は思う。要は使うタイミングを誤らなければ、勝利するという1点においては、周りの評価など些細なものということだ」
     はい。と俺はうなづいた。呪い屋などという職業からは、到底、想像できないことをファウスト先生はいつもお話しされる。
    「それで、《大いなる厄災》との戦いについてだけど、最低限の防護膜と攻撃魔法は教えるが、できる限り僕を盾に使って、魔力の半分は最終まで温存しておいてほしい」
     え?と先生の帽子とサングラスと長い前髪で隠された顔を思わずのぞき込んだ。結局、のぞき込んでも、薄暗い室内では先生の表情はよくわからなかったけれど。
    「だから、備えだよ。嫌な予感がするんだ。杞憂に終わればいいけれど、ひどい焦燥感がぬぐえないんだよ。こういう時は、大抵、禄なことがない。もちろん、温存したまま終わらせろということではなくて、常に、僕の斜め後ろにいてもらって、最後の最後で残っている魔力のすべてを出し切ってほしい。それも教えるよ」
     はぁ。思わずまぬけな声を出してしまった。
    「なに。文句でもあるの?」
    「あ、ありません」
     表情は見えないけれど、多分、うろんな目で見られているような気がする。俺は、慌てて恭順の意を示した。

       ***

     あっという間に、1週間ほどが過ぎ、最低限の防御と攻撃の魔法と、全魔力を放出する魔法のやり方だけを繰り返し繰り返し繰り返し繰り返した。とはいえ、ファウスト先生がみてくれるのは昼間の数時間だけだ。
     ファウスト先生は、いつ寝ていつ食事をしているのかわからないくらい、俺の指導が終わると、図書室にこもったり、自室にこもったり、北の双子先生やムルのところに行って何やら話し込んでは、またひきこもっている。どこで察したのかわからないが、ファウスト先生の気配が薄いのか、師匠も魔法舎に戻ってきていた。
    「ヒースか。どこにいくんだ?」
    「あ。カイン」
     年が近いからか、いろいろと気さくに懇意にしてくれている中央の魔法使いのカインが、食堂から図書室に行こうとしていた俺に声をかけてくれた。
    「お。うまそうだな。ファウストへの差し入れか?でも、今はやめておいたほうがいいぞ」
    「え?なんで?」
    「図書室にシャイロックの紫煙が充満してる」
    「あー・・・・・・」
     あまりにファウスト先生が何かに没頭しているので、見かねたシャイロックが、俺に昼食ぐらいは何か食べさせるようにと言ってきた。たしかにそうかもしれないと、サンドウィッチを作って届けようと思ったんだけど、たしかにそれじゃ行かない方がよさそうだ。
     数日前にもあった。というかすでに何度目だろう。言葉で言っても通じないとわかっているかのように、シャイロックが何日かに一度、ファウスト先生のいる部屋に眠りの紫煙をはいて、3時間は維持させるのだ。魔法舎にいる他の魔法使い達は、巻き添えをくっても紫煙をのけようとはしない。奇妙な沈黙で見守っているだけだ。今度の厄災にはなにかがあると、みんな思っているかのようだった。
    「カイン、これ、よかったら食べる?」
    「いいのか?」
    「うん。あと、魔法の練習につきあってくれるとうれしいな」
    「俺も魔法の修練をしたいと思ってたんだ。つきあうよ」
     早速、行儀悪くかごの中のサンドウィッチを頬張って、カインはほがらかに快諾してくれた。
     ファウスト先生の姿勢は、俺もやるだけのことはやらなければと思わせる。簡単に終わればそれに越したことはないけれど、何かあってからでは遅いのだ。
    「うまいな。これ」
     ぐっと手に力を入れた俺の横で、カインの無邪気な声が聞こえた。





     《大いなる厄災》との戦いの3日前になると、各国の賢者の魔法使い達が魔法舎に集まりだし、必然的に魔法舎はにぎやかになった。
     それに伴い、ファウスト先生は図書室などの公共の場に引きこもるのをやめ、魔法使いと関わりあうことを避けるための普通の引きこもりに戻った。廊下や食堂などで他の魔法使い達と会ったときなどには最低限の挨拶をし、図書室で遭遇したときにも、暇つぶしの本を物色している体で長居をしないですぐに自室に戻ってしまう。

     ヒースクリフの魔法の訓練も、人目のつかない裏庭や近くの森の中でひっそりと行うようになっていた。
    「うん。攻撃魔法はあと少し練った方がいいとは思うが、防護膜の魔法は身についたな。よくやった」
     ファウスト先生がおっしゃった。素直にうれしい。
    「ファウスト先生のお陰です。ファウスト先生も、一区切りついたようでよかったです」
     ぴしりと、和やかだった空気が割れて、ず~んと重くなった。
     俺は、失言をしてしまったらしい。
    「あれは使い物にならないよ。いろいろしてくれたのにすまないが、期待しない方がいい」
    「え?そんな・・・・・・」
     逆に俺がショックを受けてしまった。その様にファウスト先生の方が動揺したようだった。
    「あのロクデナシにも鼻で笑われたが、使い物にならないものはならない」
    「えっと、あの、うちの師匠がすみません」
     今朝会った時に、えらく上機嫌だったジャック師匠のことを、俺は思い出した。多分、ファウスト先生を持ち上げようとしてこの話を聞き、ファウスト先生をこき下ろすことができてご満悦だったのだろう。身内の恥に、穴があったら入りたい気持ちでいっぱいになった。

    「・・・・・・3層までは、触媒なしに構築できたんだよ」
     帽子のつばを引き下げて、押し殺した声で先生はおっしゃった。
    「だけど、あれを使う局面を想定したときに、3層ではどうしても足りない。層を増やすために適合する触媒も、発動キーも絞り込んではいるけれど判明していないんだ。適合する触媒がわかったとしても、用意するには時間が足りない。・・・・・・すこし複雑に組んでしまったから、触媒の力が大きすぎても小さすぎても破綻するおそれがある。・・・・・・詰みだよ」
     先生の言うすこし複雑ってどの程度のことを指すんだろう?
     話の本筋とはズレたところが気になったが、聞いてはいけない気がして、俺はなにも先生に言うことができなかった。
    「まぁ、それはともかく、ヒースクリフ。戦いの極意とはなんだと思う?」
    「え?えっと・・・・・・」
     ふふっと、ファウスト先生は帽子の下で笑って、答えを教えてくれる。
    「生き残る為に、考えて考えて考えて、その時に自分ができる最善を尽くすことだよ。きみには立場があるだろう。それとは別に、魔法は心で使うものだ。正気を失ったらそれこそそこでおしまいだ。だから、常に思考して動くんだよ。簡単だろう?」
     話は終わりだという風に、ファウスト先生が俺に背を向けて歩き出した。
    「僕も、まだあれを諦めない」
    「はい。ファウスト先生」
     俺はファウスト先生が大好きだ。そんなことを思いながら、俺もファウスト先生の背を追って魔法舎への道を歩き始めた。





     《大いなる厄災》との戦い当日、魔法舎は朝からお祭り騒ぎのようになっていた。あちこちで笑い声が起こり、杯を捧げては酒を飲み干す。
     ただし、未成年としてはそうもいかないので、振る舞われるごちそうをつまむように装って、師匠などの酔っぱらい達にからまれないように喧噪から距離を置いた。
     当然ながら、杯を交わす大人の中にファウスト先生はいない。食堂が喧騒の中心なので、逆手を取ってシャイロックがいつもいるバーに行ってみることにする。
    「おや?珍しいお客様ですね。ようこそいらっしゃいました。ヒースクリフ。こちらへどうぞ」
     さすがに、《大いなる厄災》との戦いの当日だけあって、まだ午前中の早い時間帯なのにシャイロックがバーのカウンターに立っていた。
     示されたカウンター席の奥にはファウスト先生がいた。壁にもたれ掛かって眠っているようだった。
     というか、適度に間隔をあけて、オズやミスラなど伝説級のおおよそこわい魔法使い達が、無表情で思い思いにくつろいでいる。ものすごくこわい。これでは酔っぱらい魔法使いは近づいてこないだろう。
    「ひどいでしょう?この人、また私の言葉を聞き流して、寝ていなかったみたいなんですよ」
     ひどいというか、こわいのはファウスト先生ではないと思います。
    「なにかお召しになりますか?ノンアルコールカクテルも用意できますよ」
    「えっと、じゃあ、あの、リラックスできるようなノンアルコールのものをお願いします」
     とにかくこわくてそんなリクエストすると、シャイロックはにこりと笑って菫色のカクテルを作ってくれた。
    「ファウストの加護が得られるように、ファウストの瞳と同じ色のカクテルにしました。どうぞ」
     言われて改めてカクテルをみる。
     ファウスト先生の目の色はこんな色なのか。きれいだな、と思った。飲むのがもったいない気がする。
     俺は思わず、2週間前の屋上で星を見ていたファウスト先生を思い起こした。
     ーー・・・・・・東2、西2。触媒のない5重の円天が・・・・・・ 
    「急がないと時が満ちてしまうかもしれませんよ」
    「えっ?あっ!」
     カクテルの菫色に吸い込まれるように、ぼーっとしていたらしい。
     慌てて飲み干すと、すっきりした酸味が喉元を通り過ぎた。
    「おいしい・・・・・・」
     正直に感嘆の声を上げると、シャイロックがそれはよかったですと言ってくれる。
     《大いなる厄災》と戦う賢者の魔法使い。まだ経験したことがないからわからないが、この結界の張られた魔法舎の敷地内にいれば、時が満ちた時に戦いの座とかいうところにいつの間にか立っているらしい。戦う日は決まっているが、座に運ばれるのはどのタイミングなのかはわからない。だから、賢者の魔法使い達は、《大いなる厄災》襲来の日には、全員、魔法舎に集ってその時を待つのだ。
    「こわいな・・・・・・」
    「そうですね。でも、侮るよりはよい反応だと思いますよ」
     自然に口に出てしまった言葉に、シャイロックは優しく応じてくれた。





     本当に気がついたら、どこだかわからない場所に立っていた。
    「でかいな」
     と、複数の声が聞こえる。
     確かに大きい。
     ざっとみた限り、広すぎて本当のところは定かではないが、大きな円の中にぎりぎり4つの円座をはめ込んで、それぞれの円が接したところを結び、中央に正方形の座を刻んだ。そんなかんじの形のような気がする。ただ、その円座と正方形の座が無用に大きい。円座の直径や正方形の一辺の長さは、20メートルはないが、それに近い18メートルぐらいはありそうだ。
     そして各国の魔法使いがそれぞれの台に集めて置かれているかんじになっている。
     みんなが向いている方向を前衛とするなら、前衛が北。中衛列の左が西、真ん中の正方形に中央、右に東。後衛に南という配置だ。
     不思議なのが、それだけ距離があり、隣の座にいる魔法使いの口の動きを読むことも難しいのに、総勢21名の魔法使いの声が、まるで隣にいるかのようにはっきりと聞こえるところだ。

    「くるぞ!」
     誰かが言った。
     北の魔法使い達のいる上空に《大いなる厄災》のいつもより大きな姿が見えた。

       ***

     《大いなる厄災》は強大だった。どんどんこちら側に近づいてきて、降り注ぐ光弾や光線が少しずつ大きく太くなっていった。
     他の国の魔法使い達がどういう状況なのかを、見渡す余裕も、聞き耳を立てる余裕もない。
     視界の端、おそらく主に北や中央から強力な魔法が次々に繰り出されているのにも関わらず、《大いなる厄災》は微塵も後退する素振りを見せない。
     ジャック師匠はとうに矜持を投げ捨てて、魔法による攻撃も防御もせずに、ファウスト先生の足下に頭を抱えて丸まっていた。・・・・・・と、人のことを言える立場でもない。あらかじめファウスト先生から言われていたことではあるが、東の魔法使い3名は、ファウスト先生の後ろに隠れて全面的に守ってもらっている。その隙間から俺と東の魔女が、中央や北に比べると気休め程度に攻撃魔法を放っている状態だ。
     
     師匠のひときわ大きな悲鳴が響いた。見ると、自分の身長を2倍にしたぐらいの大きさの光弾が空に見えて、それは、角度的に南の円座を直撃した。そして、感覚的な話だが、北を守護していた魔法の気配が少し薄くなった。・・・・・・おそらく、南の魔法使いの何人かが石に還ったのだと思う。

     師匠もそれを察したのだろう。もう我慢できないといった様子で、ファウスト先生の足にすがりついた。
    「ファウスト殿!貴殿なら、何か、何か持っているだろう!今、出さずに、いつ出すのだ!ほら、あれだ!本当は完成しているのだろう!ファウスト殿!どうか!」
     すがりつくだけでは足りないと思ったのかもしれない。師匠は、ファウスト先生が何かを言う前に、這うようにしてファウスト先生の前にでて、土下座した。必然的に、ファウスト先生の防護膜の外に出た形になる。
    「おい!馬鹿なことを言ってないで戻れ!」
    「ジャック、戻りなさい!」
     わかっていたことだが、師匠はもう正気ではなかった。
     ファウスト先生や東の魔女が叱責しても耳を貸さず、必死にファウスト先生の正面に居座って懇願を続けた。
     そんな中、背筋が凍るような悪寒が走る。
     反射的に空を見上げた。
     《大いなる厄災》に東の円座が目を付けられた。俺はそう感じた。
    「ふぁ、ファウスト先生・・・・・・」
     それだけで俺の言いたいことがわかったらしい。ファウスト先生は小さく舌打ちをして、空に手をかざした。
     その時、
    「「いかん。ファウスト!」」
    「ファウスト、だめだよ!」
     何を察したのか、北と西の方から声が聞こえた。ファウスト先生は、びくりとして、空にかざした手を握った。そして静かに息を吐く。
    「・・・・・・来るぞ。各自、防護魔法を張れ。《サティルクナート・ムルクリード》」
     それでも、ファウスト先生は師匠を守ろうとしていた。俺たちのために防護魔法の結界を張り直し、師匠に手が届くところまで数歩前進して、襟首をつかもうと手を伸ばそうとしてくれていた。光弾が着弾するのが早かっただけだ。無慈悲にも、巨大な光弾は師匠を直撃した。
     光に溶けるように赤黒い液体と肉塊が飛び散り、きらきらと石にかわって床をはねた。
     光弾が間近に着弾した形になったファウスト先生は、爆風に魔法陣ごと後退させられて、俺たち東の魔法使いを巻き込み、円座の中をかなりすべって中央と南の境目付近まで移動した。ほぼ無傷なのが奇跡に感じる。
    「・・・・・・ヒースクリフ」
    「わかっています。俺は正気です」
    「そうか。責めるなら、僕を責めなさい。いいね」
     本当に、自分が冷酷だと思うほどに、心は凪いでいて冷静なのに、ファウスト先生はそんなことを俺に言った。

       ***

    「あ。これは、まずいですね」
     小さなつぶやきが聞こえた。
     どのくらい時間が経ったのかも、最早わからない。
     《大いなる厄災》は、まだ近づいてくる。その歩みは止まらない。歩みと言っても、《大いなる厄災》に足はついていないけれど。
     東の円座には、もう二人しかいない。ファウスト先生と俺と二人。
     名前を聞いておけばよかったなと今更思う。東の魔女は、力を出し尽くしたところを、地を跳ね返った小さな光弾に貫かれて石になった。

     《大いなる厄災》の攻撃スタイルも最初と異なっていて、小さな光弾と細い光線を雨のように降らせていた状態から、力を溜めて巨大な光弾を放ってくるほうが主流になり始めている。問題は、一度に降ってくる光弾の数が、《大いなる厄災》が近づく度に増えてきていることだろうか。

     北の円座の方に、巨大な光弾が連続で着弾した。
     光弾は北か中央の座を集中的に狙っているようだった。だからといって東や西の座には来ないということではもちろんないけれど。
     そして、《大いなる厄災》は沈黙した。不気味な沈黙だ。沈黙しつつも更に近づいてくる。

    「ヒースクリフ」
     張りのある声が、俺を呼んだ。俺を背にかばったまま、東の円座を守り続けているファウスト先生の声だ。
    「カインをここに呼ぶから、結界をカインと重ねて守りに徹しなさい。そして最後の最後に全力で攻撃すること。忘れるなよ」
     え?
    「うわ!?」
     突然、カインの声が左の耳元で聞こえた。
     ファウスト先生の背中はもう目前にはなかった。視線を巡らせて先生の姿を探すと、ちょうど中央と北の座の境目で、双子先生と陣地を入れ替えていた。北の円座にはもう双子先生しかいなかったので、その先生たちと入れ替わったファウスト先生が、北の円座にひとりでいる状態になる。ちょっとわけがわからない。そもそも陣地の交代が可能だったというのもわけがわからない。あっという間だった。
     俺が呆然としている間に、《大いなる厄災》から立ちのぼった光がゆらりと揺れる。光が収束して、巨大な光弾ができあがる様を見つめた。数が多い。
    「ヒース。結界を張ろう」
     カインが俺に促した。おそらく照準が向いているのは東ではない。中央だ。でも、数がぞっとするほど多い。カインの言うとおり、備える必要があった。

     戦いの座に残っている魔法使いたち全員が、ほぼ同時に呪文を唱えた。直後に巨大な光弾が降り注ぐ。標的は中央の座にいるオズのようだった。
     予想通り、衝撃が東の円座を襲う。自分一人だけでは吹き飛ばされていただろうが、二人分の結界がうまく作動して、なんとか踏みとどまることができた。だが、予想していたよりも不思議なくらい衝撃は長く続かなかった。
    「なんだ。あれ」
     その理由はすぐにわかった。
     北の円座にいるファウスト先生の頭上に、巨大な3層の結界が出現していたのだ。光弾を、まるで結界という籠にフルーツを盛るかのように積み上げて押しとどめている。だが、それだけだった。
     ファウスト先生の結界と光弾の山は、拮抗しているだけで止まってしまっている。
    「やはり、3層では足りないよな」
     ため息をつきながらの感想のようなコメントをつぶやいて、ファウスト先生は深呼吸を3回した。
    「フォル・フォラ・フリッグ・フッラ・・・・・・」
     ファウスト先生は、よくわからない単語をひたすらに紡ぎ始めた。
    「シャイロック~。ほらほら見て!ファウストが、口頭で魔法陣を書き足してるよ!組み上げたすでに発動している魔法陣に、術者が書き足すなんて最高にイカれてる!ほら!見て!早く!」
    「見てますよ。少しお黙りなさい」
    「ん〜。やだ!」
    「ムル」
    「・・・・・・にゃ~ん!」
     漫才のような会話が西の座で交わされている中、まず拮抗している3層の魔法陣の外周を2本の円が囲んだ。そして線を延長するように1層あたり12個に区画を分割し、内側から記号が、先生の息継ぎのない言葉に反応して次々に書き込まれていく。
    「なんだかよくわからないけど、すごいな」
     カインがほめた。
     正直なところ、俺たちにできることは何もない。魔法陣と拮抗している光弾の山に、さらに光弾が積み上がっても、見ていることしかできない。
     そうこうしている内に5層の魔法陣の枠内はきれいに埋まっていったが、それだけだった。イメージとしては3層の魔法陣の外周に飾りをつけた。そんなかんじで、魔法陣としては発動していない。
    《サティルクナート・ムルクリード》
     ファウスト先生が呪文を唱えた。反応はない。
    《ツァダイ・ウェルクルエッド》
     ちょっと、火花が散ったように見えた。
    《テトラモルク》
     反応なし。
    《ヴァウギメートル》
     雷のような反応が見えた。
    「惜しい」
    「惜しかったのう」
     双子先生が論評コメントを言い始めた。
    《ティファト・レーシュ》
    「はずれじゃな」
    《クナト・ヴァレイヴ》
    「あともう一息」
    《トラハトル》
    「もう一歩足らんな」
    《イエソリド・ネツァク》
    「いい線いっとる」
    《ケテル・アツィルド》
    「おお。割といい感じ」
    《アイン・ソフ・ケセド》
    「だめじゃったか」
    《ウーヌス・アド・オムニス》
    「これは惜しい」

     出し尽くしたのか、ファウスト先生は押し黙った。
     そして天を仰ぐ。さらに光弾が積み上がり、先生の敷いた巨大な魔法陣がきしみ始める。
    「・・・・・・。・・・・・・・・・・・・。《ポッシデオ》」
     それは、先生には似合わない小さな小さな声だった。
     唱えた途端、外周2層の魔法陣が光を放ち始め、魔法陣全体がゆっくりと回りだす。
    「冗談だろ?」
     唱えた本人がうろたえた声でつぶやいた。その直後、ファウスト先生が急に電撃が走ったように全身をこわばらせ、先生の体から遠目からもわかるくらいの煙が立ちのぼった。魔法陣と拮抗していた光弾の山が融合しあって一つの大きな塊に変容していく。
    「ファウスト先生!」
     俺は、先生に駆け寄りたかった。でも、座の境界線は俺を通してはくれない。
     発動した魔法陣が先生の体を焼いている。魔法陣は先生という贄を享受して、その巨大な円を回す速度をどんどん早めていったが、それ以上の動きはしない。
    「魔法陣にとっては、ファウストの魂は大きすぎるって!魔法陣が戸惑ってる」
     まるで、魔法陣そのものと話をしたかのようにムルが言った。
    「ムル!ファウスト先生の魂ってなに?」
     絶望が、俺を支配する。
    「触媒がないんだよ。ヒース。ファウストは自分の魂を糧に魔法陣を描いた。魔法陣そのものがファウストだから、《大いなる厄災》のあの光の塊のエネルギーを体で受けてる」
     ムルの言葉に、さーっと血の気が引いた。
    「ファウスト!早く、それを《大いなる厄災》に返して!」
    「ごちゃごちゃうるさいな!外野はすこし黙っててくれないか」
     ファウスト先生が叫んだ。
    「ファウスト先生!」
    「今、やってる!ヒースも黙って見ていなさい」
     ムルの言葉の通り、先生の体と魔法陣のあいだに無数の糸のようなものが見えた。ファウスト先生はそれをうしろに引っ張るようにゆっくりと後ろに下がる。ファウスト先生の決死の後退に魔法陣の中心が引っ張られて、漏斗のような形に魔法陣がゆがんだ。
    「さっさと、空に、還るがいい・・・・・・!」
     ファウスト先生が魔法陣に向かって走った。そしてその魔法陣の中心に、助走を活かして跳び蹴りを食らわす。
    「物理じゃな」
    「物理じゃの」
     双子先生の呆れた声がやけに印象にのこった。
     回転する魔法陣ごと《大いなる厄災》が放った光の塊は、《大いなる厄災》を巻き込んでそのまま空を駆け抜けていく。風船についたひものようにファウスト先生の体も引っ張られた。
    「双子先生!今だよ!《エアニュー・ランブル》」
    「「せーの!《ノスコムニア》」」
     その魔法陣とファウスト先生をつなぐ糸のようなものが、3人の魔法によってほぼほぼ断ち切られた。が、全て断ち切ることはかなわず、ファウスト先生の体は空高く運ばれる。
    「《ヴォクスノク》」
     厳かな声が聞こえた。そのあとゆっくりとファウスト先生の体は降下を始め、やがて北の座にべしゃりと着地した。
    「ファウスト先生!」
     北の円座の真ん中で、体から煙をあげ、黒い衣装も相まって、消し炭のようになっているファウスト先生を俺は必死に呼んだ。
     石にはなっていない。それだけはわかる。だけど、先生の声が聞きたかった。
    「・・・・・・何をしている」
     もぞりと消し炭のような塊が動いて、よろけながら立ち上がった。
     《サティルクナート・ムルクリード》
     そして呪文を唱えると、魔道具の大鏡の傍ら、立ち上がった先生の正面に細身の両刃の剣が出現していた。遠目にもさびなどは見あたらない、美しい銀色の剣だった。
     先生は言葉を失って、その剣の腹を指でなぞる。
    「・・・・・・あぁ。レノ。生きて、いるんだな」
     頭上で、きらりと物騒な光が瞬いた。
    「ファウスト先生!」
     《大いなる厄災》は、最初に見えた位置よりも遠くではあるが、まだ空にいた。小さな光弾が、北の座を中心に降り注ぐ。
     ファウスト先生は召還した剣を手に持ち、光弾をたたき落とし切り裂いた。
    「あと、少し、なんだよ。・・・・・・僕に、ついてこい」
     俺は、先生の言葉にはっとした。よくわからないが、こんな時に目に涙が幕を張って前がよく見えない。それでも、俺はやらなければならなかった。
    「《レプセヴァイヴルプ・スノス》」
     残っている全魔力を、俺は放った。それを合図に次々と呪文を唱える声が聞こえる。

       ***

     気づくと、魔法舎の中に戻っていた。
     探すまでもなく、ファウスト先生はオズに抱えられ、生き残った魔法使いたちに囲まれてどこかに連れられていく。
    「・・・・・・行かなくちゃ」
    「ヒース?」
     隣り合って戦っていたからか、魔法舎に戻ったときにもカインが傍らに立っていた。
    「賢者の塔に賢者様をお迎えに」
    「え?おい、ヒース。俺も行くから、ちょっと待ってくれ」
     ぼんやりと、魔力もほとんど残っていなくて、思考もまとまらない頭で、ただ使命感のようなものが俺を満たしていた。

    ーー・・・・・・塔にはまがい物の魔法が取り囲み、どちらにつくかを迫るだろう

     星夜に微笑む美しい佳人の声が聞こえたような気がした。






    喜野 こま Link Message Mute
    2020/05/15 12:49:09

    星詠君③ 前厄災戦の記録

    #ヒースクリフ視点
    #妄想がほぼ10割なのでこれは幻覚ですよいいですね
    #まほやく
    #二次創作

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