星詠君②外 大好きな青紫の話 王都に聖ファウスト聖堂なるものができた。
できたというのは語弊があるのかもしれない。まだ落成式は済んでいないのだから。
無人の聖堂は静かすぎて寂しい。
荘厳なステンドグラスを背景に祭壇の中央に大きな鏡がはめ込まれ、その前に祈りを捧げる聖ファウスト様の象徴として百合をあしらった金色のオブジェ。その脇に燭台が設けられている。
これは、本当に、お兄さまをご存じの方が設計されたのね、と思う。
お兄さまはいつも、おじいさまが密かに呼び寄せた魔法使いが置いていった大鏡の前で、祈りを捧げていた。それを知っている人の所行で間違いないと思う。おそらくお兄さまは、幼なじみのすかぽんたんと村をでてからもその習慣は欠かさなかったはずでしょうから。
ただし、聖ファウストを奉る聖堂を建てると宣誓して、実際に建立したのは、アレク・グランヴェル国王陛下の粛正から免れるためなのだから、大変に動機がケガレている。
アレク・グランヴェル わたくしは彼が嫌い。わたくしから大好きなお兄さまとマリーロージア姫を奪い去った。その上で、わたくしと姫様の侍従長を第2・第3婦人に迎えようというのだから、正直言って張っ倒したい。理由がこれまたすごく馬鹿馬鹿しい。理由は単純明快。ファウストとマリーロージア様の話を聞かせてほしい。あと、マリーロージア様が命を懸けて残された王子を次期王として育ててほしい。乳母としてあるよりは優位だろう、ですって。そこに側室要素がどこにあるのか。わたくし達を馬鹿にするにも程がある。まぁ、かわいい王子の側にいられるのはうれしいけれど。
あぁ。わたくしの簡単な経歴をお話しいたします。
わたくし、中央の国のフィリップ男爵領にて生を受け、お父さまとお母さまと兄のファウストと4人で仲睦まじく生活しておりましたが、ある日、父がいなくなり、おじいさまのおられる村に居を移しました。
お兄さまが幼なじみのすかぽんたんで村長の息子のアレク・グランヴェルや他の村人たちと革命のために軍を発してから、おじいさまは体調を崩され、革命軍の首領がすかぽんたんの方だと知ったとき、なぜファウストではないのかとおっしゃられたときにはちょっとわからなかったのですが、おじいさまはかつて中央の王都で騎士団におられて、騎士の称号をお持ちだったそうで、先が長くないと思われたときに、おじいさまの伝手でなぜかフィリップ男爵の養女となり、再び、母と共にフィリップ男爵領にて生活するようになりました。母はフィリップ男爵領で今も健やかにお住まいです。おじいさまは天国に旅立たれました。
そして、今度はフィリップ男爵の養女という身分で、わたくし、ヴァランタン公爵に侍女としてヴァランタン公爵の城に入りました。ヴァランタン公爵の姫のマリーロージア様に仕えるためです。
兄のファウストは、父に似て美しい方でした。けれど、わたくしは母に似て、二人並んでも兄妹とわかる人は初見ではいらっしゃいませんでした。
あのすかぽんたんは、やせぎすのところと姿勢の良さはそっくりとかいっていましたけれど。
ところが、わたくしより兄にとてもよく似た方がいらっしゃいました。マリーロージア姫です。
髪色や髪の質は違いました。姫様はプラチナブロンドのまっすぐな御髪でしたが、目元がとてもよく似ていて、瞳の色がお兄さまと同じ青紫色でした。笑うととてもとても雰囲気が似ていて、本当に、懐かしい気持ちでいっぱいになりました。中身は全然違いますけど。マリーロージア姫は、あの公爵様が持ち合わせていない清らかな部分を集めたような深窓の姫で繊細でお優しい方でした。
ヴァランタン公爵は、北の大魔法使いオズに滅ぼされた中央の王家の親戚筋で、今はない王家の血を一番濃く引いておられるお家柄なのだそうです。
そのマリーロージア姫が、突然、公爵の命でご結婚されることになりました。
公爵が革命軍に加わったことは存じ上げていました。でも、わたくしは、姫の侍女で、公爵領に姫と共におりましたので、兄やすかぽんたんに会うこともなく、ラウィーニアという姓も名乗ってはいませんでした。だって、今の身分はフィリップ男爵の娘なのです。ラウィーニアとは名乗れません。
あぁ、そのマリーロージア姫様のお相手は、中央の国でグランヴェル王朝を開いたすかぽんたんでした。
はしたない言い方をすれば、・・・・・・ちょっとまてよ。このすっとこどっこい。どの面下げて姫と婚約なんだよ。と思いました。
でも、わたくしだって、人のことは言えないのです。
あとから聞いた話ですが、公爵は、すかぽんたんと姫との婚約の前に、国家に反逆的な魔法使いを数名処刑するので黙って承認しろ、と、アレクに魔法使いの名前を明かさずに迫ったそうです。処刑は速やかに翌日に行われ、同日に姫との婚約が成立しました。
アレクは革命で倒した魔法使いの生き残りだと思ったようですが、火刑に処されたのは、兄と、革命軍の中で政治的な発言をしていた魔法使い達でした。
聞くところによると、刑に処された魔法使いの名前を翌日にしり、狂ったような叫びをあげて、処刑場の横に埋められた穴を掘り返したそうですが、そこには兄のなれの果てのものだけがなかったのだといいます。
同時に、王都にいた魔法使い達と、古くから革命軍にいた人間達の姿が忽然とかなりの割合でいなくなったそうです。処刑場とその傍らを管理していたはずの墓守の姿も消えたという話でした。
そんなことの後なので、姫がグランヴェル城に輿入れしたときのあのぽんこつの顔はひどいものでした。まぁ、それも、姫のご尊顔を拝した途端、ぽかんと間の抜けた顔をして、後ろに控えていたわたくしの姿を認めてさらにおもしろい顔になりましたけど。
そのあとは、なんかもう笑えるくらいあのすかぽんたんは、マリーロージア姫を口説いて貢いで通って、会えない日は1日に何通も手紙を送って、もうご夫婦なのにも関わらず、あの献身ぶりには脱帽いたしました。
仲睦まじいお二人だったのです。けれども、その蜜月もたった1年で終わりを告げました。姫は、男子を出産され、産後の肥立ちが悪く、1ヶ月も経たない内に世を去られておしまいになられました。
姫がお亡くなりになった夜、アレクと旧王家の血を引くの中央の国のお世継ぎのお部屋で、アレクの小さく丸くなっていた背中が忘れられません。
陛下の乱心は、姫の葬儀を終えた次の日に起こりました。
最初の被害者は、側近のジーベル卿でした。朝、陛下の私室に呼び出され、なんの粗相をしたのか突然斬殺されたのだといいます。
その直後、急に姫の遺児である王子の周囲をものものしい兵士達が取り囲み、旧王朝の貴族の兵がやってきてもあっさり返り討ちにしておりました。
その間に、次々に、陛下をないがしろにし、好き放題していた旧王朝の貴族と取り巻き達が粛正され、それらの旧王朝の貴族達の今までの所業の責任をヴァランタン公爵が問われ、ついには陛下から毒杯を賜り、ヴァランタン卿も表舞台から消えました。
アレクは鉄槌を下す前に、必ず、命乞いならファウストにするんだな。できるものならやってみるがいい。というようなことを言ったそうです。こちらとしては、まぁ、わたくしがお兄さまの妹だなんて知るものはいないので関係はないですが、ラウィーニア家のものとしては大変迷惑な話です。
やがて、粛正される前に、革命に貢献した聖なる魔法使いのファウストを信奉するものがでてきました。大概の大物はすでに刈り取られておりましたので、生き残っている方々は粛正対象外だったのかもしれませんが、実際に粛正される直前に、自分は、聖ファウストを信仰している。その証拠を示すために聖堂を建てる。許可をいただきたい。と命乞いをする者が複数現れて、この聖堂がこうして建立することになったわけです。
アレクもアレクで、それでは建ててみるがよい。その聖堂が私の知るファウストと別人のもののようであったなら、命はないものと思え。とかなんとか言ったとか。
その方達は、お兄さまの人となりを知るために、王都を去った革命軍にいた魔法使いやら人やらを全力で呼び戻しました。
もともと、それまでは、邪悪な魔法使いが恐怖で支配していた王都です。技術を持った人間や善良な魔法使い達はいなくなってしまっておりましたが、その方達の全力の戻ってきてコールで、王都は再び息を吹き返したように活発になりました。
この聖堂ができるまでに何年もかかっています。生き残った貴族達は、その間、聖ファウストを讃えることを怠りませんでした。馬鹿らしいことに、祝日やらお祭りやら、あらゆる聖ファウストが作られました。
本当に馬鹿らしいお話ですけれど、最近、養父のフィリップ男爵とお話する機会がございました。
ヴァランタン公爵が、お兄さまが火刑に処されるときにそのお顔を見て、おじいさまと過ごした村に人を遣ったと。
その時には、おじいさまもお亡くなりになっていて、フィリップ男爵領に入った後でしたし、村の方々には詳しいことは何も話しておりませんでしたのでめぼしい情報は得られなかったようですが、フィリップ男爵から、お父様やおじいさまについてのお話もお伺いすることができました。
大魔法使いオズは、中央の国の王都にいた、王家も騎士団も全滅させたが、壊滅する前日におじいさまは赤子のお父さまを連れて騎士団を辞し、フィリップ男爵領にやってきたと。お父さまもお兄さまも美しい青紫の瞳だったが、旧王家の者の特徴的な容貌として、青紫の瞳があり、ロイヤルバイオレットといわれていると。
確証は何もない。何もないけれども、ふたつのロイヤルバイオレットから王たることを望まれたアレク・グランヴェルという男は、やはり王になることが必然なのかもしれない。残念ながら、王子の瞳はきれいな青なので、今後、ロイヤルバイオレットは継承されないのかもしれないけれど。
それにしても、お兄さま。こんなに祭り上げられちゃって、絶対、生きておられても、わたくしたちの前に姿はお見せになってくださらないわね。
馬鹿なアレク。ファウストに会いたいなとか言って、ちっともそれがわからないすかぽんたん。絵だの詩だの書いてる場合じゃないと思うわ。
本当に、わたくし、アレク・グランヴェルが大嫌い。
でも、この聖堂は、お兄さまみたいで好きかも。陛下に報告しなければ。