星詠君② 愛しい友よ。さようなら。 右腕が痛い。燃えるような、しびれるような、しみるような、いろいろな刺激が絡まって、痛くて痛くて仕方がない。それとは別に熱を出しているのだろう。体がだるくてベッドに埋まるような気さえする。思考はまとまらず、視界は曇ってよく見えない。
そんな時、冷たい水を浸したタオルが、優しく顔や首の汗をぬぐってくれる。
「・・・・・・ファウスト?そこにいるのか?」
そんなわけはないと思ったが、タオルの感触があまりに優しかったので思わず問いかけた。
《サティルクナート・ムルクリード》
やはり、ファウストだったみたいだ。幼なじみの呪文を久しぶりに聞いた気がする。
すっ、と霧が晴れるように熱や痛みが引いて、視界が明瞭になった。ベッドの横に据えられた椅子に座っているのはたしかにファウストだった。ファウストだったけど、
「あぁ。君か」
「ひどいな。僕だって君の幼なじみだよ」
「いや、だって君、他のファウストが認識してない君じゃないか。大体、君がわざわざ訪ねてきてくれる時は、なんか人払いしてるし、厄介事しか持ち込まないし、誰に言っても、ファウスト自身だって信じてくれないんだから、仕方ないと思わないか?」
星とおしゃべりするタイプのファウストは、私の言葉にふふっと笑う。
「アレク。君だって、最近は僕たちを遠ざけて、近寄らせてくれないだろう?今回だって、取り巻きの意見に押されて、僕たち旧陣営の提案した作戦を採用できずに利き腕を失った」
私は、はっとして先程までひとしきり痛んでいた右腕を見た。そこには肘から下の部位が消失していた。
「自業自得だと・・・・・・君は、言わないんだろうな。他のファウストが自分を責めないといいんだけど」
「そうだね。君の元に駆け寄ろうとしたけれど、近づかせてもらえなかったよ」
「ヴァグネル翁は、無事か?」
はっとして尋ねると、ファウストは手を膝の上に組んで、泣きそうな顔で微笑んだ。
「君を守って、先に旅立って逝かれたよ」
両手で顔を覆いたかったけれど、左手だけしか動かなかった。
ひどい戦いだった。泥仕合だった。それでも、私とファウストの剣の師匠で剣豪のヴァグネル翁は、余計なことは何も言わずに、私を鼓舞して剣を振るい続けた。その背中が目に焼き付いている。
「・・・・・・私の右腕を失わせたのは誰だ?」
「ジーベル」
私の口からはうめき声しかでなかった。
革命軍は、旧王家の血を引くヴァランタン公爵の軍が加わって、勢いを増し、大きく膨れ上がっていた。当然のように公爵の発言力は大きく、私を取り巻く顔ぶれもがらりと変わった。腰巾着のように振る舞っているが、実のところはヴァランタン公爵の手の者であるジーベルは、私に話しかける者や私が話しかけようとする者さえ管理しようと躍起になっている。
魔法で切り落とされた腕をつなぐことは可能だが、回収不可能な部位を作って再び元に戻すことはできない。ないものは作れない。魔法とはそういうものだと聞いているが、ジーベルは、知らない振りで、魔法使いたちをできるのにやらないと糾弾するネタに使うつもりだろう。それだけのために利き腕を失ったのか。私は。
「粛正は、目的を果たして権力を手に入れてからにしたらいい」
静かな幼なじみの声が聞こえた。あまりに平然とした声なので、かっとして思わずファウストの襟首をつかむ。
「何を言っているんだ!このままでは私や君だって、いつ殺されるかわからないんだぞ!」
それなのに、この幼なじみは平然とした顔をして続けた。
「アレク。君がどのように動こうと、僕は人間に火炙りにされるらしいよ」
「は?なんだそれ。君は、星とのおしゃべりは曖昧でよく覚えてないと言っていたじゃないか。だから、確定事項とも言えなくて、それで・・・・・・」
「うん。フィガロ様が北の予言者から伝言を頼まれたとおっしゃっていたんだ。だから、変えることは難しいと思う」
なんでそんなに平然としているんだろう。この友は。何か言ってやりたいのに、頭に血が上って言葉にならず、無意味にファウストの肩をなでている自分がよくわからない。
「これは予感なんだけど、その後、僕たちは一つに混じり合う気がする。それで、いろいろな感情も混ぜ合わせて、きっと君を想うんだろう。だから、僕は、今日はお別れを言いにきたんだ」
私は、口をぱくぱくさせながら、ファウストの顔をのぞき込んだ。本当に何を言っているんだ、こいつは。
「あぁ。もちろん、他の僕は、まだまだ君の側を離れないと思うけど、この僕は、多分、今夜しか機会がなかった。だから、アレク。さようなら。変えられない未来なら、それを最大限利用してほしい。よく考えて。全てを叶えることはできないだろう。でも、どうしても叶えたいことは譲ってはいけない。ねぇ、僕の大切なアレク。どうか諦めないでほしい。僕たちは君をいつも信じている」
私の大好きな幼なじみはそう言って、私の額にキスを落とした。
途端、痛みと熱が再びすごい勢いで襲ってきて、体が有無をいわさずベッドにめりこむ。
あぁ。ファウスト、我が最愛の友。せめて治癒の魔法は残していってほしかった。そうしたら、片腕だけでも君を抱きしめて引き留めることができたのに。いじわるなファウスト。やっぱり、星とおしゃべりするタイプの君は、厄介事しか残していかない。