アイオライト①菫青石に花が戯れる 幼少の頃から死が身近にあったせいか、自分の住処は魔法生物の剥製やら骨やら皮やらで溢れかえっている。
室内を照らす蝋燭も、魔法生物の脂から作ったもので、それ自体が魔力を伴って部屋の浄化に作用している。
・・・・・・俺としては気にならないんですけどね。時折、訪れては、大騒ぎする花みたいな人がうるさいので。
「やっほ〜。ミスラ、元気ぃ?元気に決まってるかぁ」
ばーん!と勢いよく玄関先の扉が開いて、先程、思い浮かべた魔女が姿を現した。外の、雪をはらんだ風が室内に遠慮なく吹き荒れて、室内を白一色に染め上げる。
・・・・・・その人は、失敬、失敬、とか言って、扉をやっと閉めました。
「じゃん!おいしいお茶もらったんだよ〜。いいでしょ」
「はぁ?」
「ミスラ、淹れてよ」
「鉄瓶なら、今は違うものが入っているので、使えませんよ」
世間では、大魔女チレッタなんて呼ばれているその人は、きょとんとした顔をしたあと、腰に手を当ててぷりぷり怒りはじめる。
「茶器ないの?なんでないの?あるよね。出してよ」
「あなたは持っているんですか?」
言われて、うーんと考えるそぶりを見せるチレッタ。この野生児のような女が持っているとは思えませんけど。
「ファーちゃんのところにあったみたいなのはないかも」
「・・・・・・ふぁーちゃん。誰です。それ」
チレッタはにんまり笑って、テーブルの上の隙間に貰ったとかいう茶葉の入っている袋を雑に置いて、木製の椅子にどかっと座った。
「それがさ〜。東の空を飛んでたら、なんかフィガロの気配がしたから近寄ってみたら、ファーちゃんだったんだよね」
全くよくわからない。しかもフィガロ。考えるのも嫌だ。
「だから〜。フィガロはいなかったの。そこにいたのはファーちゃんだったの。あんなに可愛いのに、呪い屋さんなんだって。似合わな〜い」
思い出したのか、腹を抱えてきゃらきゃら笑う。
「なんか、自分が石になったときにフィガロが回収するっていうことになってるんだけど、自分の石には価値がないとか言ってたから、目印を消し忘れたんだろうとか言ってたんだけどさ。あれ、目印じゃなくて、加護のような気がするんだよね〜」
あのフィガロが、加護?ありえない。
「変でしょ?本当になんで気配を感じたのかわからないくらい一瞬だったから、本当のところはわからないんだけどね〜。でも、近付いてみてよかった〜。お陰でファーちゃんに会えたし」
「気のせいなんじゃないですか」
「気のせいでいいんだってば。今度、フィガロに鎌掛けようっと。でも、絶対に教えてやらないんだ〜。ファーちゃんの居場所」
うふふと口に手を当てて、チレッタは笑ったあと、急に考えるように天井を見上げた。
「ねぇ、ミスラ。光を捕らえようとしたら、ミスラならどうする?」
「はぁ、なんですか。突然」
「ん〜。あの子、不思議なんだよね」
そう言って、指先に炎ではなく光を灯す。
「光そのものは拡散してなくなっちゃうじゃん。黒っぽい容器に入れたら留まると仮定して、たとえば黒っぽい藍晶石の中に光を閉じ込めたら、青紫みたいな菫青石になったみたいな子なんだよね〜」
「そうだとしたら、その人のマナ石は相当稀少なのでは?」
「マナ石以前に、それが人の形として在ることが稀少なんだよ。だから、とっても扱いが難しいの。それでいて頑丈そうだからおもしろいんだけどね」
そこでうふふとまた思い出し笑い。
「ファーちゃんて、綺麗で可愛いの。なのに、フィガロみたいになりたいのかなぁ。クールでダーティなかんじがいいんだって。無理無理。そんなの・・・・・・ミスラがキュートでファンシーになりたいって言ってるみたいなもんじゃんね」
そこで、チレッタは俺を見た。口の中でもう一度、きゅーとでふぁんしーとか言っている。
「やだぁ。ミスラが、きゅーとで・・・・・・」
ぶはっ、とチレッタは吹き出した。
「あなたが勝手に言ったんでしょう。大体なんですか。きゅーと?でふぁんしー?」
問いかけても、チレッタは意味を言わずに腹を抱えて自分の笑いに埋もれ、息をするのも忘れている。
・・・・・・ほんとに失礼な女だな。この人。
「みすらぁ、くるしいよぉ。わ、わらいがとまんない。おなかいたぁい」
その上、すがりついてきて、ひぃひぃ笑っている。
「息してください」
「むり〜」
そんな馬鹿らしい問答を繰り返しても意味はなく、時間とチレッタの笑い声だけがしばらく続いた。
「はぁ〜、笑った。笑ったらのど乾いちゃった。ファーちゃんのところから茶器もらってくる!じゃあね」
そう言って、チレッタは外に飛び出していった。
・・・・・・まぁ、箒で行き来しているのに、数時間後には茶器を抱えて戻ってくるんですけど。
「ミスラ、お茶淹れて〜。今度、行ったときは、ねこちゃんの茶器でお茶淹れて貰うんだ〜。いいでしょ〜」
「淹れ方しらないんで。自分で淹れてくださいよ」
「よっしゃ〜。まかせて!」
よくわからない爆発が起こるまであと数分。