愛のかたち「俺の愛はヒースのかたちをしている」
「・・・・・・・・・・・・。そう」
「・・・・・・・・・・・・。まぁ、その、いいんじゃないか?」
ファウスト先生とネロは、中庭で晩酌を楽しんでいただけだ。そこにシノが一直線に歩いていってそうのたまった。
反応に困るのはよくわかる。
俺もシノが力強い足取りで中庭に歩いていくのを見かけたから、後を追って来てみたけど、俺の名前が聞こえてきたのによくわからなくて混乱してる。
「あ。シノくん、腹が減ってるんだろ」
「減ってる。けど、いまはいい」
ファウスト先生が、すっかり酔いが醒めた様子で、小さくため息を付いてシノの肩に触れた。
《サティルクナート・ムルクリード》
先生の呪文を唱える声が聞こえると、椅子を2脚と、ポットから湯気を立ててるティーセットと、なぜか俺の肩にストールが掛けられた。先生自身は纏っていたケープをシノに着せて、「とりあえず座りなさい」と着席を促した。
「魔法使いは心で魔法を使うと言っているだろう。体を冷やす・空腹・寝不足は心に悪影響しか及ぼさない。ヒースと仲直りはしたのか」
ここからはシノの後ろ姿しか見えないけれど、シノはうつむき加減に無言だった。
実は、仲直りはしていない。なにがきっかけだったのか正直思い出せないくらいの定番の言い争いだったけど、タイミングが合わずに仲直りはできなかった。
「ヒース」
気づくとネロが俺の傍らに立っていて、小声で話しかけてきた。
「あれ、どうした」
定番の、とは思ったけど、シノにとっては違ったのかもしれない。でも、俺にはわからなくて、首を小さく横に振ることしかできなかった。
突然、ネロは俺の頭をくしゃくしゃにして2人の方に行ってしまう。
「先生、それなんだよ。俺にもくれよ」
「いや、シェフのきみに飲ませるには・・・・・・」
え? なんだろう。
「結構うまいと思う」
シノが落ち着いた様子でそんなことを言っている。
結局、ネロの押しにまけた先生から受け取った固形物を、ネロが2脚のティーカップにそれぞれ放り込んでなみなみとティーポットのお湯を注ぎ、ティースプーンでかき混ぜた。
その内のひとつを持ってファウスト先生の隣に戻る途中で、ネロが俺に向かって手招きしてくれたので、俺はファウスト先生の出してくれた椅子に座り、カップを手に取った。
においからしてスープ。コンソメスープだった。
ほんとだ。結構おいしい。
あたたかいものを摂取したとき特有のほっと力が抜ける感覚を堪能して、視線を上げるとシノと目が合った。
「な、なんだよ」
「いや。ヒースにも飲ませたいと思ったから丁度よかった。ファウスト、もう1杯のみたい」
ファウスト先生が、しかたないな、と、もう1杯淹れてくれる。
「で。これ、どうしたんだ。先生」
「スープだけど?」
「作ったの?」
ファウスト先生は、どことなくバツが悪そうに、
「ああ。きみの信念に反するかもしれないけど、携帯食にできるか試しに魔法で水分を抜いた。そのなれの果て」
「いや、まぁ、俺が魔法を使って料理をするのは信念に反するけど、ファウストはいいんだよ。大体、スープ自体に魔法使ってないんだろ?」
「そうだけど」
「じゃあ、いいじゃん。ふ〜ん、携帯食ねぇ。ファウスト、俺の飯に飽きた?」
「そんなわけないだろ。そんなことを言うなら、きみにはもうあげない」
「いやいやいやいや。口直しにはいいよ。ほら、酒ついでやるから」
なんだか、ネロとファウスト先生が口喧嘩をしそうになっていて、シノと俺は思わず顔を見合わせる。
「おい。喧嘩はやめろ」
ファウスト先生とネロは、二人でこちらをみて吹き出した。
「喧嘩してたのはお前らだろ」
「今はしてない」
あ。してないんだ。
まぁ、たしかに今はしてないかも?
「まぁ、いいけどさ」
「じゃあ、さっきの愛の・・・というのはなに?」
おいおい。というかんじでネロがファウスト先生を見た。
俺は気になってシノを見る。シノは小さいテーブルの上のつまみを頬張っていた。シノ・・・・・・。
「うまい」
「そうだろう。体を冷やす・空腹は、なにか考え事をするときには極力排除すべきだ。覚えておきなさい」
「わかった」
スープを一口飲んでから、シノは深くうなづいた。
「ヒースも食っていいぜ」
ネロに言われて、俺もご相伴に預かる。
「なぁ。俺の愛のかたちはヒースのかたちをしているのに、どうしてマナエリアやアミュレットにならないんだ?」
飲み物を口に含んでなくてよかったけど、食べ物で俺はむせた。
背中をさすりながら、ネロがコップに入った水をくれる。
「人物が場やものになるわけねーだろ。人物ってのは、場や物に彩りを加えるもんだ。・・・・・・なんだよ?」
3人の視線に、ネロが引いた。
「ネロ、かわいい。・・・・・・それはともかく、魔法使いは己の心と自然をつなぐ者たちだ。だが、心と自然をつなぐように、心と心を望んだときに完全につなぐということは、本人たちが互いに想っていても困難なことだ。たとえば強化魔法をかけるときも、それを踏まえていないと結果が大きく異なるだろう。特に高位の魔法になればなるほど、重要なファクターになる」
「あ〜・・・・・・。それはそう・・・カモナ?」
なにか思うところがあるのか、ネロがエプロンのポケットに手を突き入れてそっぽを向いた。
「だから、マナエリアやアミュレットは別に用意して、それを強化するという意味では、きみの愛のかたちに同行してもらうといいこともあるかもしれない」
愛のかたちとか、言わないでほしい。
なんだか、俺自身がいたたまれなくなって、うつむいてしまう。
「なんだ。いつもと変わらないじゃないか」
その横でシノがそんなことを言った。
「まぁ、そういうこともある。目的と手段は異なる。そうはならない場合もある」
テーブルの下で俺の手を握って、シノが力強くうなずいた。
「ほら、きみたちはもう寝なさい。それらは明日返してくれればいいから、そのまま部屋に帰るといい」
「そうする。スープも料理もうまかった。また食べたい」
「ファウスト先生、ネロ。ごちそうさまでした」
ファウスト先生とネロに見送られて、俺たちはなんとなく手をつないだまま部屋に戻った。
部屋の扉の前で、名残惜しそうに手を離してからシノが言った。
「よく覚えていないが、俺が悪い部分もあったと思う。悪かった」
「俺も、よく覚えてないけどよくなかったところはあったと思う。ごめん」
いつもなら、新たな喧嘩になりそうな言い方だったけど、なぜかこの日はそういう気分にならなかった。俺たちは軽く握手すらして部屋に入った。その日はよく眠れた。