朱色の果実 ネロこと俺は思う。この関係は蜜より甘い毒のようだと。
まぁ、とかく色っぽいものではないけれど。
友達以上、情人未満。あるいは、友達であり、欲をさらけ出し合ってもなんら問題ない関係。
けれども、相棒というには他人行儀で、秘密は秘めたまま。お互いに知ろうと思うことはなぜか無い。薄情なようでぬるま湯に浸かっているかのようだ。同じ東の国の魔法使い、ファウストとの関係は。
「手紙。なんでかしらないけど僕の部屋に届いていた」
そんなファウストが、片手に封を切っていない手紙、片手に酒瓶をもって俺の部屋をノックしてきた。
「俺に手紙? あぁ、これ・・・・・・」
「別に説明はいらないよ」
気になるか聞く前にこうである。ちょっとは気になって欲しい気もするし、説明が面倒臭い気もする。
今夜のファウストは、いつもは上から下まで黒ずくめだが、さすがに今は軽装だ。帽子とケープは外してきていた。そうするとダークブロンドの巻き毛が照明を反射してなんだか豪奢に見える。やたら細いからだのラインが露わになって、料理人としては少し肥えさせたくもなるが、そのなんともいえない曲線美を保って欲しい気もするから複雑だ。まぁ、本人はおそらく、まったくもって無頓着なんだろうが。
「なに? 部屋に入れてくれないの?」
「そんなわけねぇよ。それ、結構いいやつじゃん」
酒瓶のラベルに視線を向けると、ファウストは丸いサングラスに半ば隠れた切れ長の目を嬉しそうに細めた。まぁ、ここだけの話、帽子をかぶっていないと、ほんの少しの身長差から上目遣いに見てくるから、結構、可愛いげがある。割と年下だしな。
ベッド横のテーブルに、予備の折りたたみの椅子を出してやると、当然のように元からある椅子に座るのもなんだか可愛らしい。まぁ、単純に調理場が近いのが簡易椅子を置いた方だからなんだが。
「んー。それには、このチーズが合うかな。あとはオリーブ油漬けの豆とか・・・・・・。下手に調理するよりは、素材の味が濃いやつをそのまま。それでいいか?」
「いいよ。いつもありがとう」
これだよ。見てればわかる。ファウストは1人の時は自身も調理をするやつだから、さり気なく労ってくる。それでいて近づきすぎず、離れすぎない。よそからみたら少しよそよそしいと感じるかもしれないが、そのくらいが東の国の人間にはちょうど良いのだから仕方がない。
静かに進む酒の席で、俺はさっき手渡された手紙の封を切った。ざっと目を通して、こめかみを掻く。
「律儀なことで・・・・・・」
ファウストがわずかに視線をこちらに寄越した。別に催促しているわけではない控えめなものだ。でも俺は、少し酔った振りをして話すことにした。
「むかぁしさ。ある組織がばらけて、残ったがきんちょどもが大人になるまで食わせてやってたことがあるんだよ。大した期間じゃないし、そいつらとっくに寿命で死んでんだけど、そいつらの子孫が雨の街のあの店を譲ってくれて、まぁ、だめになったから連絡したんだけどさ。・・・・・・今度は場所を変えたらどうか、なんて・・・・・・」
「ふぅん」
少し酔っているのだろう。ふんわりした雰囲気になっているファウストがひとつ相槌を打った。
「魔法舎を1号店にするんだから、今度の店は2号店だな」
「なんでだよ。そうしたら中央の国の魔法使いって事にならねぇ?」
なんとなくファウストの右手の指の動きを追いながら言うと、ふいにその右手が俺の左手に絡まってきた。
「やだよ。ネロは東の国の魔法使いだろ」
「先生が言ったんだろ。なぁ、ファウスト」
よく見ると透き通るような白い肌がアルコールで色付いている。・・・・・・とても、とても美味そうだ。
「・・・・・・食ってもいい?」
「いやだよ。この悪食め」
可愛くない言葉を紡ぐ朱色に染まった唇に、本当はまんざらでもないくせにと俺はキスをした。ファウストはそれを避けることはしなかった。
友達なのか恋人なのかわからない。それは毒のように癖になる蜜のようなものなのだ。