アイオライト⑥天水の横槍に猫が呆れる ふと目を閉じると浮かび上がる。
雪原。薄い色の丸いサングラスの奥に見える紫紺の星。
首を貫いた刃物の冷たい感触の後の熱さ。
ミスラ、と必死に呼びかける声。
「・・・・・・それで? 珍しく俺の部屋に来たと思ったら自慢話?」
「ええ。まぁ。それでもいいですけど、違います」
「どっちなんだよ」
呆れたように壁にもたれて、フィガロが言った。
「もう一度・・・・・・」
「昨日もお楽しみだったんだろ? それじゃだめなの」
いつの間にか、フィガロの手に飴色の酒の入ったグラスが出現している。
「俺にもくださいよ」
どうでもいいことですけど、俺の言葉に驚いたのはフィガロの方だった。
「珍しいね。相当だ」
と言いつつ、こういう時にはくれないのがフィガロなんですよね。
「う〜ん・・・・・・。じゃあさ、今回はマナ石はいらないから、見学させてよ」
俺ではなく、斜め上に視線をやってフィガロが言った。
「は? いやだけど」
というわけで、先日連れてきた北の国の雪原に、再び空間転移魔法で連れてきたわけですけど、全身黒ずくめの俺の恋人ははっきり聞こえる声でそう言った。というか黒い帽子しか、俺からは見えないんですけど。
「えぇ? いいじゃない。付き合ってあげたら」
「ミスラ。なんでこの男がここにいるんだ」
参ったな。相当、面倒くさい。
「だってきみ、強くなりたいんでしょ? ミスラが相手してくれるっていうんだから乗っかればいいじゃない」
そうフィガロに言われて、噛みつけば面白いのに、顎に手を当てて黙考するのがファウストというひとなんですよね。そういうところ、変な人だなって思います。
「ミスラ、そうなのか?」
「はい?」
ファウストの顔が見たくなって、俺はファウストの帽子を鷲掴んで自分の頭に置き換えた。
「ミスラ!」
帽子をとっただけで、ファウストの顔が比較的見えるようになった。強い紫の光が俺を射抜く。ついでにサングラスも掛けてみる。今日は珍しく青空が見えているので空の光を反射してぎらぎらした真っ白な景色でしたが、比較的まぶしくないかもしれません。
《ポッシデオ》
フィガロの呪文に振り向くと、ファウストの姿が前回やったときと同じキルト製の戦装束に変わりました。武器はないようですがサングラスもきちんと着けています。
「フィガロ! 何を勝手に・・・・・・」
「ファウスト」
静かにフィガロがファウストの名前を呼びました。
「・・・・・・・・・・・・」
「ミスラ。始めて」
・・・・・・。なんというか、フィガロって、言葉が少ないときの方が厄介ですよね。
そうやってなんとなく締まり悪く始まったわけですけど、面白くない。
こんなんでしたっけ?ファウストってこんなに弱い魔法使いでしたか?
つまらなすぎてイライラしてきて、なんとなく力任せに魔法を放ったら、箒で空を飛んでいたフィガロの魔法が俺の魔法を相殺した。
「ファウスト、なにをやってるの?」
代わりにフィガロが俺とやるつもりなのかと思ったら、フィガロがファウストの正面に降り立って、腰に手を当て小言を言っている。
あ〜。いやですよね。俺も双子とかチレッタとかそこのフィガロとかに小言を言われるの嫌いです。でも、何を言われているのか今回は少し興味があります。
「あの構文だと北の魔法使いには強度が足りないって言ったよね。今回は北の魔法使いの中でもミスラだよ? 効率重視で小さくまとまったらだめに決まっているだろう。本当に強くなりたいと思ってる? それとも冗談なの? せめてさっき俺がやったみたいに3重にに強化して。きみが120%の力を振るったとして70%ぐらいの威力だと考えなさい」
ファウストの声は聞こえない。というかじっと耳を澄ませて一言一句聞き漏らさないように聞いているみたいです。
「効率はこういう・・・・・・《ポッシデオ》・・・・・・かんじで仕込みに使うの」
ちりっとなにか小さな電流のような刺激が走った。びっくりしたようにファウストがこちらを見ている。
「? 何かしました?」
「うん。大したことはしてないけどちょっとした見本だよ。だからね、ファウスト。きみは清純派というか正当派なのはわかってるよ」
「僕は清純派じゃない。根暗な呪い屋だ」
俺をよそに、ファウストが初めて口答えをした。
「うそぉ。だって、きみ、武器に毒を塗ったり、呪いを付与して傷を負わせるとか、暗殺を主目的に行動することは性格的にできないじゃない」
まぁ、確かにできなさそうですよね。フィガロならやるかもしれませんけど。俺もそういうのはちょっと考えないですね。
「そんなことをしなくたって呪うことはできるだろ」
ほらね。
「ほらぁ。むしろ、そうされるのを防いだり、解呪する方でしょ。きみは」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・そ、そんなことない」
「それはともかく、今は魔法舎の面子はいない。きみは呪い屋然としなくていいし、魔法に限らず使える技術を出し惜しみしているとミスラは満足しない。逆にいうと、魔法以外の技能も加味しないと魔力の差は埋まらない。なんといってもあのミスラだからね」
よくわからないんですけど、フィガロが俺にむかって片目をつむった。
「ここに短剣と剣があるけど、どっちを使う?」
「・・・・・・・・・・・・。剣を」
「よし。シノなんかも武器を使うだろう。魔法舎に戻ればきみは東の先生だ。場合によっては今回の経験が君の生徒の役に立つときが来るかもしれない」
頬をなでるようにフィガロがファウストの髪をなでた。
「ちょっと。いやらしい手つきでファウストに触らないでもらえます?」
「えぇ? そんなことないでしょ。ほらほら、さっさと再開して。日が暮れちゃうよ。あと半刻ぐらいかな。楽しんで」
「・・・・・・半刻。わかった」
なぜかファウストは頷いて、10歩ぐらい俺から距離を取り、鞘から剣を抜いて切っ先をこちらに向けた。いつのまにか傍らにファウストの魔道具である鏡がこちらを向いている。
「参る」
ぞわっと髪の根本が浮く感覚。
いいですね。むらっとします。
ファウストに刃物というのは相性がいいみたいです。ファウストの気配が鋭くなって、魔法道具の鏡は魔法の幕を帯びて盾になったり、攻撃的な波動を放出したりで面白い。魔道具でもないただの剣が、ファウストの魔力を纏って迫ってくる。
ブラッドリーに銃。ファウストに刃物。・・・・・・でも、ファウストの魔法道具は鏡で。その鏡に刃物を添えると、ファウストそのものが氷の刃のような鋭い風になる。
「ははっ」
楽しくて思わず笑ってしまう。
なんでしょう。このひとは自分に役目を課したときの方が、無機的になったときのほうが、こんなにも有能だ。
だからといって、普段のなにか鬱屈としているようでいて、花がこぼれるような、石がやさしく光るようなそんな様も好ましいですが。
・・・・・・・・・・・・?
「ミスラ・・・・・・!」
ファウストの声が遠のいて、俺の視界が暗転した。
「だからさぁ、効率の使い方の見本をきみで試したって言ったじゃない」
「言ってません」
まだ手足に上手く力が入らない。
フィガロの部屋のベッドの上で、心配そうにするファウストの膝に頭を乗せて、うらみがましい視線で傍らのフィガロを見る。
ほんと、視線でフィガロを実際に刺すことができたらいいのに。思考がまとまらずに魔法も使えない。
「あと少しで回復するから、ついでに体を休めなさい」
「いやです」
「ファウスト。あとはよろしくね」
「あぁ」
こちらに手を振って、ゆったりとした足取りでフィガロが部屋を出ていった。
そっと指が頭に触れてくる。
「俺は、大丈夫です」
「そうだな。ミスラは大丈夫だ」
「頭、なでてもいいですよ」
「うん」
ファウストは、俺の毛並みがお気に入りのようです。だから、そういってやると少しほっとしたように表情をゆるめました。
俺も割とファウストに頭を触られるのは好きです。
目を閉じるとふわふわして、一瞬でしたけど、俺は眠ったようでした。