星詠君④-4従者の心得 これは夢だとレノックスにはわかってはいた。自分の記憶に近い夢だ。
状況としては、逼迫しているわけではないが、・・・・・・あまりよい状況でもない。
というのも、説明すると長くなるが、腕に覚えのあるらしい革命軍の新人兵士が、革命軍の長の横に立っている印象のファウスト様に喧嘩を売った。
レノックス自身も、その時分では比較的新参者ではあったが、この頃の革命軍は急激に人が集まり、古参よりも数が多くなってきているような雰囲気があった。軍を維持するためには食料や武器や金がなにかと必要で、軍の首脳陣の半分は、ひそかに後援してくれる有力者を説得して回っており不在だった。
もちろん、その新参者は、それを狙っての行動ではあったのだろう。軍内部を見回りしていたファウスト様に難癖をつけて、断れないようにファウスト様を囲み、決闘を申し込んだ。
ファウスト様は、あくまでも外見の話をするならば、剣を握れるのか首を傾げるほど、華奢で可憐だ。それでいて目力は強く、立ち姿はしっかりしていて、朗らかで清廉だ。声もよく通るし、話をしてみればわかると思うが人を不快にさせるようなことは一切無い。
しかし、どうあがいても、魔法使いである彼の体の年月は止まってしまっていた。彼は、壮年の姿にはなれない。初対面の者にとっては常に若造なのだ。成人男性であることは通せても、年齢不詳で通すには、ふとした仕草だけでも華奢で可憐と表現するしかないような幼いラインがうっすらと残ってしまっている。それゆえに、幹部が遊説に出かけるとき、いつも軍に残らざるを得ない状況でもあった。
けれども、実際のところファウスト様は、無鉄砲とファウスト様が評する軍の長であるアレク様を追いかけて、一緒に駆け抜けるほどの鉄砲玉である。
魔法使いだからということではない。
ファウスト様は、北の偉大な魔法使いフィガロ様に教えを受けて、それをレノックスを含めた部下の魔法使いたちに教えてくださってはいるが、実際のところ、魔法使い部隊が戦力の主力になるようにはなっていない。 また、魔法使いの数も人間に比べればかなり少ない。要するに大半の魔法使いは、工作兵よろしく裏方だった。
そうではなく、ファウスト様ご自身は初期の革命軍の頃から、人間の部隊を率いていて、もう何度も戦場を駆け回っている。
歩兵もこなすが、騎馬兵が必要であればこなすし、平然と騎射までこなしてみせる。軍がまだ小さかった頃は、斥候や偵察もやっていたらしい。
行くぞ、僕について来い。僕からはぐれるな、と言って、先頭を突っ走って、戦場を切り開いていくのだ。魔法使いだからという理由でできるものではない。むしろ魔法使いであることを前面に押し出すならば、そんなことはしないだろう。
つまり、ファウスト様は、見た目に反して戦士としてとても強い。
よって、その腕に覚えのあるらしい新参者の兵士は、拍子抜けするほどにあっさり負けた。しかも、悪いことに女みたいなやつに負けるなんて、と、吐き捨てた。
革命軍の中にあって、ファウスト様は奇跡のような人だった。ファウスト様に救われたという者が多く存在し、ファウスト様の影に跪いてキスをする者さえいた。
だから、新参者の兵士の負け惜しみに色めきたったのは、ファウスト様ではなく古参の兵士たちだった。古参の兵士たちもすでに歴戦の勇者である。ファウスト様の強さをよく理解してもいるし、信頼も厚い。だからこそ、ぬるい目で見守っていた中を、侮辱された上での逆上だった。
そんな、普段はファウスト様の前では温厚な親しい者達の殺気に、逆にファウスト様がその新参者の兵士を心配して保護する羽目になった。
保護されている間、ファウスト様と二人きりでしばらく問答をしたらしいその兵士は、その後、古参の予想通りにファウスト様に心酔し、それを証明するようなめざましい働きをしたが、その日のファウスト様は、その新参者を元いた場所に送って身の安全を確認した後、俺にひとりにして欲しいと言いおいて、テントにこもってしまって出てこなくなった。
・・・・・・という事情があって、レノックスは、今、とても困っている。ファウスト様の親友でもあるアレク様の帰りを今か今かと待ち望んでいた。
・・・・・・そうだ。これは、記憶に近い夢だった。気づいたら日は暮れていて、景気のいい話でもあったのだろう。兵士たちは焚き火を囲んで宴を開いていた。
レノックスは、帰還した革命軍の長のアレク様のテントで、ファウスト様の身に起こった事件の話を報告し終えたところである。
「・・・・・・なるほどね。それで、ファウストの出迎えがなかったのか。まぁ、ファウストは、どうせ鏡に向かって反省会を行っているのに夢中で、時間を忘れているだけだと思うがな」
羽根ペンでこめかみをかいて、その羽根ペンを簡易的なテーブルの上に投げ捨て、アレク様はレノックスの方を向いて座り直して足を組んだ。
「しかし、軍の指揮官が、気楽に決闘を申し込まれるというのも問題ではないですかな?」
アレク様の傍らに控えていたアレク様とファウスト様の剣の師にあたるヴァグネル翁が、豊かな顎髭をなでながら穏やかに発言した。
「たしかにそうですね。けれど、最近、新規参入者が増えたのはありがたいが、武器の扱いになれていない者も増えてきた。それを考えると、決闘を申し込むこと自体は戦えることの表明と言えなくもないんだよなぁ」
う~ん、とアレク様は腕を組んで状態を前後にゆらゆら揺らす。
「・・・・・・あ。ヴァグネル翁、あれを組み入れるのはどうかな。決闘ではなく、試合みたいな形で展開すれば、とりあえず剣の扱いは修得できるでしょう」
「二人剣舞のことですかな? しかし、あれを初心者がやるには大怪我の元ですぞ」
「あれをお披露目して、かっこいいとか思わせればしめたものでしょう?とりあえず、剣の修練のきっかけにはなる」
今度はヴァグネル様が、腕を組んでうなった。
「たしかに、儂が殉職した時には、追悼で踊って欲しいくらいの出来ではありましたな」
「オラ・サルバシオンだけでは不服だと?」
「いやいや。剣舞ぐらいの荒々しい方が、武人にとっては誇らしい。ご検討召されい」
「まぁ、オラ・サルバシオンは、ブレガリ神殿の神職や巫女から託されたものではあるので、残したい気持ちはありますが、翁がそうおっしゃるならもしもの時はご希望に添いましょう」
アレク様はそう言って立ち上がり、ヴァグネル様に向かって慇懃無礼に勿体ぶって会釈した。
「さて、レノックス。というわけだ。私はこれからファウストのところに強襲しに行くから、レノックスはファウストの剣と、ああ、いや、剣は持ってるか。軽装備の防具を用意して焚き火前で待機しておいてくれ」
「はぁ。・・・・・・強襲、ですか?」
アレク様はレノックスの鈍い反応に、ははっと朗らかに笑って、二の腕を叩く。
「いいかい、レノックス。ファウストの従者なら覚えておくことだ。ファウストはいい奴だ。頭もすごくよく回る。けど、とんでもなく頑固だ。最終的のは乗ってくれるのはわかってる。でも、説得には時間がかかりすぎる。結果はわかっているのに・・・・・・! だから、正攻法は時間の無駄だ。では、どうするか」
アレクは、身内だけに見せる悪い顔をして、にやりと笑って言った。
「ファウストに考える時間をやってはいけない。その上で、まず、結構重要なことだが、さりげなく腕を握る。腰や脚でも、まぁ、体勢次第ではよいだろう。あとは押して押して押しまくって、ファウストに『うん』と言うように促す。『はい』か『いいえ』ではなく、『はい』一択な。そして、礼を言って開始する。これだよ。時間があるなら、その後に時間をやればよい。あとはファウストがいいように準備してくれるからな」
レノックスは、無鉄砲の無鉄砲たる由縁を垣間見た気がした。
*****
気づけば、魔法舎の自室で、マグカップを2つ用意してコーヒーを淹れていた。カーテンを開いた窓からは星がきれいに見える。
そして、窓から視線を外した直後、こんこんとその窓をちいさく叩く人がいた。
「ファウスト様?」
レノックスは慌てて窓を開いて、その貴人を部屋に招き入れる。
「何を驚いている? レノックスが望んだんだろう。教室のドアを蹴破って入ってきたんだぞ。覚えていないのか?」
全く身に覚えがない。
「ふふ。そうだろうな。これはレノの夢だから。でも、覚えておくといいと思うよ。レノックス」
星が降るように静けさの中、ファウスト様は笑っておっしゃった。
*****
今度こそ、眠りから覚めた。
大きくのびをして外を見ると、朝日がのぞいたばかりの空は、大半がまだ闇に包まれている。
なぜかはっきりと覚えている夢の内容を反芻しながら、手早く身支度をして外にでた。
柔軟体操をしながら、いつもより硬くなっていたらしい体を念入りにほぐす。
そうしている内に、すでに日は高くなり、いつの間にか中央の魔法使いで元騎士のカインが、同じように柔軟体操をしていた。
そんなカインと挨拶を交わしながらハイタッチを終え、レノックスはカインに尋ねてみる。
「・・・・・・オラ・サルバシオンの当てはついたのか」
「ああ!ファウストが人に当たって用意してくれるって言ってくれた。それだけじゃないぞ。二人剣舞もできる見込みになった。俺、あれ、好きなんだよなぁ、二人剣舞」
「そうか。よかったな」
「ああ!」
ーーファウストに考える時間をやってはイケナイ。
夢の中の言葉が、歪に蘇る。ファウスト様が食堂に姿を見せるのはいつだったかといつの間にか時間を計っている自分がいる。まだ、少し早い。そして起き抜けに晴れていた空は、少し雲が多くなってきており、晴天というよりは軽く曇天だった。魔法舎を3周するぐらいが適当か。いや、汚れた姿では、憚られる。しかし、そのくらいの方がふいをつけるのではないか。
「レノックス。走らないのか?」
「いや、走る」
レノックスは、どうしても、彼の方が騎士として在るときには、従者として侍りたかった。それだけは他に譲りたくない。絶対に譲りたくなかった。
カインに断って、走り込みを早めに切り上げ、レノックスは足早に食堂に向かう。
食堂にはいると、少し眠そうに厨房に向かいかけているファウストの姿が見えた。
「おはようございます。ファウスト様」
「ああ、レノ。おはよう。今日は早いな」
幸運にもファウストが足を止めて、レノックスの方を振り向いてくれた。レノックスは自然を装って大股に歩を進め、ファウストの前で片膝をつく。
「ファウスト様、失礼します」
一応、断って、両腕でファウストの脚を抱えた。
「な、なに?レノ、どうし・・・・・・」
「中央の国の騎士団の葬儀を執り行われるとか。その方の従者として、侍らせていただきたい」
「は? レノ。僕は・・・・・・」
「オラ・サルバシオンの踊り手と二人剣舞の騎士の、従者としてあることの許可をファウスト様にいただきたいのです」
「レノックス、離しなさ・・・・・・」
「許すと。許すとおっしゃってください。ファウスト様」
「・・・・・・・・・・・・」
その時、厨房の奥から、レノックスにとっては天の声が聞こえてきた。
「もうすぐお子ちゃまたちが起きてくるから、それ、手早く頼むな~」
ファウストは、帽子の縁に手をやって、さらに深く引き下げ、観念したように小さくため息をついた。
「・・・・・・許す。頼りにしている。報酬は後で・・・・・・」
「ありがとうございます。お許しいただけることが俺にとっての報酬です」
「それは駄目だ。駄目だからな。なにか考えておきなさい。いいね」
「・・・・・・わかりました」
レノックスは、両腕を降ろした。ファウストはよろめくように2歩後ろに下がって、テーブルに手を突いてうなだれる。
「お~い。そんでさぁ、ここにあるラプンツェル豆の特大大袋は、これ、先生の仕業? これ、一人で食うには栄養の偏りが心配だから、まかないに使っていいか?」
ファウストは、さらに深くうなだれた。