星詠君④−6騎士追悼 グランヴェル城にある兵舎の一角に作られた応接室、その中で俺は契約を迫られていた。
あ。いや、なんだ。俺が花形の中央の国の王城に所属する騎士で、そこそこ見られる見てくれだからって、色っぽい話じゃねぇぞ。だって、俺、2年ほど前に自慢したいくらいのすこぶるいい女と所帯を持って、かわいい息子も生まれたし、まぁ、ちょいと訳ありで育児に専念したいから、騎士辞めるつもりだし。騎士は二人一組で行動するのが基本最小単位なもんで、相方にも快く了承してもらってたし・・・・・・。
ただ、なんというか、その相方が数日前に死んだのが問題なんだ。
エリックっていう、気のいい優しい奴だった。同じ栄光の街出身でな。当番の王城での巡回中に、振り向いたら凶刃に倒れてて虫の息だった。それで、死んだら石になった。
そう、つまりはエリックは、魔法使いだったわけだ。
「お前に、嫌疑が掛かっている」
「まぁ、そうだろうな。でも、俺は殺ってない。なんなら、俺が敵をとってやる」
「敬語」
「はっ。事実無根であります」
騎士団長はため息をついた。その横で大きな机にひじを突いて、しかつめらしく座っているのは、国防省の大臣だ。なんで、大臣がここにいるんだろな?
「エリック・ノートンは魔法使いだったそうだな」
そう言って大臣は、羊皮紙を机の上に広げた。その羊皮紙に巻かれていたらしい羽根ペンが魔法の力か宙に浮く。
「無実というのであれば、これにサインしろ。嘘であれば、サインした途端、貴様は自刃し、無実であれば真犯人が近づけば気づくようになる」
「へぇ・・・・・・」
俺は躊躇いなく、宙に浮いた羽根ペンをひっつかんでそこにサインした。サインした途端、なんかよくわからん字で書かれたその契約書は消えてしまったが、俺は別に自分に刃を突き立てたりはしなかった。
「ちょっとは考えろよ・・・・・・」
敬語のなっていない俺の上司がうめくように呟く。
「それで俺はどうなる?」
「故郷へ帰れ。何をしていてもかまわないが、騎士の資格は喪失していない。指令が届いた場合にはそれに応じるように。それから半年に一度、登城せよ」
「ふうん?」
「敬語」
と言われても、言葉が思い浮かばない。えーと、
「つまり、どういうことなんでしょうか?」
「あれは暗殺された者が魔法使いだった場合にのみ適応される復讐の契約書だ。加害者が死ぬまで契約は終わらないらしい。初代国王、アレク・グランヴェル陛下の取り決めに従い、被害者と契約者に30年分の給与が支払われる。隠密の仕事には別途報酬を支給する。魔法使いだった石と30年分の給与は貴様が魔法使いの家族に届けたら、あとは好きにするがいい。以上だ」
大臣のクソ狸だって、魔法の契約書については詳しく知らないみたいだった。というか、初代国王の取り決め? なんだそれ。
いろいろわからないことだらけだが、俺にとってはメリットだらけではあったので、俺はできうる限り恭しく騎士の礼をしてみせた。
***
それが20年くらい前の話だ。今は、エリックの話はどこへやら。俺は中央の国のグランヴェル城地下ホールの壁際につっ立っている。
なんつったか・・・・・・、騎士の葬式の儀式に参加する為じゃなくて、その後の剣舞の見届け人みたいなお役目を仰せつかって今ここに立ってるわけなんだが、なんで俺なんだろうなぁ。背中にある大鏡からはおっかねぇ気配しかしないし。俺、帰りてぇなぁ。いろいろ、立場的に。
「悪いけど、動かないでね。まだ、塞いでて」
おっかねぇ元凶の声が、背後からした。
今俺がいる地下大ホール内はなんかすっげーびかびか白く光ってるんだが、それより俺は、後ろの壁、ホールのちょうど真ん中あたりに設置された大鏡からするやばい複数の威圧感で、正直なところ背後をとられた気分で落ち着かない。
「フィガロせんせ、これって神事だよな・・・・・・?」
「そうだけど。騎士団伝統の行事なんでしょ?」
「んなわけねぇよ」
「え~? うそー」
気配の大物感とはちがう間の抜けた声だが、俺の後ろの鏡は中央の国に異世界?から召還されたとかいう賢者と賢者の魔法使いたちが集うとかいう魔法舎につながっているらしい。
南の国の魔法使いお医者さん先生のフィガロ。今、俺と小声でしゃべってるやつが掛けた魔法なんだと。
ちなみに俺から見て正面の逆側の壁にも同じ大鏡があって、そっちにもやたらでかい兄さんが立っている。そっちは栄光の街の中央広場に設置された大鏡とつながっているらしい。
互いに騎士っぽい格好で武装をして、全身を覆うようにフード付きのマントを身につけた上に、顔がほぼ隠れるほどしっかりフードをかぶっているので神事そのものは見えていない。
「城の人間に聞いたんだけどよ。このホールの裏口から出た先にあった泉からまた水が湧き出たんだそうで」
「まぁ、その辺は、ファ・・・・・・、彼がまた作ったんじゃない? この儀式では7日ぐらい禊ぎするんでしょ? それで食事はなんかラプンツェル豆ばっかり食べる。ね? ネロ、そうだよね」
「は? なんで俺? ・・・・・・えーと、まぁ、運んだのは俺じゃねぇけど、そうらしいですね」
あー。俺、ネロサンの戸惑いすごいわかるわ。多分、俺も同じ気持ち。なんで俺?な気持ち。
それにしてもそうか。7日も禊ぎすんのか。そりゃ大変だ。俺は3日前から、計9回以上風呂は入れって言われただけだけど、ファラさんは7日、食事制限した上に禊ぎして、ホールの裏口横に作った狭い小屋で過ごしてたのか。
「ラプンツェル豆には浄化の効能があるんですか?」
フィガロ先生やネロサンとは別の、艶のあるなんだか色っぽくて上品なかんじだろうなと連想させる兄さんの声が、鏡の奥から聞こえた。
「いや、基本ナマモノじゃなければ口にしてもいいんだけど、神殿のあったところで主食だったらしくて。ほら、彼、決まりは守るほうだからさ」
フィガロ先生が何かを思い出すようなかんじで、その声に答えてる。
「それで、今、何が行われているんです?」
続けて問う兄さん。俺も疑問に思ってたから助かる。
「巫子による祭主の浄化、というところかな? この部分は、彼とアレクと神殿の人間しかしらないんだよね。君もそのマント、外さないようにね。目がつぶれても困るから」
「見てはねぇけど、そういうのは最初に言ってくださいよ」
あぶねーなぁ。まったく。
「はは。ごめんね。光が弱まったら、外で待ってる人たち入れていいからね」
「・・・・・・なぁ、せんせー。これって人間がやっても光るんですかね?」
「うん、光るよ。だから、滅びたんだろう。君らも彼らが簡易版に落としてくれたからこの儀式が続いているようなものなんだから、せいぜい感謝するといい」
俺は、なんだかしゃがみ込みたくなった。
「・・・・・・ほんと、おっかねぇよな。あんた」
「えー? 俺は南の優しいお医者さん先生だよ」
鏡の向こうでも、なんとも言えない雰囲気が漂っているのを感じた。
なんつーか、慈悲深く振る舞ってるんだろうが、隠しきれてないんだよな。大物感ぽいかんじっていうのがさ。
「「フィガロちゃんのそういうところ、我ら、だめだと思う」」
今度は、二人分の子供の声がした。・・・・・・けど、こいつらもおっかねぇな。手っ取り早く俺は一時的にここを離れる理由を探す。
「あー。終わったみたいなんで、俺行きますね」
ちょうどよい加減で、ホール内に充満していた白い光が収まっていったのが見えた。
俺は、ファラさんに感謝した。
***
実は、オラ・サルバシオン自体、おそらくここ十数年行われていない。戦争そのものがないので、名誉の戦死というものがそもそもないのと、不慮の事故は除いて、騎士の殉職が幸いにしてないのだ。・・・・・・まぁ、さっきも言ったが、個人的に抱えているもんはあるんだけどな。
ちなみに、栄光の街の中央広場がある中央区では、存在自体を隠しちゃいるが、中央広場に時々現れる魔法使いフェアリー・ファラの人気はかなり高い。あぁ、もちろん俺も結構あのお人、好きだけどな。昔、ちょっとした世話にもなったし。
まぁ、なんだ。そもそも栄光の街の傾向として、魔法使いだからというだけで煙たがるというのはあんまりない。まぁ、少なくとも街の中心部はそうだが、郊外部は違うと言えば違うらしいけどな。それはなんというか、代々住んできた住民と新規に住みついた住民の違いみたいなもんで仕方がない。
あの街ができたのだって魔法使いの力を借りてのことだし、魔法使い達がそのまま住み着いているというのもある。・・・・・・魔法使いの子供も時々産まれるしな。うちみたいに。
だが、魔法使いだろうと人間だろうと本当は関係ねぇんだよ。子供は子供なんだ。なんとか独り立ちできるまで育てるのが親の義務ってもんだろ。
とはいうものの、俺はそう思うが、孤児院に置いてくやつもいるにはいる。育てられない理由はさておき、そこは人間も魔法使いも同じだな。まぁ、それはそれ。これはこれだ。
騎士が刃物振り回して傍若無人に振る舞うのが人としてどうかというのと同じで、魔法を使いまくって迷惑千万ということなら話は変わってくるんだけどよ。結局のところ、街の住人としてやっていけるように、ご近所さんぐるみで子育てするわけだ。まぁ、大人になって街を飛び出していくのは本人の自由なんだけどな。俺からしたら、俺が死ぬまで倅は倅だしな。
あっと、悪いな。話が脱線しちまった。ちょっと話を戻すと、栄光の街の中央広場はフェアリー・ファラ大好き人間が多いんだ。なんでかねぇ?
ファラさん自身は知らないと思うが、ファラさんが来る日は、まず衣料品店が大興奮する。
あいつら、ファラさんに来てほしくて、必ずファラさんサイズの服を店に飾っとく。あんまり派手だと選んでくれないらしくて、なるべく人混みに隠れる程度に、最先端の動きやすいデザインを追求しているらしい。ファラさんが選んだ服はその年の流行になるって話だ。
逆に来なかったときはものすごく落ち込んでる。なんなんだあいつら。
困惑したらしいファラさんは、順番を決めて行ってくれてるらしいが、それに気づいてる様子はない。迷惑かけてんじゃねぇよ、まったく。あ、言っておくが、これは笑う所だぜ。
・・・・・・そうなんだよなぁ。ファラさんてものすごく律儀なんだよ。名前と顔も忘れないし、心の底から困って相談すると必ず話を聞いてくれる。中央広場から世に出た芸能畑の人間が、根気よくファラさんに突撃してチケットを渡すことができたら鑑賞に来てくれたって話だし。
・・・・・・・・・・・・。おっと、すまねぇ。また話がずれた。
まぁ、なんだ。何が言いたかったかっていうとな。ニコラスの追悼にファラさんが来てくれるってことを知った中央広場を締めてる顔役が情報網を使って広めたら、参加資格がグランヴェル城騎士勤務経験者なのにも関わらず、参加希望者で溢れちまって・・・・・・。寝たきりの爺様まで担架で運べとか言い出して、ほんとにすごかったんだぞ。冗談じゃなく。
それで揉めてるときに、なんでかたまたまあの南のお優しいフィガロ先生が居合わせて、中央広場から見られるようにしてくれるっていうんで何とか収まったんだとさ。胡散臭いはなしだが、先生の目論見通りになったってことじゃないかねぇ?
あっと、ニコラスを追悼する名目なのに、ファラさん見たさで物見遊山かって思ったかもしれないが、そうでもないぞ。あいつも一応、栄光の街出身で、騎士団長も勤め上げて、意外とできる男だったし、いい奴だったんだぜ。街の誇りだった。まぁ、それはそれ。これはこれで、ファラさんの本気の立ち振る舞いが見たいというのも嘘ではないな。
それで、今の地下ホールの様子なんだが、入り口の正面にまず階段付きの祭壇があって、そこにすでに元騎士団長のカインが祭壇に向かって立ってる。その祭壇に続くような感じで、太鼓を足に挟んだ元騎士の参加者が左右に分かれて八の字に、3段に組まれた席に座ってて、さらにその先に設えられた台の上にほのかに白い光に包まれたファラさんが蹲っている。よく見ると、祭壇前のカインも白い衣装でわかりにくいが、ほのかに白い光を纏っていた。・・・・・・あとな、いる。私用で申し訳ないが、俺も今日、仇討ちを果たせるかもしれねぇな。そんな予感がする。
そのファラさんが静かに立ち上がった。
あ? ファラさんの装いを説明しろだって? えー・・・・・・。名称なんてわかんねぇよ。あー・・・・・・。そうだな。まず、サンダル。つま先は隠れてるやつ。引き絞って足首でまとめてある。ズボンは、ほら、なんか細い樽みたいな形のゆったりしたやつで、これも足首ぐらいの所で細く絞ってる。その上に打ち合わせのない平袖の、膝ぐらいの丈の上着を着てて、こう・・・・・・長方形の固めの布のショール? 端に大きいタッセルがついてるやつを肩にひとつずつ引っかけて腰で交差させて細い帯でまとめてる。あとは、ベールで目元は隠れてる。そのベールは、後頭部の上の方でダークブロンドの髪の毛と一緒に簪か何かでまとめられていて、後ろに流している。ファラさんて髪の毛長かったか?あれ、ほどいたら背中の中程ぐらいはあるんじゃないかな。あ。色は全体、白だ。なんとなくわかったか?あとは、よく見ると刺繍がしてあってきれいだな。
あぁ、カインの方は簡単だ。騎士っぽい服だが、全体白い。いい男っぷりだぜ。
どっちも全身白いから、実際の所、光が反射してほのかに光っているのか、ほのかに白い光を纏っているのかはわからないかもしれないな。
で、立ち上がったファラさんは、右足を天井にまっすぐ上げた。よろけそうなもんだが、そういう素振りは一切ない。
カインのやつは、ファラさんに対しては背を向けているのに、見えているかのように古代語の祝詞を厳かに上げ始めた。合いの手を入れるように太鼓の音が響く。
ファラさんが動き始めた。縦回転に横回転、腕を広げたり、印を組みながら回ったり。手の中に握った鈴を鳴らしたり、鎮めたり。腰でまとめたショールみたいなやつがきれいに広がって、まるで花みたいになってる。一つ一つの動きがすでに素人目からすれば人間業じゃねぇ。飛んだときの滞空時間が恐ろしく長い。好き勝手に踊っているように見えて、カインの祝詞とタイミングがぴったり合っている。いちいち、なんだかこう・・・・・・鮮やかに美しい。
そんなんだから、太鼓を叩いてる奴らの中で、ファラさんの姿に見入ってしまって、手元がおろそかになっているやつがぞろぞろでてきた。が、事前にそれを想定していたのか、担当が決まっているらしく、なんとか自分のパートを叩き終えると、次の担当を叩いて正気に戻し、自分が見入るというのを繰り返しているように見える。・・・・・・はぁ。俺、オラ・サルバシオンは見てるだけで良かったわ。
「ねぇ、君。弔いたい人はいる?」
鏡の中から、突然、フィガロ先生の声が聞こえた。
「あ? あぁ、まぁ、いるけど。それって、ここ数年て話か? だったらいないな」
俺は、約20年前に事故死したということになってる騎士団時代の相棒を思い浮かべた。
「君に加護をかけた子? 一緒に弔ってもらうといいよ」
昔、ファラさんにも言われたが、フィガロ先生にも言われた。あいつは、本当に・・・・・・。
「・・・・・・で、どうやれば弔えるんだ?」
中央の国では、別に魔法使いかどうかなんて事前に調査なんぞはしない。だけど不慮の事故か何かでそいつが死んで、魔法使いだとバレると、殉職じゃなく事故死と記録上残されて、騎士団内では葬儀はせずに、希望があればそいつだったマナ石は家族の元に戻される。マナ石は、そいつの実家に俺が届けたが、葬儀らしきものはしなかったと思う。だから、弔える手段があるならしてやりたいとは思っていた。・・・・・・まぁ、結局、20年ちょっとは経ってるわけだが。
「君の正面に立ってる人が、多分、やると思うから真似して」
「あの人も、元騎士なんで?」
俺と同じように、大鏡の横に直立不動で、ファラさんの姿をじっと見ている黒髪で眼鏡をかけてる大男。騎士っぽいというよりは兵隊さんぽい気がするな。
「レノって、騎士だったのかなぁ? ちがうんじゃない?」
と、まぁ、先生となんだか気の抜けた会話をしちゃいたが、実はオラ・サルバシオンも佳境だ。全員が太鼓を打ち鳴らしているし、祭主がニコラスの名前を言った。ファラさんは、正方形の台の四隅を踏んで、だんっと台の中央部に大きな音を立てて着地し、両手の鈴を回転しながら鳴らしてる。
そして、ふいに、すべての音がなくなった。
ファラさんも片足立ちで制止している。
祭主以外のすべての視線がファラさんに向かっている。
・・・・・・・・・・・・。
ファラさんが、ゆっくりその場で回転しながら鈴を鳴らした。
もう一度。
まるで、次の名乗りを待つように。
「ウィシオラ・ビアンカ!」
これか。
正面の、図体のでかい兄さんが、よく通る声で叫んだ。
再び、太鼓の音が鳴り響き、ファラさんが台の四隅を踏んでまた中央部に大きな音を立てて着地し、鈴を鳴らしながら回転。制止。ゆっくり回転しながら鈴を鳴らす動作を2回。
今度は俺が大声で言う番だ。
「ウィシオラ・エリック!」
太鼓の音が鳴り響いた。
これで弔われたのかはわかんねぇが、まぁ、気は晴れたのは確かだな。
そのあとも、でかい兄さんの方の大鏡から、つまり栄光の街の中央広場に集まってる奴らから、何度も何度も声が挙がって、結構な時間、ファラさんは踊り続けた。ありがたいことだねぇ。
大鏡からの声も尽きて、カインが〆の祝詞を高らかに歌い上げ、オラ・サルバシオンは幕を閉じた。
・・・・・・けど、まぁ、太鼓はまだ鳴り響いている。
ファラさんのいる台は、今は背の高い衝立で四方を囲まれている。鏡の横に立ってたでかい兄さんが、衝立と、でかいバッグをさっさと運んで来て囲んでしまった。どこにいたのかいつの間にか現れたラフな格好のおかっぱの兄さんと、仕立屋っぽい赤い癖毛の兄ちゃんがでかい兄さんに続いて衝立の中に入っていく。
「ねぇ。君も手伝って! 早く!」
俺は、おかっぱ頭の兄さんに衝立の中に引き入れられた。
中では、すべての装飾を取っ払われて、肩で息をしながらファラさんが立っていた。でかい兄さんが水に浸したタオルで全身を清拭しており、いきなり現れた二人はファラさんの髪を編み込んでいる。
「すまないが、そこにある水とシュガーを、その方の口に運んで差し上げてほしい」
俺はでかい兄さんに言われるまま、やたらきれいで小さいファラさんの口に恐る恐る水を注いだコップを傾ける。ファラさんはゆっくりこくこくと飲み干した。いやー・・・・・・、なんかに目覚めそうになって危なかったわ、俺。
そんな俺を横目に、いつの間にかでかい兄さんたちにより服を身につけたファラさんに、慣れた様子で、でかい兄さんが具足だのの防具や剣を装着していく。
あっという間に、清らかな舞姫が凛とした騎士へと変身した。
「いくぞ」
ファラさんがそう言って台から降りる頃には、衝立も着替えた後も、3人とも壁際に移動しており、太鼓の音も止んでいた。カインも祭壇から降りてこちらまで歩いてきている。
ファラさんが降りた後の台は、太鼓を叩いていた奴らが移動させていった。
「気づいたか? 自身が呪いのようになっているな。あれは」
不意にファラさんが言った。エリックの仇のことだろう。俺は、唯、うなづいた。
ファラさんは微かに笑って、腰の剣を抜き、正面に捧げるように構えた。俺もそれに倣う。
「きみに幸あらんことを」
「感謝します」
いい感じの俺たちの元に、カインの奴が走ってきた。
「お~い。すまない、俺の腕に触ってくれないか」
ファラさんが俺を制して、ぽんとカインの腕に触れた。途端、カインの奴の目の焦点が合い、ファラさんをまじまじと見る。
「ファラさん?ですか? なんというかすごく素敵だ・・・・・・!」
まぁ、カインの言ってることは間違っちゃいないが、《大いなる厄災》との戦いで奇妙な傷を負ったというのは本当らしい。こんな大事なことを家族に打ち明けないとは、母ちゃんが泣くだろ。あとでげんこつ食らわせてやる。こんの馬鹿息子。
えー・・・・・・、さて。オラ・サルバシオンの後に行われる二人剣舞なんだが、これは騎士団で代々行ってきたものと同じだ。
剣を下方上方に軽く打ち合わせることから始まって、段々と難易度の高い動きになっていく、最終的には実際の戦闘では使わないような回転技が増えていって、ここまで来ると剣技というよりは、剣舞としかいえなくなる。その後に自由演舞になるんだが、カインもよくやったが、ファラさんはオラ・サルバシオンで披露したように、なんというか体幹おばけなところがあるだろ? アクロバティックに縦に3回転して、カインの真上から垂直に落ちたときは血が沸いたね。カインもよく避けたが、着地と同時に今度は横に回転して終わりかと思ったら、すっと真っ直ぐ突きが入ったときは血の気が引いた。いやぁ、いいもの見たわ。切っ先が、カインの喉元直前で止まったんだぜ? 俺もファラさんに一戦申し込みたくなったぜ。
まぁ、ファラさん、〆の礼を終えたら、そのまま出口に歩いていってしまって、そんなことができる隙もなかったんだが。
あぁ、それで、太鼓抱えてた街の衆がファラさんの後を追って出口に群がったときに、俺たちをすり抜けていったんだけどよ。出たんだよ、仇。よりによって俺の息子に手を出そうとしやがったから、叩き斬ってやったら、頭の上に20年前の契約書がぽーんと現れて燃えてった。そいつも魔法使いだったらしく、死体じゃなくて石になったんだけど、そのままヘドロみたいに溶けてってな。現役騎士団がなんとかしたらしい。ざまぁみろ。ははっ。
***
魔法舎の玄関ホールの階段に腰掛けて、フィガロは、ぼんやりと待っていた。
「フィガロ様」
「おかえり。レノ」
足早に玄関扉を開け放って現れたのは、くったりとした麗人を横抱きにしたレノックスだ。
「ファウスト様をお願いします」
「はい。任されました」
レノックスは、フィガロに主人の体を預けて、また出掛けてしまう。
「変わらないな・・・・・・。本当にきみは、いつでも全力なんだから」
腕の中の意識のないかつての愛弟子の額にキスを一つ落として、フィガロは立ち上がった。
***
翌日の夕方に差し掛かった頃、コンコンと窓を叩く音がしたので、フィガロが窓を開けてやると、ひょっこり紫色のおかっぱ頭が現れた。
「ただいまー。ムルだよー」
「おかえり。どうしたの? ファウストならここにはいないけど」
ムルは、ファウストが中央の国の王城にひっそりと詰めたときから、付きっきりでなにやら観察とやらをしていたらしいとフィガロは聞いていた。ファウストと同じものを食べ、水浴びをしたりしていたらしい。観察するだけで、ただ静かに、邪魔をする素振りを見せなかったから、レノックスやファウストは何も言わなかったらしいけど。
「・・・・・・あれ? そういえば儀式の時、どこにいたの?」
「レノックスの肩にのってフードの中からクロエと一緒にみてた!」
あぁ、小鳥か何かに変化してたのかな?
「面白かった~。これからこれを調べる! 神聖という事象について何かわかるかもしれない」
と言って、持ち上げたのは白い布の塊だ。
「それって、ファウストの衣装? ファウストがいいって言ったの?」
「うん。本当は全部頂戴って言ったんだけど、肩掛けとサンダルは靴屋の若旦那とレノックスにあげちゃった。靴屋の若旦那も調べたいんだって!むずかしいね!」
一応は聞いたんだな。
「ファウストなら、門の所でカインを叱ってる。ははっ。返してきなさいだって」
そう言われれば、玄関の方が騒がしい。
「へぇ。何があったの?」
「栄光の街に戻って、打ち上げと悲願成就がなんとかってカインのお父さんが大きな酒場を借り上げて、歌え踊れってやってた」
「じゃぁ、昨日はお楽しみだったんだ?」
「はちゃめちゃでイカれてた! それでお開きになったときに馬車3台いて、荷台になんかたくさんものが積まれてて、魔法舎に持って帰れっていわれた!」
なるほど。それで返してきなさい、ね。
「じゃあね」
ムルにしては珍しく、わざわざ詳しく話しにきてくれたのだろう。気づいたら姿はなかったが。
「・・・・・・見に行くか」
フィガロは、物見遊山の気分で外に出ることにした。
玄関ホールから、外にでるとすでにファウストの姿はなく、馬車から主に酒や食料が魔法舎の住人たちの手で運び込まれ始めていた。
「レノ」
酒瓶の入った木箱など、重い物を優先的に運んでいたらしいレノックスは、フィガロの声に振り返った。
「ファウストが折れたんだ?」
「あぁ、はい。カインも俺も固辞したんですがだめだったので。ファウスト様が今、行かれるのは騒ぎになりますし」
「そういえば、レノも栄光の街に行ったんだ?」
ちょっと意地悪な心持ちでフィガロが言うと、レノックスが困惑するように少しうつむく。
「フィガロ先生に預けてきたなら大丈夫だろと離してくれなくて・・・・・・。まぁ、たしかにその通りだなと。先程来られたファウスト様も元気なご様子でした。ありがとうございます。フィガロ先生」
作った暗黒微笑ではなく、自然な笑みを浮かべてレノックスが言った。
あー、ほんと。こういうときのレノックスって嫌味なくらいいい男だよね。
「あ。フィガロ先生、これ。フィガロ先生宛の・・・・・・酒、です」
酒、の部分をこそっと小声でレノックスが囁いた。見ると、お優しいお医者さん先生へ、木箱の蓋に大きく書いてある。あぁ、彼だ。儀式の時、鏡の前に立ってた男。そんな気がした。
「それ、こっそり俺の部屋に運んでおいて」
「はい。そうします」
レノックスは重々しくうなづいて、そのまま部屋まで運んでくれるようだ。
ほんとにレノックスって人たらしだなぁ。
フィガロはその後ろ姿に、うん、うん、とひとりごちる。
それとフィガロ宛にわざわざ酒を用意した、儀式の最中におしゃべりしてた件の彼も、人たらしの部類だろう。あの、やたら魔法使い耐性の高い彼。結構、特異的な人間と言える。時々、遊びに行っても喜んで迎え入れてくれそうだ。
「あー。フィガロ先生、つかれちゃったな」
今夜は、いただいた酒でも持って、ファウストの様子でも見に行こうかな~。
そんなことを考えて、魔法舎の中に戻ろうとしたフィガロはしかし、子どもたちに見つかって荷物の搬入を手伝う羽目になったのはいうまでもない。