Web再録本『骨董品屋の鬼丸さんの話』サンプル【加筆分サンプル】
雑多な蝉の声が響き渡る中、大典太は隣を歩く鬼丸に「暑くないか?」と声を掛けた。
大きな麦わら帽子を被った鬼丸は大典太を見上げ、平気だ、と短く返す。日傘を差した大典太が強い日差しを遮り、その影の中に自分が常に居る事に気づいているのだろう。
だが、子供の背丈では地面に近い為、立ち上る熱気に体力を削られている自覚はあった。
つぅ、と顎まで伝い落ちてきた汗を手の甲で乱暴に拭い、遠くに逃げ水の見える道を見据える。
ツクツクホーシ、ツクツクホーシ、と人の言葉のように聞こえる蝉の声に交じって、既に聞き慣れてしまった、ぷつぷつ、と泡が弾けるような声とも言えぬ声に、知らず溜息をついた。
これまでは哀れみの強かったそれが、明らかな変化を見せ始めていたのだ。
原因は考えずともわかる。
『妖物斬り』が並んで歩いているのだ。
特になにをしておらずとも警戒されて当然であった。
「……おい、あまり脅してやるな」
雑木林に、じっ、と視線を注いでいる大典太に苦言を呈せば、くっ、と大典太の口端が若干歪に上がる。
「予め釘を刺しておくに越したことはないだろう?」
「この辺りのモノは大半が一期一振に協力的だ。その関係性を悪くするのは得策じゃない」
力で押さえつける必要は無いのだとの鬼丸の言い分を否定するつもりはないが、大典太は表情を緩めぬまま、これまでとは状況が違う、と首を振った。
「確かにあんたの霊力は元に戻った。そこいらの小妖が憚るほどに。だが、その代わり身体も子供に戻った」
相手が霊力ではなく物理的な手段に出た場合、脆弱な子供の身体では抗いようがないと大典太は危惧しているのだ。
「わざわざちょっかいをかけてくるヤツが居るとは思えんが」
「三日月の元に居るにも関わらず、あんたの霊力目当てのヤツが複数来てただろう?」
忘れたとは言わせないぞ、と骨董品店での事を持ち出してきた大典太に、ぐぅ、と鬼丸が言葉を詰まらせる。
これまでも余程のことが無い限り三日月が介入してくる事はなかった。だからこそ大典太が目を光らせているのだと知らしめるのは重要であった。
「そろそろ戻るか」
一期の家からそれほど離れてはいないが『顔見せ』としては十分だろう。
そう判断した大典太が鬼丸の頭を、麦わら帽子の上から、ぽん、と叩く。顔を上げぬまま、あぁ、と返された声は、途中から小さな欠伸へとすり替わった。
鬼丸はこの姿に戻ってからまだ一週間と経っていない。自身の体力が如何ほどか量りかねているのだろう。
「疲れたか」
そう問いかけると同時に膝を地に着けた大典太は、返答を聞く前に鬼丸の身体を片手で軽々と抱き上げた。
「戻ったら汗を流してから昼寝だな」
「……眠くない」
どこか不機嫌そうに反論してきたが、その声音はどう頑張っても眠気で溶けているとしか思えない。
「折角お前が来てるのに、寝たくない」
ぎゅぅ、と大典太の服を掴む小さな手から感じるのは切実さだ。
あぁそうだった、と大典太はこうなったのは自分が鬼丸を蔑ろにしてしまったからだと、そもそもの原因を思い出し苦い物で胸がいっぱいになる。
夕方には暇を告げると一期にも鬼丸にも話していたが、明日以降の予定を脳内で整理し、やりくり出来ない事もないと結論づけた。
「一期に一泊してもいいか聞いてみるとしよう。あんたからも口添えして貰えると助かる」
「それは……断れないだろう。あいつはそういう男だ」
優しさに付け込むようで気が引ける、と漏らす鬼丸だが、大典太の提案を却下する気は無いようだ。
こてん、と肩口に頭を預けてきた鬼丸の麦わら帽子を手に取り、大典太は髪の間から覗く小さな角に軽く唇で触れる。
蝉の声。
木々のざわめき。
それらが消え失せ一瞬の静寂が辺りを支配した刹那、それまで感じていた複数の気配が瞬時に掻き消えた。
さぁっ、と一陣の風が梢を揺らし、何事もなかったかのように再び蝉の声が響き渡る。
睡魔に抗えず薄く開いた唇から寝息を漏らす鬼丸を見下ろし、ダメ押しをするかのように辺りを睥睨してから、大典太は屋敷へと足を向けたのだった。