【カタストロフの残響】吉部永友監察官との臨時バディ
黒い影のようなものの中心を刀で切り裂く。確かな手応え。影は霧散し、周囲から禍々しい気配が消えたことを確認してから娘は納刀した。
『空反応の消失を確認、お疲れ様です』
通信機からの声に返答しようとした瞬間、新たな通信が割り込んでくる。
『新たな空の反応を確認。公園前駅から西へ七百メートル、民間人との接触の可能性が高いです』
「千々輪カタリナ五分で現着できます」
『ではお願いします』
近くに停めていたバイクのエンジンをかけながら、二つあるヘルメットのうち一つを後方へ放り投げる。それを受け取るのは臨時同行を頼んだ監察官、吉部永友である。
「まだいけますよね?」
「請け負う前に確認しろ」
呆れたように言いながらも永友はヘルメットを被り、バイクのタンデムシートに跨がる。それを確認してから娘はハンドルを握り、街へとバイクを走らせた。
……刀匠の屋敷が爆破され保管されていた刀が行方不明になるなどという大問題、爆発的に増えた空の発生件数、帯刀課は対応に追われ続けていた。
捜査官であるこの娘……千々輪カタリナもまた激務に追われている。通常とは比べ物にならない頻度での出動、空との戦闘に民間人の救助、消耗は激しいがゆっくり休んでもいられない。
こうしている間にも誰かが傷付く。誰かが泣く。……誰かが死ぬ。その「誰か」は常に弱者だ。
空の反応があった場所へ到着し、気配を探る。感じるものを追うように走り、街灯以外の明かりがないような区画へと入る。肌の一部が引っ張られるような不快感。カタリナは刀に手をかけ、永友は札を取り出した。
ぬう、と。曲がり角から大きな影、空が現れる。
獣のような四足歩行ではあるが足の長さが均一ではなく、ぐらぐらと不安定に揺れながら歩いている。闇を飲み込むような黒い体に、赤い目が不吉に輝いていた。
今のところ周囲に民間人の姿は見えない。素早く片付ければ被害は出ずに済む。カタリナは即座に地を蹴ると刀を抜いた。殺気に気付いたのか、空はカタリナへと向かってくる。不安定ながらもその動きは素早く、斬りかかったカタリナを前足で振り払おうとする。刀でそれを受け止めるも、体格差がありすぎ後退を余儀なくされた。
「相手が大きすぎる。上からいくぞ」
「! はいっ」
落ち着いた声が背後からかけられ、意図を理解したカタリナは刀を握り直しタイミングを窺う。ゆらゆらと揺れている空がまた一歩踏み出した瞬間、
「お願いします!」
カタリナも足を踏み出し空へと距離を詰める。空の前足が再度振り上げられ、カタリナへと迫る。が。
とん、とカタリナが空中で足を踏み切った。
よく見るとその足元には小さな結界がいくつか張られ、強度はさほどでもないらしく踏み台にされると同時に砕け散っている。それを足場に一瞬で空の上を取ったカタリナは、落下の勢いそのままに空の中心部、核の存在する場所を貫いた。
カタリナが着地すると同時に空は消え、周囲の空気も正常なそれになる。
『空反応、消失確認。お疲れ様でした、一度署へ帰投して下さい』
「了解」
通信を受け、再びバイクに跨がり今度は帰路へ向かう二人。……まだまだ長い一日になりそうだ。