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    ④君じゃないと嫌すぎる


     甲高い音が頭に響く。本当は布団を被り直したいところを、村雲はバシンと強めに枕上を叩いた。しかし狙った位置を外れたらしい。音が止まない。どこだ、ばしばしと周辺を叩く。
    「う、うぅ」
    「ここです、雲さん」
     すすすと畳の上を何かが移動する音がして、掌にカチリと押す感触。よろよろと村雲が起き上がると、五月雨が正座して目覚まし時計を支えていた。
    「う、まいあさごめん、あめさん」
    「いえ、もっと早くに起きていますから。今朝も良い天気です。雲さんもお散歩、いかがですか」
     にこにことして五月雨は聞いてくれたけれど、村雲はさらに何度か頭を振る。
    「ゆうびん、とりにいく」
    「はい。いってらっしゃい」
     まだ少々唸りつつ、覚束ない足取りで箪笥へ進む。手拭いを取らねば。とにかく顔を洗わなければ。
     するすると襖を滑らせて、部屋から出る。裸足に廊下がひんやりとした。なんとかかんとか歩いて洗面所に向かい、村雲は勢いよく水を顔にぶつけた。
    「ひぐっ」
     冷たい。だがそのまま続けてばしゃばしゃと顔を洗う。おしまいに手拭いで顔を拭った。
    「やっと目が覚めた……」
     ぱぱぱと手櫛で髪を一度整え、村雲は手ぬぐいを持ったまま他の刀剣たちの部屋の前を通り過ぎる。玄関先まで出てくると下駄をつっかけて戸を開いた。表の郵便受けを開けて中身を取り、戻る。これも一応近侍の仕事なのである。
    「新聞と、政府からの書類と……誰かなんか頼んだのかな」
     ペタペタと足音を立てながら村雲は宛名を確認しつつ、来た道を戻って執務室に向かう。途中の刀剣男士の部屋の前に郵便物を置いたりしながら進み、村雲は執務室の机の上に新聞と政府からの封書を置いた。さて、部屋に戻って身支度を整えなければ。そうは思ったのだけれど、このところいつも村雲は少々遠回りをして帰っている。
     ふぁと廊下で欠伸を一つ。眠たい。この時間起きているのは厨と畑の当番。鍛錬を朝からしたい刀剣男士なんかもそうなのだが……。
     ピピピと奥の方の部屋から音がして、村雲はくすりとした。暫くの間その甲高い音は鳴り響いた後、突然プツリと途切れる。起きたようだ。今朝はちょっとかかった。
    「主も朝、苦手なのかな」
     向こうにあるのは主の部屋。村雲が早起きして郵便物を取りに行くようになり、暫くしてから目覚ましの音に気付いたのだが、これがまた止めるまでに少々時間がかかる。恐らくだが彼女も起きるのが苦手なのだろう。
    「……おはよう」
     静かに言ってから、村雲は部屋に戻る。
     村雲が近侍になって、暫く経った朝だった。


     朝食を摂ってから執務室に向かうと、彼女は先に執務室に来てキーボードを叩いていた。
    「雲さん、おはよー。郵便物ありがとう」
    「ううん。おはよう」
     もう言われずとも、村雲は書類立てから日誌を抜き取った。日付と天気、それから今日の予定を書き込んでいく。そのままぺらぺらと村雲は日誌の頁を捲った。
    「主、もうすぐ日誌がなくなる」
    「あ、本当? それはね、倉庫の文房具の棚に予備があるから。なくなったらそこにあるの使って」
    「わかった」
     この日誌の最初のほうは、加州の字で記入されている。けれどもう、日誌の頁がなくなるくらい彼女の近侍を務めたのだ。そう改めて形として実感すると、なんだか嬉しくなって、村雲は日誌を見つめた。
    「雲さん、どうかした?」
    「うっ、ううん。なんでもない」
     彼女に顔を覗き込まれて、村雲は慌てて首を左右に振る。それでも加州に比べれば、そんなに長い期間ではない。それでこんなに感慨にふけっていたなんて、ばれるのも気恥ずかしいのだ。
     けれどもう、随分緊張せずに彼女と話せるようになったわけだし……。村雲はそろそろと彼女の方を見た。
    「主、ちょっと気になってたんだけど」
    「……んー? あ、しまったこの書類処理しなきゃ」
    「主って……朝弱い?」
     ほんの僅か、注視していないと決して気付けなかったくらいに少し、彼女が目を見開いた。それからすかさず、条件反射のように答える。
    「弱くないよ」
     若干早口だった。村雲もつい、つられて何度か瞬きする。
    「……今の絶対嘘だよね」
    「ほんとほんと、嘘じゃないよ。弱くない弱くない」
    「俺に嘘つかないで、お腹痛くなるよ」
     そう言えば、彼女は天井を振り仰ぎ、渋々と言った調子で口を開く。
    「……血圧がね」
    「血圧?」
    「うん……びっくりするくらい、低いの」
     びっくりするくらい、低い。
     村雲は自分のパソコンに向き直って「低血圧」と検索する。もう十分にこのパソコンも使いこなせるようになった。
     低血圧、心臓が血液を押し出す力と血管の抵抗の強さで決まるもの。低い場合はめまいや立ち眩み、朝起きることが辛いなどの影響が出ることがある。
    「これ?」
    「それ」
     はぁと彼女は溜息を吐いて肩を落とす。どうせ健康診断の結果でばれるしなどとぶつぶつ言っているのも聞こえる。しかし村雲は慌てて彼女の肩を掴んだ。
    「すっ、すぐにどうこうなることじゃないんだよね?」
    「え? まあ高いよりはましだと思うよ」
     村雲は開いていたパソコン上の頁を上から下まで見た。確かに低すぎるのはもちろん問題だが、高すぎる方が如実に疾患となることのほうが多いようだ。
    「よ、よかったぁ」
    「いや、よくはないよ、朝めちゃくちゃ辛いんだよ? ものすごく頑張って起きてるのに」
     村雲も本当は朝があまり得意ではない。だが郵便物を執務室に来る前に毎朝彼女が取りに行っていると聞いて、そのくらいならできるので自分がやると申し出たのだ。しかしそれでちょっとでも起床時間を遅らせるくらいには、彼女は朝が苦手なようだ。
    「俺も朝弱いから、一緒だね」
    「え? 一緒でいいのかなあ、それ」
     くすくすと彼女が笑うので、村雲も一緒になって笑った。
     なんだか嬉しくなってしまう。一つ一つ、彼女のことを知れる。村雲は膝を抱えて、顎をその上に載せた。
     ただ陰から彼女を見つめて幸せだったときとは、違う。前よりずっと、彼女を身近に感じる。村雲もずっとできることが増えた。だから……。
    「……雲さん?」
     一度は口を開きかけたが、村雲はすぐにそれを閉じた。
    「う、ううん。日誌書いたから俺、昨日の夜処理した歌仙の購買申請の書類渡してくる!」
    「あ、ああ。うん、よろしくね」
     書類の原本を持って、村雲は執務室を出る。写しは昨夜のうちに綴じてしまったから、あとはこれを渡すだけ。
     そう、普通はそうだ。一つ何かが終われば、次の段階に移る。だから本当は、村雲だって彼女に聞きたいことがあった。
    「……主、俺のこと好きになってくれる?」
     廊下にぽつんと村雲の声が響く。こんなところで一振で口に出しても仕方がない。
     だが村雲は、それを彼女に尋ねることができないでいる。
    「……だからもしかしたら、雲さんは私のこと、主だから好きなのかもしれないよ」
     あの夜、彼女に言われた言葉が近頃頻繁に頭を過ぎる。
     もし、彼女が村雲の主でなかったとしたら。村雲は彼女のことを好きになったのだろうか。
     前よりずっと、彼女のことが近くなったはずなのに。なぜだかどんどんわからなくなる。
    「ずっと、好きなのに」
     好きな気持ちは、最初からずっと変わらないのに。
     だがこの初めからずっと変わらない気持ちが、もしかしたら彼女の言う「刷り込み」なのだろうか。
    「お腹痛くなってきた……」
     こんなの、どうやって答えを出したらいいのだ。村雲はとぼとぼと歌仙の部屋へ向かって歩いた。


    「収穫量も全然問題ないし、大丈夫だよお」
    「そっか、よかった。ありがとう」
     桑名からの報告を、持っていた帳面に書き留める。村雲は頭の中でぱちぱちぱちと算盤を弾いた。確かに、これなら一度に十振くらい新入りが入るとか、そういうことでもなければ問題なさそうだ。水増しもしていない。
    「村雲も随分近侍が板についたよねえ。あ、ついでだからその肥料持ってきて」
    「……えへへ」
     褒められついでに一度土手に帳面を置いて畑仕事を手伝う。今日の畑当番は桑名と豊前だったのだが、豊前はものでも取りに行っているのかその場にいなかった。畑に撒くのだという肥料を桑名が作業する畝の近くに置く。
    「桑名、ここでいい?」
    「いいよお、ありがとう。主も待ってるだろうし、もう大丈夫」
    「……うん」
     村雲はそこで踵を返そうとしたのだが……少し迷った。
     江のものは皆、最初から村雲の恋を応援してくれた。諦めたくなければそれでいいと言ってくれたし、頑張るのなら協力すると様々なことに手を貸してくれた。それにはとても感謝している。
     ……けれど、皆は、彼女のことを好きだった時期はないのだろうか。
     置いた帳面を拾い上げるために屈みながら、村雲は桑名に聞いてみようか迷った。聞けば、きっと桑名は答えてくれる。けれどもしそれで、「好きだった」と言われたら。
     それは村雲のこの気持ちが「刷り込み」だという証左にはならないだろうか。
    「何か悩み事?」
     桑名は村雲の方を見ずに、作物の根の辺りを確認していた。村雲は答えられずに、視線を伏せる。
    「農業も、どんなことも、真剣にやってればやってるほど、悩みには当たるよね。……あれ、どうしたんだろう。この大根ちょっと具合が悪いのかな」
    「……桑名」
     軍手を嵌めた村雲の手が、土を僅かに掻き出す。それから膝を地面について、這いつくばるようにして大根畑を覗き込んだ。
    「僕は理詰めすぎて人の悩み聞くのに向いてないって、松井に言われたけど」
    「……」
    「でも、大地に聞いてみるのはおすすめだよ。向こうの蓮華畑とか」
     頬に土をつけたまま、桑名は起き上がって村雲の方を向く。そうして畝の向こうの蓮華畑を指さした。少しだけ風で前髪が揺れて、お日様と同じ色の瞳が覗く。
    「少し気分を変えて、大地と対話すれば、気持ちも落ち着くかもしれないよ」
    「……ありがとう」
     言われるままに、村雲は蓮華畑に移動する。屈んで、一面に花開いてそよぐ蓮華を見つめた。濃い桃色をした花が揺れる。手を伸ばして、植わっている土に触れてみた。湿っぽいけれど……暖かい。自然の温度だ。
     僅かに気持ちが解れて、村雲は息を吐いた。それから何となくぼやく。
    「……聞いてくれる? 大地」
    「何悩んでんだ?」
    「っ豊前」
     すると突然上から村雲の顔を覗き込んだのは、真っ赤な瞳の豊前だった。
     豊前は肩に担いでいた別な肥料袋を降ろす。それから何を聞くわけでもなく、桑名の方に向き直った。
    「桑名ぁ、肥料ここ置くからな」
    「うんー」
    「ちょっと村雲の話聞いて来てやっていいかぁ」
    「えっ」
     聞いてほしいなんて言っていないのに。村雲が動揺していてもお構いなしで桑名は返事をした。ひらひらとこちらも見ずに、桑名は畝に肥料を撒きながら手を振る。
    「いいよぉ。豊前雑だから肥料撒くのに向いてないし」
    「なぁんだよそれ、言われた分はちゃんとやるって。そいじゃ行くぞ、村雲」
    「えぇ?」
     村雲の肩を抱いて、豊前はずんずん進んで行く。まだ何も言っていない。そう思っていたのに、豊前はそのまま歩いて普段畑当番が水筒なんかを置く大きな木の下まで来た。どっかと腰を下ろすと、村雲に隣を示す。
    「座れよ」
    「豊前……俺、別に」
    「何か悩んでんだろ? 言えって。水飲むか?」
     正直なところ、このまま彼女のところに帰るのも実は決まりが悪かった。彼女は勘が鋭い。何か悩んでいるのかと気づいたら、村雲が答えるまで聞き続けるだろう。だが彼女本人に聞いて答えが出ることでないことはわかる。
     結局、村雲は豊前の隣に膝を抱えて座った。今日は天気がいい。何事もなければお昼寝をしたいような温かさだった。
    「で? どーしたんだよ」
    「どう、っていうか……」
     ふわふわと、穏やかな風が村雲の髪を揺らした。ざわざわと葉が揺れる音がする。
     ……気持ちがいい。温かくて、ぼんやり村雲は空を流れていく白い雲を見つめた。
    「……豊前、あのさ」
    「おう」
    「主に諦められないって、言ったとき。主が、それは自分が『主』だから、だから俺は主のことが好きなのかもしれないって、言ったんだ」
     あのときも、村雲はそうではないと言い切ることができなかった。
     彼女の言うことにおかしいところは何もなかった。だから、そうではないと、言うことができなかったのだ。
    「俺が主の刀剣男士だから好きになったって……決めつけないで、欲しかったけど。でも、そうじゃないって言うことも、できなくて」
     膝頭に額を押し付ける。あの日からずっと、ずっとどうするのがいいのか考えている。
     村雲は彼女のことが大好きで、諦めきれなくて、振り向いてほしかったから。本当は頑張るのは苦手だけれど。何事も休み休みやりたいけれど。なんとかかんとかここまでやってきた。
     でも、もしこれが彼女の言う通り刷り込みなんだったとしたら? そうわかったら自分は、ああそうだったのかと諦めたりできるのだろうか。
    それにそうでなかったと言えたとしても、彼女は自分を好きになってくれるのだろうか。今度こそ、振られてしまうのだろうか。
     お腹が痛くなって、抱えている自分の膝を引き寄せる。
    「振られるの嫌だ……」
     ぐすぐすと鼻を鳴らして、亀のように縮こまる。ざわざわとやはり葉の音がしていた。
     嫌だと言っても仕方ないことはわかっている。けれどやっぱり、嫌だった。だがいずれは主だから云々の問題にも決着を付けなければならないし、そもそもやっぱり村雲は彼女より弱い。もう頭の中がめちゃくちゃになって来た。
     すると突然、後ろ頭を掴まれてわしわしと乱される。
    「なにっ!」
     髪がぐしゃぐしゃになり涙目で村雲が顔を上げると、豊前がじっとこちらを見つめて覗き込んでいる。赤い瞳は村雲と視線が合うとニカっと笑った。
    「……まあ、そうだな。俺も主のことは好きちゃ」
    「えっ」
     この流れでなんてことを言うのだ。村雲が更に絶望的な気持ちになっていると、豊前が笑顔のままで続ける。
    「篭手切も主のことは好きだし、松井も好きだし、桑名も好きだろ。五月雨だって、主のことは好きだと思うぜ」
    「……」
    「でも、お前みたいに頑張ろうとは思わなかったよ」
     ぽんぽんと村雲の頭を軽く二度叩いて、豊前は手を離す。
    「俺は主が元気でいればいいと思うし、笑ってたらそりゃ嬉しいよな。でも別に、俺がいない場所だってそれは構わねえんだ。でもお前はそうじゃないんだろ?」
     自分が、いなくても。
     村雲は小刻みに首を振った。そんなの嫌だ。彼女が笑っているのはもちろん嬉しい。でも、そのときは一緒にいたい。笑っていてくれるなら、傍で見ていたい。
    「じゃあほら、俺と村雲の『好き』はもう違うんだよ」
    「……どういう風に?」
    「さぁ、そりゃわかんねえけどな」
     わからないのか。ガクリと村雲は項垂れた。それじゃあ一番肝心な答えは出ていないじゃないか。
     しかし豊前は自分の立てた膝に頬杖をついて、爽やかに言う。
    「それでも考えてたら、答えは出るって。あんま焦んなよ。そりゃ、早いのはいいことだけどさ。急ぐことでも、ねえんだろ。前には進んでんだ。お前も主もここにいんだから、いつか納得するって」
     前には進んでいるのだから、焦らずに。
     ゆっくりと、青い空を雲が流れていく。風が吹く以上、雲はその場所に留まってはいられない。村雲ももう、最初と同じ場所にはいない。もう、行動を起こしてしまった。だから必ず、どこかに向かって進んでいる。
     癖のついた豊前の前髪が揺れる。村雲はその横顔を見つめた。口を尖らせて、再び膝を抱える。
    「……あんまり寂しいこと言わないでよ」
    「おっ、そうか? 悪い悪い」
     パンパンと強めに背中の中央を叩かれる。だから痛いって、と村雲は呟いた。
     その時遠くから、なんだか甲高い音が聞こえた。村雲は思わず立ち上がった。本丸の方だ。音が尋常ではない。これは警報音だ。
    「なんだろう……」
     豊前も同じように立って畑を見やった。桑名も畝の向こうで本丸を見つめている。
    「……村雲、すぐに主のところ帰れ。俺と桑名は農具だけ持って帰る」
    「う、うん。わかった」
     帳面を抱えて、本丸の方へ走る。やはり母屋の方へ近づけば近づくほど警報音は大きくなった。玄関を回るより中庭を突っ切ったほうが早い。村雲は靴のまま執務室の傍の縁側まで駆け戻る。
    「主!」
     彼女は膝立ちでパソコン画面を見つめている。傍にはこんのすけが控えていた。
    「こんのすけ、警報切って。これじゃうるさくて何もできない」
    「はい、先に緊急放送を流させていただきます」
     靴を放り投げて、村雲は執務室へ上がった。彼女がキーボードを叩きながら、ちらりとこちらを見る。
    「雲さんおかえり」
    「た、ただいま。畑にいた豊前と桑名、農具持ってすぐ戻るって」
    「よかった。今遠征部隊呼び戻してるから」
    「この音、何なの?」
     彼女が答える前に、こんのすけのほうがカチリと彼女の文机の上にあった突起を押す。あれはたしか、本丸の母屋内に連絡を回したいときに使うと言っていた機械だ。
    「緊急連絡、緊急連絡。本丸への敵襲が予測されます。刀剣男士の皆様は至急、武装して戦闘態勢に入ってください。繰り返します」
    「敵襲っ?」
     思わず大声を上げてしまって、村雲は慌てて自分の口を押えた。彼女も厳しい目つきでこんのすけを見つめている。
    「そう。備えてた成果を見せる機会がこんなに早く来ちゃうとは思わなかったけど」
    「じゃあ、これが大侵寇なの」
    「まだわからない。前みたいに外れ籤引いたのかもしれないし、もし大侵寇なら……他の本丸も攻撃を受けていて政府からの救援が見込めないから、もっと厳しい戦いになる。雲さん、本丸内の地図出して」
    「う、うん!」
     村雲は急いで棚を探り、折りたたまれていた本丸内の地図を引っ張り出す。彼女はいつかのタブレット端末を取り出した。放送を終えたこんのすけが彼女のほうに向き直る。
    「審神者様、私は急いで政府に連絡して参ります」
    「ありがとう。もし救援が望めなくても、現状がわかったら一度連絡もらえるかな」
    「勿論です。それでは、審神者様……どうか、御無事で」
     ぺこりと頭を下げて、こんのすけが走り去る。無事を案ずる言葉に、ずしりと村雲の胸は重くなった。
     前の襲撃では、彼女は運よく生き残った。本丸も助かった。けれど今度もそうだとは限らないのだ。
    「……雲さん、大丈夫」
     黙りこくっていると、彼女が村雲の背中を摩った。片手にタブレットを持ったまま、何度か村雲の背を撫でてくれる。
    「大丈夫だよ。……今度は、うまくやるから」
     今度は、うまく。自分に言い聞かせているのだろうその言葉を聞いて、村雲はぶんぶんと左右に首を振った。
     弱気になっている場合じゃない。いや、怖い。本当はものすごく、怖いのだけれど。
    「……主、掌、出して」
    「……掌?」
     彼女はタブレットを小脇に挟んで、村雲に向けて掌を出す。村雲はその上に自分の手を重ねた。
    「反対の掌も」
    「ん……?」
     村雲も脇に本丸の地図を移動させて、両手を重ねる。
    「……わんわん」
    「……あっ、お手だ!」
     パッと顔を明るくして、彼女が笑う。それに村雲は安堵した。
     やはり、笑っていてほしい。彼女には、いつだって。それは彼女がそうしていつも村雲を見ていてくれたから。励ましてくれていたから。
    「主が頑張ってたの、俺が知ってる」
    「……」
    「毎日ずっと、頑張ってたの。ちゃんと皆、知ってるよ」
     それでも絶対とは、村雲は言えなかった。
     今日は正義でも、明日は悪。今日の悪は、明日の正義。そんな風に勝者で切り替わる価値観を村雲は知っている。この世に絶対のものはない。村雲にとって大切なものでも、負ければ簡単に踏みにじられる。
    「俺はあんまり、役には立てないかもしれないけど。でもその代わり、何か怖かったり、痛いところがあったら言って。俺も一緒に怖がるし、痛がるから」
     ただそれでも、君に寄り添いたい。正義も悪も関係ない。彼女はただ、村雲の大好きな主だ。
     彼女はじっと、村雲の手が重なった自分の手を見つめていた。先程の緊急通達を聞いてか、本丸内が騒がしくなり始める。だがそれでも、村雲は彼女の声にひたすら耳をすませた。
    「……雲さん」
    「ん、なに?」
     ほんの少しだけ、彼女が村雲の手を握り返した。微かに、指先が震えている。
    「主って、呼んで」
     村雲はしっかりと力を込めて手を握った。
    「……主」
     きっと大丈夫というよりもずっと、そう呼ばれる方が彼女の支えになる。
     何故なら彼女はずっと、「強い主」になるために努力してきたのだ。
    「主、主」
     一度だけ、俯いた彼女の肩が上下する。それからゆっくりと顔を上げた。
    「……うん、頑張る」
     二ッと彼女は笑った。不敵な表情に、村雲の唇も緩む。
     いつもの、強い主だ。
    「対大侵寇強化プログラムの出陣計画を元にして、六振一部隊になって。来た敵を片っ端から叩き潰す!」
     広間に全刀剣男士を集め、彼女は部隊配置を通達し始めた。村雲は指示通りに地図上に部隊の模型を置いて行く。全振ならば、この広い本丸内の敷地でもあらかたの守りはできる。ただ問題は、夜戦や室内戦に持ち込まれると満足に働ける刀種が限られてくることだ。長期戦には持ち込めない。
    「修理代は政府に全額もたせるから本丸内にあるものは何でも使って。最悪屋根だろうが畳だろうが障子だろうがどれだけ壊しても構わないから」
    「主は? どこにいるの」
     籠手の紐を直しながら第一部隊隊長の加州が尋ねる。彼女は一度だけ唇を噛んだけれど、すぐに答えた。
    「……申し訳ないけど、私が死んだら元も子もないから、緊急時用の部屋に隠れる。私は自分の生存を最優先させてもらう。でも連絡は取れるし皆の様子は常に確認してるから。指示もそこから出す。私のことは気にしないで戦って。絶対死んだりしない」
     それなら安心だ。ホッと村雲は息を吐き、それは加州も同じだったようで微笑んだ。
     村雲は近侍として彼女の隠れる母屋の傍に配置されることになったが、あからさまに一振でそこにいるのもおかしい。江の五振が付近に一緒にいることになった。最前線からは遠ざかるけれど、その分体力を温存できるはずだ。万が一の時に備えて。
     猶予はない。すぐに刀たちは移動を始める。証拠を残すわけにはいかないので、村雲も手早く配置図を片付けた。
    「村雲、その地図燃やして」
    「えっ」
     第一部隊は最前線の配置だ。だが加州が戻ってきて、村雲に言った。
    「地図はあるだけで敵に情報を与えちゃう。別に新しく政府からもらえるから。それは燃やして」
    「そっか……わかった。そうする、ありがとう」
     確かにそうだ。厨ならばすぐに火を熾せるはず。村雲がすぐに立ち上がってそちらに向かおうとすると、加州に手首を掴まれた。
    「村雲」
     振り返ると、加州がじっと村雲を見つめている。息を吸って、吐いて。もう一度大きく吸い込んでから声を絞り出す。
    「絶対守って」
     何を、かなんて聞くまでもない。
    「……うん」
     お腹は相変わらずとても痛い。今日は朝からずっと調子が悪い。
     本当はやりたくない。期待されるのも苦手だ。けど、これは、これだけは。
    「約束する」
     村雲が答えれば、加州は微かに笑って踵を返した。
    「かっ、加州こそ! 折れないでね!」
     足早に去っていくほっそりとした背中に投げかければ、加州はパッと振り返る。
    「ばーか、誰に言ってんの! 俺、初期刀なんだからね!」
     敵が近づいたことを感知して、再び警報音が鳴り始めた。本当に、ここに遡行軍が来る。村雲はぎゅっと地図を握り締め、厨に行って地図を火にくべた。彼女を隠しに行かなければ。
     審神者の避難先は、念には念を入れて村雲しか知らない場所にすると決めた。本丸内にはいくつも隠し部屋が通路がある。そのうちの一つに、彼女を連れて行く。
    「主」
     執務室に迎えに行けば、彼女はタブレット端末と睨めっこしていた。画面には本丸内の配置図が映し出されており、その上を点が移動している。どうやら本丸内の刀剣男士の動きらしい。
    「急な敵襲じゃなくて、先に皆を配置できてよかった。ちゃんと迎え撃てる」
    「……うん。避難しよう、俺が上から部屋閉じるから」
     彼女の避難先は、執務室から少し離れた部屋……の畳を剥がした下にある地下室。ガタガタと畳を移動させると本当に扉が現れた。それをぱかりと開けると梯子が見える。村雲は首を突っ込んでみたが、ある程度の広さはありそうだ。それに端に食料の箱が置いてあるのも確認した。あれなら数日間は籠城できるだろう。彼女が梯子に足を掛けて降りる。
    「終わったら、迎えに来るから」
    「……雲さん」
    「ん?」
     四角い扉の内から、彼女が村雲を見上げた。梯子から手を離し、村雲の手を握る。
    「お腹、痛くない?」
     何度か、瞬きを繰り返す。
     こんなときに、こちらを気遣わなくたって。最悪死ぬのは彼女もそうなのに。むしろ手入れで何とかならない分、敵に見つかれば彼女のほうが命が危うい。だから隠れてもらうのだ。
    「ものすごく、痛い」
     村雲は彼女の手を握り返して、答えた。
    「俺になんか期待されても困るし、本当はもう、一休みしたい。もう十分頑張ったよ? 俺」
     ずっとずっと、あの日から村雲は頑張って来た。今日、ここまでずっと。
    でもそれは、彼女に振り向いてほしかったから。彼女のためだ。
    「俺を全部変えたのは、主だから」
     温かく、村雲よりずっと小さい手を離して、隠し部屋の扉を持ち上げる。
    「全部全部主のせいだから、ちゃんとあとで、褒めてね」
     彼女は一度何か言いかけたけれど、笑って頷く。
    「うん、あとで」
     静かに、けれどしっかりと村雲は扉を閉めた。上から畳で蓋をする。違和感がないように縁も踏みしめた。この部屋には、絶対に入らせない。絶対だ。
    「……あはは、ほんとに、お腹痛い」
     ぎゅっと村雲は鳩尾を押さえた。
     この戦いが終わったら、彼女にまたあのすごい匂いがする丸薬をもらおう。あれは酷い匂いだし、吐けば緑になるらしいけれど、よく効いたのだ。
     速足で村雲は縁側に出る。そこには既に江が五振立っていた。立って塀の外を眺めていた豊前が振り返る。
    「おう、主はちゃんと隠れたか?」
    「うん」
    「……もう向こうは戦っているみたいだ。さっき剣戟音が聞こえた」
     松井が静かに言う。塀の向こうなら、もう敵は結界を突破してきたということだ。数によっては、こちらに攻めてくるものも当然いるはず。屈伸していた桑名が立ち上がって、空に向かって伸びをする。
    「まあ、母屋に入れなきゃいいんだもんね。簡単だよお」
    「そうですね。それだけです」
     塀の上にいた篭手切が眼鏡を押し上げる。本体に手を掛けた。どうやら敵影が見えたらしい。各々、同じように抜刀する。
     村雲も柄を握る手に力を込め……隣に立っていた五月雨に声をかけた。
    「雨さん」
    「はい、雲さん」
    「……俺、頑張れるよね」
     折れるつもりは、もちろんない。けれどそれでも、やっぱり指先が震える。
     負け犬の自分に、どこまでできる。役立たずの自分に。
     だが五月雨は瞳を細めると、一つ、大きく頷いた。
    「わん。後で頭に褒美をいただきましょう」
    「……わん!」
     あとで、彼女に褒めてもらう。絶対だ。
    ヒュッと篭手切の弓兵が矢を放った音がする。来た、ついに来た。豊前が一番に飛び出して行く。量が多い、ぼそりと桑名が呟くのが聞こえた。
     わらわらと湧いてくる遡行軍。村雲は鋭く一直線に飛んできた敵短刀の刃を受けた。すぐに跳ね返して、斬り捨てる。
    「お腹痛いんだから、さっさと帰ってもらうよ!」
     土を蹴って、村雲は走り出した。


     日が落ちて、数刻経った頃。やっと本丸のそこらじゅうで響いていた剣戟の音がまばらになり、そして止んだ。
    「つ、つかれた」
     膝を地面に着く。負傷の度合いはそうでもないけれど、疲労がものすごい。強化計画の比ではない。何せ次から次に侵入してくる敵を延々と押し返さねばならなかったのだ。暫く遡行軍の姿かたちを見たくない。いや、普段からあまり見たいものではないけれど。
    「流石に、何か補給しないと流す分の血が足りない」
    「流さなくていいんだよぉ、血は……」
     よろめいて傍にあった木に縋った松井も、地面の上で大の字になっている桑名も、村雲同様に限界が来ていた。何とか立っている豊前が、それでも肩を揺らしながらこちらを振り返った。
    「おい、怪我ねえか」
     塀にもたれかかっていた五月雨が答える。ふらつきながらも立ち上がった。
    「はい、生きています……」
     篭手切が縁側に上がって、廊下を覗き込む。母屋の中も音はしない。何とか侵入は防げたようだ。
    「私、水もらってきます」
    「僕も行く……」
     ずるずると上着を引きずるようにして松井も縁側に上がった。村雲もなんとかかんとかそちらに向かおうとした。彼女の様子を見に行きたい。
    「皆、聞こえる?」
     そのとき持たされていた通信端末から声がして、慌てて村雲はそれを脱げかけた上着から取り出す。戦闘中も何度か指示が聞こえていたが、淡々とした業務連絡でない彼女の声音を聞いたのは随分久しぶりな気がした。中庭にいた他の江の刀もピクリと反応する。
    「政府から連絡がありました。何とか本丸の守りを支援してくれるみたい。本丸内の敵性反応はもう視認できないから、注意して戻って。念のため、今夜は交代で巡回が必要だけど、敵は追い返せた。……本当にありがとう」
     はぁと村雲は息を吐いて脱力する。
     ……そっか、終わった。終わったのだ。被害も少ない。誰も、折れなかった。
    「よかったぁ……」
     縁側に突っ伏すようにして倒れこむ。ひんやりした板間が火照った体に気持ちいい。
    「主を迎えに行ってやれよ、村雲」
     声を掛けられて振り返ると、豊前が笑っている。
    「雲さんしか、頭の居場所はわかりませんよ」
     起き上がった桑名に肩を貸された五月雨にも促された。
    「……うん!」
     靴を脱いで、母屋に上がる。泥のように手足は重たかったけれど、それでも村雲は廊下を進んで、本丸内の一室に入り、畳を剥がす。扉の取っ手に手を掛け、一息に引いた。
    「雲さん!」
    「ぅわっ!」
     すると勢いよく、彼女が中から飛び出してきた。どうやら梯子を登りきったところで待っていたらしい。村雲は慌てて彼女を抱き留めて尻もちをつく。
    「主、怪我は? どこも具合悪くない?」
    「ありがとう……」
    「え?」
     首に回った彼女の手に力がこもる。一度だけ、鼻を啜る音が聞こえた。
    「折れないでくれて、ありがとう……」
     しがみついているせいで、彼女の顔は見えない。だが畳の上に放り出されたタブレット端末を見つめ、僅かに震える華奢な肩を感じて、村雲は彼女の背中に腕を回して抱きしめた。
    「……えへへ。疲れたけどね」
     でもそれも、これで帳消しでいい。力いっぱい彼女が抱きしめてくれるのに、同じだけ返す。くたびれきっていた尻尾が畳の上でパタパタと揺れて音を立てた。暫くの間、村雲は彼女とそうして抱き合っていた。ずっとそうしていたい気持ちだった。
     しかし全く空気を読まずに、畳の上に放置されていたタブレット端末が鳴り始める。甲高いピピピという音で村雲は体をびくつかせた。
    「わんっ」
    「あ、はい、こんのすけ?」
     彼女はぱっと起き上がるとすぐに端末に手を伸ばした。余韻とか、色々。村雲はちょっと呆気に取られてその姿を見る。けれど頬を拭っている後姿が見えたので、少しだけ笑った。なんだ、泣いている顔を見られたくなかったらしい。
    「審神者様! 破られた結界は政府で補強いたしました! 本丸の被害状況は」
    「誰も折れてない。外はちょっと、取っ散らかっちゃったかもしれないけど。でも大丈夫だよ」
     その返答で、こんのすけのほうもほうと息を吐いたのがわかった。背後のざわめきも何となく聞こえる。この事態だ、政府もてんやわんやなのだろう。
    「画面上は敵性反応が消えてるけど、これから残兵がいないか確認する。最後にすり抜けたのがいるかもしれない。外の被害を確認するのは日が昇ってからでいいかな」
    「もちろんです! ……ご無事で、なによりでした」
     プツリと通信が切れると、はあと一息ついてから彼女はこちらを振り返った。明かりのついていない暗い室内でも、目元が少し赤いのはわかる。もう一度鼻を啜って、彼女が切り出した。
    「……きっと皆戻ってくるから、広間に行こうか」
    「うん」
     彼女に差し出された手を取って、村雲は立ち上がる。体のほうはもう疲れ切っているらしく、ちょっとふらついた。
    「大丈夫?」
    「……疲れた、もう無理」
    「あーあ、じゃあ安全の確認が取れたら何か食べようね」
     くすくすと笑う彼女はもういつも通りの彼女に見える。村雲の手を引いて廊下を歩く彼女は、先程まで鼻を鳴らしていた女の子よりもしゃんと背を伸ばして、しっかりとした足取りだ。本当に同一人物か疑ってしまう。
     けれど、やっぱり。
     縁側に出て少し明るく、月に照らされた背中に声をかけた。
    「……主」
    「ん?」
     彼女が振り返る。ゆっくりと一度、息を吸って。村雲は言った。
    「やっぱり俺のこと、好きになって」
     微かに握られた指先が動いたのがわかった。彼女の瞳が真っ直ぐと村雲を見つめる。
    「……雲さん」
    「俺はまだ、弱いし、考えなきゃいけないことも他にあるし、出せてない答えもやっぱりあるけど、でも」
     それでも、この気持ちが変わったことはない。彼女のことが好きだ。好きで好きで、大好きで、諦めるなんて考えられない。
     まだまだ頑張らなければならないことがあるなら、お腹を痛めながらでもやる。だから。
     彼女が静かに瞳を伏せる。下唇を少し噛んだ。
     緊張しているのに、不思議と澄んだ気持ちで村雲は彼女を見つめていた。真剣に、考えてくれている。いつだってそうだった。だから待っているだけ。
     暫くの間、村雲は昼から吹く穏やかな風の音に耳をすませていた。そうして彼女が一度息を吸い、顔を上げる。何か言おうと口を開きかけたそのとき。
     鋭く何かが横切った。
    「っ」
     目の前の彼女が頭を押さえる。村雲は飛んできたものに目をやった。石だ。首を回して、中庭を見やる。赤い二つの瞳、敵短刀だ。一直線に、彼女に向かってくる。短刀なんか、打刀の村雲は一太刀で払える。けど彼女はあんなのが刺さっただけできっと。
    「ある」
     庇うために腕を振ろうとして、重く、後ろに向かって引っ張られているような気さえして愕然とする。疲労で思うように動かない。
     ……彼女が主でなかったとしても、自分は彼女を好きになっただろうか。
     唐突に、この何日かずっと考え続けていたことがまた頭をよぎった。見えているものが、随分ゆっくり動く。遠くで加州が何か叫ぶ声がした。
     わからない。なぜなら村雲にとって、彼女はずっと主だったのだ。出会ったときから、今の今まで。ずっとずっと、彼女は主だった。村雲の主だった。
     では、彼女が主でなくなったとしたら?
     もしも今ここで、彼女が死んで、新しい主が来たとして。村雲はその主を、「主だから」好きになるのだろうか。
     彼女の代わりとして、そうなるのだろうか。
    「絶対に嫌だ!」
     足が泥に埋まっているようだ。けれど体を前に倒すだけでいい、それだけ動いてくれればいい。彼女に飛びついたとき、背中を真っ二つにするように何かが走った。板間に倒れる、それだけ気づいて彼女の頭に腕を回して抱きしめる。
    「雲さん!」
     五月雨の声が、どこかから聞こえた。襖が倒れたような音も、怒号も。そんな中で俯せになった自分の体の下で、彼女の胸が上下するのがわかった。
     よかった、生きてる。それだけ確認して、はあと村雲は息を吐く。
     ああ、疲れた。村雲はそのまま、静かに目を閉じた。
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    2023/01/29 16:40:14

    ④君じゃないと嫌すぎる

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    #刀剣乱夢 #雲さに #女審神者
    昨年完売した雲さに本のWeb再録です。

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