青空讃歌 本丸の中庭で、笑い声が響いていて、歌仙兼定は厨の勝手口から外を覗いた。
「またやってるのかい。彼らも好きだねぇ」
「今回は来月の池掃除当番がかかっているらしいから、みんな本気らしいよ」
「僕は誘われていないのだけど」
「君は厨専属みたいなものだしね。大体、言われたって池の掃除なんてやらないだろ?」
「燭台切、君が僕をどう思っているのかはよくわかったよ。主命ならやらないことはないさ!」
「ははは、冗談だよ」
一緒に広げていた布巾の選別と、片づけをやめて、燭台切も歌仙の後ろから同じように中庭を見つめた。
池と畑の前にすこしだけ広いスペースがあり、バーベキューや焼き芋、罰ゲームの逆立ち競争などを行っている場所では、打刀の大部分が集まってわいわいと大きな声を上げている。定期的に一か月に一度は少なくとも開催されている「ストラックアウト」だ。外野の太刀や脇差、短刀たちも多い。
一定の距離から硬式野球の球を投げ、一から九までのパネルを打ち抜くというものだが、これが打刀たちの間でずっと廃れることなく流行っている。
元々は、審神者があまりにも投石兵の扱いが下手くそすぎる初期刀・山姥切のために用意したとの話だ。燭台切が来た時には、暇が全然なかった彼が遊んでいるところなど見たことがなかったが、人数が増えるにつれ、山姥切一人がやっていた近侍の仕事が本丸内のあちこちに割り振られ、暇を持て余した初期刀が兄弟や初鍛刀の薬研と一緒に「キャッチボール」をしているところを見かけることが増えた。強くてカッコいい方の兼定に「ノーコン」と揶揄されてから脇差の国広と特訓として始めたらしいのだが、確かにその腕前はひどいもので、言われてみれば一緒に一軍として戦っている燭台切には思い当たる節も多い。同じくずっと一緒に一軍だった大倶利伽羅が小さい声で「死体蹴り」とボヤいていたのも一度や二度ではない。生きている敵に当たるほうが珍しいのだからそりゃあ生死に関わる戦いの最中の緊張感にも影響する。
他の打刀たちはそんなことはないのだが、特に山姥切国広と言い出しっぺである和泉守兼定が二大巨頭であった。ちなみに山姥切がノーコンを理由に落ち込んでいた時、原因を知った歌仙に和泉守がこっ酷く怒られた話は今では笑い話だ。
そのうち単に面白がってキャッチボールする者が増え、そうなるとやはり缶や瓶を的に見立て当てられるかを競い始める。瓶は割れれば掃除も必要だし、使いたかった瓶を何度も持ち出されることがあって、歌仙がなんとかならないかと審神者に直談判をした結果、導入されたのがストラックアウトだった。
第一回目の優勝者は同田貫で、面白がった審神者から金一封と称した菓子詰め合わせセットが授与された。それは後程、短刀たちへの頼み事の際の取引材料としてあっという間になくなったらしい。
以後、定期的に自主開催されるようになったストラックアウト大会では、審神者の気まぐれで菓子などの消え物が景品となったり、それに代わる商品の購入が認められたりしたが、いつからか大会に参加する者同士での内番の変更や季節行事の当番の変更に使われるようになり始めた。本人たち同士で納得できているのと、あまり不平不満も出ておらず円滑運営が出来ているため、お目こぼしされている。
「今回は、誰が優勝するかな」
「今のところ二ヵ月続けて長谷部だろう? さすがに面白くないから他の者にがんばってほしいな」
「まあまあ、長谷部くんだって頑張ってるんだから……」
「毎回同じでも面白くないだろう? 努力してるのはみんな一緒さ。追い抜こうと長谷部以上の努力をしなくてはね」
そういう歌仙は一度も参加していない。みんなで参加するのに興味がないのと、彼のコントロールはものすごくいい。出たら優勝候補には限りなく近いだろう。だからこそ、誘われることもないのだろうが。結局は、歌仙の言う通り、玉石混交なのが面白いのだろうと燭台切も納得する。
「ま、いい加減、まんばと和泉守にはドベ連続を脱してほしいね。特に和泉守には兼定の名もかかっているんだ」
「それこそ鍛えてあげればいいのに」
「あれが大人しく僕の教えを受けると思うかい?」
「ううん、確かに」
そして、再び中庭の声に思わず目を向けた。
*
「兼さーん! がんばってー!!特訓の成果を証明する時だよ!!」
「今回こそ、ブービー賞もらわねーようにしろよー!」
「はははは、一回くらい当ててみろー!」
「うるせー!」
多くの野次を蹴散らすように、ぶんぶんと腕を振り回して肩の調子を上げる。
「そんなことしても、無駄じゃけんのう!」
「黙ってろ!」
今回トップを走っているのは陸奥守で、余裕の野次に思わず怒鳴り返すが、すぐに相棒の「怒らない、怒らない」という抑えが入った。
目は悪くない。剣の腕だって、当然誰に引けるとも劣らない。それはここにいる連中がみんなそうだ。
なのに、どうしてこうも投石に限って差が出てしまうのか。山姥切と一緒に審神者に相談したこともあるが、「みんな違って、みんないい」と宥め賺された。様々な特訓を試しているものの、どうにもいざ球を投げるととんでもない方向に飛んで行ってしまう。清光や安定はそういうものと割り切っていてもう投石兵は兼定に着けるのは無駄だから俺たちに回してよ、なんて軽口を叩くくらいだ。
だが、もはや錬度も上限間近。夜戦と昼戦と重宝され、前線で戦っているのは事実であり、だからこそまだ上限まで先行きのある打刀仲間たちからはそこを突かれているのだろう。それこそ、劣るわけには行かない矜持があるのだ。
じっと的を見つめて、呼吸を整える。抜刀する時と同じように気持ちを整えてから投げるのだ、とは相棒の言葉を胸に、いざ! と右腕を振り下ろした。
「OB!」
誰が言ったか、間抜けな音の合いの手にやっぱり誰かが「競技が違うぞ」と突っ込みが入った。
白い球は、なにを思ったのが、畑たちのど真ん中にまっすぐと向かっていき、信じられないというように和泉守はガックリと膝をついた。
*
「君は力を入れ過ぎなんじゃないのかい? 力が有り余っていると使いどころがそんな変なところに行くんだねぇ」
「違うわい! こう、俺は! ちゃんと! そっちに投げてんだって!」
「裏手の森には見当たらなかったぞ」
「ありがとう、兄弟。あ、そっちのボールはもらうね」
「うむ。これは前回より前の球のような気がするな。色味が大分変っておる」
「俺が飛ばしたのか、カネサンなのか」
はあ、と山姥切がため息をつくと、兄弟たちが「まあまあ」なんて慰めた。結局、いつもどおり和泉守と山姥切のツートップで最下位を占めた。優勝者はギリギリのところで長谷部に追い抜かれそうになったものの、最後まで逃げ切った陸奥守が初優勝を掴んだ。
片づけは敗者の仕事なので、慣れた様子で和泉守と山姥切が動きだすと、これも当たり前のように堀川と山伏が手伝いはじめ、終わった頃合いを見て歌仙が差し入れの間食を持ってきてくれる。本日も、結局は全てがいつも通りなのだった。
歌仙の握り飯が和泉守は好物だ。
シンプルなすこし大きめの塩結びが綺麗に並んでいる。ざっとボールを集め、ストラックアウトを馬小屋の隣のくたびれた納屋に仕舞い、その間に歌仙が広げた敷物の上に塩結びとたくあん、柴漬けが美しく重箱を彩っている。別の容器には、短刀たちが先日拾ってきた栗の甘露煮が詰められていた。
たとえ、常に遊びであってもビリっけつというのは決して面白くはないが、見かねた歌仙がこうして用意してくれるようになった簡単だが味わい深い食事に、和泉守と山姥切の心は心底慰められ、むしろこのために上達しないのではないかと堀川は思っているくらいだった。今日のお茶はほうじ茶で、まだ熱いくらいの温度に皆でふうふうと息を吹きかけている。資源の無駄だし、情緒がない、と紙皿を嫌う歌仙らしく、揃いの小さな取り皿を並べていき、熱いものが得意な山伏が一番に茶を飲み下しておにぎりに手を伸ばした。
強い風が吹いて、遠くから新緑の葉がざわめく音がここまで大きく膨れるような響きを持って、彼らの髪を、服をはためかせた。空はくすんだような薄い青がどこまでも広がって、地面も空と同じくどこまでも広がっているようだった。
この青空の下で、自分が作ったものを、美味しそうに頬張る姿を見るのが歌仙にとって、この身を得て好きになったものの一つだ。身体のどことも言えない部分、腹の底がじんわりと暖かくなって、心が弾むような、「歓び」とはこういうことを言うのだろうと、和泉守が自分の作ったものを「好きだ」と我先にと手を出して喜ぶのが嬉しくて、彼がビリになれば、また慰めてやろうと不定期に起こる大会のたびに簡単にしか用意出来なかった塩結びすら「うれしい」と満面の笑みに表現した姿を見たくて、歌仙は決して大会には参加しないだろうと思った。
どうせ、投石なんてしたって、最後は気持ちよく首を刎ねるのは一緒なのだから。
多少不器用な様もかわいらしいではないか、と高を括っている。