優しい君を、知っている「え? なに変な遠慮してるんですか、後藤くん」
物吉が意外そうな顔と声で大げさに言うのをつい子どもっぽい仕草で「しーっ!」と指を立てて抑え込もうとする。
「いや、だって、なんかタイミングを逃したというか……つい……」
「包丁くんなんて、それはそれは馴れ馴れしいですよ」
「あれはああいう才能だよ」
弟の自分勝手でありながら愛される振舞いには最早尊敬の念すら覚える。俺には出来ねえとひとりごちる。
二人は一緒に中庭の掃き掃除をしながら雑談をしているが、その話題は先ほど中庭から見える遠征部隊の一行だった。
先日顕現したソハヤノツルキがそこにいた。
徳川に関わる刀としてその名は当然知っている。もちろん、すでにご神体となっていたソハヤノツルキと相対したことはないが、それでもだ。
同じように徳川に関わる刀たちはソハヤノツルキを快く受け入れ早速彼が馴染めるようにそれぞれ心を砕いていたというのに、すでに出遅れている後藤はどことなくいつどうすればいいのか、今更になってわからなくなってソハヤと既に関わっている筆頭である物吉に相談したのであった。
「別にいつも通りでいいと思いますけど。後藤くんは、いつもそれとなく気が付いて新しくいらした方にお声をかけてますし、そんな感じで自然に仲良くなれると思いますよ。
それに、直接家康公の元にいたわけではないので、そんなに気にされなくてもいいと思いますけどね」
「それも、そうなんだけどさ」
後藤だってわかっている。いつも通りでいい。仲間が増え、この広い本丸では新しく入った仲間と必ずしもすぐに出会えるわけでもなくその時の近侍や世話係になった物、また元主や逸話、来歴や刀派の関わりのある物たちがそれとなく面倒を見ることが多い。だからこそ、なんとなく、出遅れた。気おくれしたというのが本音だ。
だが、遠くから見るソハヤノツルキを、後藤はとても気にかけていた。
快活に見える言動だが、時折遠くを見る視線。
兄弟刀である大典太光世は先に顕現しており、天下五剣だ。実力も錬度も申し分ない。勝手な推測でしかないが、なにかソハヤノツルキにも思うところがあるのだろう。
ああいう奔放そうな見た目は後藤の趣味とも合うし、弟分でありながら面倒見がいいところも好感が持てる。
だが、それは全部後藤のほうから見た勝手な思い込みでしかないのだ。
「きっと、ソハヤさんは喜ぶと思いますよ。賑やかなのは、お嫌いではありませんから」
「そうかな。勝手にこうやってコソコソ見られて、嫌な気持ちにならないか?」
「全然不躾ではありませんよ。脇差や短刀の洞察力をよく活かしてます!」
物吉はニコニコとして微笑んでいる。
「……物吉、笑いすぎじゃないか」
思わずそう言い返すと、その笑顔はもっと深くなった。
「僕の好きな刀同士が仲良くなってくれそうで、嬉しいんですよ」
*
「後藤! ソハヤ帰ってきたぞ!」
「後藤くん!」
粟田口部屋で、大典太を囲んでその懐に入っている信濃や前田と一緒にダラダラとテレビを見ていたら、包丁と物吉が部屋に飛び込んできた。
大典太がソハヤの名前を聞き後藤のほうをじっと見る。その瞳にまだ慣れない後藤は、思わず「うっ!」と、悪いことをしていた気分になって、大典太から目を逸らした。
「いや、違うんだ……。大典太さん、ソハヤさんに変なことしようってんじゃないんだ……」
「あはは、後藤ったらー。別に大典太さんは取って食いやしないよ」
「兄弟を、気にかけてくれているのか……」
「後藤兄も徳川に連なる刀ですから。それならぜひお迎えに行きましょう」
「そうだ! 一緒におやつ食べようって誘おう! な、後藤!」
「はい! それがいいと思います! さ、後藤くん!」
そういって二人に引っ張られ、慌ただしく粟田口部屋を飛び出していく。
信濃が深い溜息をついた。
「ほんっとに、後藤ったら素直じゃないな~」
「信濃も、似たようなものだろう」
「え、大典太さんがそんなこと言う?」
そんな二人のやりとりを聞いて前田が笑った。
湯呑の数を増やしたほうがいいだろう。この後きっとあの三振りと一緒に、もう一振りがやってくる。
*
「ソハヤ~!」
遠征から帰ってきて資材を確認し、保管。後は隊長が主に報告をすれば終わりだ。一連の流れにも大分慣れてきた。
じゃあ、解散するかと言って皆がバラバラと隊列を崩したところに本丸一能天気と名高い包丁の声が自分の名を呼ぶ声に後ろを振り向いた。と、同時に器用に胴当てをすり抜けて腰に飛びつかれる。
「包丁、なんだ出迎えか?」
「まあな! 嬉しいだろ!」
「ははは、よく言うよ」
同じ主の元にあった縁か、新入りの自分にもよく馴染んでくれている短刀だ。心強いといえば当然だ。少々甘えたですぐにワガママを言うところなど、困ったところも多いが、自分の良さを存分にわかっている刀であり、それを甘やかしてくれる男士のところに行くのだろう。その標的が今は自分だということくらいはソハヤもわかっていた。かわいいものは、かわいいと素直に思う。
「おかえりなさい、ソハヤさん」
「おう、ただいま。物吉まで。なんだ、わざわざ悪ぃな」
「いえ、ほら、どうぞ」
そういう物吉の真後ろに隠れるようにして、後藤が立っていた。
後藤藤四郎。
包丁と同じく、藤四郎兄弟の一振りだ。包丁よりも大きく、短刀たちの中では大きいためかお兄ちゃん然としているところは好感を持てる。
そういえば彼もまた徳川に連なる来歴を持つ刀だと聞いていた。
今日まで、ほとんど接したことはなかったが。
「おう、後藤」
「ぎゃ! 俺の名前知ってんの!?」
「いや、それくらいわかるだろ」
腰にまとわりついていた包丁がパッと手を離して、その見目に似合わないため息をつく。
「まったく、後藤ったら仕方ないやつなんだから」
そして物吉と一緒に後藤の背を押して、ソハヤに押し付ける。
「なにすんだよ! 二人とも!」
「ほら、お迎えに来た本題を」
「え、俺が言うのかよ!」
「他に誰が言うんですか」
なんだかわちゃわちゃしている刀たちを、ぼんやりと見ている。
どうしたどうした。
「お、おやつ一緒に食べようぜ!」
顔を真っ赤にした後藤が、そう大声で叫ぶ。
はは、とすこし声が出た。知っていたぞ。お前がずっと俺を見ていたことくらい。
直接ではなくても、近しい家の連なりの系譜にある名門の刀であることくらい。その小さな身体で、一生懸命兄ちゃん業して、包丁や秋田や五虎退たちの面倒を見て、それが楽しいという表情をするいい刀だということを。
物吉から聞く後藤は素直で、時々考えすぎで、人間を愛していて、とても優しい刀だった。
逸話の多い粟田口の中で、伝えられたのは家や来歴ばかりで、ある意味「失敗作」と言われたがゆえに「国宝」となっている。
なあ、刀なのに、斬った逸話や武功がないのはつらいよなあ。わかるぜ、俺もだ。
遠くからチラチラと視線を感じるのに、実際にはほとんど話す機会もなく、徳川に連なる物で物吉や包丁からはよく名前が挙がる刀でほとんど話したことがないのは後藤くらいだったから気になっていた。蜻蛉切や村正ですら一緒に酒を飲んだというのに。
なんだ、こちらの杞憂だったかなぁ、と。少しほっとしたのは、内緒である。
よく包丁にするように、しゃがみ込んで、後藤の頭にぽん、と手を乗せる。
「おう! お伴させてくれ」
「うん」
小さな返事すらかわいらしく、よいしょ、と包丁によくするように肩に担いだ。
「うわっ! なにすんだよ!」
「え~、後藤、全然話しかけてくれなかったからなぁ。せっかくだし、高いところでも見ながら行こうぜ。でっかくなりたいんだろ?
部屋は? 粟田口? それとも俺たちの?」
「粟田口にお願いします。前田くんがお茶を用意してくれてると思うので」
「大典太もいるぞ!」
「なんだ、兄弟もいるのか。そりゃちょうどいいや」
「お、降ろしてくれって!」
「あ、僕たち、厨におやつもらってから行きますね」
「またあとでな~」
さっさと行ってしまった。頭上の後藤が恥ずかしさで震えている。さすがにかわいそうなことをしたか? と思うと、よく見るとヒラヒラと舞うものがあった。
「なあ、アンタ、俺がなんで話したかったってわかったの?」
「ん?」
頭上からずっと待ってくる花びらを踏まないようにあっちへフラフラ、こっちへフラフラとしながら中庭を通って粟田口の部屋に向かう。
「わかるさ。俺だって、お前と話してみたかったんだぜ? 名門の国宝、後藤藤四郎」
「俺は、ずっと、家康公の霊刀と話してみたかったんだ!」
「ま、ずっと声もかけてくれなくてやっぱり写しには興味ないのかと思ったがね」
べちん! と額を叩かれた。人間のように血が繋がってるわけじゃないのだが、行動が怒った包丁と一緒だ。
「そんなこと、言うなよ!」
「俺が、話したいって、思ったソハヤノツルキは、アンタだけなんだから!」
ふは、と胸から息がこぼれた。笑いが空気になって、喉を通って、体中からこぼれるように。
自分の身体からも花弁が散らばるのがわかる。
「そいつぁ、ありがたいことだ」
「だから、これから、仲良くなろうぜ!」
また、小さな刀と仲良くなった。
かっこよくて、強い、優しい刀だ。